それぞれの立場と考え
ライルさんの家庭の事情11
「ロックオン」
外で彼の背に声を掛けたのはスメラギだった。
「分かっているんだ・・・」
「え?」
「俺はこの仕事にありつけたから、ライルを育てる事ができた。それについて後悔はしてねぇ」
「・・・・・・・」
「でもダメだな。いつかライルが知る事になるかもしれないって覚悟はしていた。・・・していたつも
りだった。だがいざその時が来るかもしれないと思ったら、ライルが俺を拒否するかもしれないと思
ったら・・・・怖くて堪らない」
ニールは顔を背けながら、そう言う。どんな時でも相手の目を見て話すこの男が、スメラギの顔すら見
れない。彼の恐怖がありありと伝わってきた。
「そう・・・・・・。悪いけど無責任に大丈夫、とは言えないわ。その可能性は大いにある。だからこ
そ、グラハムさんは貴方に注意したんじゃないのかしら」
ニールが出て行った後、すまなそうにグラハムはこう言った。
『すまない、余計な事だったかもしれないな。だが言わずにはいられなかった。彼も傷ついたかもしれ
ないが、ライル君だとてその事実を知ったら傷つくだろう』
『いいえ、私達では言えなかった事です。憎まれ役をしていただいて、感謝しています』
そう返すと、グラハムは笑った。
「ああ・・・・・・分かっている」
「きっと刹那も今頃、思い悩んでいるんでしょうね・・・・」
前に刹那に恋の成就の仕方について、相談された事があった。スメラギの予報をことごとく粉砕してい
く相手に、なんて手ごわい娘なのと思ったがなんのことはない。その対象が男だったからだ。考えてみ
れば刹那から女性だとは聞いてはいない。こちらが勝手に女性だと思っただけだ(普通はそうだろう)
スメラギはこんな時だが、ライル・ディランディという人物に興味がわいていた。あのニールと刹那を
ここまで骨抜きにできる、その人物に。本人達は気がついていないのかもしれないが、ニールも刹那も
実は結構モテるのだ。ニールは気づいていて、知らん顔をしているだけかもしれない。彼の愛情はそれ
こそ一心不乱に弟に注がれており、他に注ぐ事はできないからだ。刹那も自分の恋に必死で、周りを見
る余裕がない。もったいない、と素直に思う。
「でもね、ロックオン」
「ん?」
「ライル君は確かに貴方と間違われて誘拐されたわ。でも裏を返せば貴方という存在がなかったら、き
っともう現場で殺されていたと思う」
『殺す』という言葉に、ニールがブルリと震えた。だがスメラギの真意は伝わったようだ。
「取り乱して悪かった・・・・ミス、スメラギ。格好悪い所を見せちまったな」
ようやくニールが振り返る。その表情はいつもの彼で、先程の弱々しさは綺麗に無くなっていた。
「ま、人間そんなものよ。じゃ待機してましょう、いつでも動けるように」
「ああ、アンタがいてくれて良かったよ」
「ふふ・・・・光栄ね」
笑いあうと、クリスがこちらに走って来るのが見えた。
「あらどうしたの、クリス?」
「判明しましたよ、彼らの居場所!」
さっと雰囲気が変る。スメラギもニールも顔を引き締めた。
「どこなの?」
「大物ですよ!コーナー家の所有する、別荘です!」
「分かったわ。行くわよ、ロックオン」
「ああ、了解だ」
「あ、そうそう」
「?」
スメラギは先にクリスを帰し、ニールに振り向いた。
「今度、弟君を紹介してね」
「えぇ!?なんで?」
「興味出てきたの。ライル・ディランディ君に」
「・・・・・・・」
「救出作戦に参加させてあげるんだから、それくらい良いでしょ?」
スメラギは悪戯っぽく笑った。これはライルをも玩具にされるな・・とニールは溜息をつく。スメラギ
は人で遊ぶのが大好きだからだ。
「分かったよ」
「約束ね!」
嬉しそうなスメラギを横目で見て、ニールは気を引き締めた。
(待ってろライル。俺が必ず助けてやるからな!)
ライルはその頃、意外と平和に過ごしていた。理由はただ一つ、アニューの存在。最初に紹介された時
にライルは言ってみたのだ。
「アンタみたいなか弱そうな女性に、俺の相手をさせるなんてな。・・・・・襲われたらどうするんだ?」
少し声を低くして、挑戦的に彼女を見る。しかしアニューの表情は笑顔から崩れなかった。
「多分、大丈夫ですよ」
「何故言い切れる?俺にとっては極限状態といってもいいんだぞ」
人は極限状態になれば、理性を失う事が多々ある。ライルとて女性にそんな無体な真似をする気はない。
だがいつ気まぐれで殺されるかもしれない、というこの状況はとても楽観視できるものではないのだ。
「本当に大丈夫なんです。柔道三段、剣道二段、合気道三段、他にも色々段を持っていて、きっと全部
足したら五十は行くんじゃないかしら?」
「・・・・・・・・・・・」
思わず絶句したライルの、ぽかーんとした顔が恥ずかしかったのだろう。アニューは顔を赤くして、照
れている。
「私、格闘オタクなんです。だからきっと貴方が襲っても返り討ちにできるわ」
「そ、そうですか・・・・・」
「それとね・・・・」
ずい、とアニューが顔を近づけてくる。この前見た、兄の同僚らしい美女とはまた違った美しい顔が近
づいて、ライルは思わず顔を後ろにそらせる。その頬にアニューの白い、繊細な手が当てられた。
「なにかあったら、私が貴方を守ってみせるわ」
そう言ってその手は、ライルの頬を優しく撫でていく。その心地良さに、ライルは目を閉じた。その手
は今は亡き母の手を思い出させた。優しかった母。一瞬の出来事でその笑顔は頼りになる父と愛する妹
の笑顔と共に失われてしまった。
「ライル・・・・・泣かないで。ライル・・・・」
アニューがライルを抱きしめてくれる。彼女は今迄付き合ってきたどの女性とも違っていた。
アニューが傍にいてくれる時は大丈夫だが、彼女が去ってしまうと途端にライルは不安になる。自分は
いつまで生きていられるだろうかとか、兄や刹那が心配しているだろうなとか。そのお二人さんは只今
絶賛攻撃準備中だという事をライルは知らない。この金ぴか部屋はいつだって眩しいのだが、窓などが
ついていないので今が誘拐されてから何日経ったのかという事だって分からない。
(ビリー教授、大丈夫なのかな)
人の心配をしている場合ではないのだが、それでも気になってしまう。
(結局、俺は周りに守られてばっかりじゃないか)
兄に、刹那に、ビリーにアニューに。
(後でグラハムさんにも怒られそう)
ビリーを守る事に全力で挑んでいる男だ、心配をかけているだろうが怒られそうだ。
(兄さん・・・・・)
兄が諜報機関のスナイパーという事実は、ライルの心に重く圧し掛かる。自分の手を汚して、それでも
何でもないという顔をして、兄はライルを守り育ててくれた。その兄に甘えっぱなしの現実が心苦しい。
きっと自分がそう言っても、兄は自分が望んでしている事だから気にしなくても良いと言うだろう。兄
はそんな人間だ。身体が弱り、入退院を繰り返してきた。そんな事ができたのも、兄が自分を犠牲にし
てくれたから。
(ここで俺がいなくなったら、兄さんは自由に生きられるんじゃないだろうか)
そう思った事も一度や二度ではない。その度に包帯でぐるぐる巻きになった自分を見て、抱きしめて泣
いて離そうとしなかったあの頃の兄の姿を思い出すのだ。ライルだけでも生きていてくれて良かった、
といつも嬉しそうに笑う兄。そんな兄がライルがいなくなったら、嘆き悲しむはずだ。恩を仇で返す事
はしたくなかった。ライルとて兄の幸せを願っているのだ。
「さあ、ライル!今日はコ○リズムして、セクシーなウエストラインを手に入れましょうね!」
アニューが元気に笑って部屋に入ってくる。彼女はこんな部屋で食っちゃ寝ばかりしていたら、太るし
健康にも良くないと言って毎日ライルに運動をさせる。ラジオ体操だったり、ビリーのブート○ャンプ
だったり。おかげさまでライルは誘拐される以前よりも、健康的になったと思う。何よりもアニューの
笑顔を見ながらするこういったエクササイズは、心理的にも軽くなる。アニューはきっとライルの葛藤
を知っているのだろう。だから彼女はライルの前では明るく振舞う。そして彼女の赤い瞳の中に、ライ
ルは無意識に刹那を見る。刹那はもう少し深い赤だが、口数が少ないもののこの瞳が何事でも雄弁に物
語るのだ。
(刹那・・・・お前もきっと心配してるんだろうな)
大人の階段登る切欠になった事は、今でもちょっと申し訳ないと思っている。今頃、本人曰くの修行は
どうなったのだろう。可愛い彼女でも見つけていればいいんだけどな、と軽く思う。しかしライルがこ
んな事になっているので、きっと修行とやらはほっぽりだされているんだろうなぁと思う。
ところで
「アニュー、これさ。ウェストよりも腕が痛いんだけど・・・・」
「あらライル、二の腕も引き締まるのよ?ファイトファイトv」
「へぇい・・・・ファイト、ファイト」
兄や刹那に見られたら、きっと笑われるんだろうなとライルは苦笑する。
そんなある日、アニューが緊張した面持ちでライルの部屋に飛び込んできた。
「どうしたんだ、アニュー?」
「ライル、此処は危険だわ。隠れていて」
そう言ってライルをシャワー室に連れて行く。
「アニュー?」
「大丈夫よライル。私が貴方を守ってあげる。必ずね」
「どういう事だ?」
「しっ、黙って。良いわね、私が出て行ったらこのドアの鍵をかけるのよ」
「アニュー?」
ライルの声が弱々しく震えている。アニューは安心させる為にか、ライルの手を握って微笑んだ。
「心配は要らないわ。ライルは此処で待っていて、ね?」
まるで子供にするかのような態度だが、ライルは今にも泣き出しそうな顔をしている。
「また会えるわ、ライル。ううん、きっと会いに行く。私の事、覚えておいてね?」
その手が離される。
「アニュー!」
「ちゃんと鍵をかけるのよ、ライル!」
アニューはドアにむかって走り出した。思わずその後を着いて行こうとして、必死で押し留める。アニ
ューが守ろうとしているのだ、その想いを無駄には出来なかった。
「・・・・・・・アニュー・・・」
鍵をかけてライルはシャワー室に蹲る。何が起こっているのかさっぱりわからない。
脳裏に浮かんだのは、アニューと刹那と・・・・・・・兄の姿だった。
★兄さんとライルの各々の葛藤がメイン(一応)でもアニュライにもなりました。好きなんだアニュラ
イ!せっちゃんの影が薄くなってきた気がしますが、気のせいです。ええ、きっぱりと。
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