弟は俺が守る!






 
ライルさんの家庭の事情2


ニール・ディランディにとって、なによりの最優先事項は最愛の双子の弟ライルである。交通事故によ
り家族を失った時に、唯一生き残ってくれた弟。
あの日、ニールは風邪で熱を出して寝込んでいた。両親は心配してショッピングを取りやめにしようと
したのだが、ニールは大丈夫だからと家族を送り出した。ところが近くに住むおば夫婦が飛び込んでき
たのだ。何事かとなんとか起き上がったニールに告げられた、惨い真実。目の前が真っ暗になった。だ
がライルだけは助かったのだと、おば夫婦は言った。葬式から何から何まで、おば夫婦が手配してくれ
たおかげで、ニールは何もしなくてすんだ。
だが
助かったはずのライルはそれから一ヶ月経っても、ニールの前に姿を現さなかった。とうとう我慢しき
れずにおば夫婦を問い詰めたところ、確かに命に別状はないだが重傷を負ってしまっていて未だにベッ
トから起き上がれないと言われた。余りにも酷い怪我だったらしく、おば夫婦はニールに会わせても良
いかどうか迷っていたらしい。ニールは懇願した、どんな状態でも良いからライルに会わせてくれと。
その懇願にとうとう折れたおば夫婦に連れられてライルと会った時、驚愕した。まだ良くなった方だと
言われはしたが、全身を包む包帯、左目が傷ついているらしく眼帯が当てられている。あまりにも変わ
り果てた姿の弟が其処にいた。愕然とするニールにライルは少しだけ笑って、あともう少しで起き上が
れるようになると言った。
その時決心したのだ。ライルは自分が守ると。


結局半年入院し、退院した後も辛いリハビリが続いた。おば夫婦は自分達を引き取ってくれると申し出
てくれたのだが、ニールが辞退した。おば夫婦にも子供がいたからだ。だが親切な彼らは事ある事に、
こちらを気にしてくれ援助もしてくれた。彼ら自体も決して裕福ではない、だからそれに甘える訳には
いかなかった。何気にライフルの競技で何度も優勝したニールのところに、ある組織からお誘いがかか
った。ソレスタル・ビーイングという名のその組織は、国連関係のまあ所謂諜報部のようなものだ。ニ
ールの優れた射撃の腕が、彼らの目に留まったらしい。ニールは提示された給料の額に目を丸くした。
驚くほどにお高い金額だ。だがやる事はとてもカタギではない。どうしようか・・・・ニールは迷った。
ライルは辛いリハビリにも耐えたが、極端に身体を弱くしてしまった。ただの風邪と油断していると、
いつの間にか肺炎の一歩手前になっていたり。今はそうでもないが、たびたび入院を余儀なくされた。
その医療費と、成績優秀なライルの進学に必要な学費。ニールはライルの能力を誰よりも評価していた。
だから決めた、たとえ手を汚そうともライルに必要な金を稼ごうと。予想していた通りライルは激しく
反発した。自分も働く、と。だがそれはもったいないとニールはライルを説得した。おば夫婦も援助を
申し出てくれたが、これ以上迷惑は掛けられない。


念願かなってライルは優秀な成績でカレッジを卒業し、かなり大手の会社に就職した。それからは頑張
って働いていた。全てはニールの望んだまま。
だが異動人事でライルが本部に呼ばれると分かった時は、激怒した。というのもCBに入った時の条件
として、生活拠点を今の場所に固定すると我侭を言ったからだ。それも全てライルの為。だから思いも
かけない異動だった。憤慨する自分を必死で説得したライルに、メールを寄越せだの電話しろだのと約
束させて渋々送り出した。
しかし心配だ。自分はあまり姿を見せないようにしているが、ヤバイ連中には目を付けられている。そ
んな奴らがライルを自分と勘違いして襲ったら?殺したら?・・・ぞっとした。


刹那・F・セイエイという少年は無愛想に見えるが結構義理堅く、信用に値する人物だ。刹那は丁度ラ
イルの住んでいるのと同じ街に、エージェントとして勤務している。ニールは思い余って刹那に頼みこ
んだ。自分の弟の周辺を見守って欲しいと。あまりに必死なニールを見て刹那は目を丸くしていたが、
快く承諾してくれた。それからちょくちょく
「異常なし」
という簡単ではあるが、重要事項をメールで伝えてきてくれた。安心していたのも束の間、一ヶ月ほど
してからだろうか?ライルから
「良く分からないが刹那って子と、一緒に住む事になりました」
という青天の霹靂メールが届いたのだった。余りに動揺して16連射する勢いで刹那にメールを出した。
本来は電話をしたかったのだが、ライルに気が付かれる。
「お前、何ゆえにライルん家に転がり込んでいるんだよ!?」
刹那からの返事はすぐに来た。
「安心しろ、俺が責任を持って守って幸せにしてやる」
いやいやいや、ちょっと待ってくれ刹那。俺は確かにライルの様子を見て欲しいとは言ったが、別に幸
せにして欲しいとは頼んでいない。つかそれ、俺の役目だから!
怒涛の勢いで仕事を放り出し、刹那の元へ向う。
「せつなーーーっ!!!」
バターンと事務所のドアを開けると、中で刹那以外は驚いて固まっている。ニールの凄まじい勢いに気
押されたらしい。だが当の本人はケロリとしていた。どうもニールの突撃は予想されていたようだ。周
りの目線も気にせず、ニールは刹那を外へ連れ出した。
「早かったな、流石ロックオン・ストラトスだ」
本気で言っているのか良く分からない表情で刹那はニールを見る。『ロックオン・ストラトス』はニー
ルのコードネームだ。ニールも刹那の本名は分からない。
「お前、あのメールはどういう意味だよ!?」
「別に、宣言したとおりだ」
「・・・・・ライルに惚れたっていうのか?」
「ああ」
目の前の少年は立派にカミングアウトを宣言した。ニールは眩暈を覚える。刹那の対象がライル以外で
は納得もしよう。しかし寄りにもよって相手がライルとは!そんなの、そんなの・・・
「お兄さんは許しません!良いか!?ライルはその内可愛い女の子と結婚して、俺に可愛い甥っ子か姪
 っ子を拝ませてくれるはずなんだ!その夢を壊させはしないぞ!?それにライルはお前の事、どう思
 っているか分からん!」
ニールの頭の中には自分が結婚して、弟に可愛い甥っ子か姪っ子を拝ませるという選択肢はぽっかりと
抜け落ちていた。
「問題ない。あいつのベットに潜り込んだが、別に追い出されはしなかった。本当に嫌だったら、俺の
 事は追い出すはずだ。あとはいかに迫るかだ」
弟分として可愛がっていた少年は、淡々と爆弾を投下して行ってくれる。
「あいつのベットに潜り込んだだと!?羨ましい、離れ離れになってからは俺寂しく一人で寝ているの
 に」
ニールのブラコン丸出しの言葉に、流石に刹那が顔を引きつらせる。
「兄であるお前の毒牙にかかるよりは良い筈だ」
「なんつー事言いますか!言うに事欠いて毒牙とは!ホモとあんまり変らんだろ!?」
「ホモで兄弟なんて二重苦過ぎる。だが単なるホモなら、大丈夫だ」
「全然大丈夫じゃないーーーっ!!」
ニールの悲鳴が響き渡る。だめだ、こいつ何とかしないと可愛い弟が大変な世界に連れて行かれてしま
う!ニールが死にそうな顔をして悶絶しているのを余所に、刹那は淡々と言った。
「もう仕事が入っているから。ライルの事は心配しなくて良い」
いや、君が一番心配事だから!そう言ったニールの目の前には、もう刹那はいなくなっていた。


(ライル!兄ちゃんが守ってやるからな!)
決心も固く、ニールは強引に生活拠点をこっちに移した。そしてライルの部屋に転がり込んだ。
「刹那、お前は確かに可愛い弟分だが、もーーーっと可愛い弟のライルはお前にはやらん!」
「ロックオンの意見は聞いていない。俺はライルを貰う」
なんだか本人のいない内に、ライルは物のように取り合いになっている。
「そうだ、ライルは俺がCBにいるとは知らない。お前も俺の事はニールと呼べ。良いな!?」
そう言うと刹那も納得した。どうも刹那も自分の仕事は言っていないらしい。言える訳がないのだ、そ
んな国家機密に近い所での仕事など。
自分が出迎えた時、ライルの驚きようはなかった。
「兄さん!?なんで此処にいるんだ!?」
「そりゃお前、俺ここに引っ越してきたんだ」
「ええ!?だって仕事は!?」
「大丈夫、此処でもできるから問題ない」
「なに刹那みたいな事言ってんのー!?つかなんで俺の部屋?」
「つれないなー、兄ちゃんお前と一緒に住みたかったんだもん」
「だもん、じゃないよ兄さん!ただでさえ刹那もいるから、狭いのに!その上兄さんまで来たら、この
 部屋の許容範囲を超えるよ!?」
「問題ない、ライル」
「刹那・・・・」
「彼にはあっち(と隅っこを指した)で蹲ってもらうから、俺たちはここで引っ付いていればいい」
「刹那君、そんな事兄ちゃんは許しません」
「あれ、そういえば兄さんと刹那って知り合い?」
ライルが首を傾げる。ライルの中では刹那とニールは結びつかない。
「ああ、ここに来た時に知り合ったんだよ」
とニールが誤魔化すと、刹那も頷く。
「義兄さんになる人だからな」
「なりません」
「はあ〜?」
ライルは更に分からない、という表情をして二人を交互に見つめた。ニールの中で何かがプツンと切れ
た。勢い余って抱きつく。
「ライル〜〜〜〜!!」
「ぎゃあああああ!何事!?」
「可愛い、可愛いよやっぱり、俺の弟は!」
「ロッ・・じゃない、離れろニール!ライルが嫌がっている!」
刹那がニールを剥がそうと奮闘している。
「いや・・良いよ刹那。なんつーかこう・・・慣れてるから」
「そうだよな!いつもの事だし!」
自分達を暖かく見守ってくれたおば夫婦も、引きつった顔をしながらやっぱり見守ってくれていた。弟
とのスキンシップは最早異常値まで高まっているのだが、ライルは過剰なニールの行動には慣れてしま
ったのでさして問題ではなかった。そんなこんなで、ニールはライルの部屋に居住する事に大成功。刹
那の行動を阻止するべく奮闘した。もちろんベットにライルが寝ている時に潜り込む刹那を牽制する目
的で自分もちゃっかり潜り込んだり。段々ニールはこの奇妙な同居生活が気に入りだした。それは刹那
も同じであるらしい。
ライルは時々嫌になるのか黙って別の部屋を借りたりして逃走するのだが、そんな事は自分も刹那も許
さない。エージェントの肩書きは伊達ではない、さっさと見つけて連れ戻す。またライルから一軒家や
他のアパートに住み替えるという意見も出たが、あっさりと却下。結局今の部屋に、えらい人口密度で
過ごしている。

そして
(クラウスか・・・あいつは要注意だ)
ライル自身はクラウスの友情を信じているが、当のクラウスはどう見てもライルに思いを寄せている。
これは刹那も同意見であった。というわけで、哀れクラウスはCBの誇る敏腕エージェント二人に睨ま
れてしまったので、なかなかライルにアプローチができなくなった。


ライル!兄ちゃんがお前をきっと、きっと守ってやるからな!もし嫁が来なくても心配するな!兄ちゃ
んが責任もってお前を嫁にしてやるからな!

結局最後の部分がなにか大切な事が抜け落ちている、ニール(24)であった。
 

★ニール視点です。手塩にかけてきた可愛い弟が、よりにもよって弟分に惚れられるという寝耳に水な  状態。 戻る