彼は俺が幸せにする






 
ライルさんの家庭の事情3

刹那は最年少に近い、CBのエージェントだ。しかしぶっきらぼうな表情しか出来ないのが災いして、
自分の周りに人はいなかった。そんな中自分を唯一気にしてくれ、世話をしてくれたのが八歳年上のロ
ックオン・ストラトスと名乗る青年だった。そのロックオンに引きずられるようにして、刹那は他人と
のコミュニケーションの仕方を手に入れた。感謝しても、し足りないくらいだ。ロックオンは変った男
で、便利な都会には住まず刹那から見れば仕事には不便としか言いようのない地方に住んでいた。刹那
はこちらに来るように薦めてきたのだが、ロックオンは首を縦には振らなかった。


そんな疑問はある日、あっさりと解決する。ロックオンから電話がかかってきて、こう懇願されたのだ。
「俺の双子の弟がそちらに行く事になった。俺は直には追いつけない。弟は俺とそっくりだから、狙わ
 れて命を落としたりしたら、俺は廃人になる。だから刹那、あいつを・・・ライルを見守ってやって
 くれ。あいつは俺の仕事のことは知らない、一般人なんだ」
見たこともない真剣な眼差しで、ロックオンは刹那に頼み込んだ。その様子に目を丸くしたが、今はそ
んなに忙しくもない。刹那はその申し出を快諾した。実のところ他の誰でもない、自分を頼ってくれた
ことが嬉しかった。ロックオンは自分とは違い、誰にでも好かれる好青年だから。
「有難う、刹那。俺もそちらに移れるよう、これから直談判するから」
満面の笑みを浮かべて、ロックオンは礼を言った。彼の弟、ライル・ディランディの住所を教えてもら
い、電話は切れた。
(なら早速行ってみるか)
思い立ったが吉日、刹那はライル・ディランディを見に行く事にした。


本当にそっくりで、刹那は驚く。確かにロックオン・ストラトスと間違えられて、危害が及んでもおか
しくはない。ロックオンの心配が、刹那には理解できた。気がかりで仕方なく、刹那は暇があればライ
ルの周囲でうろうろしていた。
が
異変が刹那に起きた。ライルを見ると気分が高揚し、動悸が早まるのだ。こんな事は初めてで、刹那は
困惑する。ライル・ディランディは外見こそそっくりではあるが、どこか抜けていた。言うなれば、さ
っさと軽快に歩いているので目を離した瞬間にずっこけている感じだ。仕事もできるようだし、友人も
すぐにできたようだ。それでも驚くようなタイミングでずっこける。目が離せなかった。そして段々遠
くから見守る事に我慢できなくなる。話してみたい、触れてみたい。その想いは膨らむばかりで、刹那
は本当に困ってしまった。


しかしそれも束の間、とうとう刹那は我慢しきれずに行動に移した。行き倒れを装って、まんまとライ
ルと話すチャンスを手に入れた。空腹で倒れたという刹那の言葉を、ライルは奇妙な顔をして聞いてい
た。だがそれでもドアを開けて、招き入れてくれた。遅い時間だったし、ライル自身も食事を済ませて
いたので、部屋にストックしてあったインスタントを提供された。そしてベットで寝れば良い、という
ライルの申し出を断って、毛布を借りてソファに横たわる。暫くして、静かな寝息が聞こえてきたので
刹那は身体を起こし、ベットに近づく。ライルは自分が言うのもナンだが、あどけない表情で寝入って
いた。そっとその髪に触れる。撫でる。するとどこか嬉しそうな顔をした。その顔を見た時に、刹那の
心に暖かい感情が溢れる。
一回でいいから、話してみたかった。
一回でいいから、触れてみたかった。
そう思っていたはずだったのだが・・・・・・。


翌日、警察での保護を申し出たライルに刹那は大人しく頷いた。そして今迄のコネ等を使い倒して、刹
那はライルが身元引受人であるという書類を作成した。
ライルは目を丸くして困惑していたが、眉を寄せたまま大人しく刹那を連れ帰ってくれた。
「ライル・ディランディ、怒っているのか?」
恐る恐る訊くと、ライルが困った顔をして振り向く。
「怒ってはいない、だけどどういうつもりなんだ・・・?俺達、昨日会ったばっかりだっつーのに」
昨日じゃない、もっと前から見ていたとも言えず刹那は沈黙を貫く。ライルが折れる事は時間の問題だ
 


そしてどうやらライルの方から連絡が行ったらしく、ロックオンから怒りのメールが届く。怒りの余り
高速連射でもしたのだろう、いつもと違って誤字脱字が多かった。が、刹那は動じない。
「安心しろ、俺が責任を持って守って幸せにしてやる」
と返した。それは仕事以外で刹那が初めて欲した、感情だった。ベットで寝ているライルの横に、刹那
は潜り込んだ。人肌が心地よすぎて、眠りが浅い刹那もぐっすりと熟睡してしまう。こんな風に誰かと
寝たのは久しぶりだ。もっともっと小さい頃、母親に抱かれて眠っていた記憶はあるのだが。


そして嵐がやってきた。
「よーーう!刹那!俺が来たからはもう良いぞ!ライルを見守るのは俺が今迄通りするから」
ノックも無しに、ロックオン・ストラトスが部屋にやって来た。尊敬する兄貴分ではあるが、この件で
は招かざる客だ。だがライルの大事な兄には違いない。刹那はすったもんだの末に(ライルの援護も受
けて)なんとか部屋から追い出されずにすんだのであった。


刹那はライルと同居してからというもの、不思議に思う事があった。それはライルの自身へ向けられる
好意の救いがたいまでの、にぶチンぶりだ。ロックオンがライルの部屋にやって来るのは時間の問題だ。
それまでに刹那はライルの「特別な人」になりたかった。色々と不器用にアプローチしてはみるのだが
あっさりとかわされる。ライルからしてみればあどけなさの消えない少年が、本気で自分に告白してい
るとは思えないだけなのだが、刹那は気がつかない。恥を忍んで戦術予報士であるスメラギにも相談し
てみたのだが、その戦術は尽く無駄に終わった。
「アンタもやっかいな娘、好きになったものね」
とスメラギに溜息交じりで言われて、刹那は肩を落とした。ちなみにスメラギは相手が女性だと思って
いるので、戦術が刹那の目標と合わない。だが刹那も言うわけにはいかなかった。相手が男という事で
はなく、ロックオンの弟と知られるのがマズイのだ。情報は一旦漏らしてしまえば、どこから更に漏れ
ていくか分からないからだ。自分達の仕事の内容を考えると、とても言えることではない。


だがロックオンが来てからというもの、刹那はやっと謎が解けた。ロックオンがライルに注ぐ、異常な
までの愛情。あんな偉大な愛情を注がれて育てば、生半可な愛情など気がつかない。ロックオンが自分
に注いでくれた愛情等、問題にもならない絶大なる愛情。なるほど、と刹那は感心した。なら問題は簡
単だ。ロックオン以上の愛情を注げば、きっとライルは自分の感情に気がついてくれる。ライルが鈍い
のは自身へ向けられる愛情だけなので、多分。だがそれななかなかに難しい。刹那は元々感情表現が得
意ではない。それをあのロックオンの愛情以上を注いでいるつもりでも、やっぱり負けているのである。
実は刹那はロックオンがライルにのみ向ける、愛しくてたまらないと言いたげな表情が大好きだったり
して。自分もいつかはあんな風にライルと話してみたい、と思っているのだった。しかしライルのベット
に潜り込もうとすると、ロックオンが一緒になって潜り込んでくるのには驚いた。
(お前の思う通りにはさせないからな)
唇だけ動かして、ロックオンは刹那を睨む。だが刹那にも引く事が出来ない。ふん、と鼻を鳴らしてラ
イルの腕の中に更に潜り込む。ライルは眠っているハズなのに、何かと勘違いしているのか刹那を抱き
込んだものだからさあ大変。ロックオンの目が吊り上り、身を起こそうとする。
(ライルが起きる)
さっきロックオンがしたのと同じように、唇を動かす。と、ロックオンは渋々寝転んだ。



流石に狭いのでライルは時々、家出をする。本人曰く引越しであるらしい。ライルから一軒家に住む、
3LDKに住む等の意見が出されるが、全部却下。そんな事になったらライルのベットに潜り込む理由
が無くなるし、自分とライルの部屋の間にロックオンが部屋を取り妨害してくるのは目に見えている。
そんな事は看過できなかった。しかし家出をされると困るのだ。いつどこでロックオンとライルを間違
えて、襲い掛かる輩がいるか分からない。のでさっさとロックオンと協力体制を引いて、ライルを連れ
戻す。暫くぶーぶー言ってはいるが、そこは悔しいがライルの事をこの世で一番分かっているロックオ
ンが上手く丸め込んでしまう。


安心しろライル、俺が絶対にお前を守ってやるからな!

刹那は決意を新たにするのであった。

 

★せっちゃん視点です。一目惚れという唐突さではなく、じわじわと感情が溢れてくるというのがせっ  ちゃんっぽーいと思って書いてました。しかし頑固さんなのでこうと決めたら一直線。 戻る