彼をキズモノにしちゃったよ
ライルさんの家庭の事情6
ニールの激愛する弟のライルが、刹那にアダルトな事をされてから三日が経った。次の日はお休みでは
あったが、その次の日は当たり前だが出勤して行った。体調を心配してニールと刹那は止めたのだが、
出張の報告をしなければならないと言ってライルが譲らなかった。どこかふらふらと出勤して行くライ
ルを二人は無言で見送った。ライルは意外と几帳面なので、出張の報告をしないと気が休まらなかった
らしい。
「・・・・・・と、思ってはいたんだけどな」
ニールはベットで唸っている弟を見て呟く。報告を終えた後、緊張の糸が切れたのかライルはいきなり
高い熱を出してニールと刹那を慌てさせた。原因は分かっている。刹那の行為だ。流石にバツの悪い顔
をしていた刹那だが、ニールの指示に従って黙々とライルの面倒をみている。だが今日はどうしても外
せない仕事があって、渋る刹那をニールは説得して追いやった。どうせライルが寝入っている時に、や
る事も特に無い。ぼんやりと椅子に座って、ニールは冷えピタをおでこに貼り付けて唸っているライル
の頬を撫でる。元来甘えん坊のライルは、無意識であってもニールの体温に触れると安心するらしい。
今もニールの手に頬を寄せて、眠っている。
(なんというか・・・なーんでこんな事になってんだか)
溜息をつく。ある意味刹那をまだまだ子供と侮っていたんだろう、自分もライルも。刹那のライルへの
好意は良く知っていた。ライルは兄弟愛に近いと思っていたようだったが、変に意識されても困るので
その勘違いを訂正しないでいたのだ。それに刹那はまだ子供だ。どうも初恋らしいので、熱しやすく冷
めやすいと思っていた。まさかこんな事態に発展してしまうとは・・・・・。
「油断したなぁ・・・・」
それはニールの本音でもある。まだライルの方は、女の子と経験があるだけましだろうか。
暫くして、ようやくライルは目を覚ました。
「リゾット作っておいたけど、食べるか?」
「兄さん・・・・仕事は?」
「今日は元々休みだから、気にするな。ちょっと待ってろ、持ってくるから」
「あ・・・・・・うん」
元々休みというのは、嘘だ。強引にもぎ取った休暇だったりして。だがそれをライルは知る必要は無い。
リゾットをよそい、ライルに差し出すともそもそと食べだした。食べれるなら安心だ。食べないと体力
が戻らない。ライルの体質を考えると、更に悪化する可能性のほうが高い。
「兄さん・・・・どうしよう」
ライルが唐突に話し出した。
「うん?」
困惑しきった表情をして、ライルはニールを見つめる。熱に潤んだ瞳が、小さい頃のように不安で揺れ
ている。
「刹那を、キズモノにしちゃったよ」
その言葉を正しく理解する為に、ニールは長い時間を要した。固まったニールをライルは飽きもせずに
見つめている。
「・・・・・・キズモノ?刹那の方が・・?」
「うん」
なんだか自分の認識と壮絶に離れているライルの言葉に、ニールは首を捻る。
「ん?この場合は、普通お前の方がキズモノにされたっていうんだぞ?」
「そうかなぁ。だって刹那は俺が初めての人だって言ってたよ。それまずくないか?年上としては」
最早ライルが何を求めて言っているのか分からないニールは、混乱してきた。
「え、だってお前が誘ったわけじゃないだろ?刹那が行動を起こしたんだろ?」
「うん」
「じゃ、ライルに責任は無いと思うがなぁ」
きっと刹那が此処にいたら、ニールに賛同するだろう。俺の責任だ、だから責任は取るとかの子供は堂
々とニールに宣言して、一触即発になったのだった。・・・・・あくまでライルの知らない所で。ニー
ルは必死で刹那を説得した。お前は若いんだから、不毛な関係に首を突っ込む事はない。大丈夫、ライ
ルはこの俺が立派に幸せにしてやると。後者の言葉が刹那を余計頑なにさせしまった事に気がついても
後の祭り。ニールはライルに刹那がプロポーズしないように、妨害する事を誓ったのだった。が、ライ
ルの反応を見ているとどうも関係する前と、刹那に関する認識が変っていないらしい。ちょっと男とし
て刹那が気の毒になった一瞬ではあった。
「お前、刹那の行為はもう許してんのか?」
「え・・・ああ・・・・うん、そうだね。狂犬病所有の犬に噛まれたと思う事にしたから」
「え?それ発病したら100%死亡する、どえらいお病気ですよ?」
「そうだったっけ・・・・???」
だめだ、熱にまだ浮かされているライルは変な思考しか出来ないようだ。だがニールには言っておかな
ければならない事があった。
「ライル、真面目に話をするとだな」
「うん」
「刹那とのお付き合いの答は、いいえでもNoでもどっちでも良いから早く出してやれ」
「兄さん、それどっちも同じ意味だよ・・・?」
自分もトンチキな事を口走ったくせに、他人のトンチキには素早く突っ込みを入れるライルに、ニール
は肩を落とした。
「それは置いといてだな・・・・。刹那にとってもお前にとっても、このまま曖昧にする事は良くない。
いつか必ずのっぴきならない事態に陥るからな。お前に振られたら刹那も一時期は落ち込むだろうが
すぐに次の恋にいけるからな」
これはニールの本音でもある。どこかで折り合いをつけなければ、刹那もライルも次の段階には行けな
い。
「うん・・・・・」
ライルは不安そうに頷く。
「大丈夫だ、お前が振ったからといって刹那との絆が切れるわけじゃない。そりゃ此処からは出て行く
かもしれないが・・・・・・」
「やっぱりその方が良いのかなぁ」
何故迷う、と心の中でニールは突っ込んだ。少なくともライルはノーマルのはずだ。刹那の恋心に本当
に気がついても、戸惑うだけだ。
「まあ、良いさ。とにかく薬飲んで、また寝ていろ。だが結論は必ず出してやれ。刹那の為にもな」
「・・・・・・うん、分かった。なんだか上手く纏まらないから、元気になったらまた考えるよ」
「ああ・・・・そうしろ」
「ねぇ、兄さん?」
「ん?」
「あのさ・・・・・」
「どうした?」
「俺が寝るまで、傍に居てくれる?」
目の前で両親と妹を亡くしたライルは、独りになる事を異常に怖がっていた。年月が経ち、そんな弱み
も見せなくなり一人暮らしすら平気でしていたが、やはりこんな時は独りが嫌なのだろう。そしてその
ライルが自分を・・・自分のみにそうやって甘える事がニールには純粋に喜びだった。最近はちょっと
素っ気無い事もあるので、更に嬉しさ倍増。
「当たり前だろ、俺はお前の傍にいるよ。だから安心して寝ろ」
「うん、有難う兄さん」
そして当たり前のように右手を布団から出して、ニールに向ける。その右手をニールは両手で包み込ん
だ。ライルが安心したように、笑って目を閉じた。小さな頃から不安がって寝れないライルを、良くこ
うやって手を握ってやった。誰かと繋がっている、という事がライルに安心感を与えるのだろう。ああ
そうか、とニールはようやく思い至る。普通なら刹那の行為は、拒絶したっておかしくない事だ。だが
ライルは迷っている。強引な段階を踏んだとはいえ、刹那との絆が断たれる事をライルは無意識に怖が
っているのだと。
(刹那、分かっているのか、お前は)
刹那は最初から肉親の絆すら、他人の手によって絶たれた少年だった。洗脳され、純粋だった故に両親
に手をかけた。それからは良いように使われる、戦いの駒。そんな刹那を戦場から連れ出したのが誰だ
ったのかは、本人が言わないのではっきりとは分からない。だから刹那は出会った頃から、高レベルの
戦闘能力を有していた。だがその能力に反してのコミュニケーション下手を見ない振りもできずに、な
んのかんのと面倒をみてしまった。それは後悔していない。今では刹那もまだまだだが、なんとか他人
との触れ合いに慣れてきていた。
(女の子とかだったら、俺も全力で応援してやるんだけど)
何故、寄りにもよってライルが恋愛対象になるのか。確かに可愛いけど、と愚痴るニールも大概なのだ
が、実はライル一筋で女の子とのお付き合いもあまりしてはいない。いや、ちゃんと女の子との経験は
あるのだが。
「私より、弟の方が良いんでしょ!?」
デートの最中でもライルを心配して電話を掛け捲ったニールに、当時付き合っていた女の子に付き合っ
ていられないと言わんばかりに振られた事を思い出す。ライル馬鹿が災いして、振られる事も多かった。
だがニールにとってはライルは最重要事項なのだ、今も昔も。確かにお互い大人になった。そろそろ手
を離す時かもしれないと感じた事もある。あくまで感じただけで、実際はかぶりつくよーに手を握って
いてその握った手を離す事など出来ないし、するつもりも無い。
熟睡するライルの寝顔を見つめながら、ニールは考える。
(ほんと、どうなるんだろうな)
★ライルが甘えるのは兄さんだけです。本音が言えるのも。刹那はそれなりに懐に入れてもらえていま
すが、甘えたり本音を言えたりはできません。年上の矜持と言いましょうか。
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