展開が期待していた方向になってない






 
ライルさんの家庭の事情7


刹那が大人になってから、早いもので一ヶ月が過ぎ去った。ライルは刹那をどう説得するか悩んでいた
せっかくできた絆だ、できるものなら切りたくは無い。そして刹那を完全に拒絶して傷つける事もでき
ない。ニールは一応介入してくる気はないらしく、ただ何か言いた気な顔をして黙っているだけだ。そ
して刹那の態度もまったく変らなかった。またあんな事になったらどうしよう?とはらはらしていたの
で、とりあえず安心していた。だがニールの言う通り早く答を出してやった方が良いと思い、ライルは
もんもんとしていた。


「刹那、話がある。ちょっと此処に座れ」
ニールが仕事で部屋にいない時、ライルは刹那を呼んだ。刹那がとことことやって来て、何故かライル
の膝に乗った。しかもライルの方を向いて。刹那と顔が近くて、ライルは落ち着かなくなる。
「いや俺の膝じゃなくて、そこの椅子に座れ」
「別に此処でも良いだろう。で、話とはなんだ?」
「良くないって」
そう言って刹那を膝から降ろそうとするが、頑として動こうとしない。無言の戦いがあった後、やはり
先に音を上げたのはライルだった。
「じゃあ・・・・このままで良いから、取りあえず聞いてくれ」
「わかった」
一応どう言おうか決めていたのだが、刹那の突飛な行動に驚いて筋書きは軽く吹っ飛んでいた。しかし
此処でキチンと言っておかなければ!とライルは自分を鼓舞した。
「刹那は・・・・その・・・俺の事が好きなのか?」
刹那の目が丸くなる。刹那としても、大人になった出来事について話されるだろうとは思っていたのだ
が、今更こんな初歩的な事を言われるとは思っていなかった。
「ああ、好きだ」
「・・・・・恋愛感情でか?」
「ああ」
きっぱりと言える刹那は、大変男らしかった。うっかりライルは照れてしまうが、それどころではない
と慌てて思い直す。
「それがどうした?」
非常に不思議そうに訊かれて、うっと言葉に詰まる。
「いやその・・・・そっか。有難う。俺も刹那が好きだよ・・・・弟みたいで」
刹那はじっとライルを見つめて、言葉を聞いていた。
「俺はさ、刹那も知っての通り兄さんに甘やかされて育ってきた。だからかな、刹那が弟みたいに思え
 てすっごく嬉しかった。実際としてはそんなにお前の面倒がみれていないけど」
甘やかされる、なんてレベルではないと刹那は思う。あれはもう言ってしまえば神の領域に達する愛情 
ではないかと。
「だけどさ・・・やっぱり俺は刹那が道を踏み外すのは嫌なんだ」
「別に踏み外した覚えは無いが」
「思いっきり踏み外してるよ!俺が初めてなんて、大問題だ」
「そうか?俺は満足している」
「あぅ・・・・・」
照れもせず、動揺もせず、刹那は実にあっさりと言ってくる。対するライルは顔を赤くして、口篭った。
ふと刹那の手がライルの頬に触れ、撫でてくる。思わず流されそうになる自分を叱咤激励した。
「いいか、刹那。お前は世間を知らないまだ子供だ。だからそんな事を言うんだ」
世間なんてライルより刹那の方が、よっぽど良く知っている。しかも修羅場で。しかしライルは知らな
い。刹那の事もただの子供だと思っている。そんな意識の違いを知らず、ライルは滔々と話す。
「もっと広い世界を知ってさ、色々体験してみろよ。女の子ともつきあってみろって。きっと俺に対す
 る気持ちは恋愛感情でないって分かるから。だから早まるなよ?」
ライルとしては随分とキッパリ言ったつもりだった。此処まで話せば聡い刹那の事だ、すぐに分かって
くれる、そう思った。刹那が可愛い彼女を作って此処を出て行ったとしても、ちょっとは寂しいがそれ
は非常に喜ばしい事なのだ。そう思い、ライルはまっすぐに刹那の目を見つめた。ところが刹那は何を
思ったのか、いきなりライルの両手を自分の両手で包み込んだ。
「?」
首を捻る。
「お前の話は良く分かった」
そう言われてライルはほっとした。良かった、自分の話はちゃんと刹那に通じたのだと。
「俺にもっと鍛錬して、お前に相応しい人間になれという事だな」
「はい!?」
なんだろう、いきなり話が期待していたのと違う方向へ吹っ飛んだ。
「い・・・いや刹那ぁ?」
ぎゅ、と刹那の手に力が篭もった。
「女性との付き合いも考えてみよう。きっとお前の良さを痛感するんだろうな」
「あの・・・刹那さん・・・・・・?」
混乱するライルを余所に、刹那はなにやら燃えてきたようだった。
「期待しててくれライル。俺は修行してきっとロ・・・ニールよりもお前に相応しい男になってみせる」
修行!?なにをどう修行するというんだ、刹那!つか兄さんよりも俺に相応しいって、一体なにごと!?
ライルの心の中にはそんな突込みが多々溢れたが、動転の余り言葉として発する事が出来なかった。そ
の間にも、刹那の脳内では色々と展開されている。うかうかしている状況ではないのだが、ライルとし
ても此処まで曲解されるとは予想外だったのだ。刹那が無理に曲解している可能性も捨てきれないのだ
が、なんせポーカーフェイスの奴だ。どこまで本気なのか、分かったものではないとライルは混乱しな
がら思った。
そして
結局上手い言い方を考える暇も無く、刹那は仕事だと言って出かけてしまい(しかもライルの頬にキス
までしていった)後には呆然としたライルが部屋に残されたのだった。


夜、ニールは仕事を終えてご機嫌で帰ってきた。刹那と入れ違いの仕事だったので、久し振りにライル
と二人きりの夜を迎えられる彼は相当浮かれていた。
「ただいま〜vライルゥv」
そんな事を言いながらバッターーンと勢い良く、ドアを開けて・・・・悲鳴を上げた。
「ぎゃああああああ〜〜!!悪霊退散っっ!」
動揺したあまり、そんな意味不明な事を叫ぶ。
「俺は悪霊かよ・・・・・」
部屋の電気は点いていたので明るかったが、その中でどよ〜んとした黒い空気を纏っているライルを見
て思わず悲鳴を上げたニールに罪は無いだろう。剣呑とした目つきで最愛の弟に見られたニールは、首
を捻る。少なくとも朝、自分が出て行く頃は機嫌が良かったはずだ。今日は何処にも出かけないと言っ
ていたし、同室者は刹那だ。機嫌が悪くなるものが思いつかない。
「兄さん・・・・・」
「どうした、弟よ!」
ドアを閉めて、ライルに近寄る。
「ちょっと相談したい事があるんだ。此処に座って?」
そう言われて、ニールは当然のようにライルの前にある椅子に座る。
「そうだよな、これが普通の反応だ・・・・」
「ラ・・・ライル・・・・・・?」
なにやら暗い顔をしてぶつぶつ言っている弟が心配になる。
「お前、俺がいない間になにがあったというんだ?」
そう問いかけると、虚ろな眼差しでニールを見る。
「兄さん・・・」
「なんだ?」
「俺さ・・・・刹那に話したんだよ」
「そっか・・・・ついに」
とうとう決断したのか、とニールは思った。どう刹那を説き伏せようか、と悩んでいたライルを知って
いるからこそ、感慨深い。刹那を振って、落ち込んでいるんだなとニールは見当をつけた。
「で、刹那は納得してくれたのか?」
「それが・・・・・」
ライルはニールにありのまま話した。聞いているニールの顔が段々引きつっていくのが分かって、ライ
ルとしても心苦しい。最後の方には「??????」となってしまった兄の顔を見つめた。
「なんつーかさ、兄さん、俺、何か間違った事言っただろうか?」
そう訊ねられてもニールには返答できなかった。まさか落ち込むどころか、燃え上がってしまったとは
予想外だった。おかしい、刹那はこんな鈍感な子じゃなかったとニールは悩む。そういう事に鈍感では
とてもSPなどの仕事などできはしない。しかしライルから聞いた状況だと、わざと勘違いしていると
いうのも考えられない。そこんとこは大変嘘がつけない性格なのだから。ライルを見ると、頭を抱えて
いる。それはそうだろう、ニールでも此処まで言って、明後日の方向に覚悟完了されれば頭を抱える。
トレミーチームに入ってから、ずっと刹那の面倒をみてきたと言っても過言ではない。その分、ニール
は刹那の性格等を完璧に抑えていると自負してきた。実際刹那は他人が驚いても、ニールが驚くような
事はした事がない。それなのに何故かライルに関することだけは、ニールの度肝を抜く。前回の大人に
なった事件もそうだ(ただし直前までそんなつもりはなかったらしいが)その前にライルに恋して接触
を図った挙句に、いついてしまった事もそうだ。最愛の弟と可愛い弟分がひっついていたりすると、微
笑ましいが胸の奥で嫉妬の炎がメラメラと燃えてしまう。その位置はライルにどんなに親しい友人がで
きても、自分だけの位置だった。それは兄弟という絆にも支えられている。しかし刹那は他人でありな
がら、ライルの懐にスルッと関西・・・じゃなくて入ってしまった。それがどれだけニールを驚かせた
か、刹那は知らないんだろうなと思う。
「聞いてんの、兄さん?」
ライルの声で我に返る。
「ああ、聞いてるよ」
「どうしよう・・・キズモノにしちゃった責任感じるよ」
「いやライル、キズモノって刹那じゃなくてお前の方じゃないのか?」
「そんな事無いって。別に俺、傷ついているわけでもないし・・・」
「ううむ・・・・・」
ここにも自分の育て方が悪かったのだろうか、と思う奴がいた。ニールは眩暈がした。
「まあ、刹那の事はほっておけよ。ライルが言った通り、可愛い女の子と付き合ったりすればきっと分
 かってくれんだろ?百聞は一見にしかず、だ」
「それなら良いんだけど・・・・」
刹那は大変な朴念仁であった為、今迄女の子とお付き合いした事はない。彼の傍にいる女性は、あのス
メラギやクリス、フェルトぐらいだ。スメラギには遊ばれて、クリスには一緒に撮った(クリスが強引
に)写真を『彼氏ですv』とばら撒かれて、意外と人気のあった彼女のファンに襲われかけた。ちなみ
にクリスも悪戯でしたわけでもなく、ストーカーっぽい人に絡まれているという事情もあった。その男
は刹那に果敢にも一人で挑み、散ったらしい。そういう問題のないフェルトは、お互いに興味がないら
しく、一定の距離を保っている。そんな中で育てば女性に対して苦手意識も出ようというもの。流石の
ニールもそんな男女のお付き合いを指南してやるわけにもいかず、今迄きたのだ。そのツケが回ってき
たというのであろうか?ニールの苦悩は無駄に深かった。
「それからさ、ライルも彼女作れば?」
「え?」
「お前だってモテんだろ?さっさと彼女作っちまえば、刹那も諦めるんじゃね?」
「そうかな・・・・?」
「そうだよ」
ニールは笑った。ちょっと引きつった笑いだったけれど。


そして
事件がおこる。


★せっちゃん無駄に覚悟完了ですが、本人は大真面目。兄さんは最後の部分であんな事言ってるけど、  実際彼女ができたらそりゃもう大変な事になります。今までもライルに彼女ができる度に、大変な事  に。 戻る