え、こんな事になるなんて!






 
ライルさんの家庭の事情8

「ライル、朝だぞ。いい加減起きないと、遅刻だぞ?」
実兄であるニールの声が聞こえてくる。
(あと・・・・五分・・・)
心の声は流石に兄には伝わらない。やけに眩しい気がするのは、朝日が自分の顔に燦々と降り注いでい
るからなのだろうか。
「こーら、早く起きろって。朝飯が冷めんだろ?」
兄がライルの髪を撫でる。そうされると心地良くて、余計起きれない。
しかし・・・・・なんだ。
なんでこんなに眩しいんだ。
俺の部屋、こんなに朝日が射したっけ?
ライルはうっすらと目を開け・・・・・そして飛び起きた。
「なんじゃああああああ、こりゃああああ!?」
ライルの絶叫が響く。床が金、柱も金、壁も金、金ぴかだらけ。しかも調度品まで金。ライルは眩しさ
のあまり、卒倒しそうになった。
「え・・・と、どうしちゃったんだっけ、俺・・・・?兄さん、刹那・・・・」



「おや、いらっしゃい。ライル君」
「お久し振りです、ビリー教授」
ライルはとある大学の研究施設に来ていた。もちろん、ビジネスの話で。彼を迎えてくれたビリー・カ
タギリ教授は若くしてこの地位まで上り詰めた、天才と名高かった故エイフマン教授の秘蔵っ子だった。
ライルの会社とは製品開発で共同作業などをしており、莫大な利益をもたらしている。いつもにこにこ
と温和な笑顔を浮かべ気さくなビリーは何故かライルとウマが合い、それを知った会社の方で担当者に
されていたのだった。どうぞ、と薦められたソファの前にあるテーブルには、相変らずビリーの好物の
ドーナッツが鎮座していた。思わずライルは吹きだす。
「相変らず、ドーナッツがお好きなんですね」
そう声を掛ければしまったという顔で振り返り、苦笑した。
「しまったな、来客の時はドーナッツを隠せとあれだけグラハムに叱られていたのに」
「そういえばグラハムさんは?」
「ああ、なんでも会社の方から呼び出しを受けてブツブツ言いながら行ったよ」
ビリーはその才能ゆえに意外と多くの組織から、誘拐等の手荒い勧誘を受けている事はライルも知って
いる。本人も注意すればいいものの、研究者の世間知らずが災いして危ない目に多々あっていた。その
為に所謂民間ではあるが、SPが就いているのである。その名をグラハム・エーカーという。ビリーも
変ってはいるがこのグラハムという男は、更に変っていた。大げさな言い回しと芝居がかった態度。最
初度肝を抜かれた事は、まだ記憶に新しい。しかし腕は確からしく、何度もビリーの危機を救っている
らしい。ビリーを訊ねて来たはずなのに、いつの間にかグラハムとの会話となり、当のビリーは椅子に
座って何やらいじくっているという事も珍しくなかった。
(立派な成人男性に『姫』はなかろうよ・・・)
そうグラハムは何故か初見からライルを「姫」と呼ぶ。厳密に言うと「姫1」がビリー「姫2」がライ
ルらしい。なにをもってそう呼ぶのか、聞いたこともないし聞きたくない。ので今迄頑張って「姫」と
呼ばれても、あまり明確に返事はしていない。しかし兄であるニールが弟が「姫」呼ばわりされている
と知ったら怒るだろうか?(実は誰にも言っていない)ライルに対しては過剰なスキンシップと、言動
を持つ兄だ、案外意気投合してしまうかもしれないと思った自分が嫌だ。
(・・・・・・・刹那は・・・どうなんだろうな)
大人になる手伝いをしてしまった事にもなる幼い少年を思い浮かべる。最近はニールの過剰なスキンシ
ップを目撃すると、俺も混ぜろとばかりに割って入ってくるようになった。ぎゅうぎゅうと今迄以上に
挟まれるライルは、うっとうしい反面ちょっと嬉しい。基本、甘えん坊だから。


良い香りのするコーヒーを提供されて、ライルはそれを堪能する。目の前のビリーはコーヒーを飲みな
がら、ドーナッツをパクついていた。嬉しそうに。なんだか微笑ましくてニコニコしてしまうと、その
視線に気がついたらしいビリーが困ったように笑った。
「君はドーナッツの食べすぎだ!ってグラハムに言われてね、しばらくお預けくらってたんだよ」
良く分からない思考回路の男ではあるが、ビリーのあまりにも適当な食生活その他に黙っていられなか
ったらしく、グラハムは実にこれに関しては根気良く仕切っている。研究に没頭すればうっかりすると
一日中コーヒー以外口にせず、しかもそれが原因で(栄養失調で)倒れられたりすると自分の沽券に関
わると珍しくぼやいていたグラハムを思い出す。今では朝・昼・晩と決まった時間にグラハムに食堂や
レストランに引きずられてちゃんと食事を取っているビリーは、出会った頃に比べて大分顔色も良くな
ったと思う。これはグラハムの努力の賜物なのだろう。そのままこの二人は親友になってしまったらし
い。
「グラハムさんの言ってる事は、正しいですよ。ちゃんと食事を取って栄養取らないと」
笑いながら言うと、ビリーがグラハムと同じ事を言うと苦笑する。
「しかしこう言っては失礼ですが、グラハムさんがいないと随分静かですね。この部屋」
「そうなんだよ、いつも二人でわいわいやっているからね。でもたまには良いよ、静かなのも」
「なんだか、分かります。その気持ち」
「へえ?そう?」
「俺の家も居候と実兄が同居しているので狭いし五月蝿いと思うんですが、たまに二人ともいないとや
 っぱり静かで・・・・ちょっと寂しいですね」
「あはは、確かにね。今や家にいても誘拐されかかったりしたもんだから、グラハムと同居生活みたい
 になっちゃったなぁ。いないと静かだけど落ち着かないかな?」
ライルは心底ビリーを尊敬申し上げていた。「あの」グラハム・エーカーと終始一緒にいれるなんて、
とても自分には出来ない。多分、一日で精神による過労死をする。これは良い所のボンボンたるビリー
のお呑気な性格が、グラハムのせっかち且つ変人を受け入れておれるんだろう。
「さてと、お仕事お仕事。で、今日は何の用だったかな、ライル君」
「あ・・・それはですね・・・・」
ライルは会社から持ってきた書類を机に広げて、説明をしだした。


突然ドアが開いた。グラハムが戻って来たのかと振り向けば、そこには覆面をして銃を構えている男達
が数名立っていた。
「なっ!?」
絶句するライルと正反対に、ビリーは静かに微笑んだ。
「おや、誰だい?」
侵入者達はその問いかけに答えなかった。リーダーらしき人物が、ビリーに歩み寄る。
『お迎えに来たのさ。一緒に来てもらおう』
「それはそれは・・・・。此処のセキュリティはどうしたんだか」
ライルは恐怖で固まってしまっているのに、ビリーはのほほんと会話をしている。・・・・・違う、会
話をする事によって時間を稼いでいるのだ。きっと待っている、あのグラハム・エーカーが来るのを。
『残念だったな、グラハム・エーカーだったか?やっこさんはしばらく来ないよ』
「成る程、グラハムへの呼び出しは嘘だったってわけかい?」
『まあ、そんなもんだ。っと・・・・お前は!?』
ライルの顔を見て、リーダー格の男が驚いている。
「?」
自慢じゃないが記憶力は良い方だ。だがこんな物騒な奴らに驚かれる記憶は無い。ビリーが少し慌てた
ように立ち上がった。
「待った。彼は関係ないよ。連れて行くなら僕だけにしてくれないかな?」
そう言いながらライルと男との間に割って入る。ビリーに背中で守られる立場となったライルだが、ま
だ恐怖で動けない。なんだこれ、ドッキリか?と自分を誤魔化すので精一杯。それはそうだろう、自分
は一般人でこんな目にあった事はない。自然に身体が震えてくる。
まっ先に浮かんだのは兄の顔だった。
(兄さん・・・・!)
心の中で縋るように呼びかける。当たり前だが脳内の兄は返事を返してくれる事はない。まだライルを
庇うビリーとリーダー格の男が言い合いをしているが、ライルの耳には届かなかった。
『埒があかねぇな、良いからビリー・カタギリ教授さんよ、一緒に来てくれ』
そう言ってビリーを連れ出そうとする。
「ビリー教授!」
初めて声が出た。しかしビリーは申し訳なさそうに振り向いただけだった。どうやら此処から連れ出さ
れるらしい。だがライルはどうなるのか。
ジャキ
「ひっ」
銃口が迷いなく、ライルの眉間に押し当てられる。自分は目撃者となってしまったのだ、ここで殺され
るのは認めたくはないが当たり前の事でもある。だが再び固まり、歯がガチガチとなる。此処で俺は殺
されるのか?だがそんなライルの怯えるさまを観て、男は銃を下ろした。
「?」
助かったのか、そう思った次の瞬間鳩尾に男の膝頭がめり込んだ。
「ぐっ・・・・」
たまらずライルは崩れ落ちる。床にうつぶせに倒れたライルは、段々と意識が遠くなるのを感じた。顔
を上げさせられ、布で口と鼻を押さえられる。
「!・・・・!!!」
逆らう事もできないまま、ライルは暗闇に落ちていく。


(兄さん・・・・・・刹那!)
暗闇の中、ライルは兄と刹那に手を伸ばした。それは届くことなく、すり抜けて行ってしまった。


『なんでぇ、噂のロックオン・ストラトスも大したことねぇなぁ。がっかりだ』
そんな声を薄っすらと聞きながら。


★とうとう兄さんが危惧していたことが、起こってしまいました。ちょっと事情は違うけど。次回は  「兄さん怒りのアフガン」です。・・・・ランボーって知ってます?(弱気) 私はグラビリ者ですが、此処のグラとビリは大親友です。そして両者共に健全な意味でライルさんが  大好きです。 戻る