許さん、狙い撃つぜっ!






 
ライルさんの家庭の事情9


それはスメラギの声で始まった。
「皆、大変よ。『あの』ビリー・カタギリ教授がまた誘拐されたらしいの」
「またっすか、あの御仁」
うんざりするように答えるのは、リヒティだった。ここは『トレミーチーム』の部屋。ロックオンたる
ニールはなにやら書く事があるらしく、机に向かって黙々と万年筆を動かしていた。ニール自体は会っ
た事はないが、ビリー・カタギリは有名人なので知っている。CBの面々曰く『誘拐され名人』とも言
われるぐらい、そんな目に合っている人だった。だから皆さして驚かない。なんだか酷い気がするが、
まあ気のせいだ。
「それが今回の大変なところは、とばっちりを受けて一般人が一緒に誘拐されているのよ」
流石に面々に動揺が走る。
「誰なんですか、その一般人って」
アレルヤが静かに問いかける。その横でハレルヤが「運のない奴だ」と呟いていた。
「まだ名前しか分かってないのよ。どうも商談で来た時に襲われたらしいわね」
「彼は凄腕のSPがついていると聞いている。そのSPはどうした?」
ティエリアが壁に背を預けながら、聞いてくる。
「なんでも会社からの呼び出して、いなかったらしいわ。しかもその呼び出した奴が誘拐犯とグルだっ
 たらしくて、早速血祭りに上げられたらしいけどね」
「じゃあ、その血祭りの人に聞けば解決ね」
クリスが人差し指を立てて笑ったが、スメラギは首を横に振った。
「案の定、そこまでは知らされてなかったようよ」
「用意周到だな」
ラッセが感心したように呟く。
「で、一緒に誘拐された一般人はね。ええと・・・ライル・ディランディという名前らしいわ」

ボギィッ

何かが激しく折れる音がした。そして

じゃかじゃ〜ん、じゃらららららら〜。じゃかじゃ〜ん、じゃららららら〜

「こ、これは必殺な仕事人が仕事をする時のBGM!」
リヒティがうろたえたその時
「うおっ、熱っちい!」
ラッセが悲鳴を上げた。恐る恐るメンバーが音とBGMと炎の発生した場所を見ると、そこには固まっ
ているニールがいた。ゆらり・・・と立ち上がる。
「それは本当なのか、ミス・スメラギ・・・」
あまりの変貌振りに、流石のスメラギも動揺する。
「え・・・ええ・・・・王留美からの確定情報よ・・・・。どうしたの、ロックオンあなたらしくない
 わね」
「はははは・・・・・これが変貌せずにいられるか」
「え?」
「ライル・ディランディは俺の弟だっ!!」
これには飲み会に参加した者達が、度肝を抜かれた。
「ええっ!?あの可愛い弟君?」
スメラギはあの時会ったそっくりな容姿の、彼の弟を思い出した。そして酔っていたとはいえ、平然と
弟にちゅーをかましたニールの溺愛振りを。名前は本人もニールも言わなかったし、スメラギ達として
も聞く気もなかった。どう見ても一般人だった彼の事を知らない方が良いからだ。しかしなんという事
なのだろうか、とスメラギは思った。大体単独での誘拐が多かったビリー・カタギリ教授と一緒に誘拐
されたのが、このロックオン・ストラトスの弟とは。なんだか悪い夢でも見ている気がしてきた。
「待ってくれ、ロックオン!落ち着いて!」
アレルヤの悲鳴が聞こえてきて、スメラギは我に返った。そこにはいつの間に武装したのだろうか、ベ
ストのポケットにはいっぱいの手榴弾を、腰には拳銃を、そして手にはバズーカを持って仁王立ちして
いるニール。・・・・・何故か鉢巻をしていた。
「待って、ロックオン」
「止めるなよ、ミス・スメラギ。許さん・・・・絶対に許さん!」
「って、ドコにむかって突撃する気なの?彼らがドコへ行ったのかも分からないというのに!」
「そんなもの、ライルの匂いを追跡していけば分かる!」
犬か、お前は。
その場にいた全員が心の中で、突込みを入れた。
「可愛いライルが、荒くれ共に捕まったとなれば粗相をされる可能性が高い」
真顔で言い放つニール。
「待てよ、粗相って女じゃないんだからよ」
若干呆れたようにハレルヤが答える。
「お前はライルの可愛さを知ってんだろ!?襲われてたりしていたら・・・・・わあああ、ライル!」
メンバーにはニールが其処まで大騒ぎする理由が分からないのだが、ニールにしても根拠はある。自分
が酔っ払って目を離した隙に、少年に美味しく頂かれてしまった事実が。そりゃ自分もちゅーしたり、
抱きついたり、後ろから抱き付いて耳をはむはむしてみたりしたけど、いただく事はなかった。故に自
分ぐらいしかこんな事しないと漠然と考えていたので、あの事件は実は相当ショックだった。
「ラ・・・ライル・・・・・。ライルに何かあったらっっ!」
そう言って頭を抱えて喚き散らすニールに、一同呆然。ニールは実働部隊の兄貴分という事もあり、い
つも飄々として余裕の態度を崩さないからだ。トップが揺らげば下も揺らぐ。これは戦闘になった場合
非常に危険な事。なのでピンチであっても、表面上は余裕を崩さないこの男が、恥も外聞もなく大騒ぎ
している。それはスメラギ等の年長組は勿論ではあるが、ニールを尊敬しているティエリアと淡い恋心
を持っているフェルトには驚愕以外の何者でもない。
「ミス・スメラギ、場所は?場所はまだ特定できないのか?」
特定できた、と言えればどんなに楽だろうとその場にいた全員が思う。しかし残念ながら相手の居場所
どころか、どこの組織が動いたかも分からないのだ。かなりのプロがどうも関わっているらしい。


デロデロデロデロ・・・・・
いきなり緊張を更に増すような、不吉な音が響く。ニールは憮然とした顔のまま、携帯を握った。
(なんて不吉な着信音設定してるのよ?相手、誰?)
スメラギは頭が痛くなっていた。目頭を押さえて溜息をつく彼女を、メンバーが気の毒そうに見つめる。
ニールにかかってきた連絡の相手。それは・・・・
『お兄さんですか、大変です!』
「うっせ、お前の兄さんになった覚えはねーよ。クラウス」
それはライルの会社の同僚の、クラウス・グラードであった。会社の方に連絡が飛んだらしい。そう考
えるとクラウスの対応は早く、且つ間違ってはいなかったのだが。生憎とライルを狙っているとマーク
している相手から電話を受けて、ニールの底辺の機嫌が更に落ちていく事となった。目がもう据わって
しまっている。気のせいか、黒いオーラを纏っているようにも見えた。
『ライルが誘拐されました』
普通の家庭であればこれが第一報となるはずなのだが、ニールは諜報機関のメンバーだ。情報はどこよ
りも早く来る。
「知ってるよ」
『え?』
「知ってる、そして許さん!というわけで、殺る気満々だからな」
『あの・・・・・』
「狙い撃たれたくなかったら、暫く電話して来んな。良いな!?」
ニールの迫力に気おされてか、クラウスは早々に電話を切った。
「ったく、この気が立っている時に・・・・」
ぶつくさ言いながら、携帯を放り投げるニール。明らかにイライラしている。これは下手に声をかけな
い方が良いと判断した賢い面々は、早く情報が齎される事を祈った。


シュン、とドアが開いた。入ってきた刹那は、あまりの気まずい雰囲気に目を見張る。説明を求めるよ
うにメンバーを見るが、皆怖くて口を開けない。
「?」
「よく帰って来てくれた、刹那・・・・」
何故か床に胡坐をかいていたニールが、ゆらりと立ち上がる。
「?どうした?何があった?」
首を傾げる刹那。そんな刹那をニヤリと悪い笑顔を見せて、ニールは口を開いた。
「ライルがな・・・・・」
「!ライルがどうした!?」
「誘拐された」
「なんだと・・・・・・・っ」
刹那の顕著な反応に、又しても全員が目を丸くする。嫌な話だが、誘拐事件そのものはそんなに珍しい
事ではない。刹那は色々な修羅場をくぐって来たのだ、そんなに驚く事でもないのだが。
「ライルが・・・・・」
「ああ、あの可愛いライルがだ」
「なんという事だ、ロックオン。ライルがけしからん事をされる前に、救出しなければ!」
なんという事だ、とはこっちが言いたいとメンバーは思う。何故ニールと同じ方向へ警戒がむくのだ?
二十四歳の立派な成人男性だろう?という彼らの言葉は、そっと心にしまわれた。ここでそんな発言し
ようものなら、狙い撃たれるか駆逐されるのがオチだからだ。仕事での危険な目に合って命を落とす覚
悟はあるが、なにやら色ボケっぽい仲間によって命を落とすのは誰だって嫌だ。
「行くぞ、ロックオン。ぐずぐずしている暇はない」
「ああ・・・・お前の言うとおりだ」
刹那は流石ニールに育てられただけあって、既に完全武装をしていた。
「はえ!」
ラッセが驚いたように、声を上げる。そして

ダダンダンダダン、ダダンダンダダン、チャララ〜

先ほどから鳴り響いていたBGMが、突然変った。
「・・・・・今度はターミネ○ターかよ」
怖いもの知らずのハレルヤが、やってらんねとばかりに吐き捨てる。その横でアレルヤが何故か感動し
ていた。
「凄いよハレルヤ!人間って気分次第でBGMが出せるんだね?」
これまた凄い勘違いっぷりを披露するアレルヤに、ハレルヤは投げやりに「そーか良かったな」と相槌
をうっていた。
「だから!場所も分からないのに、突撃しないでちょうだい!」
スメラギが切れた。
「いいこと?もし貴方達が不用意に騒いだり、突撃したらライル君がどうなるかわかったものじゃない
 のよ?」
「それは確かにそうだが、俺の弟の貞操の危機なんだ!のんびり構えている場合じゃない!」
「ロックオンの言う通りだ」
「だまらっしゃい」
ピシャリ、とスメラギはぶった切った。
「本来、身内の救出作戦には参加させないのがセオリーなのよ?」
「そんなぁ!」
情けない声を上げるニールに、スメラギはびっと人差し指をむけた。
「私がなんとか救出作戦に参加できるように取り計らってあげる。だから大人しくしていなさい」
「おー出たな、飴と鞭。流石優秀な戦術予報士だ」
そんな呑気なハレルヤの声は、音もなく八つ当たりをしたいニールと刹那によって途切れたのだった。



★兄さんとせっちゃんが、トランザムバースト状態に入られました。そりゃもう、二人とも真っ赤です  よ。 戻る