上手くいかない世の中




真昼の月


開けた扉の先に、もう会えないだろうと思っていた人物が立っていたのを彼は驚きに満ちた表情で見つ
めた。

が

ニヤリと笑い「入れよ」と扉を大きく開けた。


いつどうしてそうなったかは分からないが、とにかく気がつけばライルの中にニールがいた。聞けば、
ニール自身もどうしてライルの中にいるのか、皆目見当もつかないらしい。記憶は破損していたGNア
ームズの爆発に巻き込まれた以後の事は無いらしい。とにかく気が付いたらライルの中にいたんだそう
だ。
大喧嘩をしたもののそれからのニールとの関係は良好だった。ニールとの会話は楽しかったし、色々と
ケルディムの運用法なども相談出来て、ライルには良い事だらけだった。戦闘時ではハロと共に周囲を
警戒してくれるが、ニールは滅多な事ではライルの戦い方に口を出さなかった。
『俺とお前の戦闘の仕方は似ているようで違うからな。意見を求められたら言うが、それ以上は過ぎた
 口だし。変に口を出してお前の集中力が途切れたりする方が大問題だ』
だからこそライルはニールの指示には真っ先に従うのだ。彼が指示を出すという事は、緊急事態である
事が多い。その指示で助かった事も多かった。だから感謝している。
ただ1つ申し訳ないと思ったのは同じマイスターである刹那・F・セイエイとの関係だ。所謂恋人同士
だったのでニールの驚愕は凄まじいものだったが、それは当たり前だと思う。可愛がっていたという弟
分と実弟が出来あがっていたのだ。どちらかが女性ならばニールも驚愕せずに済んだのだろうが、生憎
同性同士で。それについては一応公認というか納得を無理やりしてくれたらしいが、未だになんとも言
えない感情を持っているらしい。ライルにしたって刹那と別れたくはない、それでもバレた当時のニー
ルの驚愕とその後に納得するまでの憔悴を思いだすとやっぱり「ゴメン」と謝まってしまう。
『良いんだよ、刹那の奴もお前を大事にしてくれてるみたいだし』
その度にそう言ってくれるのが、せめてもの救いだった。

ライルの中に復活したニールが絶対にしない事。それはトレミークルーとの接触だった。その気になれ
ばハレルヤのように、ニールが表に出てくる事は可能だ。ライルはそれとなく接触してみたら?と勧め
てみたのだが、頑としてその意見を受入れなかった。
『俺は仲間の生死がかかった戦いに私情を持ちこんで、そのまま離脱してしまったんだ。そんな俺があ
 いつらと会ったり話したりする資格は無いよ』
こうは言うが明らかにライルの微妙な立場を察して、ライルが疎かにされない為に出て来ない事は明白
だ。それにクルーが語る「初代ロックオン伝説」で本人曰く過大評価されて接触しずらいとも言ってい
た。
『あいつらの語りを聞いてると俺、そんなに凄い奴だったのかって感心しちゃうよ。その内トイレにも
 行かない、とかえらい事言われそうだしなぁ』
割と本心から言ってるらしい。
「まぁ・・・・兄さんがそれで良いなら、俺がどうこう言える立場じゃないしな」
ニールが望まなければライルとしても引っ込まざるを得ない。たとえそれが本心じゃなくてもだ。


だが世界というものはそうそう優しいものではないらしい。CBで受けた健康診断の結果を聞く為に訪
れた施設で、秘密裏に別室にライルは呼ばれた。何事かと行ってみれば、険しい表情でこう言われたの
だ。
「貴方の中に初代ロックオンがいますね?このままだと最悪2人共消滅する事になりますよ」
「・・・・どういう意味だ」
「2人分の人格が宿っているせいで、貴方の身体が持たないんです」
「そんな馬鹿な!アレルヤとハレルヤはちゃんと両方とも存在しているじゃないか!」
「それは元々1つの魂に2つの人格が現れたからです。しかし貴方の場合は違う。1つの身体に2つの
 魂が宿ってしまっている。言うなれば1つのコップに2杯の水を入れるようなもの。そのままでいけ
 ば、いつか身体が限界を迎えてしまいますよ」
どんな生き物でも1つの身体に1つの魂というのが、セオリーだ。例外は妊娠だろうが。そう言われて
ライルは初めて最近疲労気味だった事に気がつく。
『なら俺が消えるよ。ってどう消えたら良いんだか良く分からないが・・・。これはライルの身体だか
 らな。俺は居候のようなもんだから、俺が消えるのが筋ってもんだろ』
明るくそう言うニールに、ライルは不快感を覚えた。だが反対の立場だったら、きっとライルもニール
と同じように言うだろうと考え直す。
「・・・・・じゃあ、どうすれば良いんだ?」
「それはこれから調べます。限界が来ると言っても今日明日の話ではありません。時間の余裕はあると
 見ていますから」
なるべくベターな方法を検討します、と施設員に言われてライルは頷いた。


それからミッション以外では、どうすればベターなのか考える事が多くなった。ニールはあっけんから
んと自分が消えると言うが、それで良いのか?と。
『死んだ人間よりも生きている人間の方が大事だよ』
事あるごとにニールはそう言う。だがそうなのだろうか?そもそも死んだ人間が他人の身体の中とはい
え、蘇った事に重要な意味がある気がする。世界に必要とされたからこそ、存在しているのではないか
と。だったら優先されるべき方は決まっている。


ある日展望室でそんな事を考え続けていた時、刹那が入室して来た。そのままずかずかとライルに近寄
り、振り返ったライルの身体を抱きしめる。
「刹那?」
「最近、考え事をしている事が多いな。何かあったのか?」
周囲に気付かれないよう注意をして来たつもりだったが、流石に恋人というか刹那にはバレていたらし
い。刹那の体温を感じてライルは気が緩んでしまう。つい口に出してしまった。
「なぁ刹那。もし兄さんか俺かどちらかしか助けられないとしたら、お前はどちらを選ぶ?」
言ってからしまった、と思ったが後の祭り。腕を解き刹那は怪訝な顔をしてライルの瞳を覗きこんだ。
「何を言っている?それに・・・・ニールは死んでしまっている。助けようにも、もう出来ない」
その時の刹那の瞳によぎったのは、痛みだ。大事な者を失ってしまった、癒しようもない。
「ライル?」
「いや、悪い。そうだよな、死んだ者を助ける事は出来ない。気にしないでくれ」
どうにもいたたまれなくなり、ライルは逃げるように展望室を出て行く。背後で刹那がライルを呼んで
いたが、振り返る事も出来なかった。
『お前、なにやってんだよ。あれじゃあ刹那が可哀そうだろ?言うなれば小さい子供にパパとママとど
 ちらが好き?って訊くようなもんだぞ』
ニールの言い分は尤もだ。ライルも心底そう思う。
「悪かったって。後で謝っとくよ」
多分刹那の事だ、訊きたい事はあるだろうがライルが黙っていれば追求はしてこないだろう。


それから何日かして、施設からあるプランが届けられた。が、ライルは故意にニールにはそのプランを
見せなかった。他人の身体に住みついたニールよりも、元々の身体の持ち主のライルの方が強い。だか
らニールを眠らせて、知られないようにしながらプランに対しての打ち合わせを行っていった。ベスト
ではないが、限りなくベターな方法で。
話が纏まった処でライルはふらりとトレミーから姿を消す。プランを実行する施設はかなり秘密裏な処
にあった。それはそうだろう、超兵施設と同じような人の倫理に反する事を行う施設だ。


「本当にそれで良いのですね?我々のスポンサーもそれをきちんと確認しろと言っていました」
淡々と言葉を紡ぐ施設員にライルは黙って頷いた。最近ニールは薄々何かを感じていたらしく、良く
『頼むから、早まった事はしないでくれよライル』
と言っていたが、自分としては早まった事はしていないと思う。熟考を重ねた上での結論だからだ。例
えニールが望まなくても、自分が望むのだ。だから・・・・・後悔なんてしない。
「ではこちらへどうぞ」
医療カプセルに誘導されて、その中に寝転ぶ。
「後のフォローは全てこちらでやります。心配なさらぬように」
「ああ。有難う」
蓋が閉まり、カプセルが始動をし出した。意識が途絶える瞬間、刹那の姿が脳裏を過った。



★ニールはライルに眠らされているという自覚はありません。そのぐらいの器用さはライルにはあるの  です。 戻る