置いて行かれた者




真昼の月2


アラームが軽やかに鳴り、部屋の住人である彼は目を覚ました。そのままふらふらと部屋に据え置きの
洗面所まで歩いて行き、顔をざっくばらんに洗う。顔を上げれば前にある鏡に映るのは、自分の顔。い
やそっくりだった双子の弟の顔。髪や顔からぽとぽとと落ちる水滴を気にもせず、彼・・・・・ニール
ディランディは鏡に映った顔を睨みつけた。


ライルに精神の奥の方に押し込まれてからどのくらい経ったのか、ニールは不意に自分の意識が浮上し
て行くのを感じた。浮かんで行く意識のままに目を開けると、目の前にあったのは透明な蓋。頭の方か
らアラームが鳴り、蓋が開いた。そのまま起き上がってみるとどのくらい寝ていたのか、身体がギスギ
スと痛む。顔を顰めていると誰かが近寄って来た。
「・・・・ライル?」
声はかすれてあまり大きくもない。だがニールの前に現れたのはライルではなく、見た事もない人間。
彼は此処の施設員だと名乗った。
「具合はどうですか?」
「ああ・・・・・身体中が痛いな」
「それは仕方ありませんね。新しく貴方の身体になったのですから、慣れるまではちょっとかかります
 よ」
「新しい・・・・身体?」
首をひねるニールの前に、その人物は黙って鏡を差し出した。
「これは!」
間違いない、自分が間違えるはずもない。鏡に映ったのは驚いた表情をする「ライル」の顔だった。慌
てて中を探すが、本来この身体の持ち主であるライルがいない。どこにも、だ。
「どういう事だ!?これは」
身体中の痛みも厭わなかったニールに胸の辺りを鷲掴みされても、腹立たしい事にその施設員の表情は
揺らがなかった。
「どうもこうもありません。ライル・ディランディの身体の所有者が貴方に変わっただけの事です」
「なにを!」
激高して暫く言葉が出て来なかったが、やがて手は力を失いだらりと下へ落ちた。
「なんでだよ、どうしてこんな事になってんだよ・・・・・。俺はこんな結末、望んでねぇってのに」
力無く呟けば、施設員は淡々と言って来る。
「貴方が望まなくてもライル・ディランディが望んだからです。だから我々は彼の為に動いた」
そこで一旦言葉を切った後
「自殺なんてしないで下さいね。それこそライル・ディランディの犠牲が無駄になります」
冷酷なまでに、変わらず淡々と吐き出されるきつい言葉。項垂れて顔も上げないニールにこれまた冷酷
に告げられる言葉。
「さあ、チェックをした後にリハビリを始めます。辛いでしょうが、きちんと活動ができてトレミーに
 戻す迄が私達の仕事なのですから」


辛いリハビリは半年でなんとか終了し、ニールは強制的に眠らされて気がつけばトレミーに行きついて
いた。この間ずっと「ライルはどうなったんだ」「ライルは死んだのか?」と訊ねていたのだが、結局
のらりくらりとかわされて、ライルがどうなったかも分からない。トレミーまでニールを運んで来たら
しいシャトルからのろのろと出てみると、そこには切羽詰まった顔をした刹那が立っていた。
「ライル!どこへ行っていたんだ!?心配したんだぞ?」
いきなり抱き締められる。そういえばライルは刹那とデキてたんだっけ・・・と、ぼんやりと思う。
「どうした?」
顔を覗きこんでくる刹那の背後から他のトレミークルーが駆けつけて来るのが見えた。
「ロックオン!まったく無断でいなくなるってどういう事?」
スメラギが眉を顰めて訊いてくる。
「まぁでも無事で良かったじゃないか」
ラッセがほっとしたように、笑みを作った。他のクルーの表情も明るい。だが刹那だけは何かに気づい
たらしく、そっと腕を外して後ずさった。
「お前は・・・・・ライルじゃないな?」
その言葉にクルーが驚いて刹那とニールを見比べる。
(流石だな)
皮肉気に口元が上がって行く。
「ああ、そうだ。俺はライルじゃない。・・・・ニールだ」
一瞬、トレミークルー全員が固まった。それはそうだろう、本来は死んだはずのニールが自分達の前に
立っているのだから。

ニールは簡単に説明をした。各人の驚きは大きく、その後の関係もなんだかぎくしゃくしている。前に
フェルトが言った言葉が、クルー全員の心境なのだろう。
「ニールが帰って来てくれて嬉しい。けど、素直に喜べない」
ライルがトレミークルーとして存在していたのは確かだ。だからこそ彼との交流は無かった事にはでき
ない。結局それがネックになって、ニールとクルーとの間が微妙に距離が開いてしまっている。特に刹
那の落ち込み様は酷かった。展望室でのライルからの質問に真摯に答えなかったのが、ライルの決断に
結びついていると思ったようだ。
「違うよ刹那。あれは答ようの無い質問だったし、ライルも本気で悪い事をしたと思ってたんだから。
 お前のせいじゃない」
きっぱりと否定はしたものの、刹那の表情は晴れなかった。それどころかより落ち込んでいるように見
えた。ライルの中から見ていた時も刹那は、ニールが驚きを隠せない程にライルを大事にしていた。自
分が生存していた時に、少しでもその心配りをしてくれたらなぁとぼやくニールにライルがそんなに昔
は問題児だったのか?と訊いて来てうっかりぼやきを盛大に吐き出してしまった事もあった。きっとそ
の時に兄さんから心配りの極意を学んだんだよ、と笑うライルの声が今でも残っている。何かライルの
手掛かりは無いかと、ヴェーダ内にいるティエリアに探してもらってはいるが、全く足取りが掴めない。
それこそ不自然なまでに。施設の名称や場所を訊かれたが、施設名は誰にも聞いておらず、場所すら分
からない。CBの施設である事は間違いないだろうが、ティエリアのサーチでも何処にも引っかからな
いらしい。自分を運んで来たシャトルの記録も調べたが、航行記録は綺麗な程に消えてしまっていて、
結局役には立たなかった。ティエリアもいくらヴェーダ内にいるとはいえ、全てを把握しているわけで
はない。未知の領域がある可能性は高いが、そこにライルの消息が詰まっているとしたらお手上げだ。
「誰だよ、余計なプランをライルに吹き込んだのは・・・・」
せめてライルの端末があれば少しは施設を探せるかもしれないが、やはり部屋に置いている事は無かっ
た。
「なんでこんな事になっちまったのかな・・・・・」
ふいに「それがお前が受ける咎だよ。咎が自分にだけ降りかかると思っていたのか?」と誰かに言われ
た気がした。



★ライルはニールに自分の身体を渡して、去って行ったわけです。こういう工程を経てニールだけが復  活しても、手放しで喜べないですよね。 戻る