新たに産まれた者




真昼の月3


意識が浮上した。


目を開けてみれば目の前には透明な蓋らしきものが見える。
(ああ・・・・・上手くいったのかな?)
プシュと音がしてその蓋が開いたが、起きようとしても身体が動かなかった。
「大丈夫ですか?」
ひょい、と顔を出して来たのは顔見知りとなった此処の施設員だった。返事をしようとしても、声も口
も思うように動かなかった。
「ああ、無理しないで下さい。全く馴染みの無い身体に入ったんです。動かせなくても不思議ではあり
 ません」
よっこいしょ、と言って施設員はライルの身体を起こした。身体は思うように動かないが、呼吸は問題
ないようだ。取りあえずほっとする。
「意志表示が出来ないと面倒ですから、此処でせめて声を出せるようにしておきましょう」
指導された通り声帯に意識を集中させ、震えさせる。無意識に簡単に今迄おこなえていたものが、こん
なにも大変だった事を痛感する。それでも2〜3回やってみれば、なんとか言葉を発する事ができるよ
うになった。
「考えていたよりも身体が全く動かないが、異常は無いと思う」
「そうですか」
相槌をうちながら、施設員は端末にデータを入力していく。そして
「これからこれが貴方の顔になりましたから、ちゃんと覚えて下さいね」
と鏡を向けた。

そこには、自分とはまったく似ていない金髪で青い瞳の青年が写っていた。


施設員と練ったプランとは、簡単に言ってしまえばニールにライルの身体を提供し、ライルは新しいイ
ノベイドの身体に入るというものだった。ある事情があってニールにはイノベイドの身体には入れなか
ったのだ。無論ライルは、これからはイノベイドとして生きて行く事になる。
「なんか・・・・頭ん中がザーザーしている」
「まだ貴方の脳量子波が安定していないからでしょう。安定しても色々な雑音が強制的に入ってきます
 ので、それを遮断する訓練もしますので安心して下さい」
「刹那の気持ちが分かった気がするよ。レベルは段違いだろうけどな」
「純粋のイノベイターにはどうしても劣化してしまうのは、否定できませんね」
「良いよ、あそこまでにならない方が」
時々刹那が悶絶していた事を知っている。知っていてもただの人間であった自分には助ける事も、手を
差し伸べる事も出来なかった苦い思い出が蘇る。だがライルは自分がただの人間だった事を卑屈に思っ
た事は無い。刹那には悪いが自分はイノベイターになる気など更々ない。人間である事を誇りにすら思
っていたのだが、結果的にはイノベイターの模造品になってしまったのは皮肉だと思う。
「貴方の身体の性能ですが、情報収集型になります。ですがMS操縦経験がありますので、戦闘する事
 も可能です。他の情報収集型と違ってヴェーダは貴方の意識に介入することはできません。勝手にヴ
 ェーダに書き換えられる事はありませんので安心して下さい」
情報収集型は任務が終わるとヴェーダに記憶を消され、新たな場所に配属されるという。アニュー・リ
ターナーはリボンズの配下にいたせいか、記憶を勝手に消されない、そういう意味では特別な存在では
あったらしい。
(アニュー、俺の判断は間違っていないよな?)
脳裏の彼女が優しく微笑んで、頷くのを見た気がした。


「そういえば兄さんは?」
「半年でリハビリを終えて、今はトレミー2で元気にマイスターしているようです」
「そっか、流石だなぁ」
「いくら他人の身体とはいえ、同じ遺伝子から出来ている身体ですから馴染むのも早かったようです」
散々ライルはどうした?と食って掛ってたみたいですけどね?と苦笑される。ニールには何も知らせて
いなかったから、驚愕しただろう。それについては悪いとは思うが、基本的にライルは今回の事はニー
ルやトレミークルーには良い事をしたと思っているので、彼の存在が足かせになって関係がギスギスし
ているなんて思いもしない。自分を軽視してしまっているのだが、それも無理は無いだろう。
「ああそうそう、ティエリア・アーデを使って貴方の情報を探っているみたいですけどね」
「大丈夫なのか?あんた達にどんな思惑があろうが、恩人に迷惑をかけたくないぞ」
「ご心配なく。我々のスポンサーは既に手を打ってますから。完全に大丈夫とは言えませんが、此処の
 存在や貴方の情報が漏れる事はありません」
自信満々で言って来るので、それはどうもと礼を返す。
「これから心配して頂かなくてはならないのは、リハビリです。キツイですから覚悟して下さい」
ニッコリと笑われて、ライルは顔が引きつった。


実際リハビリは困難を極め、1年にも及んだ。その後は地球に降りミッションをこなしていく生活に。
ミッションといっても所詮は情報収集型だ、早々物騒な案件には当たらない。これはライルに元々ジー
ン1としてあったスキルがものをいった。獲得した情報は直ぐに脳量子波を使ってヴェーダに蓄えられ
ていく。それ以外にも資料の提出を求められる事もあったが、カタロン時代に比べると報告は楽になっ
た。
(凄ぇな、脳量子波ってのは)
これよりも強い脳量子波を持っている刹那には、世界はどう見えているのだろう?とふと思う。黙りこ
んでしまったり、伝えたい事が上手く表現できなかったりとライルの記憶にある最後の辺りの刹那は非
常に不安定になっていた。
(でも今は兄さんがそばにいるしな)
きっと上手くフォローしているだろうし、刹那もニールの言葉には素直に耳を傾けるはずだ。何も出来
なかった自分と違って。自分を卑下している訳ではない。素直にそう思う。人には向き不向きというも
のがあるからだ。
「お〜い、    ?」
自分の「今」の名前を呼び掛けられ、ライルは我に返った。今度組んでいるイノベイドが不思議そうな
表情で見つめている。
「いやなんでもないさ。行こう」
ライルは足を踏み出した。



★というわけで、ライルは別人として生きて行く事になりました。これがベターなプランだったわけで  す。ライルの新しい顔面(おい!)のイメージは「スターオーシ○ン2」のクロードさんです。中の  人はカタギリだけどな! 戻る