邂逅 真昼の月4 刹那はミッションである街に来ていた。既にミッションは成功したのだが、直ぐにトレミーに戻る気に はなれず、少しの休暇を貰ったのだった。刹那の立場を良く理解しているスメラギは刹那からの休暇の 申請に快く頷いた。 「そうね、少し気晴らしをするのも必要よね」 その言葉の端から彼女の感情が零れて行く。後悔と、戸惑いと。 (ライル・・・・・・) 刹那の恋人であったはずのライルが、刹那にさえ無断で行方が分からなくなってそろそろ2年近くが経 過している。CBでもそれなりに探しているのだが、未だに彼の行方は分かっていない。いや身体は戻 ってきた。死亡したはずのニール・ディランディの魂を伴って。ライルの決断に自分達の行動の影響が あった事を知ったトレミークルーは、素直にニールの復活を喜べなかった。 (どこにいる?お前は) 用など何もないはずなのに、どうして自分はこの街から離れたくないのだろう?こうやって道を歩いて いるのだろう?自分でも不可解な行動に、刹那は首を傾げていた。 その時だ。 刹那の脳量子波にチリ、と何かが引っかかった。 「?」 意識を外に向けると、向こうから1人の青年が近づいてきた。金色の髪に青い瞳を持つその青年は、な にげなく刹那の横を通り過ぎようとした。 青年が驚いたようにこちらを振り向く。 刹那が我に返ると、自分の手が青年の手首をしっかりと掴んでいた。 「あの・・・・・なんでしょうか」 知らない相手にいきなり手首を握られたのだ、青年は驚いただろう。しかし刹那はそれに返事を返さな いばかりか、強く引っ張って路地裏へ彼を連れて行く。 「なにするんですかっ!?離して下さい!」 そう喚く青年を壁に押し付ける。暫くは睨み合いが続いたが、刹那は口を開いた。 「ライル」 「誰ですか、それ?」 そう答えた青年がぎくり、と身体を竦ませた。刹那の瞳が金色に輝いている。青年には分からないだろ うが、彼の瞳もまた同じような金色に輝きだした。 強制的な共鳴。 イノベイターの圧倒的な脳量子波が、目の前の存在の意識の中に強引に潜って行く。 「まだシラを切るか?ライル・ディランディ」 刹那の意識への介入に、青年はやれやれと首を横に振った。 「降参だ、刹那。流石はイノベイターといったところか。急ごしらえのイノベイドでは逆らいようもな かったなぁ」 どこか感心しているライルに、刹那は眉を顰めた。 「何故、イノベイドになっている?どうして此処にいる?なにがどうなっているんだ?」 意識に介入したものの、肝心な経緯には触れる事ができなかった。その領域に意識を進めたところで、 完全な拒否があったからだ。思わず質問攻めにしてしまう刹那に、ライルは苦笑を返した。 「ま、こんな処で話もなんだろ?俺の気に入っているカフェがあるから、そこで答えるよ」 「そんな事を言って逃げる気ではないだろうな」 「俺って本当に信頼なくしちまったなぁ、大丈夫だよ逃げないから着いてこいよ」 ライルはそう言って刹那の前を歩き出した。 連れて行かれた先は古いカフェだったが、1つのテーブルごとに間仕切りがあり誰かに聞かれたくない 話をするにはもってこいの場所だった。 「いらっしゃいませ、なんにしましょう?」 愛想良く声をかけるウェイトレスに軽く片目をつぶりながらライルはコーヒーを注文した。 「お前は?またミルクか?」 笑いを含んだ声に、大真面目に頷く。が、正直飲みものの事等どうでも良かった。彼には訊きたい事が 山のようにあるのだから。無事コーヒーとミルクが運ばれて来て、ごゆっくりと定番の台詞を吐き出し ながらウェイトレスが去って行く。 「兄さんは元気か?」 「苦しんでいる。お前を犠牲にしたと言って」 刹那の真っ直ぐな言葉に、ライルは苦笑を見せる。刹那は不思議な感じがした、髪や瞳の色も違うし、 顔だって刹那の記憶にあるライルの顔とは似ても似つかない。だが仕草で、喋り方で間違いなく目の前 に座っているのがライル・ディランディと分かる。 「俺は犠牲になった、なんて思ってないんだけどな。刹那達だって良かったろ?兄さんが帰ってきてさ」 平然と言い放つこの男を殴り倒したい気持ちになる。確かに死んだニールと比較してライルを貶めてき たのは事実だ。故意に、無意識に。だが正に「ライル」が原因で、ニールとクルーとの間に壁が出来て しまっているのを、この男は知らないのだ。自分が消え、兄が復活した事でトレミー内はお花畑みたい なハッピーな状況になっていると思っている。 「刹那?」 記憶とは違う声で名前を呼ばれる。 「ならどうしてこうなったのかを教えろ」 「オーライ。分かったよ」 ライルは肩を竦めて話出した。 ライルの話を要約するとこうだ。 イノベイドの身体にどちらかの魂を移す、というのは最初から有力視されていたものだった。始めの頃 はニールの魂を移す予定だったのだが、ある事が原因でそれが出来なくなった。その原因というのが、 ニールの魂が弱っているという事だった。いくら同じ遺伝子の持ち主の身体に入っても、他人の身体で ある事は否めない。そこに無理に入ってしまった為に、消耗してしまったという。だからこれ以上魂を 移すと、ニールが消滅する危険性があった。しかしライルはそういう魂の移動はしていないので、ニー0 ルに比べれば魂は消耗などしていない。だからライルが身体を移す事になったらしい。しかしイノベイ ドの身体ならなんでも良い、という訳もなく。1番相性が良かったのが現在の身体だと言った。三十路 過ぎなのに、こんなに若返ってしまったよと笑う。 「どこでその作業を行ったんだ」 「さあな、スポンサーとの約束でね。『知らないんだ』」 「しかしCBのミッションをこなしているという事は、お前はまだCBに属しているんだな?」 「あ・・・ああ、そうだけど」 「なら俺と一緒にトレ「断る」 刹那の切実な提案を、ライルは冷徹に切り捨てた。 「何故だ」 「お前が気がついたんだ、知らん顔してトレミーに行ってもスメラギさんと兄さんにはバレるだろうな。 そうしたら兄さんは苦しむだろ?俺もそんなのは御免だね」 「今でも苦しんでいる」 更に刹那は食い下がった。確かにニールは大事な兄貴分だ。しかし刹那が求めるのはニールではない。 ライルなのだが口下手なのが悪いのか、恋人となった後でもライルはニールの方が皆に求められている と思い込んでいるのだ。無論、刹那を含んで。その度に虚しい想いに囚われたのも1度や2度ではない。 それでも刹那にはライルが必要だったのだ。 「刹那さ、昔兄さんに凄い世話になってたんだろ?」 「・・・・・ああ、そうだな」 問題児だった刹那に手を焼きながら、それでも面倒を見てくれたのはニールだった。 「なら今度はお前が兄さんを支えてやってくれよ」 刹那の胸をえぐる事を平気で口に出す目の前の男に、思わず飛びかかりたくなる衝動を必死で抑える。 だがライルはそんな刹那の気持ちには気がつかず、コーヒーを一気に煽った。 「ああ、それと俺はこの町にはミッションで来ているからな。明日には此処とはおさらばだ。だからこ の街を探したって無駄だぜ?」 そう言ってから、カランと音を立てた店のドアに目をやる。 「お、来たな」 見ればイノベイドと思しき人物が店に入って来たところだった。 「1つ訊いて良いか」 刹那の言葉に一旦は上げた腰を下ろす。 「なんだ?」 「お前のその選択は、俺がお前の質問に答えなかったからか?」 ライルの目が丸くなる。 「いいや。あれは悪かったと思ってるんだ、お前のせいじゃねぇよ。気にすんな。じゃ、俺は行くな。 刹那、さよならだ。兄さんを宜しくな」 言いたい事だけ言って、ライルは席を立って入店してきたイノベイドと合流している。 「あれは、刹那・F・セイエイか?」 「ああ、有名人だからな。思わずお茶に誘っちまったぜ」 そんな会話が聞こえた後、彼らは退店して行った。 「残酷な奴だな、お前は」 刹那は唇を噛んだ。図らずとも彼に惹かれていった時、刹那が必死で伸ばした手をライルは叩き落した ものだ。 「お前の感傷に構ってやる義理は無い」 自分を兄に重ねているのだと、言外に冷たくにじませて。刹那も自分の想いがライルを苦しめているな らと、何度も諦めようとした。だが出来なかった。どんなに自制してもその想いは溢れ出し、止められ なかった。だからライルに拒絶されようとも、彼に手を伸ばすのを止めなかった。だからその手をライ ルが握り返してくれた瞬間の幸福感を、刹那は今でも如実に覚えている。 情は通じたはずだった。 自分の一方的な想いでは無くなったはずだった。 だが実際ライルは兄の為に刹那を振り返る事もなく、目の前から消えてしまった。そして兄弟揃って、 その選択に刹那の存在が、言動が影響を与えたという事を否定した。自分の存在がそれほどまでに軽く 見られていたのかと、刹那は落ち込んだ。まだ自分が質問に答えなかった事が影響していた方が、刹那 としては救いだったのに。 「中は俺だけど、この身体はライルのものだ。お前はこの身体を抱くか?」 ニールにそう言われて、刹那は即座に首を横に振った。欲しいのは身体ではない、心なのだと。そう言 えばニールは安心した顔でこう言った。 「良かったよ、お前が首を縦に振ったら狙い撃つところだったよ」 つまり試されたわけだ。人が悪いにも程がある、そうぼやけば悪かったと笑う。 「ライル、お前にとって俺はどういう存在だったんだ?」 刹那の小さな呟きは、誰にも聞きとられる事もないまま消えて行った。
★刹那との邂逅は不発に終わってしまいました。多分、トレミーのギスギスフィーリングをライルが知 ったら非常に驚くと思います。知らぬが仏・・・・なんだろうか。 戻る