ライルの想い




真昼の月5




目を覚ますと白い天井が見えた。のそりと起き上がって、髪をがりがりとかく。昨日は驚いた。

まさか刹那に会うなんて。

二度と会えないと思っていたその姿を道で見かけた時、ライルの心臓が高鳴った。回れ右をしても良か
ったのだが、姿形は全く違っているのだ。バレる訳が無いと直進したのがマズかった。刹那はライルの
予想に反して、正体を見破ったのだ。実はそれが嬉しかった。前に刹那は姿形が違っても、自分にはき
っと分かると言っていた。その時は話半分で聞いていたのだが、まさか本当に実践してみせるとは思っ
てもみなかった。そして刹那がニールがいるにも関わらず未だに自分の事を気にかけていてくれた事が
勝手な話だが本当に嬉しかった。

嬉しかったからこそ、ライルは殊更に軽薄に振舞ってみせた。

ニールの話をする時、いつも刹那の目には悲しみと痛みが宿っていた。だが今はそのニールが傍にいる。
もうあんな悲しみと痛みを抱えている必要は無い。だから突き放した。流石に少しは気の毒な事をした
とは思っているが、自分の存在は刹那にはもう意味が無いのだと分かっている。だから刹那が罪悪感を
持たないよう、自分から身を引いたのも事実だ。ライルには分かっていない。分かっているつもりでも
刹那の想いを全く分かっていないのだ。ライルの話が出る度に、刹那の瞳が悲しみと痛みを伴った色に
染まる事を。結局ライルは刹那の想いには気が付いていないのだ。大切にしてもらったという自覚はあ
る。だがそれはニールにしたくても出来なかった事をライルにする事により、自己満足に浸っているの
だと思っているのだ。刹那にしてみれば不本意な事この上ない。刹那が思っている通り、ライルはニー
ルが復活した事により、トレミーの中がハッピーなお花畑状態になっていると思い込んでいるのだ。自
分の存在がニールとトレミークルーの間に壁を作っているなど、夢にも思わない。唯一後悔するものは
煙草を吸っていた事ぐらいだ。こんな事になるなら煙草なんて吸うんじゃなかった、とライルは思って
いる。兄に悪影響が出てしまったら申し訳ないと思う。

ぴぴ

呼出音に無造作に机に放り出してあった端末を持ち、応答するとそこには『スポンサー』が写っていた。
「アンタか・・・・」
「やあ、刹那・F・セイエイに会ったそうだね、ライル・ディランディ?」
からかうような声に苦笑する。
「確かに会ったよ。だかアンタに関する事は言っていない」
「それは良かった」
「何の用だ?リボンズ・アルマーク」
にやり、と笑う彼は紛れもないリボンズ・アルマークその人だ。ヴェーダの中で眠らされている事にな
ってはいるが、そこは流石に200年程生きていた狡猾なリボンズが10年も生きていないティエリア
アーデごときに押さえられる事は無い。今もティエリアには自分が眠っていると思わせている。つまり
ライルの『スポンサー』はリボンズなのだ。だからこそ豊富な種類から最適なイノベイドの身体が提供
されたのだ。最初は罠かと疑ったが、そうでもないらしい。本人曰くティエリアへの嫌がらせの一環で
あるらしいのだ。事実ライルの消息を必死で追っているティエリアを観て、楽しんでいる。ティエリア
もヴェーダ全てを掌握しているわけではない。事実ティエリアにはリンクできない領域というものも存
在している。そこにリボンズはおり、ライルの情報も全てそこに詰まっていた。ニールやライルに処置
を施したあの施設も、リボンズ直轄の機密扱いの施設。しかしライルにはどうでも良かった。流石にリ
ボンズも表立って活動するわけにはいかず(ヴェーダに引っかかるからだ)世界に悪影響が出る可能性
はゼロに等しい。放っておいても、大丈夫だ。
「昔の恋人に会えたと言うのに、随分と冷たい態度だったそうじゃないか」
「・・・・・ヴェーダを覗き見たのか」
「まあね。もう少し優しくしてみれば良かったんじゃないのかい?」
「いいや、刹那には兄さんがいる。失った者が帰って来ているのに、イレギュラーの俺が傍をうろうろ
 するわけにもいかないだろ?目ざわりだと思うしな」
「やれやれ、僕は彼が嫌いだが正直同情するな」
わざとらしく首を横に振るリボンズ。
「それは建前だね、ライル・ディランディ。君はニール・ディランディが復活して刹那・F・セイエイ
 が喜び、君と同じような関係になる事を見るのが嫌だったんだろう」
ぐ、とライルが言葉に詰まった。確かにそうだ、刹那はきっとライルよりもニールを選ぶ。その時に感
じる絶望が嫌で、彼らから遠ざかった。関係無い処で生きていきたかった。流石にリボンズは良く見て
いる。そうでなければヴェーダのフォローがあったとしても、あれだけ見事に統治はできなかっただろ
う。
「ホント、嫌な奴だな」
溜息混じりにそう呟けば、リボンズがご機嫌で笑う。
「僕の性分でね」
「んで?次のミッションかい」
「ああ。今度は・・・・・」
リボンズの説明を聞きながら、ライルは自嘲した。


「やれやれ、勘が良すぎるのも考えものだね」
ヴェーダの奥深く、ティエリアやリジェネですら知らない己の領域でリボンズは溜息をついた。あの人
間ライル・ディランディの事だ。彼は勘が良い。だからこそ他人の思考の先を、本人よりも先に行って
行動する為、本人が驚く事も多かった。その思考を読む方向が良い方なら良いが、果てしなく間違った
方向へ行ってしまうととんでもない事になっていく。正にライルの刹那に対する考えそのものが、間違
った方向へ行ってしまっているのだが、ライル自身は気がつかない。刹那がまだ雄弁なら良かったのだ
ろうが、案の定口下手ときた。そしてライルも思い込んでしまっている為、どうにも見ててイライラし
てしまうのだ。別にリボンズは刹那の事は好きではないし、ティエリアを出し抜いて喜んでいるだけな
のだが、こうも明後日の方向に気を使っているライルとその方向を正せない刹那がなんとも歯痒い。し
かし自身が何か動く気は無かった。そんな事をすればティエリアに感づかれて、今度こそ本当に眠らさ
れてしまうだろう。それだけは御免被りたかった。
「まぁ・・・・なるようにしかならないか。良い様だね、純粋種」
くっくと喉で笑って、リボンズは再び己の領域の中に埋もれて行った。


ELSの来襲があり、それなりに脳量子波を持つライルも彼らと関わったがなんとかリボンズの計らい
で、脳量子波遮断区域に逃れる事が出来た。リボンズはMSに乗って戦いに参加するか?と訊いてきた
が辞退した。それは自分の役割ではない気がしたからだ。
「良い天気になったな」
上を見上げれば青空にくっきりと黄色い巨大な花が見える。刹那がELSとの会話で咲かせた花。相互
理解の証。ライルは目を細め、愛おしそうにその花を見つめた。


★刹那が思っている以上に、ライルは刹那が好き。好きだからこそ、潔く身を引いたつもりになってい  るのです。リボンズの指摘も間違ってはいません。この事を刹那が感づけばまた、新たな展開があっ  たはずなのですが、こちらも初恋という事でかなりの朴念仁という体たらく。 戻る