戸惑いと強襲 真昼の月6 最近刹那の様子がおかしい。ニールはそう思っている。ニールの顔をじーっと見つめ続けていたり、な にか言いたげに自分の周りをうろうろしたり。そのくせ「どうした?」と問いかけてもお茶を濁すばか りで。 「そうね、刹那の様子がおかしいのは私も分かっているんだけど」 困ったようにスメラギは溜息をついた。さしもの優秀な戦術予報士である彼女でも、刹那の心理は分か らないらしい。ニールと同じように様子のおかしい刹那に問いかけてはいるらしいが、やはり「なんで もない」と言ったきり黙ってしまうらしい。 「多分、この前の休暇になにかあったんだと思うんだけどね」 「なにかってなにが?」 「それが分かれば苦労はしないわ」 滅多に休暇を申請しない刹那が珍しく休暇を取りたいと連絡をしてきたので、スメラギがOKを出した らしい。ライルが消えてしまった事で意気消沈する刹那がこれで少しは元気になってくれれば、と思っ たのだが、帰って来た刹那はどこか上の空で覇気が無い。 「ライルなら・・・」 ニールが思わず呟いた名前に、スメラギが辛そうに眉を寄せる。 「ライルなら、刹那の様子を理解できるのかもしれないな」 生死すら分からない、ニールの弟。そして刹那にとっては大事な恋人だった。トレミークルーはライル が割と刹那の体調の変化等を、1番先に気がつくと言っていた。隠していてもあいつにはバレるな、と 刹那がどこか嬉しそうにしている事も良く知っていた。なんのかんのいっても彼らは仲が良かった。 「そうね、ライルなら分かるかもしれない。でもそれは不可能よ・・・・・・」 スメラギの言葉が胸に突き刺さる。ただ彼女も辛そうだ。 「私達がライルを追い詰めてしまったんだものね。悪意はないって言っても、相手が傷ついてしまえば 何の言い訳にもならないわ。どうしても貴方と比べてしまった。私達だって誰かと無遠慮に比べられ れば良い気はしないのに、他人には平気でしてしまう。人間の悪い性ね」 「俺はライルの疫病神だな。・・・・・きっと嫌われている」 自嘲的にそう呟いたニールに、スメラギは目を丸くした後に微笑んだ。 「そんな事ないわよ、もっと自信を持ちなさいよ」 「だけどよ・・・・」 自分が何故かライルの中に蘇ってしまったから、ライルは自身の身体を捨て刹那をも捨てざるを得なか った。刹那があんなにも苦しそうに悲しそうにしている事も無かった。何故、何故自分は蘇ってしまっ たのか。後悔は尽きない。 「本当に嫌いだったら自分を犠牲にする事なんてしないわよ。多分ライルはこう考えてしまったと思う のよ。『生き続けている自分よりも、死んだはずなのに蘇った兄の方になにか重要な要素がある』と ね。もしニールが私の中に現れていたら、私もそう考える。特にライルはどこか刹那と同じで自分を 捨てている処があるから」 流石は戦術予報士、ライルの考えはばっちりばれていた。そしてライルにはどこか自棄的なものがあっ たのだ。前は向いている、未来を考えている。けれどどこか自分を簡単に捨ててしまえる、そんなアン バランスさが彼にはあった。 「コンプレックスってね、周囲にいる他人が作るものなのよ。自分の中になんの意味もなく芽生えるも のではないわ。ライルはニールに確かにコンプレックスを持っていたけど、彼が疎んじ憎んだのは貴 方ではなく、無責任に差別する周囲の人間だったと思うわ。そしてそういう切っ掛けを作った人程、 『それぐらいで』と嘲るのよ。まぁ、そういう人は想像力が無いって事だけどね」 妙にスメラギは雄弁だった。それは彼女の中にある後ろめたさが、そう言わせていたのだとニールが気 がついたのは、それからずっと後の事だった。別に彼女はライルを蔑ろにしたわけではない。ニールか ら見れば、比べる事自体が余りない方だった。ラッセやおやっさんもそうだ。アレルヤも自分の中にハ レルヤという存在があったからか、ライルとニールを比べて云々という事は無かった。彼の場合は、超 兵機関で他の実験体と比べられ続け、破棄という選択をされた辛い経験から比べるという事を良しとし なかったのかもしれない。反対にどうしても比べてしまうティエリアに向かって苦言を呈していたぐら いだ。気持ちは分からないでもないが、ライル自身には罪は無いと。そんなティエリアも自分と瓜二つ の存在であるリジェネと出会ってから色々と考えたらしく、比べる事は無くなっていた。そういった意 味ではフェルトが1番引きずっていたのかもしれない。ライルに無礼な事をされて別人である、と悟っ たが踏ん切りがつかないと行った処だろう。ニールは頭を抱えた。 「なんで刹那の奴は、ライルを此処に連れてきちまったんだろうな。しかもコードネームからなにから なにまで、俺の後釜を押し付けて」 刹那がライルをスカウトしなければ、ライルは新たに苦しむ事は無かった。こうやって自分の全てを捨 ててしまう結末になってしまう事も無かった。ライルがニールが消えるのを良しとせずに、考えてくれ ただけでもニールは救いだった。 「確かにね、多分最初からライルに惹かれていたんでしょうね自覚症状が無いだけで。そうでなければ あんなに積極的に他の組織のメンバーを引き抜こうとはしなかったと思うわよ」 「あれ、刹那はスカウトする前にライルに会ってんのか?」 「そうらしいわよ。声はかけなかったらしいから、ライルは知らないんじゃない?きっとその時になに か感じたんでしょうね。無論、貴方という存在と死を引きずっていたのは否定できないけど」 ライルのスカウトは刹那が独断でしたという。無論、実力が劣っていればライルをスカウトはしなかっ ただろうが、幸か不幸かライルはマイスターとしてもやっていけるぐらいの実力を備えていた。その証 拠にライルのミスでトレミーが危機に陥ったとか、足を引っ張ったという話は聞いた事が無い。なんの かんのと言ったところで、ライルが即戦力であった事は間違いない。 「起こった事はもう挽回できないわ。受入れるしかないのよね、私も貴方も・・・そして刹那も」 「そうだな」 頷くと、スメラギが少し寂しそうに笑った。 「人は生きる権利があるというわ。でもニール貴方は違う」 「え?」 「貴方は生きる義務があるのよ。どんなに不本意でも、辛くても。もし自殺なんて試みようとしたら、 ウォッカ1本丸ごと口に突っ込むわよ」 「それ、どー考えても俺死ぬよな?殺人だよ、ミス・スメラギ」 彼女なりにニールに迷いを吹っ切れさせようとしていてくれる。ニールはその心遣いが有難かった。ラ イルを犠牲にしてしまったのだ、自分の意志で死を選ぶ事は出来ない。 覚悟を固める時が来たのだ。 ニールはそう思い、弟の顔を思い浮かべてそっと目を閉じた。 結局刹那はなにもニールには告げず、そのままELS事件へとなだれ込んでいったのだった。
★流石の刹那もライルの事を言って良いのか、迷っていたのです。もし真実を告げてなにか取り返しの つかない結果に陥ったら・・・と思うと怖くて言いだせなかった。いくら『進化』したとしても、予 知能力があるわけでもないですし、完璧な存在でもないですからね。 ニールは覚悟を決めて、ちゃんとライルの身体で天寿を全うしました。後悔を重ねながらも、頑張っ て生き抜いたのです。 戻る