そして・・・




真昼の月7



50年ぶりにこの星を見た。相変わらず青く美しい星だと思う。確かに同じような星を見かけた事もあ
る。だがこんなにも心惹かれるのはやはり自分の生まれ故郷であり、愛した人々がそこに生きていたか
だと思う。
「では僕はイノベイター達についてまた宇宙にくりだすとしよう」
50年間苦楽を共にしたティエリアがそう結論を出した時、少しの寂しさは感じたもののティエリアの
宇宙での経験がきっとイノベイターに吉と出るだろうと思った。
「50年間、世話になったな。最初の頃はこんな長い付き合いになるとは思いもしなかったが」
そう告げるとティエリアが笑った。
「全くだ」
彼らの感情を感じ取った刹那と融合したELSがリィ・・・ンと同調するかのように鳴く。
「君は地上に戻るのだな」
「ああ」
「そうか、なら彼に会ってみると良い」
「なに・・・?」
驚く刹那にティエリアがにやりと笑う。
「誰かが僕にさっき寄こした情報に入っていた」
「しかし・・・・・・」
彼が誰を指すかは火を見るより明らかだ。だから刹那は躊躇する。何よりも拒絶されてしまった苦い思
い出が蘇る。勿論会いたい。だがそれを彼は望んでいるだろうか?
「君は本当に彼の事となると臆病だな。あれから50年の月日が流れている、なにもあのままというわ
 けでもないだろう。大丈夫だ」
何を根拠に大丈夫と言っているのか分からないが、それでも刹那は躊躇する。しかし無情にもティエリ
アはさっさと消えてしまった。
「健闘を祈る」
とだけ残して。


結局刹那が最初に訪れたのはマリナ・イスマイールの処だった。50年前と変わらずマリナは美しかっ
た。外見ではない、彼女の魂・・・・心が美しいのだ。激務をこなしてきた為か、彼女の美しい瞳から
視力が失われていたのはショックだった。あの海のように美しい瞳が刹那を惹きつけてもいたからだ。
彼女の最期を看取ってやりたい、そう心底に思い刹那はマリナと共に過ごす事となった。無論、彼に会
いたい。だが急がなくても大丈夫だと言い訳をして、刹那はマリナと穏やかに過ごしながらかつての仲
間の痕跡をたどった。自分を導いて包み込んでくれていた年上の者達は、皆この世から去っていた。あ
の兄貴分は義務を果たし、天寿を全うしたようだ。だがとうとう彼は弟に会う事はなかったらしい。ヴ
ェーダにも再会したという記録は残っていなかった。辛い人生だったと思う。もし自分が彼に起こって
いた事を全て話せば、ひょっとしたら会えたかもしれない。だがそれはお互いに苦しむ事になりかねな
い。彼は兄をわざと拒絶するかもしれないからだ。
「刹那、貴方会いたい人がいるんでしょう」
病床からマリナが微笑みながらそう言った。態度にも言葉にも出していなかったはずだが、彼女にはお
見通しだったらしい。イノベイターではないマリナだが、勘が鋭い。まったく、彼女には敵わない。
「ああ」
「だったら私の事は気にせずに会いに行けばいいのに」
「・・・・・だが、俺はあいつに拒絶された。行っても会って貰えるかどうか」
そう答えればマリナは笑った。
「その人に関しては臆病なのね、刹那。でも大丈夫だと思うわ」
「何故、そう思う」
「刹那がそれだけ大切に思っているのだもの、きっとその人だって刹那の事を大切に思っているわよ」
それでも50年前のあの拒絶が刹那を躊躇させていた。誰だって拒絶されるのは悲しい。刹那も例外で
はない。戸惑う刹那の手に、暖かな手が重ねられる。
「大丈夫よ」
マリナは刹那を励ますかのように、笑った。



それから暫くしてマリナは自分の育てた子供達(立派な大人ではあるが)に見守られて、その波乱の生涯
を閉じた。アザディスタンの為に尽くした彼女の功績に比べれば随分と質素な葬式だったが、マリナた
っての希望だった。本当は国葬にしないで欲しいとも言っていたのだが、世論がそれを求めた。求めら
れた以上、国葬はしなければならない。例え彼女が望まなくても、国民が望めば。


彼女の死後、それでもなかなか踏み切れずにいた刹那ではあったが、とうとう意を決して彼女の家から
去った。向かうは彼のいる場所。CBはもうその存在意義が無いと判断して、解散している。そしてあ
の聡明な兄貴分が天寿を全うしているのであれば、彼はあの場所のその近くに住んでいるはずだ。兄貴
分と同じく彼もまた、家族を愛しているのだから。きっとその近くにいてあの場所を静かに、確実に守
っているのは間違いない。向かう途中でもあの時の拒絶を思いだして、刹那の胸は痛くなった。自分が
心底必要とし愛していたのに、彼の1番は自分でなかった事がこんなにも辛いものだとは彼が自分から
去ってしまって初めて気がついた。

家族と恋人

どちらを選んでもおかしくは無い。家族を選ぶ人もいれば恋人を選ぶ人もいるだろう。だから彼が家族
を選んだっておかしくは無い。だが頭では理解していても、生きているモノには『感情』というものが
あるのだ。言葉を変えればそれは『願い』とも言えるし『エゴ』とも言えるだろう。人はお綺麗な感情
だけで生きている訳ではない。好きな相手には自分を1番に考えて欲しいという『願い』という名の
『エゴ』を持っていてもそれは不思議でもなんでもない。
キィ・・・・・ン
刹那と融合してるELSが心配そうに、控えめに鳴いた。
「・・・・大丈夫だ、また拒絶される覚悟は出来た」
そう口に出せば、不思議と心が落ち着いて行った。



彼の家はともすれば見過ごしてしまいそうなくらいの、小さく質素なものだった。ドアの前に立ち、刹
那はインターホンを押す。中からは懐かしい気配がしていた。心が高ぶる。
(どうか、受入れてくれ)
返事と共にゆっくり開いて行くドアを、刹那は祈るような気持ちで見ていた。


★はいラストです、お疲れさまでした。そして冒頭に戻って行くわけです。ライルは家族の墓がある墓  地の近くの家に住んでいます。正に守人。兄さんが天寿を全うしたと知った時、ちゃんと遺体を引き  取って埋葬しています。ま、身体は自分のものですが・・・。ティエリアに彼の情報を渡したのは、  勿論スポンサーさんです。ちょっとした気まぐれでした。 戻る