きみを見捨てたこの世界を罰する


「君のその行動が、彼を追い詰めているって考えないのか？」
珍しく目を吊り上げてそう言われた言葉に、ニールは憤慨した。他人のお前に何が分かる？と。彼とは
ニールの双子の弟であるライルの事だった。いつも一緒だった弟は学校に行き出してからクラスが違う
事もあり、ニールの知らない世界を作り始めていた。それがニールには許せなかった。自分も同じよう
に独自の世界を作り始めていたにも関わらず、ライルには自分だけを見ていて欲しかった。だから言葉
巧みにライルの周囲にいる者達を排除していったのだ。それが愚かな事とは気づけぬままに。だがどん
なに働きかけても頑としてライルの傍を離れようとはしない少年がいた。その少年に言われたのだから
ニールにしてみても腹立たしい事この上ない。

だが結果的にその少年の方が、ライルを良く理解していたのだ。

ライルが気づかれないようにしていたのが分かったので知らん顔をしていたのだが、段々増えて行く怪
我。たまりかねて訊いても「階段から落ちた」「転んだ」だのと嘘を言われる。そしてとうとう自分の
前から消えてしまった。知らない間に遠くの寄宿舎付の学校に転校してしまったのだ。何故自分に教え
てくれなかったのか、どうしてその学校の名前も教えてくれないのかと両親に訴えたのだが、結局は教
えては貰えなかった。

そしてニールは現実を知る。ライルの周囲から引き離した者達がライルをいじめていた事実を聞いてし
まったのだ。ニールはライルの悪口等行った事もないのに勝手にライルがニールにとってうざったい存
在だとし、痛めつけていたのだ。そして彼らは口々にこう言った。「お前の為に代わりにやってやった
んだ」と。


この日、ニールは初めて純粋に相手への憎悪のみで拳を振り上げた。


それから程なくして両親が亡くなってしまい、兄弟２人きりになってしまった。ライルは戻って来ると
言ってはくれたが、辞退した。勿論一緒にいて欲しかった。だが彼が消えてしまうまでニールは守って
いたつもりだったのだ。戻って来てくれてもまたライルが害されるかもしれないと思うと、恐ろしくて
願う事は出来なかった。１度守る事に失敗してる。それは思っていたよりもニールの心に傷を残してい
た。再び失敗するかもしれない、と思うととても口にも出来なかった。事実、殴ったのはニールなのに
未だにライルのせいで殴られたと思っている輩がいたから、ライルが戻ってきたらまたいじめるだろう
という事が分かっていた。

だが孤独は辛かった。そしてライルに対する執着はいつの間にか家族や兄弟の愛情を越えて、所謂恋慕
の情になっていた。気づいてその思いを止めようとしても、どんどん膨らむばかり。ライルが傍にいな
い事で、彼に夢を見ているのかもしれない。だから実際に傍にいたらそんな感情も無くなるのではない
かと考えた。だからこっそりライルが就職先を首都で探していると知り、自分も必死で首都での就職を
勝ち取った。そして偶然を装い同居を提案すると、すんなりとＯＫが出たのだ。
そして同居を始めたものの、思慕は更に膨らんでいくばかり。ニールは必死にその思いを隠していたが
よほど浮かれていたのだろう。ライルに感ずかれる結果を呼んでしまった。だが弟はそんな自分に歩み
寄ろうとしてくれた。でも出来なかったと言った。普通嫌悪の感情を持たれても仕方がない事だったの
にそうやって努力してくれた事が、ニールがどれだけ嬉しかったかなんてライルには分からないだろう。
弟の誠意を有難く思うが、それでも自分の感情がコントロールできない。自分自身を情けなく思った。


偶然転がり込んできた話に乗って刹那という少年を引き取ってみれば、状況は落ち着きを見せた。いや
見せたと思ったのはニールだけだったのかもしれない。ライルは再びニールの前から消えたのだから。
部屋には何も残ってはいなかった。ライルが寝ていたベットも仕事をしていた机も、愛用していたカッ
プも何もかも。絶望の中刹那からのアプローチを受けたが、とても答えられなかった。


そして転機が訪れる。何年か過ぎた頃、突然プライベートアドレスにメールが来たのだ。
「貴方の弟さんについてお話があります」
と。どういう事なのかと返信してみたが、とにかくお会いしたいという文面だけが返って来た。指定の
場所に行って見れば、後ろに誰かが立ったのが分かった。
「お前か？俺にメールよこしたのは」
そう言って振り向いたニールは口をポカンと開けて固まった。なぜならそこには清楚な美女が立ってい
たから。言葉も出ないニールに美女は深々とお辞儀をした。
「名乗ることが出来ない事をお許し下さい。貴方はライル・ディランディのお兄さんですね？」
「あ・・・ああ、そうだけど」
「貴方に辛い事実を告げねばなりません。貴方の弟さん・・・ライルは死亡しました」
「え？」
衝撃は凄まじかった。凄まじい故に、反応も出来ずニールは更に固まった。辛そうに自分を見つめる美
女の顔を眺めながら、ようやく脳が彼女の言葉を理解し始める。そして思わず彼女の両肩を掴んだ。
「きゃっ」
「ライルが死んだ！？そんな馬鹿な！なんでだ、どうしてだ！」
そこまで叫んだ時、彼女の瞳に恐怖をみて我に返る。
「あ・・・・すまない」
「いいえ・・・・・・当然の反応でしょう」
「不躾だけど、あんたライルとはどういう関係だったんだ？」
「友人です」
「友人？アンタみたいな美人と？」
「私は美人などではありませんよ」
彼女はそう言うが、１０人中１０人彼女を見たら「美人だ」と言うだろう。それほどの美しさをもって
いる。ライルと単なる友人だったのか、と勘繰りたくもなるものだ。
「詳しくは言えませんが、彼にはお世話になりました。亡くなって・・・・・・もう１年程経ちます」
「原因は？」
「言えません」
遺族としてみれば何故死んだのか、という事は当然の欲求だ。落ち着いた心が又してもささくれだって
くる。相手が男だったらそれこそ力づくでも聞き出していただろう。
「本当はこうやって貴方に彼の死を伝える事自体が、彼の最期の願いを破ってしまっているのです。皆
　には反対されましたが、家族が生きているのかどうかも分からない状態では貴方も先に進めないでし
　ょう？だから真実を告げに着ました。そしてこれ以上お話できないのです。貴方には幸せでいてほし
　というのが彼の最期までの願いだった」
彼女の言い方からライルは非合法に手を染めて逝ってしまった事は火を見るより明らかだ。ライルも、
そして目の前に立っている彼女も、自分にはこの平和な世界でまっとうに生きていって欲しいと願って
いる。そしてどう考えても彼女からこれ以上の情報を引き出す事はできないだろうと思った。そこまで
考えが回った時、ふと彼女が自分の拳を握っている右手に触れた。
「どうか、早まった事はしないで下さい。貴方を復讐者にする為に、告げに来たのではありません」
どうやら彼女にはお見通しだったようだ。その暖かさに彼女の誠意を感じた。

でも

「そろそろ御暇します。どうか幸せになって下さい」
失礼します、と足早に去って行く彼女の背中を見つめながらニールは目を閉じた。
ライルが死んだ。
きっとライルは自分の行動に後悔等していないのだろう。それはうっすらと分かる。彼女は「復讐者」
という言葉を無意識に使った。つまりライルは殺されたという事だ。その事実を知ってしまえば、平凡
な世界などには残れない。ライルは望まないだろうけど。

「お前の仇を討ちたい。これは俺が望む事なんだ」

どんよりと曇った空に向けて、ニールはそう呟いた。





心が決まった。







★ライル視点では兄さんは刹那の好意に気付いてないとなっていますが、そこまで鈍くありません。知
　っていたけど答えられなかっただけ。彼女はマリナ様です、って美人って連発してれば分かりますわ
　な（笑）そして刹那のライルスカウトシーンをパクりました（胸を張る）あ、兄さんは死にませんよ
　念の為。


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