辿り着いた場所 きみを見捨てたこの世界を罰する2 自分を見た人間が驚いた顔をしていた。「生きていたのか?」と訊いてくる者もいた。違うと答えると 残念そうに「そうか・・・やはり」と呟く。此処にはライルがいた証があった。この乾いた大地でライ ルは生きていた。 案内された部屋に入ると主はPCでなにやら作業をしていたが、やがて深い溜息をついてこちらを向い た。 「やはりな、こうなると分かっていたから彼女がライルの死を知らせる事を反対したんだが・・・」 「お前は・・・・・クラウス・グラードか」 驚きと共にそう言えば、彼は苦笑して肩を竦めてみせる。 「覚えていてくれて光栄だ、ロックオン・ストラトス。・・・・・いやニール・ディランディ」 忘れるものか、とニールは苦い思いを噛みしめる。幼かった時、最後までライルの傍にいる事を選び、 ニールに忠告した『あの』少年の事を忘れるわけがなかった。自分の方が思い違いをしていたから、な おさらだ。 「あんた、ライルとあの後も交友があったのか?」 「ああ。彼が入った学校に偶然私も入学していたんだ。それからの腐れ縁だな」 知らなかった、ライルはそんな事1度も自分には言った事が無い。そこまで考えて、そうか自分には言 うはずないか、と思い当る。何故ならライルはニールがクラウスを疎んじていた事を知っていたからだ。 嫌いな人物の話等聞きたくないと思っていたのだろう。だがライルにとってはこの男、クラウス・グラ ードは無二の存在だという事は、明らかだった。当たり前だ窮地の立場だったライルを見捨てなかった 唯一の人物だ。 「あんたがライルをこの組織に引きいれたのか?」 「そうだな、理由はどうあれ切っ掛けを作ったのは私だ。君は私を責める権利がある」 あっさりと認めるこの男に苛立ちを感じながらも、ニールはクラウスを責める気は無かった。ライルが 此処にいたのはクラウスが引っ張って来たのではない、と分かっているからだ。ライルは自身の意志で この組織に入り、生きて死んでいったのだ。 あの美女から最愛の弟の死を聞かされてからというもの、ニールは僅かな手掛かりを探して来た。そし てついに突き止めたのだ、ライルが反政府組織カタロンに属していた事を。更にはヨーロッパにも支部 があると知って、そこに入隊までした。が、ライルはこの支部の出身ではなく、直接的に中東支部に行 っていたらしい。此処にはライルを知る者はいなかった。中東支部は規模こそ大きいが、かなり劣勢な 状況だったので、誰も増員として行きたがらなかった。渡りに船とその増員に手を上げた。周りは止め たが、ニールは気にも留めなかった。 「ロックオン・ストラトス」というのはニールに与えられたコードネーム。なんだか変なネームだなと 思ったのは確かだが、ライルのコードネームが「ジーン1」というこれまた変なネームだった為、こん なもんかと納得した。 「君の事だ、ライルが如何に幸せにと願っていても彼が殺されたとなればなりふり構わず行動するだろ うと思ったからこそ、彼女を止めたんだがな。結局、懸念していた通りになってしまったな・・・」 クラウスはそう言って、深い溜息をついた。その溜息には彼の苦悩が感じ取れる。分かっている、ライ ルが自分に幸せになって欲しいと願っていた事など。こうして同じ組織に属している事を望みもしなか った事を。だが譲れないのだ、ニールも。家族が殺されて呑気にいられる奴等いやしないのだ。 「教えてもらいたいね、ライルは誰に殺されたのかを」 「それを知って、君はどうする?」 「知れた事、ライルを殺した奴に復讐してやる」 即答すれば再び、クラウスは深く溜息をついた。 「まぁ、アンタから聞かなくっても良いぜ?此処の奴らはきっとライルを殺した奴を知ってるだろうか らな」 「仕方の無いやつだな、君は」 「そういう性分でね」 「・・・・・・・・・・分かった、言おう。彼を殺したのは『アリー・アル・サーシェス』と言われる 悪名高い傭兵だ」 そう言いながら手元の端末を開く。そこには隠し撮りだったのだろう、赤毛の凶暴そうな男が写ってい た。 「因みにこの映像の撮影者は、此処にデータを送った後に殺されたがね」 「そこまで凶悪なのかよ、こいつ」 「しかも相当の手練だ。ライルは仲間と行動中に襲撃されてな、必死で仲間を逃がす為に防戦したんだ が、結果はご覧の通りだ。彼は決して弱くない、強い方だった」 それは知っている。「ジーン1」という名のエージェントの存在は、今でもカタロンでは優秀な男とし て語り継がれているのだ。素知らぬ顔をしてジーン1の、ライルの活躍をニールは聞き逃すまいとして いたのだから。 コン、コン ドアが遠慮がちにノックされ、クラウスが「どうぞ」と声をかける。 「何か用かしら、クラウス?」 そう言って入って来た人物はニールの顔を見た途端、固まってしまった。 「アナタは・・・・!!」 それはニールにライルの死を告げに来た美女だったのだ。本気で思ってもみなかったのだろう、驚愕に 青い美しい瞳が大きく見開かれている。 「見ろ、マリナ。結局、私が言った通り彼は此処に来てしまったよ」 マリナ、それがこの美女の名前かとニールは思った。 「アンタのせいじゃないよ、寧ろ俺はライルの死を告げに着てもらって感謝してるんだから」 これは本心だ、知ったからこそ行動できた。知ったからこそ、こうしてライルの仇を討つチャンスを手 にしたと思っているからだ。知らないまま中途半端に生きている方が、自分には辛かった。だからこの 言葉には嘘が無い。それでも彼女の表情は晴れなかった。 「本当に来てしまうなんて・・・・」 「んで、アンタはライルの彼女だったのか?」 こんな美女、滅多にお目にかかれない。彼女の言葉からにじみ出るのはライルへの好意だったから、別 にそういう関係でもおかしくは無い。しかしマリナは首を横に振った。 「違います。確かに私は彼と親しくはしていましたが、そういう関係ではありません」 「?そうなのか?」 クラウスに向かってそう言うと、彼は首を縦に振った。 「アジト内でもそういう関係じゃないかと思ってた者がかなりいたのは事実だ。だがライルが言うには 高嶺の花過ぎて、そういう感情は生まれなかったと言ってたぞ」 それは確かに分かる。こんな絶世の美女では気遅れしてしまうのがオチだろう。 「ええと・・・マリナさん?良かったらライルの奴が此処でどうしてたか教えて欲しいんだけど」 「あ、さんはいらないです。・・・・・クラウス?」 マリナはクラウスの方を向いて訊ねた。多分クラウスから聞いた方が良いのではないかと思っているの だろう。しかしニールからしてみれば、苦汁を味あわされた人物なのである。自分の事は取りあえず棚 に置いとくが、そんな人物に聞くのは癪に障る。きっとクラウスにはニールの心情などお見通しなのだ ろうが・・・・。案の定苦笑しながら頷いた。 「ただ私も此処でまだ仕事があるのでな、席は外せないが」 「別に良いよ、それでも」 そう答えるとマリナが懐かしいものを見るかのように、目を細めた。否、懐かしい光景を見ているのだ ろう。なんせニールとライルの容貌はそっくりなのだ。郷愁にかられてもおかしくはない。 それから時々フォローしてくるクラウスの言葉を含めると、ライルは優秀なエージェントだったのは当 たり前だが、此処で保護されている子供達相手には非常に大人げなかったとか、じゃがいも料理にご機 嫌でパクついていたとか、というエピソードを知った。ライルらしい、と思う事柄もあったが自分の知 らないライルの顔を発見出来て切ないやら嬉しいやら。自分が思っていた以上にライルは常に危険と隣 合わせだったが、充実した生活を送っていたらしい。そしてクラウスにはニールを案じる言葉を良く言 っていたという。 「それだけ君はライルに愛されていたんだよ」 そうだろうとは思う。ただ自分と違って恋愛的なものではないが、それ以上は望んではいなかった。ラ イルが結婚する時でも快く送り出す自信だってあった。ニールにとってライルを思い続ける事自体が大 事だったのだ。無論、自分の想いが報われないのは分かっている。だがライルの重荷になり、こんな結 果を招いてしまったとなると心は重い。 「まったく、君は本当に変わらないな」 「そんな事はないさ。少なくともあれからはライルを独占する為に、他の奴らを排除しなかったよ」 苦い思いでそう呟けば、クラウスはくすくすと笑った。 「そうか、それは失礼。少しは成長していたんだな」 「当たり前だ、俺のエゴでライルを知らない間にあんなに苦しめていたんだからな。成長しない方が問 題だろう」 「確かに」 クラウスこそ変わっていない。正義感が強く弱者を守ろうと動く。あの時弱者だったライルを庇ってい た頃のまま、今は弱者の庶民の側に立っている。自分はといえば此処にいるのはひとえにライルの仇を 取りたいだけ。だがそれが間違っているとは思わない。結果的にライルの仇を取る事が、クラウスにと っても脅威が無くなるという良い事だろうから。 アリー・アル・サーシェス 必ずこの手で葬ってやる。・・・・・・必ず、だ。
★兄さん、後追っかけてきたの巻。ライルは本編の兄さんとは違って絶対視されてはいないので、キツ ク当たる人もいません。意外と居心地が良くて兄さん、戸惑ってしまったりします。ライルが自身の 身体を使っていた事は内緒です。知っていたのはごくわずかな人間ですが、クラウスを始めとして誰 もが絶対に口を滑らせる事はしませんでした。 戻る