仇との決着






 
きみを見捨てたこの世界を罰する3



「急げ!こっちだ!」
「奴はどこに行った?」
「うわああああああ!!?」
怒号が混じる現場でニールは逃げるのではなく、迎え撃つ為に走っていた。とうとうチャンスがやって
来たのだ。やっと出会えた、ライルを殺した奴・・・・・アリー・アル・サーシェスという男に。
(1年経ってやっとこの時が訪れた!覚悟しておけ、絶対に殺してやる)
知らずに口元が獰猛に笑みの形を浮かべる。他の者達はアリーの恐ろしいまでの戦闘力を知っているの
だろう、顔面蒼白となって逃走を試みており最早烏合の衆と化していた。無論、ニールにも恐怖がある
のは間違いない。調べれば調べるほどアリーの狡猾さやその能力に恐れ戦いた。それ程の相手だったの
だ。だから腕ききと言われたライルが殺されたのだと、変な方向で納得できた。

それでも

それでも復讐心・・・怒りはニールの中で恐怖を上回った。

いつもなら優しい光を湛えている彼の緑の瞳は見る影もなく、怒りの炎が宿っている。クラウスはきっ
とこの状態のニールを見ても驚かないだろう。ニールの中にある激情を知っている、数少ない人物だ。
(マリナや子供達は怯えるかもな)
ただマリナは変に度胸があるので、怯える事はしないかもしれない。寧ろ自分のせいでニールが復讐に
走ってしまった事を気に病んでいるから、このニールを見たら自分のせいだと嘆くのかもしれない。
(いや、俺はアンタに感謝してんだぜ?)
ライルの生死も分からず何処にいるのかも分からない状況よりも、今の方が充実していると言いきれる。
それが他人から見れば果てしなく、愚かに見えようとも。だから感謝している。

走る

走る

走る

アリー・アルサーシェスという猛獣を探し求め、殺す為に。ニールは奴の姿を求め、走る。

そして遂にその姿を捕えた。ニールの顔を見た途端、一瞬驚いた顔を見せたが次の瞬間ニヤリと獰猛に
笑う。
「んだぁ?あの時の兄ちゃんかよ。トドメを刺してやったはずだが、生きてやがったか?」
どこか侮蔑な声色で話す。
「まぁ生きてたんだったら生きてたって事で良いか。もう1度殺してやれば良い事だからな」
ニールの怒りが頂点に達した。彼は激情を隠す事も無く、引き金を引く。だが流石は悪名高き凄腕の傭
兵、アリーはその銃撃をやすやすとかわして見せた。
「ん?なんかクセが違いやがるな」
ニールとライルは一卵性の双子だが、性格が違うように戦い方も違う。ニールは精密射撃を得意として
いるが、ライルは乱打戦に強い。本来、こうやってターゲットの前までやって来て引き金を引くという
戦いのスタイルはニールの得意分野ではない。だが遠くからの狙撃だと、きっと撃ち取れないだろうし
何よりもニール自身が目の前でアリーが死ぬ処を見る事に固執したからだ。
「うるせー!絶対に殺してやる!」
「おぅおぅ勢いがあるねぇ。殺しがいがある奴は好きだぜ!」
心底楽しそうなアリーに、本能的な悪寒が走る。だが自分とて楽しくは無いが、この男を狩る事に興奮
を覚えているのは確かだ。ライルを殺した報いを受けさせる為に、こうやって自分の戦闘スタイルすら
曲げて追い詰めようとする行為は、ニールに高揚を覚えさせる。


しかし現実にはそう上手くはいかない。意思に反して段々追い詰められて行くのはニールの方だった。
舌打ちをしながらなんとか踏ん張っているが、それも時間の問題かもしれない。自分が死ぬかもしれな
いという恐怖と、ライルの仇を取れないという怒りがニールの心を交差する。仲間はもう既に全員此処
から退避している。組織の一員としてはもう、アリーと戦う理由などありはしない。心のどこかで冷静
な自分が、早く撤退した方が良いと囁いてくる。だが引く事は出来ない、最悪の場合でもなんとか相打
ちに持っていきたい。カタロンの為にだってアリーを此処で仕留めた方が良いに決まっている。
「!!」
とうとうニールは仰向けに倒れるハメに陥り、アリーが馬乗りになって来る。その表情は凶暴な笑みを
湛えていた。
「頑張ったなぁ、兄ちゃんよぉ。だがそろそろお開きといこうじゃねーか」
銃口がニールの額に押し付けられる。

その時だ。

「わああああああああああああああ!!!!!!!」
絶叫と共に発射音が聞こえ、アリーの身体が傾いだ。どうやら信じられない事にアリーの身体のどこか
に命中したらしい。
「くそがああああ!!」
アリーは後ろを向き、その直後に発射音と鈍い何かが倒れる音をニールの耳は捕えていた。だがなんに
せよ、アリーに隙が出来た。隠し持っていた小さな銃を構え、アリーが此方に向き直ったその瞬間にニ
ールは引き金を引いた。




地に倒れ伏し動かなくなったアリーを一瞥した後、ニールは隙を作ってくれた者が倒れている場所に急
ぐ。
「大丈夫か、おい!」
うめき声をあげて此方を見たのは、普段はこんな最前線にいない仲間の1人。
「イケダ、お前どうして此処に!?」
言ってしまえば、このイケダが担当するのは情報戦だ。元ジャーナリストの彼は方々に顔がきき、豊富
なツテと情報を持っている人物。戦闘でドンパチするだけが、戦いではない。彼のツテと情報によって
組織や仲間が救われた事も少なくない。
「とにかく此処から逃げなきゃな・・・・・」
イケダを背負ってから、ニールはもう1度アリーの方を見た。達成感は思ったよりなかった。
「あばよ」
そう言って、ニールはアリーに背を向けた。


「ったく、なんであんなヤバい真似したんだよ!」
やっとの思いでジープに辿り着いた帰途、ニールは助手席にいるイケダに苦言を呈した。確かにイケダ
の乱入で助かったのだが、一歩間違えば彼は死んでいただろう。
「俺は・・・・ロックオンに謝らなきゃならなかったんだ」
か細い声ではあったが、イケダの声はニールの耳に届いた。
「?何を?」
「ジーン1が死んだのは、俺のせいなんだ」
「・・・・・・・・・」
衝撃が大きすぎてニールは言葉が出なかった。運転を誤らなかっただけ良かったのだが・・・。
「・・・・・・なんで?」
「あの時、俺はドジを踏んでアリー・アル・サーシェスに殺される処だったんだ。そこへジーン1が俺
 を庇って負傷してしまった。その時は致命傷を負ったわけじゃなかったんだが、俺がもたもたしてい
 たからジーン1の負担は大きかったはずだ。俺を逃がした後に致命傷を貰っていたみたいだから・・」
得意な戦闘ではなかったが、五体満足な状態で戦った自分でもアリーには手こずった。致命傷でなくと
もあの男の前ではどんな小さな傷であろうとも、命取りになった事は確実だろう。それだけ強敵だった
のだ、アリーは。
「何度も言おうとしたんだが、どうしても言えなかった。俺のせいでジーン1が死んだ事実を認識して
 おきながら、認めたくなかった」
怪我の痛みとは違う事で、イケダは溜息をつき苦い顔をした。
「だからロックオンがアリーと戦闘しているって聞いた時、いても立ってもいられなかった」
その結果が今の状況、というわけだ。思わずニールも溜息をついた。
「すまない、ロックオン」
「いいさ・・・・・」
イケダが驚いたように顔を上げた。ニールは苦笑を返した。
「お前がわざとそうしたんなら、殺してやるけどな。だけどそうじゃないだろう?そうやって悩んで、
 危険と分かっていて身体を張ってくれたんだ。複雑な気分である事は確かだけどな」
こういう組織に入っている以上、死ぬリスクは常に高確率でつき纏うものだ。その生死を分けるのは、
まさしく運なのだろう。ライルは・・・・運が悪かったのだ。
「ジーン1が、俺の命を守ってくれたんだな。結果論ではあるけれど」
不思議なものだ。実際助けてくれたのはイケダだが、その大本にあるのはライルだ。ライルがイケダを
守って死んだからこそ、助かった。ライルが死ななければニールは今でも、悶々とした気持ちを抱えて
故郷にいただろう。ライルの思いもその信念にも気がつかずに。
「有難う・・・・・ライル」
思わず口から洩れた小さな声に、イケダは眉をひそめて首を傾げていた。


「そうか、とうとう仇を討ったか」
ニールの説明を黙って聞いていたクラウスが発した第一声がこれだった。強敵がいなくなったという安
心と、どこか虚しさを混ぜたような声色。
「ああ」
「なら、君は此処を抜けると良い」
やはりきたか、とニールは思った。元々ニールがこの組織に属しているという事が、クラウスには良い
事だと思っていないからだ。みすみすライルを死なせてしまい、兄を復讐に駆り立ててしまったという
事実を、クラウスはずっと気にしていた。時々、抜ける事を勧められた程だった。
「いや、俺は此処に残るぜ」
「何故だ?仇を討った以上、此処にいる意味はないだろう?」
「お払い箱かい?」
「いいや、ライルの願いを叶えてやりたいんだよ私は。君の幸せを願っていた彼の。此処にいたらその
 うち、死ぬ事態に陥りかねない。ただでさえ不利な戦いなんだ」
クラウスの言葉に嘘は無い。だからこそ彼は組織から絶大な信頼を寄せられている。愚かなまでに、一
直線だ。昔から変わらない、そんな処は。腹立たしい程に。
「良いんだよ、俺の幸せは俺が決める。今の俺は此処にいて戦うのが幸せなんだ」
そうはっきり言ってやれば、クラウスは困った顔をして肩を竦めた。


お前は良い顔をしないだろうけど、これが俺の決めた道だよ。
・・・・・・そう、お前を見捨てたこの世界を罰する為に。



★運が悪い=世界に見捨てられた、という構図です。この後も兄さんはカタロンで黙々と活動をしてい  く事になります。此処の兄さんは理想家ではありません。どちらかというと世界に復讐したいが為に  カタロンで活動するのです。変化という罰を世界に与える為に。 戻る