海へくりだそう!






 
夏休み


トレミーがドックに入って本格的なメンテナンスを受けている時間、トレミークルーは南の島にバカン
スに来ていた。当然どこかに泊るわけだが、彼らは普通とは違う取り方をしていた。ホテルが所有する
ログハウスの大きいもの2件と離れの小さなもの1件。無論、ちゃんと意味がある。

大きいログハウスの1つはスメラギ、リンダ、フェルト、ミレイナ、マリーの女性陣が宿泊。
もう1つのものにはアレルヤ、ティエリア、ラッセ、イアン。
そして小さな離れには刹那とライル。

尤も奇妙な事になったのはニールである。無論ライルから離れたがらないので離れにはニールの分のベ
ットも用意してあるし、ライル・刹那両名共にそれは納得済みである。しかし、しかしだ。大きいログ
ハウスの方にもニールの分のベットが用意されていたのである。これは恋人同士である刹那とライルが
盛り上がった時の、ニールの避難場所。そんな彼らの心遣いに刹那は素直に感謝し、ディランディ兄弟
は複雑な表情をして見せたのだった。


1日目はホテルに着いたのが夕方だった為、ニールは恙無く離れで休む事に。


次の日はお楽しみの海に突撃する日であった。嬉々として走りだそうとしたライルをニールが制止する。
「なんだよ兄さん。ちゃんと海パンの許可を取っただろ?」
普通の感性であれば度肝を抜くこのライルの台詞だが、ニールのライルへの過保護ぶりに慣れているト
レミークルーはびくともしなかった。
「それは大丈夫だ」
「じゃ、なに?」
「ちゃんと日焼け止め塗りなさい!」
「え〜面倒くさいからいいよ」
ライルがそう言うとニールがニヤリと笑った。
「そーかそーか。そんで日焼けして身体中真っ赤なトランザム状態になって苦しみたいわけだな?」
「・・・・うぅ」
思い当るフシがあるのだろう。ニールはますます笑みを深くし、ライルは呻いて身体を縮こまらせた。
「分かった、塗るよ・・・・」
降参したのは勿論ライルの方だ。
「なら兄ちゃんが塗ってやろう!」
嬉しそうな実兄の声にライルは抵抗する事も無く頷き、促されるまま丸椅子に座った。
「ニール、俺もライルに塗りたい」
そう刹那が言って来るのは想定されていたのだろう、ニールは素直に頷いて刹那の手に日焼け止めクリ
ームを絞った。
「俺は背中を塗るから、刹那は前を塗ってやってくれ」
「了解した」
刹那はライルの前に廻り込んで、ひたりとクリームを付けた。
「なんだか楽しそうですぅ。私もやりたいです!」
無邪気なミレイナが走って来ておねだりしてきたものだから、流石のニールも驚いて救いを求めるよう
にヴァスティ夫妻を見やる。イアンは目を吊り上げていたが、リンダに「良かったら塗らせてあげて」
と声に出さずに言われてどちらに従うか迷うが、結局リンダの意志に添う事にした。その間にはライル
が辞退を申し上げていたのだが、ミレイナにしょんぼりされて慌てていた。刹那は目を丸くして見てい
るだけ。一応、ミレイナが参加しても良いようだ。
「じゃ、ミレイナは右腕を塗ってくれるか?」
「はいですぅ!」
なにが面白いのか嬉々としてライルにクリームを塗り始めるミレイナの姿に、トレミークルーは溜息を
ついたのだった(リンダ除く)


(で、なんでこうなってんだ・・・・?)
ライルは目を虚ろにして自問した。始めは確かに兄の親切心だったはずなのに・・・・。そう思うのも
訳がある。ニール、刹那、ミレイナの他にティエリアが足にフェルトが左腕にクリームを塗っていたか
らだ。ティエリアの場合はまだ分かる。彼は日焼け止めクリームを塗るという行為に純粋に興味がある
のだ。今迄に体験した事がないのでやってみたいだけ。しかし問題はフェルトだ。何故かいつの間にか
ライルの左に陣取って一心不乱に塗っている。これにはミレイナ以外の人間が戸惑った。ライルとフェ
ルトの間は緩やかにはなったけれど、まだ一線が引かれているからだ。
「刹那!海パンの中は日焼けしないから、手を突っ込むな!それに足は僕の領域だ」
というティエリアの信じられない言葉が耳を滑る。本当はニールが背中をティエリアに任せようとした
のだが、別に構わないと言い張るのでこうなってしまった。ライルとしてもティエリアが足にクリーム
を塗ってくれているのは感謝するが、後で何か起こるのだろうかと戦々恐々としていたのだった。
「よし、お終い!」
ニールの終了を告げる声がこんなにまでも有難いとは・・・・そう思いながらもライルは皆に礼を言っ
た。そして
「ありがと、兄さん。じゃあ今度は俺が塗ったげるよ」
そう言うとニールが白目を剥いた。
「え?なに?」
「残念。俺、自分で塗っちまった後だよ・・・」
「えぇ?背中は?」
「兄ちゃんは背中で右手さんと左手さんが出会えます・・・・」
「そっか・・・・・。じゃあ!明日、俺が塗るから!」
「そうかい?じゃあ明日頼むかな」
同じように嬉しそうな顔をしたディランディ兄弟は、刹那に促されて海に向かった。


その夜。
大方の予想通りニールが、しかし何故か枕を抱えてイアン達のログハウスにやってきたのであった。


さらに次の朝、刹那がこれまた大方の予想通り1人でイアン達のログハウスにやって来た。ホテルから
の朝食はこういう時を考えて、離れの分も此処に持って来てもらっている。だから刹那は自分とライル
の分の朝食を単純に貰いに来たに過ぎない。しかし珍しいぐらい気だるそうな刹那に、ログハウスの面
々は(無論ニールも)目を丸くした。
(これはまた・・・・)
(激しかったようだな)
アレルヤとティエリアがニールに聞こえないように、囁き合った。刹那があんな状態なのだ、ライルは
もっと気だるい状況になっているはず。自ら望んだ事だろうが、こっそりとライルに同情する面々だっ
た。年の差8つは大変だ。

それから食器を返した後、刹那はニールに言った。
「ライルが呼んでいる。行ってやってくれ」
「へ!?あ、そう?」
思いもかけない事に、ニールは目をぱちくりさせた。あと少しで海に繰り出そうとしていたニールは海
パン1枚っだったのだが、取りあえず弟が呼んでいるなら行かない訳にもいくまい。なんだろう?と思
いながら離れに向かおうとすると
「すまない。ハメを外してしまった」
という刹那の謝罪が聞こえて来た。ニールは耳を疑う。
「ハメを外す?お前がか?」
「ああ」
成程、休暇中という事もあり否が応でも盛り上がるこの状況で、刹那は相当はしゃいでいたのだろう。
しかも本人の自覚なく。いつものつもりでライルに手を伸ばしたは良いものの、暴走してしまったとい
う事か。ニールはちょっとだけ眩暈を起こした。
「そっか。まあなら早いうちにライルの処へ行って来なきゃ、だな」
「そうだな」
「行って来る」
ニールは刹那と他の面々に手を振って、離れに向かった。

そっと外から様子を伺うと、ライルがベットで寝ているのが見えた。気だるげを通り越して精魂尽き果
てたという感じ。原因は分かっているが、それでもあまりの憔悴ぶりに心配にもなる。窓もドアも開け
てあるので、静かに離れに入ってライルに近づく。
「兄さん?」
ぱちり、とライルが目を開けた。
「ああ、大丈夫・・・・・でもないか」
声をかけるとライルは笑った。
「んで、俺になんか用があるのか?」
そう尋ねるとずい、と差し出されるのは日焼け止めクリーム。?マークを盛大に飛ばして首を傾げるニ
ールにライルは少し口を尖らせた。
「昨日約束したろ?兄さんに日焼け止め塗るって」
・・・・・・そういえばそんな事もあったか、しかしだ。
「良いよ、そのくらい。お前は安静にしとけって」
ライルを気遣うからこそのセリフにも、納得の表情を見せない。
「約束は守る為にあんだよ」
「でもお前、大丈夫なのか?」
「さっき薬飲んだから大丈夫」
ふむ、とニールは考えた。この調子ではライルも引かないだろう。だったら塗る塗らないと言い合いを
してライルの体力を削ぎ取るのは得策ではない。さっさと降参してさっさと終わらせた方が良い。そう
結論づけたニールは苦笑を洩らしながら
「じゃあ、せっかくだしお願いするかな?」
と折れたのである。ライルが起き上がるのを手伝って、ベットの上に座った。


「俺さ、ライルには悪いかもしんないけど嬉しいんだ」
「嬉しい?なんでだ?」
「ん、刹那がさ、ハメを外したなんて初めてだったから。俺はまだ子供の頃から刹那を知ってるが、ハ
 メを外してるトコなんて見た事ない。やっぱさ、人間真面目コンコンチキだけじゃダメなんだよ。若
 いうちにハメは外した方が絶対良いからな」
「そっか、まあ・・・・確かに大変だったけど」
苦笑するライルにニールも思わず苦笑した。
「20代と30代の体力の差をまざまさと見せつけられたよ」
「そりゃ役割で言えば、お前の方が負担が大きいからな」
「・・・・・うん、まあね」
ぴたぴたと日焼け止めを暫く無言で塗っていたライルだが、やがてぽつりと呟いた。
「昨日の俺の日焼け止め塗る中になんでフェルトがいたのか、本気で分かんないんだけど兄さん分かる?」
「いや、俺もフェルトとの付き合いもあったけど、やっぱり分かんないなぁ」
「そっか、兄さんでも分かんないか」
「うん。なんでだろうなぁ・・・・。俺も驚いたけど」
実はフェルトは傍から見たら普通に見えていたのかもしれないが、刹那と同じようにはしゃいでいたの
だ。はしゃげばテンションも上がる。テンションも上がれば普段しない事も、うっかりしてしまう。そ
ういう事。実際ライルと刹那がよろしくやっていて、ニールがスメラギに酔いつぶされない状況に安心
して酔っ払って弟の萌話を炸裂させていた頃、フェルトは後悔の海に出港していたのだった。無論スメ
ラギがほっとくわけもなく、ちゃんとフェルトのフォローに回った。あとでディランディ兄弟に口止め
しとかないと、とか思いながら。フェルトとて追求されたくないだろうし。

「はい、お終い!」
「サンキュー」
「どういたしまして」
「さ、少し横になってろよ」
「うん」
ニールはライルの背を支えてゆっくりと、横にさせる。
「今日は1日ゆっくり寝てろよ」
そう言うとつまらなそうに口を尖らせる。
「せっかく海に来てるのに・・・・」
「海に来たからって、毎日海に突撃せにゃならん事ないだろ?今日も天気が良いし波音聞いて海風に吹
 かれて、ごろごろするのだって立派な休みだ」
「・・・・・・うん、分かったよ」
やっと納得してくれたらしいライルの額に1つキスを落として髪を梳いてやると、気持ち良さそうに目
を細める。
「何かあったら呼べな?すぐ来てやるから」
「ありがとう兄さん」
「じゃ、俺行くな」
「うん」
離れると途端に眠そうな表情になる。離れをニールが出る頃には既に寝息が聞こえていた。
(たとえ元気でも今日は海パン1丁にはできないよな)
白いはずの首筋はキスマークによる見事なトランザム色。あれでは身体の方もえらい事になっているだ
ろうから、ミレイナの教育にも悪い。

帰る途中でばったりと刹那に会った。
「よぅ、ライルの用件は終わったからな」
「そうか」
そのまますれ違ったのだが、刹那がニールの方を向いて立ち止まったのが分かった。
「どうした?」
「なにも言わないのか?」
ああなるほど、とニールは思う。刹那はライル相手にハメを外した事をニールに咎められると思ってい
るのだろう。確かにそういう気持ちはある。だが。
「俺が一々何か言わないとだめか?」
そう問いかければ聡い刹那ははっとした顔を見せる。
「感謝する」
それだけ言うとニールに背を向けて離れに向かう。今日1日はライルの傍で刹那もごろごろする気でい
るのだろう。何かあったら呼べ、とライルには言ったものの刹那が一緒ならその心配もなさそうだ。少
しばかりの寂しさを感じながら、ニールも仲間達が待つロッジに足を向けた。


しかし、浜辺からでもわかる離れから放たれる濃ゆいピンクオーラにニールは深く深く溜息をついたの
だった。


★刹那とライルはふつーにいちゃいちゃしていたら、濃ゆいピンクオーラがでてしまいました。あと、  分かりにくいだろうから解説しますが、最後の辺りのニールと刹那の会話。ニールの答の中には刹那  を一人前に認めている、というニュアンスが入っているのです。だから言わなくても分かるだろ?と  いう事。刹那もその隠されたメッセージに直ぐに気が付いたのです。ああ・・・言葉足らずで申し訳  ありません・・・・・・。 戻る