新年騒動






 
お正月

ここは日本。沙慈はなんとか自宅に戻っての生活に帰れた。勿論ルイスも一緒だ。そして初めてのルイ
スと迎えるお正月。そして今日は大みそか。
「お節はどうするの、沙慈?」
「うん、2人しかいないしね。少人数用のお節を買ってこようと思ってる。あ、雑煮やお善哉は僕が作
 るよ」
「わぁ、嬉しい。あたし、お善哉大好き」
などと平和に会話をしていた時だった。
ぴんぽ〜ん
「?誰だろう?」
沙慈は首を傾げながら、インターホンへ出る。
「はい、どちら様ですか」
「沙慈っ!助けてぇ!!」
「!?その声、ライルさんですか?」
沙慈が不本意ながら世話になっていたマイスターの中に、ニールとライルの双子がいた。見かけはそっ
くりなのだが、中身というか性格が大分違った。兄であるニールは沙慈にとって大人という雰囲気であ
ったが、弟のライルは親しみやすい。普通の学生生活を体験している事もあり、よく沙慈とは話が盛り
上がっていた。そんなライルは刹那と兄のニールに溺愛されているのを、沙慈は知っている。なにか又
あったな、とピンときた沙慈は急いでドアを開けた。
「お久しぶりですね、ライルさん」
「悪いな、いきなり・・・・」
「どうぞ、中に入って下さい」
「ああ・・・・邪魔するよ」
ライルを居間に通すと、ルイスがお茶を入れてライルへ置く。礼を言ったライルが、ずずーっとそのお
茶を啜り、落ち着いた処で話をしだした。


ライル曰く、今年は兄と水入らずで新年を迎える事になった。沙慈はライルの貞操を心配したのだが、
『性的な意味でライルには絶対触りません』という誓約書を出させたらしい。ニールは変な処律儀なの
で確かにこうやってしまえば、ライルは安全だといえる。で、アイルランドでウィークリーマンション
の一室を借り、そこで新年を迎えるハズだった。ニールはちょっとヤボ用があると言って出掛けたので
ライルは1人でTV等を観て時間を潰し(クラウスと連絡を取って話し込んだりもした)先にベットに
入って寝てしまった。
目を覚ました切っ掛けは、ニールからの電話。
「ライルっ!お前、今どこにいるんだ?」
「ああ?どこって借りた部屋じゃん・・・・」
「寝ぼけてんなぁ。その部屋に俺はいるが、お前はいないぞ?」
「え?」
慌てて周りを見回せば、全く覚えのない部屋の中。起き立てで動揺するライルは、ニールの言う通りに
部屋の中を見せた。
「間違いない」
「?どこ、此処?」
「そこは刹那が借りている日本の部屋だ」
「日本!?」
思いもかけない展開に、ライルは素っ頓狂な大声を上げた。寝ている間にどれだけ移動してんの、俺?
最早夢遊病という範囲ではない。しかも刹那のテリトリーの中とは。
「ど、どうしよう、兄さん」
「落ち着け、ライル。隣が引っ越してなければ沙慈君の部屋のはずだ。彼女と水入らずの時に悪いが、
 そこで匿ってもらえ。俺もすぐ日本へ向かう」
「わ、わかったよ。兄さん・・・・なるべく早く来てね」
「おう、分かってる」
ライルは刹那の部屋を飛び出した。


「というわけで、悪いんだけど此処に逃げて来たんだ」
「そ、そうですか・・・」
相変わらず刹那と兄関係で苦労しているらしいライルに、沙慈はほろりとなった。相変わらず仲間に対
してデッドオアアライブな生活をしているらしい。ふと思い当って沙慈は訊いた。
「刹那には誓約書は書かせなかったんですか?」
ライルは端正な顔を歪めた。
「だって今回は警戒すべきは兄さんだけだったから、刹那にはなーんも手をうってないんだ」
「そうなんですか・・・・・」
「あの・・・・・」
黙り込む両者の沈黙を破ったのはルイス。
「ん?」
「刹那やお兄さんって人と・・・その・・・関係しているんですか。大人な意味で」
いきなり話が生々しくなった。沙慈は慌てる。確かに溺愛はしていたが、自分がトレミーを降りた時に
はまだライルは無事のはずだ。・・・・・大人な意味で。
「それが・・・・・」
ライルが沙慈にとって恐怖の発言をし出した。
「クリスマスにさ、俺、兄さんに酒をらっぱ飲みさせられて記憶が無いんだけど。兄さんと刹那と未踏
 の地に辿り着いてしまって」
成程、だからいつも以上に慌てているわけだ。そりゃ我慢強い刹那だって1度関係してしまえば、どこ
か吹っ切れるというもの。つまり刹那に連れ込まれたという事は、如実にライルの危機を表しているの
だ。そしてライルの溺愛されるが故の苦労を知っている沙慈には、ここでライルを見捨てる事はできな
かった。
「わかりました。じゃあ僕の部屋にでも隠れていて下さい」
「悪いな・・・・ホント」
「ちょっと待って」
ルイスから待ったがかかった。
「ルイス?」
「沙慈の部屋ではすぐに刹那に見つかるわ。だから私の部屋で隠れていて下さい」
思いもかけない提案にライルも沙慈も目を白黒させる。
「や、流石に女の子の部屋に隠れるっつーのは・・・」
ライルの困惑は当然だ。しかしルイスはやけに使命感に燃えた顔をしている。
「刹那に大人な意味で餌食になりたいんですか?」
もはやあけすけに言われ過ぎて、男共はぽかーんとしてしまう。
「なりたくありません」
それでもライルは切羽詰まったこの状況をどうにかしたくて、答える。可愛い女の子とベットイーーン
するならともかく、野郎の毒牙にはかかりたくない。するとニッコリとルイスは笑った。
「刹那が尋ねてきたら、部屋に入るかどうかは訊かないと不自然ですよね。刹那は女の子には優しいの
 で、きっと私の部屋には入らないって思うんです」
「でもさ・・・沙慈に悪いよ」
「ルイスが良いなら、僕は構いませんよ。つか早く隠れないと刹那が来てしまいます」
沙慈としては事実を言っただけなのだが、その言葉にライルが異常なほど反応をしてみせる。
「分かった・・・。本当に悪いな」
気まずそうにルイスに部屋に案内されていくライルを見て、沙慈は溜息をついたのだった。


ぴんぽ〜ん
予想に違わず、刹那がライルの不在に気がついて沙慈の部屋にやって来た。
「刹那、久しぶりだね。元気そうで何よりだよ」
素直さが売りだった青年は、アロウズにとっ捕まり→CBで生活という転落人生を経験した故に、芝居
が上手くなっていた。しれっと驚いたような顔を見せる。
「お前こそ、元気そうだな。ところでライルが来ていないか?」
きた・・・・沙慈は心の褌を締めた。日本男児ですから。
「いいや、来てないけど?ライルさん、日本に来てるのかい?じゃあ僕も会いたいなぁ」
「そうか、ライルもきっと喜ぶ」
沙慈の演技に気が付いているのかいないのか、刹那の反応はいつも通りだった。
「あ、こんな処で立ち話っていうのもなんだから、中に入る?ルイスも会いたがってるよ」
さあ、どうする刹那・F・セイエイ。ライルを探しに行くからと断るのか、それとも入って来るのか。
「せっかくだから、邪魔をする」
後者だったーーーーっ!
「じゃあ、入って入って」
中に入ると何事もなかったかのように寛ぐルイスがいた。伊達に軍人やってはいない。
「刹那、久しぶりね。元気?」
「おかげさまでな」
会話を交わす両者は穏やかな微笑みをしている。沙慈はそれが嬉しかった。


それから3人は少し話し込んでいたのだが、刹那が帰ると言って席を立った。2人がほっとした時。
「ライルを連れて帰るから」
刹那があっさりと言って来る。バレているとは思わず固まる沙慈とルイスをほったらかして、刹那は
「すまないな、ルイス」
と言ってスタスタと迷いなくルイスの部屋に向かった。そして中にさっさと入る。ぎゃあというライル
の悲鳴が聞こえてきたが、どうにもならなかったらしい。入った時と同じように刹那はさっさと出てき
た。さっきと違うのは目を回したライルを肩に担ぎあげていた事。
「ど・・・・どうして分かったの?」
信じられない、という顔でルイスが尋ねると、刹那は微妙に笑って爆弾発言をした。
「愛に不可能はない」
「愛ぃぃぃぃぃ!?」
沙慈の腰を抜かさんばかりの悲鳴が響いた。だって刹那の口からそんな言葉が出るだなんて、未踏の地
を踏んだら人は強くなれるのかしら、と沙慈は思考がぐるぐるになる。そんな2人を不思議そうに眺め
た後
「俺の嫁が世話になったな」
と言ってこれまたさっさと帰って行った。後にはぼーぜんとしたルイスと沙慈が残される。
「どうしよう、沙慈」
ルイスが遠い目をして、ぽつねんと呟く。
「明後日ぐらいに、お善哉でも差し入れようか3人分」
やっぱり遠い目をした沙慈が答える。
「1人分多くない?」
「ニールさんは来るよ、必ずね」
「そうなんだ・・・・・」
それ以上、コメントが出せない2人だった。


ライルはガクブルしていた。ルイスの部屋に隠れていたら、なんの前兆もないまま刹那登場。思わず悲
鳴をあげた後、後頭部を強打されて意識がブラックアウトしたのだった。この間1分も経っていない処
が恐ろしい。テレビでは日本の公式行事らしい「紅白歌合戦」で良く知らない歌手が歌っている。本当
なら今頃、兄と酒でも酌み交わしながらのんびりと話でもしていたのにと思い、刹那を恨めしげに睨む。
「刹那さあ、俺と兄さんが年末年始過ごすって言ったじゃんか、俺」
「そうだな、すまない。だがどうしてもしてみたい行事があったから」
「行事?」
「ああ、『姫始め』というものを」
「なんだそれ、全然想像つかない」
「なんでも新年を迎えたらする、契りらしい」
ぎょえ〜、という悲鳴をライルは必死で押しとどめた。兄には誓約書を書かせたが、刹那には書かせて
いない。クリスマスの時のような悲劇はゴメンだ。そんなライルの葛藤に気付いたらしい。刹那は突然
ライルの上にのしかかった。
「きゃ〜〜〜!!!兄さーーーーーん!!」
「安心しろ、ライル。俺はあれからHow To本を熟読して勉強をしたし、運命を左右するローションもき
 ちんと買ってある」
えらい方向で熱弁を振るわれる。ぎゃあ、食われる!と思ったが、あっさりと刹那はライルの上からの
いた。
「た、助かった」
本音がでてしまったライルをぎろりと睨んでから、刹那は言った。
「まだ新年になっていないからな」
危機は去ってはいなかった。


そしてとうとう新年を迎えてしまった。が、ライルは兄が来るまで刹那をのらりくらりとかわそうと画
策していたのだが、新年の時報が鳴った途端、刹那にベットに押し倒された。
「え、なに刹那」
「良く分からんが、新年が明けたら直ぐにしなければならないらしい」
「え、なにその世知辛いルールは」
「とにかく『姫始め』するぞ、ライル!」
刹那が『姫始め』を知ったネット情報は、多大な真実にちょっぴりの嘘んこが入っていたらしい。大部
分が本当の事だから、刹那でも騙されたらしい。まあ、新年早々ライルにはどえらい試練が待っていた。
「た、助けてぇ、兄さーーーーーん!!」
悲鳴が響き渡った。ゴーーーーーン。


一方その頃、当の兄は糞真面目に飛行機に乗っていた。


ピンポーン
イライラしながら待っていると、程なくドアが開いた。
「来たか、ニール」
「刹那、お前神聖なる『あっちむいてほい』の勝敗を穢すとは何事だ・・・・・って、どうした?」
「なにがだ」
「凄い気だるげだぞ、お前」
「取りあえず、部屋に入ってくれ」
刹那に言われて、ニールは玄関に入る。少しの間、睨みあった。
「すまない、日本の『姫始め』というものをしてみたかった」
「?なんだそれ?」
「なんでも新年明けたら直ぐにしなければならない、契る事だ」
「・・・・・なんだよ、そのせっかちな行事は」
またしても日本文化が間違った内容で広がった。刹那に案内されてとてとてとリビングに到達するが、
そこに最愛の弟の姿は無かった。が、めげずに土産物を刹那に差し出す。結構大きい袋に、刹那が目を
丸くした。
「なんだ、これ」
「日本では新年にお節というものを食すという。てなわけで、飛行場で売ってたから買ってきた」
こういう気遣いが出来るのが、ニールの良い処だ。刹那はスルーするだろうし、ライルは面白がって買
うかもしれないが、あくまで自分の楽しみという観点からだ。
「刹那、ライルは?」
刹那の気だるげな雰囲気も気になるところではあるが、ニールの此処に来た最大の目的はライルの奪還
である。刹那はちょっと困った顔をした。こういう表情をする刹那は珍しい。
「ライルは俺の部屋でやっとさっき眠った処だ」
「なにがあった?」
「良く分からない。だが身体が治まらないとパニックを起こしてしまってな。搾り取られた」
「へ?」
なにを搾り取られたかは、敢えて訊かない。それにしてもライルに何が起こったのか。パニックになっ
たという点が気になる。刹那の事だ、ガンダムでライルをアイルランド・日本間を移動させるような事
はするが(褒められたものではないが)基本的に正攻法で攻めてくるので、そんな粗相をライルにする
はずがない。これはニールの確信でもあった。刹那はライルを溺愛しているのである。無体な事はしな
い、絶対に。
「ちょっと、ライルの様子を見てきていいか?」
「構わない。だが起こすな」
「わかってるって」
そう言って、ニールはライルの元に向かった。


お節を並べて(とはいえ蓋を開けるだけだが)取り皿と箸を人数分出してくる。無論、3人分。ニール
も戻ってこないし、どうしようかと思った時そのニールが顔を強張らせて帰って来た。
「?どうした?」
「刹那、原因がわかったぞ。これだ」
とニールが見せたのは運命を左右するローション。何故これがライルのパニックを誘発したのかまった
く分からない。
「お前、これなんで選んだ?」
「この前、ハロから見せてもらった映像でスメラギからこれを受け取っていたから、必要だと思ったん
 だが・・・・」
「良く見ろ、此処」
覗き込むと『媚薬入』と書いてあった。つまり刹那はそういう店に入った時、スメラギがくれたらしい
容器を思い出しながらこの商品を手に取ったのだが、色んなバージョンがあったというわけだ。どうも
1番強力なものをピックアップしてしまったらしい。そういう薬に慣れているとは思えないライルの身
体が異常に反応してしまっても無理はない。刹那はそれを悟ると、しゅん・・・となってしまった。
「悪い事をした・・・・・」
ニールもどう言えば良いのか分からない。刹那は基本的に禁欲的なのだ。こういう方面に興味が無いの
は無理なからぬもの。ローションを用意しただけ、マシともいえるのだ。これを気づかずに手にとって
しまいライルのパニックに驚いた挙句、搾り取られたとは・・・・。しかし自業自得ともいえる。勝負
に負けたというのに、勝者の手から勝手に奪っていってしまったのだから。
「まあ・・・良い。ライルに謝っておけ」
「ああ、そうする」
ライルに激甘と言われるニールだが、刹那にも存分に甘かった。
「だが来年は俺がライルと一緒に過ごすからな、良いな」
ニールがそう言うと不本意っぽい顔をしたものの、刹那は素直に頷いた。


結局三が日、ライルは起き上がれずニールと刹那の手厚い看護を受ける事になった。


ピンポーン
「あ、お善哉作ったので良かったら食べて。もう焼き餅もお椀に入れてあるからね!」
沙慈の差し入れは、美味しくて3人は感動したのだった。



★せっちゃん、日本文化に挑戦して敗れるの巻。クリスマスから正月の短い間に激務の間を縫って、色  々勉強しました。ライルに痛い思いをさせない為に。微妙に自分が痛い目に遭ったご様子ですが。兄  さんはスメラギさんにガンダムで日本に行きたいと頼んだら、断られたので飛行機でチンタラ移動す  るハメに(笑)え?スメラギさんが何故運命を左右するモノ持ってたかって?そりゃ彼女戦術予報士  だからですよ(便利な言葉だ)正月早々、下品な話で申し訳ありませんでしたー。 戻る