それから あなたのために私は消えよう2 ライルはベッドから起き上がって煙草に火を付けた。何も纏っていない体には先程の行為が赤い痣にな って残っていた。ベッドの下には同じく全裸の男が転がっている。息が無いのは明らかだった。ふと咥 えていた煙草を指に取ると、その事切れている男に笑いかける。 「ま、死ぬ前に天国に連れて行ってやったんだ。そのまま本当の地獄に堕ちてくれな?」 無論、その男が返事を返す事は無い。それを皮肉気に笑って、ライルは立ち上がった。もうすぐ死体処 理の専門チームが現れ、この男の死を覆い隠してくれるだろう。その前に実行役は此処から立ち去るの がルールとなっていた。捕まった時に芋蔓式に捜査の手を伸ばされない為だ。ライルはもう男には目に もくれず、さっさと身支度を整える。政府高官らしきこの男からは首尾良く情報を聞きだし、それをメ モリーに移す事にも成功した。 「じゃあな」 と事切れている男に声をかけてから、その部屋の扉を閉めた。 アジトに帰る前に菓子屋に寄り、いくつかの菓子を買い求めてから隠してあったジープに飛び乗る。ジ ープは快調に走りだし、アジトへと向かう。ライルがこんな生活を始めてから3年が経っていた。兄の 自分への思慕を断ち切らせる為に、ライルが頼ったのは「クラウス・グラード」という男だった。寄宿 舎での腐れ縁だったこの男は、反政府組織カタロンとして活動していたのだ。何故そういう活動が必要 かと思い聞いてみれば、中東辺りの政府等の横暴に人々が苦しめられているというではないか。それに 怒りを覚えたのは確かではあるが、クラウス程義憤があったわけではない。だが1度現地を観光という 形で訪れると、自分の世界からは考えられないくらいの貧困があり締め付けがあったのだ。愕然として なんとかこの世界を変えてやりたいと思い、そして兄達から姿を消すにあたり丁度都合も良かったのも 事実ではある。 自分は変わった。 変わってしまった。 人の命を奪う事にも、そして男女問わず寝る事にも慣れてしまった。原始的な行為に夢中になると人は 心を制御できない。こちらは相手を煽るだけ煽っているだけなので、理性を失う事も無い。相手の嗜好 に合わせるので、抱く事もあったし抱かれる事もある。クラウスは良い顔をしなかったが、その行為抜 きにしても、ライルの情報収集能力は組織でも抜きんでていた。「ジーン1」というコードネームは今 やカタロンでは有名なエージェントとして轟き渡っている・・・・らしい。 ふと今なら兄を抱く事も兄に抱かれる事もできるなと思い、直ぐに首を横に振った。そんな考えは兄を 侮辱している。刹那でも誰でも良いから、兄を幸せにしてくれればそれで良い。それ以上は兄に関して は望まない。 「よぅ!お帰り!ジーン1」 アジトに帰ると陽気な整備士が声をかけて来た。それに笑顔で片手を上げて答える。 「良い情報、掴めたのか?」 今度は違う男がライルに話しかける。 「あったり前だろ?ちゃーーんとゲットして来たさ」 「成程、菓子屋さんの情報かい?」 「バーーカ、違うよこれは」 ひとしきり笑った後 「あ、悪い。クラウス支部長さんが情報を今か今かとヤキモキしてるぜ?」 「そういう事は早く言ってくれよなー。じゃ」 「おう、またな!」 整備士達はライルのジープの点検に入った。砂の多い地域なので、きちんと整備しなければ砂漠のど真 ん中で立ち往生する可能性だってあるのだ。彼らのおかげでライル愛用のジープは1度もエンストを起 こした事も無かった。 「クラウス」 ノックも無しに入ったのは司令官用の個室だ。とは言っても仮眠がとれるソファーベットと後は細々と した機材などが乱雑に置いてある小さな部屋だった。 「お帰りジーン1」 ニッコリと笑ってその男・・・・クラウス・グラードはライルに微笑みかけた。 「ただいま」 そう答えてライルはえらそうにドスッとソファーに座った。そしてポケットからメモリーを出して、ク ラウスに渡した。 「確かに受け取った。ご苦労だったね」 「ちゃんとなんかのトラップやらウィルスが無い事を確認してくれよな。俺はそこまで面倒みねーぞ」 ライルの言葉にクラウスはくすくすと笑った。 「勿論だとも」 一頻りメモリー以外の情報を伝えた後、ライルとクラウスは遠慮がちに少しだけ開いたドアに顔を向け た。誰がいるかは2人共分かっている。 「入って来いよ、おちびさん達」 ライルがそう声を掛ければ、あっという間に扉は大きく開き子供達が雪崩込んで来た。 「ジーン1!」 「お帰り!」 口々にそう言ってライルにまっしぐらに近寄る。クラウスなどは見向きもされなかった。しかしちゃん と理由がある。 「良い子にしてたかー?」 「してた!」 「したよー!!」 「あたしも!」 ライルの声に子供達は大きく返事をする。ライルはにかっと笑うと、近くにいた子供の頭を撫でた。 「そっか。じゃあ、約束してたご褒美な」 歓声が上がり、ライルが出して来た菓子の取り合いになりそうになったので、じゃんけんで取る順番を 決めて、ランダムにライルから手渡していった。なんでもない安い菓子ではあるが、此処にいる子供達 にとっては滅多に食べられないものなのだ。彼らは両親に捨てられたり、生き別れたりして庇護を失く した子供達だった。10数人とはいえ今のカタロンには資金的に苦しいのもあり大変なものなのだが、 それでも見捨てられず、さりとて全員保護するわけにもいかないのでなかなかに微妙な事ではある。 子供達が菓子を貰った後、ライルにべったりとひっついているのを見てクラウスは満足げに目を細めた。 ライルは自分が菓子を配っているからだと言うが、子供というのは素直な残酷さを持っているものだ。 もし菓子だけが目当てなら、貰ったらさっさとこの部屋を出て行ってしまうだろう。しかし現実にはラ イルの肩に勝手に乗って肩車状態になっている男の子や、両脇に背をひっ付けている子。ライルの膝の 上に乗る事で喧嘩している2人の女の子の姿がある。ライルが苦笑して片方づつの膝に女の子を乗せて いた。自分では子供達と接する時はどうしても上から目線になりがちだ。大人としての子供達の教育に 責任を感じている事もある。しかしライルが接する時は、モロに子供目線なのだ。鬼ごっこをすれば、 本気で走りまわって子供を捕まえるは、かくれんぼをすれば最後まで見つからない。とてもカタロンに 名を轟かすエージェントとは思えない。少しは手加減をすれば?と言ってもニヤリと笑って聞く事はな い。しかしそこがライルが子供達に受ける理由なのだ。同じ目線で一緒に遊んでくれるお兄さんなのだ。 ライルの隣に子供達の世話を担当しているマリナ・イスマイールが遠慮がちに座り、菓子のお礼とクラ ウスとの大事な話の腰を折った事を詫びている。ライルはそれに対して 「いーよ。もう終わったしな」 と手をぶらぶらさせて答えている。子供達を接点とするからなのか、マリナとライルは仲が良い。仲間 内では優秀なエージェントと美女でお似合いだと話題になっているが、本人達は恋愛ではなく男女の友 情を育んでいるようだ。美男美女の組み合わせなんだけどな、とクラウスは思う。まぁだからといって 男女が会えば必ず恋愛にならなければならない、というわけでもなしと思い直した。 菓子を食べ終えた子供達をマリナが子供部屋に連れて行くのを見送った後、ライルはぼそりと呟いた。 「この後の指令はあるかい?司令官殿?」 「いや、今の処はないな。ゆっくり休んでくれ。君はまた・・・・自分の身体を使ったのだろう?」 ライルの眉が顰められたが、直ぐに皮肉気に笑った。 「まーーだ、不満なのかい?」 「そりゃそうだろう。それに君の兄が知ったら」 「兄さんはもう関係ないさ。もう・・・・会わないからな。俺もあの人の周りに行く事はしない。何処 にあちらさんのスパイがいるかわかんねーからな」 「君はそれで本当に良いのかい?」 「何度言わせれば良いんだよ、クラウス。俺はテロリストなんだぜ?お前は切っ掛けに過ぎない。俺が 自分で決めた事だ。だからクラウスがそんなに責任を感じなくて良いんだ」 ライルの中では兄の事はすっぱりとケジメをつけているのだろうが、兄の方は分からないじゃないかと クラウスは思ったが、苦笑するに留めた。人様の家庭に首を突っ込んだって良い事ないのだから。 「んじゃ、ちょっと休ませてもらうわ。じゃーな、クラウス」 「ああ、ちゃんと休めよ」 「分かってるって」 ひらひらと手を振りドアの外に消えて行くライルの姿に割り切れないものを感じて、クラウスはひっそ りと溜息をこぼしたのだった。
★ライル中東で色々と暗躍するの巻。やはりライルを1番理解してくれるのはクラウスだと思うんです。 他人だから距離を置いた目で見れるし。本編ではもうちょっとそこら辺を掘り下げて下されば、私ウ ハウハだったんですけどね。 戻る