どうか俺を忘れて あなたのために私は消えよう3 ライルはよろよろと壁つたいに歩を進めていた。 (ざまぁねぇな・・・) 押さえた手の平から血が容赦なく零れていく。それを気にする余裕はもう無かった。自分の死を自覚し た時、咄嗟に基地に帰らなければと思ったのだ。 どうしても、言っておかなければならない事がある。 ただそれだけで、ライルは必死で歩いて行く。ようやくジープに辿り着くと、そのままエンジンをかけ て走りだした。目の前の風景が霞んでいく。身体から流れる血が自分のタイムリミットをどんどんと短 くしていくのが分かる。だが、だからこそライルは霞んで行く意識と戦いながらアジトを目指す。最早 自分にとっては『家』になったあの場所に。帰らねばならないのだ。 アジトにやっと辿り着いたライルは、周囲の救いの手を拒んでクラウスの部屋に向かう。 「ジーン1!」 クラウスが悲鳴のような声を上げて、走り寄って来た。倒れて行くライルをしっかりと抱えて、クラウ スはソファにその身を横たえた。 「待っていろ、直ぐ医者に・・・・」 「良いんだ、クラウス。俺はもう助からない。お前も分かってるんだろ?無駄に貴重な医療品使っちゃ ダメだろうが」 「しかし・・・・」 クラウスが泣きそうな表情をする。長い付き合いだが、こんな表情は初めて見る。そして最期になるの だろう。 「良いんだ、今までも仲間は一杯死んでいった。今度は俺の番だっただけだ」 淡々とライルは話す。そうだ、今までだって仲間は大勢死んでいった。悲惨な死を迎えた者だっている。 いつまでも死が自分の傍に来ない方がおかしいのだ。 「・・・・ライル、今更ながら私は後悔しているよ」 「そんな事ないさ。クラウスは俺に居場所をくれた、目的もくれた。感謝しているんだぜ、これでもな。 だからクラウスも後悔しないでくれよ、頼むから」 それでもクラウスの表情は晴れる事は無い。そっとライルの髪を撫でる。 「あと・・・・あいつらあの悪名高い「アリー・アル・サーシェス」を雇いやがったみたいだ」 「なんだって?」 クラウスの声が裏返る。 アリー・アル・サーシェス。 腕ききで戦いを楽しめるならどんな事もする、傭兵。 「じゃあ、君のその傷は・・・・・?」 「面白くないが、そいつと接触したんだ。何人かやられちまったよ、あっという間に。だから気を付け て・・・・・く・・・・れ」 目の前が暗くなってくる。死がライルを受け入れようとしているのだ。その前にどうしてもその前に言 わなければならない事がある。 「クラウス、頼む。俺が死んだ事は兄さんに・・・」 「ああ、必ず伝える」 「いや、黙っていて欲しい」 「何故だ?」 「俺が死んだ事を知ったら、兄さんは俺を神聖視して其処に止まってしまうかもしれない。それじゃ駄 目なんだ、あの人には前に進んで欲しい。こんな薄情な弟なんて忘れて、誰かと幸せになって欲しい。 俺なんかに縛られてしまってはいけないんだ」 「ライル・・・・・・・」 「頼むよ、クラウス。お願いだ」 ライルの最期の懇願をクラウスは困惑した表情を浮かべたが、やがて「分かった、君がそう望むなら」 と返した。 「ありがと、クラウス。あと・・・・俺の遺体はこの国に葬ってくれ」 「アイルランドに帰りたくないのか?」 「俺はこの国の為に戦った。この国を救いたかった。だからこの国に還りたい」 我がままだらけだ、とライルは心中で自分を嗤う。クラウスを困らせたりしたくないのに、結局は困ら せてしまった。いつもそうだ、結局はこうやって自我を押し通してしまうのだ。暗闇がライルを絡め取 る。自分の意識がそこに落ちて行くのを感じる。ライルは抵抗する事なく、意識を落としていった。 最期にその脳裏に映ったのは、誰だったのだろう。
★というわけで、後味の悪い結末で申し訳ありません。 戻る