VSソレスタ
世界の終わりの音を聴く2
リヴァイブに導かれ、彼はイノベーターの本拠地である宇宙航行艦「ソレスタル・ビーイング」から地
球に降りた。久しぶりの作り物ではない重力に、どこか安堵する。やはり人間はまだ宇宙での生活には
適応できていないのだと思う。
「空・・・・・・」
自然の空。
青いその空を見つめていると、脳裏にあの日の光景が蘇った。
必死で逃げ回る人々。
彼らを嘲笑うかのように、空を駆けてMSを落していくガンダム達。
逃げる途中、轟音に振り返れば母と妹がいた辺りに自国のMSが落下していた。
爆発するMS。
飛ばされる人。
爆発に巻き込まれていく人。
火だるまになって絶叫をあげる人。
そこには無残な地獄が広がっていた。
(やめろ!なんの権利があって、殺しまくるんだ!やめろ・・・やめてくれ!!)
「あ・・・・・・頭・・・・・が・・・」
フラッシュバックした光景に自分の脳が締め付けられるような痛みに呻く。耐えきれず、膝を折り蹲る。
「どうした?大丈夫・・・・ではないね」
リヴァイブの言葉も、痛みに遠くなっていく。なので自分の首筋に冷たい何かが当てられたのも気付け
なかった。
プシュ
小さな音と共に、自分の身体の中に何かが広がって行く。途端に痛みが嘘のように引き、視界がクリア
になった。
「あ・・・・・俺は・・・・」
「辛い過去を思い出したんでしょう?無理はしない事だ」
リヴァイブは手の中で注射器を弄びながら、答えた。
また、やってしまった。
過去の記憶は突然現れて、彼を苦しめる。失われた母と妹。仕事で別の場所にいた父はMSを狙ったが
外れたらしい、ガンダムの流れ弾で死亡していたのだ。
「リボンズから渡されたカプセルは持っているかい?」
「はい」
「なら次はそれを飲むと良い。注射のように即効性はないけど、君の痛みを救ってくれるはずさ」
「はい」
カプセルを眺める。初陣の時、フラッシュバックした記憶に混乱した。なんとか相手を迎撃できたが、
リボンズは心配して携帯に便利なカプセルを用意してくれたのだ。
「さあ、君と同じく配属される者の用意もできたようだ。行くよ」
「はい、分かりました」
彼はようやくCBと戦える事に、喜びを感じながらリヴァイブの後に続く。
その時、異常なまでに好戦的な考えにいっていた事を、彼は気がつかなかった。
「新しく配属されたリヴァイブ・リバイバル大尉です」
「パトリック・コーラサワー少尉であります!」
「ライル・ディランディ少尉です」
アロウズの司令官はデータ通り、地味ではあるが美しい女性だった。だがその眼光は厳しく、一切の妥
協も許されない。彼・・・・・ライル・ディランディは思わず緊張に、ごくりと唾を呑んだ。正式に軍
に属すのは初めてだ。そんなライルがアロウズというエリート部隊に所属できたのも、リボンズのおか
げだ。
「1番、彼らと戦う機会が多いのがアロウズだよ」
推薦してくれたリボンズの顔に泥を塗らないように、戦果を挙げねば。それはライルの目的とも一致す
る。型どおりの挨拶を済ませた後、その指令官であるカティ・マネキン大佐は何故かパトリック・コー
ラサワーを引き連れて、部屋を出た。
宛がわれた部屋でライルはベットに寝そべりながら、手を広げて上に上げる。あの日、ガンダムが来な
ければこんな風に空母の中で憂いに浸る事もなかった。父の転勤で移ったモラリアで一流と名高い商社
に就職した。両親は勿論、妹も自分の事のように喜んでくれた。妹であるエイミーは、あの日母と共に
20歳という若さでこの世を去った。MSの下敷きになった挙句、そのMSが爆発したので母と妹の遺
体すら故郷であるアイルランドに葬る事も出来なかった。父もまた然り。ライル自身も大怪我を負った
のだが、その場に偶然居合わせたというリボンズに助けられ、アレハンドロ・コーナーの庇護の元、ラ
イルは黙々と戦闘訓練と実戦を繰り返してきたのだ。全ては憎いガンダムを落とす為。そしてそのコク
ピットでふんぞり返っているであろう、パイロットを殺す為。
確かにモラリアはAEUの協力もあって、CBに楯ついた。だが避難区域にまで侵入して、戦闘をする
のはおかしいだろう。逃げたMSを執拗に追って、侵入したようだが・・・・・。
(関係無い、俺には)
楯つくのに同意した覚えはない。自分の中に残ったのは、悲しみと憎しみだけだ。憎しみが、CBに対
する憎しみこそが、ライルを支えてくれた。生きる力をくれた。偽善者達は『憎しみではなにも変わら
ない・虚しい』と言うが、そんな事はない変わるのだ。確かに復讐を遂げ虚しさに苛まれて生きる者も
いるだろう。だが充実感を胸に抱いて生きてく者がいるのもまた事実だ。全てにおいて復讐が虚しいも
のだったら、何故仇打ちの物語は人々に絶賛されるのだ。それを明確に説明できる者はいるのだろうか。
負の感情だけを否定し、正の感情を絶賛する。まるで自分の姿に影はいないとでも言いたげな。静観し
ている者とて、身内を理不尽に殺されれば銃を取る。それは人として当たり前の感情だと思う。それを
愚かだの、悲しいなどという方がどうかしているのだ。
「父さん、母さん、・・・・・・・エイミー」
きっと家族は此処まで身を落としたライルを、良しとはしないだろう。だが自分は死人の為だけに生き
ているのではない。自分の為にも、そして未来の為にも今の道を選んだのだ。
「俺は戦う。思いあがったCBの奴らに、自分がしてきた事を思い出させてやる」
憎々しげにライルは呟いた。
暫くして出撃命令が下った。ライルは他のパイロット達と共に、自らの愛機となるジンクスに乗り込む。
「?」
目の端に少女といっても差し支えないような女性パイロットが、アヘッドのカスタム機に乗るのが映る。
アヘッドはアロウズ内であっても、エリート中のエリートにしか配備されない最新機だ。しかもカスタ
ムされているものは、2機しかないはず。
(あれが噂の超兵か?)
いや違う。彼女が戦死したからこそ、自分達が配属されたはずだ。だが彼女の瞳が気になった。自分と
同じ、憎しみを原動力として生きている・・・そんな瞳。妙に親近感が湧いた。
(後で機会があれば、話しかけてみるか)
そう考えた瞬間、ライルの瞳は虹彩に光った。その光はあっという間に鳴りを潜め、ライルは緊張しな
がら操縦桿を握る。
「ディランディ機、出撃します!」
ジンクスを操り、上空に飛び出す。あるポイントで待機して、海から飛び出してくるCBの宇宙艦を狙
撃しろ、というのが大まかな命令だった。リヴァイブは別のポイントで待機の為、一緒に出撃はしてい
ない。
ライルの頭からは、先ほどの女性パイロットの事は消えていた。
CBとの初戦は、苦味の残る結果となった。海から赤いGN粒子に包まれたCBの宇宙艦が考えられな
いスピードで飛び出して来たのだ。追撃命令が出たので慌てて追ったが、なかなか追いつけない。当た
らないと分かっていても、ライルは引き金を引いた。司令官であるマネキン大佐の言っている事は本当
だったのだ。連中はこのまま大気圏を突き破り、宇宙へ出る寸法なのだ。
「っ、させるかよ!そんな事!」
ライルの叫びに呼応したように、宇宙艦からミサイルが雨あられと降って来た。
「くっ」
こうスピードを出した状態では、回避するのも難しい。事実、かなりのアヘッドやジンクスが落ちてい
く。
「またかよぉ〜」
と情けない声で落ちて行ったのは、確か自分と共に配属されたパトリック・コーラサワーだ。知らず歯
を食いしばる。ここまできて、こうも翻弄されるのが腹立たしかった。
「逃げんなよ・・・・・・」
せっかく遭遇したのに。
「逃げんなよ・・・・っ」
殺してやるのに。
「逃げんなよ・・・・・・・逃げんなぁぁぁぁぁ!ソレスタル・ビーイング!!!」
回避しながらライルは絶叫した。怒りで頭がどうかなりそうだ。だがそんなライルの叫びを嘲笑うかの
ように、CBは宇宙に消えていった。
そして
ジェジャン中佐はあっけなく敗れ、まんまとCBを逃がしてしまった。
(なんの為に、なんの為に俺はっ!)
個室に戻ったライルは壁に拳を打ちつけた。くやしくてたまらない。その時、ピピとライルの端末が鳴
った。
「やあ、どうだったかい?」
リボンズだった。いつものように静かな笑みを浮かべている。
「申し訳ありません。初戦とはいえ、戦果を何も上げられませんでした」
「そう謙遜する事もないよ。ミサイル攻撃は全て回避して無傷で帰還できたんだから」
「しかし!」
「僕は君の力を信じている。この次の戦いで戦果をあげれば良い」
「・・・・・・はい」
「それと、君の専用機がロールアウトしたからね。これは後で届けさせるよ」
「有難うございます」
「じゃあ、これで」
リボンズからの連絡は途切れた。ライルはひどく落ち着いている自分に気がつく。きっとリボンズと話
たおかげだろう。
(次こそは・・・・確実にあいつらを・・・・ころ・・・・・・・す)
ライルは襲ってきた眠気に抗い切れず、目を閉じた。
★「静観している者も、身内を殺されれば銃を取る」というのは大好きなトライガンのウルフウッドの
台詞です。確かにその通りなんですよね。身内に害が及ばないからこそ、復讐を否定できるのかもし
れません。自分でもその時になってみないと、どう行動するか分からないもんです。私は負の感情が
あるからこそ、正の感情も存在すると考えているので、一方的に片方を否定する気はありません。
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