邂逅






 
世界の終わりの音を聴く3


活動を再開してから、やっとトレミークルーは一息をついた。アロウズの猛攻はこちらの予想を超える
ほど激しく、何度も危ない場面があった。それはそうだろう、4年前と違ってMSの性能はあまり双方
変わらない。唯一有利になるものはトランザムぐらいだ。新型中の新型である00はツインドライブの
稼働状況が思わしくなく、トランザムもできない状況である。
(正直、しんどいな)
ロックオン・ストラトスは衛星基地で自分に与えられた個室で、溜息をついた。4年前の戦いで瀕死の
重傷を負ったのだが、奇跡的にフェレシュテとかいう組織に助けられCBに届けられた。なかなか傷は
治らなかったのだが、今はそれも完治している。ごろり、とベットに寝転がる。こんな1人になった時、
彼の頭の中を占めるのは最愛の弟であるライルの事だ。地上になんの憂いも残してはいない他のメンバ
ーと違って、ロックオンの弟は地上に住んでいる。だからロックオンは自分の正体を知られるわけには
いかなかった。自分と瓜二つの風貌を持つライルは、一気に保安局に拘束されてしまうだろう。人質に
される可能性もある。いつもライルの事は心配だった。17歳で殺し屋家業を始めてから、1度も面と
向かって会ってはいない。金だけ送りつけてくる自分をライルはどう思っているのだろうか。ライルは
ずっとあの思い出の家に住んでいる。幼い頃に出て行ったあの家に。ロックオンが消えてからずっと。
(ひょっとして待っていてくれるのか?俺を)
そんな自分に都合の良い想像に笑ってしまう。確かにライルは自分の前から消えた。帰ってきても、自
分と目は合わせなかった。流石に葬式の時はロックオンの目を見て、話をしてくれたが。寄宿舎付の学
校を止めて帰ると言ったライルを止めたのは自分だった。せっかく入った学校だ、せめて卒業しなきゃ
父さん達が可哀そうだと。ライルは首を傾げて自分を見ていたが、やがて頷いて帰って行った。
それから相変わらずライルは帰って来なかったが、メールは寄こしていた。素っ気ない文章ではあった
が、それだけでも有難かった。この時点でロックオンはライルが自分の前から消えた原因には気がつい
てたが、どうする事も出来なかった。自分が謝ったりすれば、それは相手に屈辱を感じさせてしまう。
自分が平気だから相手も平気だ、という理論は成り立たない。

そして自分はライルを捨てた。

そんなつもりはなかったが、いきなり最後の家族が戸籍からは消え去り、メールですら連絡が取れなく
なったのだ。ライルからの歩み寄りを感じていた矢先でのこの行動は、ライルを驚かしただろう。自分
がライルの立場だったら捨てられたと感じてもおかしくはない。それに気がついたのはCBに参加して
しばらく経ってから。
(ごめんな、ライル。俺はお前の未来を守るから・・・・)
そう心の中で謝罪する。だがそれと同時に後ろめたさも感じていた。ライルを自分の行動に対する、免
罪符としていたからだ。ライルの為、ライルの為と言ったところで、こうやってガンダムに乗って戦う
事がライルの為になっているとは流石に思っていない。それでも免罪符にしたいのだ、すがりたいのだ。
だがら、ゴメン、と。
そこへ警報が鳴り響く。
何事かと飛び起きれば、アロウズの襲来を告げる一報が入った。
「後手後手に回るな、本当に!」
ロックオンは慌てて個室から飛び出していった。


アロウズの攻撃は強烈かつ、いやらしいものだった。撃破したかと思えば次々に現れる増援のMS。ア
レルヤは万が一の時の為に、脱出組の護衛として此処にはいない。ティエリアは新型に阻まれて、なか
なかトレミーの防衛にまわれない。刹那も苦戦しているようだった。苦戦しているのは自分も同じだ。
(なんで俺、ビームサーベルいらないって申請しちまったんだ!)
心の中で毒づく。ロックオンの得意分野はミドルレンジからロングレンジだ。ロックオンとしても、接
近戦をしかける気持ちはない。だがこうも無茶苦茶に襲撃されれば、流石にそうもいっていられない。
「テッキセッキン、テッキセッキン」
ハロが耳をパタパタさせて、新たなる敵の襲撃を知らせる。その方向にケルディムを向けたところで、
激しい衝撃が襲った。
「この俺が、直撃されただと!?」
信じられない思いだったが、たった1つそれを可能にする兵器はある。
「ファングかっ!」
かつてセカンドチームと呼ばれたミハエル・トリニティが得意とした、飛び道具。そしていつの間にか
あの憎い家族の仇であるアリー・アル・サーシェスが使った、忌々しい武器。
「くそったれがっ!」
GNピストルを連射して、ファングを落とそうとする。だがファングの動きは素早く、かつ変則的に動
くので、こんな乱戦時にそうそう当たらない。
「本体はどこだ!」
その怒号に答えるかのように、1体のMSが姿を現した。ファングは次々とそのMSに収納される。だ
がそれはチャージの為に収納しただけなので、使えないという事ではない。
「また新型かよ!」
忌々しくロックオンは呟いた。薄い水色と濃い青にマーキングされたそのMSは、ティエリアと交戦し
ているものとも違うようだ。そうこうしている内に、トレミーが狙撃される。
「大丈夫よ、まだっ!」
頼もしい戦術予報士の声が、凛と響く。だがその声の中に脅えが走ったのを、ロックオンは感じてしま
った。気持ちもどんどん余裕を無くしていく。ロックオンの視線の中で、その新型はゆらり・・・と動
いた。
「!」
GNピストルを構える。ファングが新型から次々と放たれ、ケルディムに襲いかかる。何機か落とした
処で、実剣を構えて新型が突撃してきた。
「食らうかよ!」
次々にトリガーを引くが、新型はぎりぎりの線でかわしてこちらに向かってくる。ここまでヒットでき
ない敵は初めてだった。振り上げて下ろされた実剣をGNピストルで受け止める。本来はビームサーベ
ルに対抗する為のものだが、そうも言ってられない。間近で見える新型のカメラアイが獰猛に、赤く光
った。そこから感じられるものは、憎悪。何故、そう感じたのかは分からない。だがハッキリと憎悪を
感じる。思わずたじろいだ。実剣を弾き、GNピストルを回して新型に弾を叩きこむ。だが2発ぐらい
当たったが、やはりあとはかわされた。それどころか、ファングが襲いかかってきて攻撃どころではな
い。
「やりづらい敵だ!」
そう叫んだ処で、沙慈・クロスロードがオーライザーで出撃したという通信が入った。援護に回って欲
しいと指示が出るが、新型はケルディムにすがりついてくる。
「悪い、今取り込み中だ。とても援護できない。ティエリア、頼む!」
「りょ、了解」
別の新型の相手をしていたティエリアが、荒い息から返事を返してくる。それに気をつける事はできな
かった。ファングが、実剣がケルディムを容赦なく襲ってくるからだ。
「くそがっ!」


刹那のダブルオーが、ケルディムの前を高速で通り過ぎる。次の瞬間、ロックオンは光に満たされてい
る不思議な空間に放り込まれた。
「な、なんだ・・・・これ?」
ふと新型がいた場所を見ると、新型のパイロットと思われる男がやはり困惑してきょろきょろと周りを
見まわしている。その顔を見た時、ロックオンの顔色が変わった。
「ライル!?」
その声に反応して男がこちらを見る。一瞬、驚いたような顔をしたがすぐにロックオンを睨みつける。
それはまぎれもなく、最愛の弟だった。ロックオンの頭の中がぐるぐると回る。
「なんでお前が此処に?ライル!」
だが弟は怪訝な顔をして、ロックオンを見つめた。
「ライ」
「お前は誰だ」
「・・・・・・・・なんだって?」
思いもかけない反応に、ロックオンは茫然とした。
「何故、俺と同じ顔をしているんだ」
「何、言ってんだよ!同じ顔なの当たり前だろ、俺達双子なんだから!」
「双子・・・・?」
「そうだよ、俺はお前の兄のニール。ニール・ディランディだよ!」
なにがなんだかわからないまま、必死でロックオンは呼びかけた。
「俺に、兄などいない」
その呼びかけは綺麗にぶった切られた。ガンッと頭を何かで激しく叩かれたようなショックが広がる。
「憎いガンダムパイロットが、俺の知り合いであるはずがない」
「・・・・・・・・」
冷たく言い放たれて、今度こそ絶句する。と、ふとライルはロックオンに向けていた顔を逸らし、何か
を聞いているような仕草をした。
「了解。撤退する」
「待ってくれ、ライル!」
「今度こそ、今度こそ落としてみせる。それまで精々生きているが良いさ」
ライルと自分をつなげている光の空間が薄まって行き、完全に元に戻った。前にいるのは確かにアロウ
ズの新型。それは一瞥するかのような仕草を見せた後、この空域から去って行く。
「一体なにが・・・・?なにが起こってるんだ、お前に。ライル・・・・・ライルッ!」
ロックオンは無駄と知りつつも、コクピットで吠えた。

叫ばずにはいられなかった。



★邂逅のシーンは沙慈とルイスのファーストコンタクトを想像して下さい。真面目に会話しているけど  2人は素っ裸か(笑)兄さんは余程自信があったのか、イアンに「俺は絶対にビームサーベルを抜か  ない」と言ってたようですが。割と早い段階で断念されたようですね。つか抜いてしまった事に対し  てなんのリアクションもないのは、ちょっと疑問。CBに在籍すると戸籍も消されてしまうので、ラ  イルは戸籍取り寄せた時に驚いたんじゃなかろうかと思うわけです。今回の話はそれが裏目に出てし  まいますけどね。ライルの乗機は『あの』機体です。彼女はこの話ではMSに乗りません。乗る必要  もないので。その代わり、ライルの乗機なので色々と隠し玉があります。 戻る