捕獲
世界の終わりの音を聴く4
ライルはイノベイターであるリヴァイブに呼ばれて、その部屋に向かっていた。あのCBのMSが起こ
した現象を体験して以来、暫く対CB戦から外された。実はあの後突然に頭の痛みを覚え、卒倒したか
らだ。リボンズの元に戻されて、入念なチェックを受けて静養していた。やっと許しを得て戦場に復帰
したのは「ブレイクピラー」事件が起こってから、暫く経った頃だった。
「ライル・ディランディ少尉です」
「入りたまえ」
「失礼します」
中に入るとリヴァイブと、通信画面にはリボンズの姿まであった。
「調子はどうだい、ライル?」
「有難うございます、リボンズ。変化ありません」
「そうかい、それは良かった」
リボンズが目をリヴァイブに向けるのに合わせて、ライルも彼の方を向く。
「なかなかに面白い作戦だね」
リヴァイブは手に持ったメモリーを揺らしながら、笑った。
「2個付ガンダムはいつもルイス・ハレヴィ准尉のMSに向かう傾向があるのは、私とて気がついてい
ましたけどね」
ライルの作成したプランはこうだ。ルイス・ハレヴィ准尉のMSを囮にして、2個付ガンダムをおびき
寄せて、そこを狙撃する。2個付は攻撃ではなく、准尉の説得をしようとしているように見える。実際
かなり無防備に彼女のMSに近づくのを、アロウズの隊員達が何度も目撃しているという報告が上がっ
ている。だからパイロットの注意は准尉の方に傾きがちだ。そこには必ず隙が出来る。単純ではあるが
割と高い効果がある。本当だったら優秀な戦術予報士であるカティ・マネキン大佐に更に煮詰めてもら
いたかったのだが、彼女はブレイクピラー事件から行方不明であるらしい。死んだわけではないが、惜
しい上官を無くしたと思う。グッドマン准将をライルは本能的に嫌っていた。ダメ元でリヴァイブにプ
ランを出してみたのだが、反応は良いようだ。
「囮になる事を准尉に告げるのかい?」
リヴァイブが訊く。
「いいえ、彼女が知ると2個付に感づかれる可能性があります。彼女には知らせない方が成功率が上が
ると思います。護衛にアンドレイ中尉を付ければ、きっと守ってくれるはずです」
「狙撃は君が?」
リヴァイブは更に問う。
「最適な人物で良いと思います。自分でなくとも構いません」
そこまで訊くとリヴァイブはリボンズを見た。
「私としては異はありませんが・・・どうしますかリボンズ」
リボンズはいつもの通り、優しい微笑みでライルを見つめた。
「良いだろう、僕からアロウズの方に話は通しておくから。人選は任せたよ、リヴァイブ」
リボンズの許しが出た時点で、このプランの執行は成立したのも同然だった。
ライルは格納庫に足を向け、自分のMSの前で立ち止まった。リボンズが自分の為に用意してくれたM
S『ガッデス』女神の名を冠する事に対しては、なんとなく複雑ではあるが有難い愛機だ。ふとあのお
かしな空間で出会った男の事を思い出した。ライルの兄だとほざく、ガンダムパイロット。だがどんな
に考えてもライルには兄がいたという記憶が無い。生き別れかとも思ったが、そんな話は今まで聞いた
事もなかった。自分にとっての兄弟は妹のエイミーだけだ。リボンズにも訊いてみたし、ヴェーダで調
べてみたが、そんな記録はどこにも無かった。
(俺を騙そうとしたんだろう)
そうとしか思えない。自分でいうのもなんだが、機体性能も相まってライルはガンダム相手に善戦して
みせたのだ。あの乱戦の時に自分の動揺を誘おうとして、ああいう法螺を吹く奴はいる。顔が同じに見
えたのは、相手の顔を知らないから自分の顔を投影させたものだと思っている。記憶にも無く記録にも
ない、そんな奴を兄と思う方が間違いだ。そんな手を使ってくる彼らに、ライルは唾棄したくなった。
愛機を見上げる。これで、このMSで・・・・・
(潰してやるよ、ガンダム・・・・)
ライルはにやりと口端を吊り上げて笑った。
プランはあっけなく通り、ライルは待機場所で新しく渡されたメガランチャーの調整をしていた。これ
はリヴァイブの乗るガデッサの持つ装備のものと同じ。まさか自分が狙撃役を任されるとは思ってもい
なかったが、プランを立てた以上やってみせろという事なのだろう。スクリーンにはルイス・ハレヴィ
准尉の乗るスマトロンとつき従うアンドレイ・スミルノフ中尉のアヘッドが映っている。
(早く、早く来い。2個付・・・・落としてやるからさ)
そしてその時はやってきた。ゆっくりと准尉のMSに2個付が近づいていく。アンドレイ機は他の敵機
を相手にしていて、フォローに回れない。ぴたり、と2個付が動きを止めた。
(今だ!)
ライルは瞬時に目標をロックし、素早く引き金を引いた。かくして、2個付にその攻撃は当たった。
しかし
(失敗したか)
傍から見れば確かにヒットしているのだが、2個付のパイロットは瞬時に身を引き右腕だけを犠牲にし
て損害を最小にしてみせたのだ。思わず舌打ちをする。だが攻撃をした事で相手に自分の居場所を知ら
れてしまっている。いつまでもここにいるのは危険だ。そう判断して次のポイントに移ろうとした時だ
った。敵機が接近している、と警告音がけたたましくなり始めたのは。敵機の方に機体を向けたライル
は、眉をしかめた。
モスグリーンのガンダムが、こちらに向かって突撃をしてきている。
「また、お前かっ!」
ライルはいらつく心を制御できなかった。奴の法螺で自分は変調をきたし、リボンズの元で療養するハ
メになったのだから。ライルの目が虹彩を放つ。
「頼むぜ、ファング!」
ライルはファングの数機を離脱させ、ガンダムに向ける。高速でしかも変則的な動きをするファングは
普通なら対応できないはずだ。だが紙一重とはいえ、ガンダムはかわしてのける。と、今度は自分の番
だというように、ガンダムがビットを展開させて突っ込んできた。スナイパーライフルから放たれるそ
の弾道をライルの脳は知覚している。そしてその知覚に身体と機体の反応がついてくる。ライルも髪一
重でその攻撃をかわす。その間にも神経を1つ1つ逆なでされるような感覚に襲われた。不愉快以外の
なにものでもない、その感覚。
(なんだってんだよ!)
間近に迫ったガンダムを、蹴りで突き放す。攻撃には前のような容赦さが伺えない。加減をされている。
カッと頭に血が上った。どこまで傲慢なのだ、奴らは。
(俺なんかお前達の足元にも及ばないってか!?)
「なめるなぁぁぁぁぁ!!!」
ライルは吠えた。屈辱で頭がどうかなりそうだった。襲いかかったガンダムのコクピットを狙って今度
は拳を繰り出した。要はパイロットを振動で気絶させれば良いのだ。機体が頑丈でもそのダメージを全
て吸収する事はできない。下手をすればその衝撃でパイロットがミンチ状態になる事もあるのだ。
が、ガンダムはそれを避けた。拳が空回りして後ろ向きになったが、その体勢から横に蹴りを放つ。
手ごたえはあった・・・・が、コクピットに再度警告音が鳴り響く。
「なんだ!?」
ぎょっとするとスクリーンいっぱいに見えるモスグリーンのガンダム。途端にガッデスの操縦がきかな
くなった。
「なに!?」
ガッデスはガンダムに文字通り抱きしめられているようになっている。
「ライル!」
自分と同じ、そして違う声。ぞわりと悪寒がはしった。必死で操縦桿を作動させるが、ガッデスはぴく
りとも動かなかった。
「くそっ!」
自分は此処で死ぬのか。
家族の仇も撃てないまま。
唇を噛みしめる。悔しくてたまらない。だがライルは思い直した。ちょっとしたプランを思いついたの
だ。突発ではあるが、なかなか良いプランだと思えた。
ライルはコクピットを開け、外に飛び出した。背中に着けているブースターをふかし、ガンダムから逃
げる。予想通りガンダムはガッデスを放り投げて、こちらに近づいてきた。その手からふわり、ふわり
と逃げ回る。だがそんな事を数回繰り返した後、業を煮やしたのかライルの目の前にガンダムの掌が現
れ丁度通せんぼのような形になる。流石に前に進むわけにもいかず、止まったその瞬間にライルはガン
ダムの手に捕えられた。あくまでゆっくり、優しく。そのままガンダムは満足したかのように、ゆっく
りと宇宙を進んでいく。ライルの目からみるみるうちに、ガッデスが遠ざかって行った。
それを見ながら、ライルは笑った。計算通り、と。
★個人的にあれだけルイス機に00が向かっているのに、こういう作戦が出なかったのが不思議で。割
と裏をかけると思うんですけどねぇ。戸籍を抹消したツケがまわってきてます、兄さんは。お次は兄
弟再会ですが・・・・・。
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