離脱
世界の終わりの音を聴く5
食堂にロックオンが捕えたという敵パイロットが、メットを被ったまま椅子に座っていた。その前には
アレルヤとティエリア。少し離れた壁際にスメラギとロックオンが陣取る。敵パイロットは怯えも見せ
ずに、ただ淡々と座っているように見えた。そこへ遅れた刹那が入って来た。スメラギが刹那の方を向
いた後、敵パイロットに向き直り口を開いた。
「・・・・メットを取って貰えるかしら?」
敵パイロットは拘束もされていない両手で、ゆっくりとヘルメットを取った。
その場にいた全員がハッと息をのむ。
当たり前だ、マイスターの要でもあるロックオン・ストラトスに瓜二つだったからだ。
「あなた、一体・・・?」
流石にスメラギが困惑を隠せずに呟く。だが彼は何も答えなかった。・・・・・・答えるつもりもない
ようだ。
「貴方の名前は?」
「所属は?」
「どうしてロックオンにそっくりなの?」
等々の質問は全て沈黙で答えられた。
「何故、なにも言わない?」
元々短気な方のティエリアが、幾分機嫌を損ねた声音で彼に尋ねる。しかしそれにも目を閉じ、黙って
いるだけ。交渉する気もない、という事だ。成すすべもなく、マイスターはロックオンに困惑した視線
を集中させる。
「なあ、ミス・スメラギ」
「なあに?」
「ちょっとこいつと2人きりにさせてくんねぇか?」
「それは危険だ」
ロックオンの発言に、ティエリアが噛みついた。
「彼はあの新型のパイロットだ。それなりの訓練を受けているハズだ」
ティエリアが心配してくれるのは分かっていた。だがロックオンは訊きたかった。何故戦場にいるのか
と。再び公に活動を再開する寸前、ロックオンはアイルランドを尋ねた。目的は勿論、ライル。その時
は確かに「ライル・ディランディ」は大手商社のサラリーマンとして、勤務していた。その姿をロック
オンも確認している。なのに、ライルは此処にいる。戦場に。説明が欲しかった。だがいくら刹那達で
あっても、そんな話を聞かせる気はまったくなかった。これは自分達の問題だからだ。
(ああそうだ。だから俺は・・・)
ファングを飛ばす新型は、自分に任せてほしいと無理を言ったのだ。00が狙撃された後、迅速に近付
けたのはずっと待っていたからだ。その出現を。ずっと待っていた。戦いが起こる度に、あのMSを探
して回ったのだ。
そして
彼は此方の手の中に入った。事情によってはロックオンはトレミーでライルを保護しようとさえ、思っ
ていたのだ。
「俺だってガンダムマイスターとして、それなりに訓練は受けてるぜ?そりゃアレルヤや刹那には負け
るかもしんねぇけどな」
シ・・・・ンと食堂が困惑の沈黙に包まれる。その沈黙を破ったのは、やはり刹那だった。
「分かった、だがそんなに時間は割けないぞ」
刹那が譲ってしまえば、あとはこっちのものだ。他のマイスター2人も渋々といった感じで、首を縦に
振った。最後にスメラギが溜息をつきつつ、肩をすくめる。
「分かったわ、でも・・・・気をつけてね」
「分かってるって」
スメラギが最初にドアをくぐり、次にアレルヤ、刹那と続き最後にティエリアが素早く銃を渡しつつ、
部屋を出て行った。
渡された銃をベルトにひっかけて、ロックオンは改めて彼の方を向いた。相変わらず目を閉じている。
その姿はまるで瞑想をしているようにも見えた。
「久しぶりだな、ライル」
声をかけてもぴくりともしない。
「おい、なんとか言ったらどうだ」
近寄り、肩に手を置こうとした時点で
「触るな」
初めて彼が・・・・ライルが声を出した。きっと刹那達がまだいたら、驚くに違いない。その声はロッ
クオンと同じだから。ライルの存在をCBでの活動の理由にしている後ろめたさが無ければ、その制止
の声があったとしてもロックオンは肩に手を置いただろう。だがロックオンはそれ以上、ライルに近付
けなかった。ライルからの拒絶が、なによりも恐ろしかったからだ。
「お前・・・・本当にどうしちまったんだよ」
声が震える。
「たった・・・・2人きりの兄弟だというのに」
「俺に兄はいない」
下を向きながら、ライルが答えた。ロックオンの全身が震える。
「俺を・・・・・憎んでいるのか?」
「それ以前に俺に兄はいない。記録にも記憶にもない。出鱈目を言って混乱させようとしても無駄だ」
ここまできっぱりと拒絶されて、やっとロックオンは何かがおかしい事に気がつく。
「・・・・俺を覚えてない?」
「知らないな」
「どうして・・・・・?」
「お前の嘘に付き合っている暇はない」
足元から何かがガラガラと崩れ落ちて行く感覚に、ロックオンは恐怖した。ライルの言葉には澱みがな
い。いくら疎遠の兄に怒っていたとしても、こんなにも存在していなかった事にできるのだろうか?ロ
ックオンが口を開けずにいると、沈黙が広がって行く。ライルは相変わらず下を向いたまま、顔を上げ
ようともしない。沈黙が食堂に満ちていく。静かに、淡々と。
どのくらい経ったのだろうか。ふいにライルが微笑みを浮かべてロックオンを睨みつけた。まるで勝ち
誇っているかのような、その表情。
「ホント、舐められてるよな」
「なに?」
その瞬間。
「うわあ!」
トレミーが激しく揺れた。一瞬、何が起こったのかは分からなかった。激しくアラームが鳴り響く。
「な・・・・なんだ?」
ライルの方を向いたロックオンは、絶句した。弟の綺麗な翠の瞳は虹彩の光にとって代わられていた。
「お前、その目は・・・!?」
見た事はある。ティエリアがヴェーダにリンクする時に、こういう色彩の目をしていた。だが何故ライ
ルがこんな色の瞳を・・・?
「ガッデスには、ステルス機能があるのさ。ついでに言うと、俺の脳波で遠隔操作も可能だ」
「なん・・・だと?」
「あそこにガッデスをそのまま置いてきたのは、失敗だったな!ロックオンとやら!!」
ロックオンが怯んだ瞬間、ライルは彼に飛びかかりそのマウントされていた銃を奪う事に成功した。
「ラ・・・ライル・・・」
弟が自分に銃を向けるその光景が信じられず、ロックオンは固まる。
「トレミー被弾!各ガンダムは出撃用意!」
フェルトの慌てた声が、トレミー中を響き渡っている。
ドォン
トレミーは再び、大きく揺れた。光が消え、辺りは暗闇になる。だがその暗闇の中でも、ライルの瞳は
爛々と冷たく輝いている。
ガガガガッ
どうやらファングを展開させたようだ。トレミーが今度は小刻みに揺れている。一刻も早くガンダムで
出撃して、遠隔操作をされているガッデスというMSを撃破しなければならない。しかしロックオンは
一歩も動けなかった。
銃を突きつけられているのも原因の1つだ。
暗闇の中で安易に動くのが危険なのも1つだ。
だが決定的だったのはライルが見た事もない、冷たい瞳で見つめている事だった。息を飲む。喉がから
からになって、ライルと呼びかけたいのに出来ない。
ふと、暗闇の中でライルが笑った。
「死んじまえよ、ガンダムパイロット」
迷いもなく、ライルは引き金を引いた。
★ライルはトレミー到着後から必死でガッデスの遠隔操作をしていたので、兄さんの顔を確かめる事も
なく、スメラギさんからの質問にも答えないのではなく、聞いてないのです。兄さんの時も気配が近
づいたので、威嚇しただけ。あのパイスーでは銃をひっかける処はないのは重々承知ですが、まさか
片手に持ったまま接近しないし(殺されると勘違いされる)だからといって机の上に置いとくという
のも不用心だし・・・と考えった結果です。見逃して下さい(笑)
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