それぞれの視点






 
世界の終わりの音を聴く6


抵抗もなく倒れて行く緑色のパイロットスーツを、ライルはなんの感情もなく見ていた。ガッデスのシ
ステムに再び攻撃命令を出す。小刻みに揺れるスペースシップ。CBが滅亡するのであれば、此処で共
に死んでも構わなかった。生きていても家族は誰もいない。自分が生きている事を喜んでくれる者など
いやしないのだから。

シュン

「ロックオン、敵襲だ!」
そう叫んで入って来たのは、確かリジェネの片割れ。名をティエリア・・・とかいったか。が飛び込ん
で来て、倒れている彼を見て固まる。その瞬間を見逃さなかったのは、ライルに染みついた戦いの経験
なのだろう。さっと無言で飛びかかり、銃で後頭部をしたたかに殴りつけた。
「うっ」
鈍い声を上げてそいつが倒れる。

これでガンダムは2機出撃できない。
だが流石に遠隔操縦であと2機の相手はできない。しかも2個付のパイロットは今頃、出撃準備にかか
っているだろう。一刻の猶予もなかった。廊下に飛び出し、扉を閉めた後、制御装置を撃つ。これで正
気に戻っても、この部屋に閉じ込まれる。ライルは素早く廊下を走りながらメットを被り、ガッデスに
この近くに穴を開ける事を命じる。すぐ目の前の壁が崩れ宇宙空間がライルの目に入った。閉まるシャ
ッターをかいくぐり、ライルは外に飛び出した。そしてまるで自分を迎え入れてくれるかのように、ガ
ッデスのハッチが開く。滑り込み操縦を遠隔操作から切り替えた。スペースシップから離れると、まだ
ガンダムの出撃はなかった。これはチャンスだ。ライルはメガランチャーを構えた。先程の攻撃で2発
程使ったがエネルギー残量はあと1発はある。これでブリッジを潰せば良い。目標がロックされる。
「死んじまえよ、貴様らはぁぁぁぁ!!!」
引き金を引こうとしたその瞬間

ツキン

頭というよりも、脳の中で痛みが走った。
「!?」
次の瞬間、脳が引きちぎれるかと思うほどの激痛がライルを襲った。
「ああああああ!?」
思わず頭に手をやる。視界が霞み、意識も霞む。
(冗談じゃない、撃たなきゃ!)
どうやら遠隔操作をした時のツケが回って来たらしい。あれだけの細かい動きとファングまで操作した
のだ。当たり前ではあった。だが
(もう少し、もう少しだけ待ってくれ!)
ライルは必死で思った。仇が討てる、家族だけじゃない。あの時幸せを壊されたモラリアの人々の仇だ
って!しかし無情にも痛みは小さくなるどころか、ますます強烈になっていく。今、モタモタしていた
らガンダムが来る。そうしたら今の状態の自分では成す術がない。ライルは激痛の為に生理的に浮かん
だ涙と激痛で霞む視界から、必死で敵を見る。ロックはすでに外れていた。

だが撃たなければ、撃たなければ!

(なんの為に、今迄俺はっ!!なんの為に!!)

「あああああああああああああっ!!!!」
絶叫と共にライルは引き金を引いた。それが限界だった。どこに当たったのか、それとも当たらなかっ
たのすらわからない。だがもう限界だ、ライルは朦朧とした意識の中で必死にガッデスを自動操縦にし
た。これでガッデスは自動的にアロウズの処に戻るはずだ。シートの下からリボンズから新たに貰った
カプセルを取りだすと、バイザーを上げて口に放り込む。ガッデスが方向転換した事を感じつつ、ライ
ルは意識を手放した。


「メディカルルームを破壊していくなんて、これは計画的だったのかしら。だとすれば、随分と嫌味な
 やり方ね」
スメラギが渋い顔をして、ブリーフィングルームに集まった全クルーを見まわす。
「カプセルは使えないから、暫くは辛いわよ。ロックオン」
痛み止めで痛みを散らしているからか、ロックオンの顔色は悪い。その左手は左の腹部を押さえていた。

ライルに撃たれた場所。

正直意外だった。あの様子ならライルは自分の頭を撃ち抜くと思った。MS操縦を見てもライルは射撃
の腕は相当なものだ。だが彼は此処を撃った。致命傷にはならない場所に。ティエリアも同様だ。殺す
事は容易い。だがそれをライルはしなかった。無意識なのか、それとも・・・・?
「良いよ、これは油断した俺が悪いんだから。自業自得さ」
どこかで思っていた、願っていた。自分に銃を向けてもライルが引き金を引けない事に。その結果がこ
れだ。しかし何故かライルはブリッジではなくメディカルルームを狙撃している。ブリッジを狙えば、
全てが終わるのに。あれだけの憎しみを露わにしておきながら、ライルの行動はどこかチグハグしてい
る。
「メディカルルームの狙撃は、ただの偶然だと思う」
突然、刹那が発言した。
「なにがだ」
ティエリアが不思議そうに訊く。刹那は少し考えるような仕草をしてから、口を開いた。
「聞こえた・・・・」
「え、なんですって?」
「あいつのあのMSに乗った奴の、悲鳴を」
「どう言うことだ、刹那」
ロックオンは目をしばたたかせて、尋ねる。
「分からない。だが苦痛に耐えきれずに上げた絶叫・・・・といった方が正しいか・・・・」
「それは私も聞いた」
ソーマ・ピーリスが続ける。
「マリー・・・・」
「例え強化されていても、あれだけの動きを脳波で遠隔操作したのでは、脳の負担が大きいはずだ。超
 兵であっても、遠隔操作に成功したという例はない」
「ちょっと待ってくれ、ライルは強化されてるっていうのか!?」
ソーマは少し複雑そうな顔をして、ロックオンの顔を見る。
「そうとしか思えない」
「ロックオン、ライルって・・・」
スメラギが遠慮がちに訊いてくる。もう口を噤んでいても、無意味だろう。ロックオンは覚悟を決めた。
「ライルは・・・俺の双子の弟だ。だがあいつは俺の事を覚えてはいない。どうなっているのかも分か
 らない。だけど・・・・・あれはライルだ。俺の・・・・戦うたった1つの理由だ」
「どうするの・・・?」
スメラギはやはり言いにくそうだった。
「分からない。どうしてライルが戦場にいるのかも分からない。本当にどうすれば良いかなんて、分か
 らない」
本音を取りとめも無く呟くと、スメラギの表情が沈んだ。
「そう」
自分に視線が集中する中、ロックオンは俯いた。痛み止めが切れてきたのか、それともこれは心が発す
る悲鳴なのか、ライルに撃たれた場所がじくじくと痛みを伝えてくる。


ロックオンは展望室へ足を運んだ。エージェントに頼んでライルの調査をしてもらったが、やはりライ
ル・ディランディは今もちゃんと商社に勤務しているらしい。証拠写真も疑う余地もない。順当に考え
るならば、やはり商社に勤めているライルが本物だろう。いくら姿がそっくりだとはいえ、ライルでは
ない者を撃つのに躊躇いはない。しかしもし戦場を駆ける彼が本物だとしたら?なんらかの事情で入れ
変わっていたら?そう思うとロックオンは戸惑う。たった1人生き残った家族を自分の手で葬り去るな
ど考えられない。
(どっちだ、どちらのライルが本物なんだ)
遠くから見つめていたが、ライルと接触をまったく持たなくなって12年が経過している。情けない事
にはどちらが本物でどちらが偽物なのかという判断はできなかった。自分自身の目でどちらも見ている
が、やはりまったく見分けがつかなかった。
(ライル・・・・・・ライルッ。どうしてだ、なんでだ。なんでっ!)
ロックオンの慟哭は、誰に知られる事もなく展望室に響いていくだけだった。


「あれだけガッデスの遠隔操作に成功するなんて、凄いな。進化率で言えば、ルイス・ハレヴィ准尉よ
 り優秀なんじゃない、彼?」
リジェネがカプセルに入って眠り続けるライルを、満足そうに見つめる。
「そうだね、あれだけの結果を出すとは思ってなかったな。やはり憎悪が彼を此処まで支えてきている
 んだ。素晴らしいよ、人間としてはね」
「ロックオン・ストラトスは撃たれたそうじゃない?」
「でも殺せなかった。無意識の家族への情かもしれないね。そろそろ次の作戦にうつろうか」
「あ、アニューを動かすんだ」
「そう、色々と役にたってくれるよ。彼女はね」
リボンズは冷笑を浮かべてその場を去って行く。その後ろ姿を見送ってから、リジェネは再びライルを
見つめる。
「災難だね、君の兄が『ロックオン・ストラトス』でなければこんな目にあっていないものを」
どこか同情めいた台詞ではあるが、その口元には先程のリボンズと同じように冷笑が浮かんでいた。


★というわけで、ロックオンは無事でした(怪我したけど)まぁ、本当は人間の身体って全身致命傷を  受けるものですけどね。 戻る