強襲






 
世界の終わりの音を聴く7


ライルは慌ただしく出撃の準備に取り掛かっていた。虎の子でもあるイノベイター、アニューを覚醒さ
せてまで敢行される00奪取計画の為だった。リボンズが00を手に入れたいと望んでいたとは知らな
かったライルは、この前の時に奪取すれば良かったと後悔したものだ。だがリボンズは
「君のあの状態を見れば、それは無理な話だよ。ガッデスでCBのスペースシップに一撃を加えられた
 事こそが奇跡だ。今まで単独行動で、それを成し遂げられた者はイノベイターですらいないのだから」
と言ってくれた。その賛美に嬉しくなる。ヒリングなどはあからさまにライルを嫉妬で睨んでいたが、
別にライルはリボンズの称賛が欲しいわけではない。ただ世話になった恩返しがしたいのと、ガンダム
を沈めたいだけなのだ。
(それなのに俺は・・・・)
明らかにガンダムパイロットであったあの男を、殺せなかった。殺すつもりだったのに。額に1発当て
れば済んだ話だったのに。
(何故殺せなかった?)
自分の兄だと法螺を吹くあの男を。確かに顔は驚くぐらいそっくりだった。それは認める。だが他人の
そら似という事も考えられる。その事を考え出すと頭が痛み、思考は中断されてしまう。だからライル
はもう考えない。顔が似てようがなんだろうが、相手はガンダムパイロットなのだ。憎い敵なのだ。手
加減されるかもしれないが、それも良いだろう。こちらは遠慮なく噛みついてやるだけだ。手加減した
事を後悔しながら、死んでいけば良い。
「そうだ、何を迷う?殺せれば良い、落とせば良い。それだけだ」
ライルは自分に言い聞かせるように、呟く。


そして宇宙を駆けていた。結局最初の計画は失敗に終わったが、アニューがスペースシップの機能を停
止させており、更には2個付も補助の機体が破壊されてしまったので動けなくなったらしい。これはチ
ャンスだという事になり、リヴァイブ・ヒリング・ルイス・ライルで00を奪取する為にスペースシッ
プへと向かう。しかし流石と言うべきか、ガンダムは防衛の為に素早く出撃していたのだ。戦い慣れし
ているのだろう。最初はルイスの乗る新型MAレグナントで牽制をかける。ライルは初めて見る曲がる
粒子ビームに目を見開いた。イノベイター・・・ひいてはヴェーダの有する情報と技術の高さには舌を
巻く。だがライルは驚いてばかりはいられなかった。ガッデスのコクピットに敵機が接近するアラーム
が鳴り響く。見ればあのモスグリーンのガンダムがこちらに向かっていた。
「また、あいつか!」
死にぞこないめ!と臍をかみ、ファングを離脱させる。元々ガッデスのファングの性質はナイフのよう
なものだったのだが、あのモスグリーンのガンダム相手では勝手が悪い。なのでビームを発射できる機
能が追加されていた。
「翻弄しろ、ファング!」
ライルの怒号に答えるかのようにファングはガンダムを取り囲み、相手の乱撃から滑らかに逃げて行く。
ファングはライルの脳波によってそれなりに制御できる。前は動きを計算しなければならなかったが、
今は望むだけでファングはライルに従う。ビームを2、3発とガンダムは食らうが、それでもこちらに
向かってくる。その執念を怖いとさえ感じた。実体剣にGN粒子を纏わせ、ライルは突撃する。
相手がピストルを持ち、銃身をこちらに向ける。
ガガガガガ
鈍い音がして剣と銃身がぶつかり合う。相手が接近戦用の装備を持っていない事を、ライルは知ってい
た。ならわざわざ相手の得意なフィールドに付き合う義理はない。接近戦でもガッデスは高い能力を有
しているのだから。接触したせいだろうか。
「ライルっ!」
あの男の声が聞こえる。
「生きてやがったのか、しつこい奴!」
「お前が殺さなかっただけだろう?」
ぐ、と言葉に詰まった。確かにその通りだ。
「お前は無意識に俺を殺さなかった。それだけで俺は・・・・・」
「黙れぇ!!」
まるで自分のミスを暴きたてられてしまう気がして、ライルは叫んだ。相手の銃を弾いて、その胴体に
蹴りをお見舞いする。
「お前なんかと、話したくもない!うるさい、うるさいっ!!」
ライルはこの場から離れたかった。このしつこいガンダムパイロットが疎ましかった。ファングを再び
繰り出す。その間に距離を取りたかったのだが、相手もそう簡単にライルの思惑通りにはいかない。フ
ァングを掻い潜り、再びライルに接近する。
「ライル!」
またあの声。自分と同じで違う声。
「一体何があったんだ、お前に。どうして2人もお前がいるんだよ!?」
2人?意味が分からない。またこの男は自分に法螺を吹いて、混乱させようとしている。怒りで我を忘
れた。
「黙れ、テロリスト風情が!俺と同じ顔なんかして、気味が悪い!」

一瞬。

ガンダムの動きが止まった。が、次の瞬間、ガンダムはモスグリーンから鮮やかな赤に変わった。

トランザムだ。

頭では理解した。トランザムしたガンダムの動きも、知覚できる。だが反射が、そしてガッデスの動き
がそのトランザムについていけない。酷い振動がライルを襲う。ファングでも捕えきれない。やがて、
ガンダムはライルの前で銃口を向けて止まった。その一瞬を見逃さず、ライルは剣を振り下ろす。かわ
された。再びこちらを銃口が捕える。ガッデスの体勢は崩れていた。
ガガガガガ
容赦なく頭部が破壊される。ライルは唖然とした。そうする事しかできなかった。トランザムの効能は
聞いていたが、聞くのと実際体験してみるとは大違いだ。周りをガンダムのビットが取り囲んだ。


勝負あった。


ライルは負けたのだ。だがそれに落ち込んでいる暇はなかった。ガンダムは何を思ったか、ガッデスの
コクピット前の装甲を力任せに引きちぎったのだ。
「な・・・・・なにを・・・」
「ライル」
優しい響きをもって、名を呼ばれる。ガンダムは自分に向かって手を差し伸べていた。
「?」
「おいで、ライル。お前に何が起こったかは分からない。だけど俺が守ってやるから、こちらにおいで」
「・・・・・・・・」
心が揺らいだ、どこか心の奥底で共に行きたがっている声が聞こえる。ライルは無意識にシートから身
体を浮かせかけた。

その時だった。

ガッデスが新たなる敵の登場を告げたのは。慌ててモニターを見れば、そこには「あの」2個付がこち
らに向かって来ている。

騙された!!

「単なる時間稼ぎか!」
「ち、違う!」
「信じられるか!矢張りお前は最低だ!何度、俺を騙すつもりなんだ!」
「違う、本当だライル!」
「馴れ馴れしく呼ぶな!この詐欺師がっ!」
悔しかった、一瞬でも信じようとした自分が馬鹿だったのだ。ライルはガッデスを2個付に向ける。
「なにをするつもりだ、ライルっ!!」
悲鳴のような声が聞こえる。だがその声はライルに何も齎さない。ガッデスのブースターを最大出力に
して、ライルは2個付に突撃した。最早ガッデスの機体もぼろぼろになり、武器もこれといって目ぼし
いものはない。なら後はガッデスを2個付にぶつけるしかない。宇宙空間といえども、コクピットを守
る装甲を剥がされているこの状態は辛い。だがライルはガッデスのスピードを上げた。ライルの思惑に
気がついたらしい2個付が、ライフルを撃ってくる。だがライルは知覚できるその弾道からスピードを
落とす事もなく、かわす。トランザムさえされなければ、こうして敵の攻撃を掻い潜る事が出来る。
(すみません、リボンズ。貴方の欲しがっていた00は壊してしまいます。でも俺の命と引き換えに必
 ず落としてみせますから)
心の中でリボンズに詫びた。ぴたり、と2個付の銃口が完全にガッデスを捕まえた。しかし此処で撃っ
たとしても、もう手遅れだ。ガッデスの爆発でこのMSも無事では済まないはずだ。もちろん、中にい
るガンダムパイロットも。その銃口が薄い緑色の光に包まれるのが、スローモーションのように映った。

ライルは笑った。手遅れなんだよ、ガンダム!!

次の瞬間、ライルは突然横からの振動に息をつめた。銃口から2個付からガッデスが横に流されていく。
そして自分を貫くはずだった弾が、何もない空間に向かって撃たれている。
「な・・・なにが」
横を見るとそこにはガッデスにしがみつく赤く染まった、ガンダムの姿。あのモスグリーンの。トラン
ザムでガッデスを追い横から飛びつく事によって、ライルを2個付きの銃弾から逃したのだ。
「ロックオン・・・」
2個付のパイロットの咎めるような声が聞こえる。
「駄目だ、駄目だ!!死なせない、殺させない!!例えお前にでもライルは殺させない!」
あの男は泣いているようだった。
「ライル・・・・・ライルッ・・・・」
「あ・・・・・・・」
何故泣く?あれだけ人を騙しておいて、この行動はなんだ?混乱し茫然としていると、頭に声が響いた。
(作戦は失敗だ。ヒリング達も撤退した、君も戻っておいで)
(でも・・・・・・)
(ガッデスはそこに置いて行けば良い。もう持たないからね)
(・・・・・・・・)
(ライル)
凛としたリボンズの声が響く。ライルは自分の思考が靄がかかるような感覚に陥った。
(はい)
コクピットを後ろの脱出ポットに収納させ、ライルは飛び出した。
「ごめんな、ガッデス」
後を追って来れないように、ガッデスを自爆させる。愛機の自爆に知らずライルの目から涙が溢れ出し
ていた。



★今回は「アニュー・リターン」のエピソード。アニューがライルになってる事と、ライルが助かった  事、ライルが兄さんになっている事ぐらいですね。違うのは。刹那はライルを敵と認識しているので、  たとえニールに恨まれても撃つ事に戸惑いはありません。今回は刹ライではないので。 戻る