エピローグ






 
世界の終わりの音を聴く9


ロックオンは愛車を走らせていた。辺りはすっかり暗くなり、のんびりと広がる田園風景もその暗闇に
溶けてしまって見る事は出来ない。その先には少し大きな家が立っている。その煙突から煙が出ている
のを見て、ロックオンは口元を緩めた。


車を車庫に入れ、ドアを開く。
「ただいま〜」
「あ、お帰り、兄さん」
なんとも微妙な顔をして鍋をぐるぐるとかき混ぜていた同じ顔の人物が、ロックオンを見て嬉しそうに
笑う。
「今日は俺が食事当番だったのに、悪いな」
「良いよ、なんか作る気になっただけだからさ。・・・・・味は保証できないけど」
「んなこたないさ、家に帰ってきたらすぐに飯にありつけるなんて幸せだろ?ライル?」
「そういうもんかね」
「そういうもんさ。あっと、着替えたらパン温めるかな」
「あ、お願い」
「オーケイ」
野菜たっぷりのシチューとパンを盛り付けて、2人は食事を始めた。野菜たっぷりとはいえ、適当に切
って適当に入れているだけなので、いびつな野菜が出てきたりしている。それをつつきながら今日あっ
た事をお互いに喋りながら食べる。ふと、ライルからの返事がこなくなった。
「ライル?」
ライルはスプーンをシチューに落としたまま、虚ろな瞳で俯いている。ロックオンが覗きこめば、その
瞳は虹彩に輝いていた。

またか。

今回は食事をほとんど食べた後だから、まだ良いだろう。ロックオンは溜息をついてライルの手からス
プーンを取り、抱き上げる。ぐったりとしてされるがままのライル。廊下を歩き、ライルの部屋へ行き
その身体をベットに横たえる。楽な服装に着替えさせてから掛け布団を掛け、虚ろに開いたままのその
瞳を掌で閉じさせる。
「おやすみ、ライル」
ロックオンは部屋を出て行った。


イノベイド達との激戦を終えて、ロックオンは意識を失ったライルをトレミーに運んだ。トレミークル
ー達は皆一様に複雑な表情をしていたが、仕方がない。彼らとて心配してくれたのだ、ロックオンが撃
たれた事を。それに彼らからしてみれば、ライルは他人であり敵だったのだ。苦い思いもしているし、
ロックオンと刹那はこの事で揉めた。だがロックオンとて譲れないのだ。しかし薬から覚めてもライル
が呼びかけに応じる事はなかった。ぼんやりと天井を見つめているだけ。こちらに反発しているだけか
とも思ったが、どうも様子がおかしい。慌ててCBの基地に運んで詳しく調べて貰うと、数々の事実が
明らかになった。

既に5年以上前にイノベイド達の手によって、拉致されていた事。
その記憶をいじられ封じられ、偽りの記憶を埋め込まれていた事。
脳にも身体にも様々な強化の手が加えられていた事。
リボンズが肉体を失ったと同時に、ライルの記憶を全てリセットしてしまった事。

基本的な事すら忘れていた。ロックオンを「兄さん」と呼ぶが、それはロックオンが自分の事を「兄さ
ん」と呼ぶように教えたからだ。兄という言葉の意味も教えてある。が、それはあくまで情報でしかな
い。ライルは今までの積み重ねが無くなった為、兄という存在をただの呼び方としか捕えられない。実
感がないのだ。その姿を見てロックオンは決心した。今度こそ弟を守る為に、マイスターを降りようと。
トレミークルーだけでなく、他のメンバーもロックオンを止めた。CBが責任を持って世話をするから
心おきなく、マイスターをしてくれと。だが自分へのカウンターとしてだけに用意されてしまったライ
ルを、ロックオンはもう手放したくなかった。大事な存在だと、守るべき存在だと思ってきたが現実は
ライルを廃人に追いやってしまったのだから。

なにが戦争根絶だ。
なにがガンダムマイスターだ。
失いたくない弟を救えもしなかった。

その後悔は今でもロックオンを苦しめる。トレミーを降り、CBの計らいでそれなりに普通の仕事をす
るようになったロックオンの元に、刹那達がたまに顔を出してくるようになった。そして刹那は瞳を虹
彩に光らせてぼんやりするライルを見て、非常に心苦しそうにこう言った。
「ライルの精神は世界に広がっているんだ」
「広がる?内に籠っているわけではないのか?」
「ああ。薄い膜のようにこの大気や世界に広がってしまっている」
「・・・・・・・・・・」
「だからその内その精神は完全に世界に溶けてしまい、ライル・ディランディという『個』は無くなる」
それはライルの精神的な死を意味している。脳をいじられ過ぎた代償なのだろう。そして本人も遠隔操
縦という脳に負担がかかりすぎる事もやっている。実戦で使ったのはあのトレミー強襲の時なのだろう
が、いきなり訓練もなしで使う事は出来ない。つまりそういう訓練をしていたという事だ。それを押し
進めていた科学者達、ひいてはイノベイド達とて分かっていただろう。使い捨てだったのだ、ライルは。
ロックオン・ストラトスか、他のマイスターを1人でも落とせればそれで良かったのだろう。


リビングに戻るとすっかり冷えたシチューが、ロックオンを迎えた。そういえば商社に勤めているライ
ルはイノベイドである事が判明した。ライルとロックオンの遺伝子は同じだ。ロックオンの遺伝子を操
作して特別に生まれたらしい。まだ武力介入をする前から、リボンズはこの計画を立てていたのだ。今
もそのイノベイドはライル・ディランディとして勤務している。本物がその商社に戻る事はない。だっ
たらイノベイドがその身代わりをしていても対して問題ではなかった。
ライルは少しずつ、その意識を失いつつある。完全に『個』が無くなるのも時間の問題だ。そして強化
され続けた身体も、その反動で弱りつつあった。いずれにせよ、ロックオンはそう遠くない未来に、ラ
イルを失う。それは紛れもない事実。

記憶を共用できる『本当の』ライルは5年前には殺されていた。
偽りの記憶と怒りを埋め込まれたライルは、リボンズ消滅と同時に殺された。
そして
今のライルはロックオンの指の間から零れ落ち、死んでいくのだろう。


ロックオンはライルが座っていた椅子の背に手を置き、そっと目を閉じた。

































ああ



























世界が終わる音が聴こえる














★兄さん、咎を受けるの巻。咎は本人の身に降りかかると思ったら大間違い。ただライルにしてもあま  り詳しく書いてませんがカタロン相手に1期CBみたいな事をしていたので、これも咎を受けていま  す。兄さんは1番失いたくない者を失い、ライルは自身を失う。・・・真理かい。  裏設定としてディランディ兄弟の近くにはアニューが住んでいます。ライルの件に関してアニューは  直接的に接点はなかったんですが、生き延びた後に償いという意味を込めてライルの状態を見守って  います。ただ兄さんがイノベイドとライルの接触を嫌がるので、兄さんが仕事に行っている間だけラ  イルの前に現れます。因みにリボンズはライルの能力値が高いからこそまわりくどい方法で手懐けて  おりました。ライルの立場的にはアリーとルイスの間ぐらいですね、重要度。 戻る