おめでとう






 
4/7


最近、ライルは妙にご機嫌だ。

刹那は首をひねる。そりゃあ確かに機嫌が悪いよりも、良い方が良いに決まっている。だがその機嫌の
良さの原因が分からない。なんだか足が地に着いていないような感じだ。

ライルの事を訊くのは兄貴分が最適だと知っているので、刹那はニールの元を訪ねて訊いてみた。何故
あんなにライルがはしゃいでいるのか。しかし頼りにした兄貴分は目を丸くして、うーんと唸った。
「そう言われればそうだなぁ。結構、うん、大分機嫌が良いよな、最近」
「その原因を知らないか?」
「いや〜〜あ?知らないなぁ」
しらばっくれているのか、それとも本気で思っているのか分からないが、とにかく情報源は断たれてし
まった。そうこうしている内にスメラギから呼び出され、2週間の休暇を命じられた。しかもライルと
一緒にだ。これまた想定外で刹那の目は丸くなる。2人もマイスターがいなくなっては不便ではないか
と思ったのだが、ニールが自分とラッセがいるからなんとかなるだろ、と言うので素直にそれに甘える
事にした。

向かったのは日本。
刹那が5年前に使っていた部屋に、滞在する事になった。

次の日、刹那が散歩から帰って来て趣味の筋トレをしていると、ライルがちょっと出かけてくると言っ
て出かけて行った。何処に行ったのか、刹那は夕食の時に訊いてみたが言葉を濁して答えない。ふと、
不安になった。ひょっとしてクラウス・グラードと会っているのかもしれない、と。刹那とライルの関
係はきっぱりと恋人である。刹那自身もそう公言し、ライルもそれを積極的でなくても肯定している。
兄のニールは卒倒しそうなほど驚いていたが、なんとか自分自身を説得するのに成功したらしい。とは
いえ大体の場合この頼もしい兄貴分は溺愛する弟の味方をするのであるが。
クラウス・グラードはニールも自分も知らないライルを良く知っている人物だ。反政府組織カタロンの
中東支部の実質的リーダーであった彼はカティ・マネキンのクーデターを援護し、武装解除に応じる事
によって、連邦議員として平和を作る為に尽力している。クラウス自身の人となりは刹那も評価してい
るし、好人物だと思う。だが刹那にさえ見せない甘えた表情や、仕草をするライルにムカムカするのも
事実。刹那は自分からライルを奪っていけるのはクラウスだけだと思っていたりする。ライルが無条件
に信頼する相手だからだ。クラウス・ライル双方ともに恋愛感情はないというが、いつかそれが変わる
事が怖かった。刹那だって嫉妬もするし、ライルが去って行く事を怖がっているのだ。


次の日。やはり散歩から帰って筋トレをしているとライルから声がかかった。
「刹那、ちょっと付き合ってくんねぇ?」
「どこへだ?」
「んー、それは行ってからのお楽しみ」
嬉しそうなライルに連れられて、刹那は気がつくとケーキ屋の前に。はて、自分もライルも別にケーキ
好きというわけではない。なんだろう?と首を傾げていると
「此処、沙慈とルイスに訊いてさ!美味しいって評判なんだとさ」
「それは分かったが、何故ケーキ屋?」
そう言うと更に上機嫌になったライルに突き飛ばされる勢いで、ケーキ屋に転がり込む。中にいた女性
店員は一瞬驚いたようだが、流石プロ。次の瞬間にっこりと微笑んだ。
「いらっしゃいませ!」
ケースの中には色とりどりのケーキ。困惑して振り向くと
「一応ホール選べな。でもできれば小さい奴にしてくれ。食べきれないから」
と満面の笑みを浮かべるライル。取りあえずケーキを選ばない事には、先に進めないらしい。刹那はケ
ースに目を戻した。色々眺めた結果、刹那が指差したのは生クリームでデコレーションされ赤い可愛い
苺が乗った小さなホールケーキだった。なんの事はない。数あるケーキの中で1番綺麗に見えたのだ。
刹那は幼少時代より、ケーキなるものを食べる機会はなかった。CBに来てからはお祭り好きなニール
が開催してくれた誕生日会で食べたが、宇宙空間の為にパウンドケーキだった。
「おっしゃ、それな。すいません、これ1つ下さい。あ、あと・・・・・」
後半は小声で聞き取れない。が、店員がチラリと刹那を見て頷いた。
「?」
ライルと店員を交互に見るが、彼らはまったく刹那に取り合わなかった。


買ったケーキを振り回す勢いでライルは、やっぱり上機嫌で歩いている。と、今度は総菜の店でその足
は止まる。そして引きずられる勢いで店に入る。やはり「好きなの選べ」と言われて、刹那は考え込ん
だ。今日のライルの浮かれっぷりと強引さが凄い。ライルを見ると、これが良いかな?とか言いながら
楽しそうに総菜を見ている。ふと、目があった。ライルはニヤリと強気の笑みを見せる。刹那も好きな
ライルの笑み。そのまま言われるままに、いくつかを選んで帰路に就いた。


いそいそと総菜を並べた後に、ライルはうきうきとしてケーキの箱を開けた。
「じゃ〜〜〜ん」
先程選んだケーキの上に、チョコレートでできたプレートが乗っている。その文字を見て、刹那は今日
が何の日であるか理解した。

『ハッピーバースディ 刹那』

「そうか・・・・今日は4/7か」
「やっぱ忘れてたな!サプライズパーティをしたかったからさ、大成功」
と、いう事は・・・・・
「最近、妙に機嫌が良かったのはこれを計画していたからなのか?」
そう言うとニタリと笑い、頷く。
「楽しいもんだよな、こういうの計画するってさ。兄さんのパーティ好きが分かるよ」
確かにニールはパーティが大好きだ。計画する方が。先日のライルの誕生日パーティを計画してたくせ
に、自分の誕生日はすっぽりと抜け落ちていたところがニールらしい。誰かになにかをしてあげるとい
う事が大好きなのだ。反面、見返りをまったく望まないので、割とライルが苦労しているらしい。
「流石に20本以上もキャンドル立てたら、せっかくのケーキが台無しになるからな」
取り出したのは細くて小さなキャンドル数本。それをケーキに挿していく。ケーキと同じくキャンドル
は円を描いていた。それに今は吸わなくなったので用なし状態のライターで火をつける。
「流石に歌は勘弁な」
この年になると歌う方も歌われる方も恥ずかしいものだ。刹那は頷いた。そしてライルに催促されて、
キャンドルに息を吹きかける。
「おめでとう、刹那!」
ライルがやっぱり上機嫌のまま手を叩いた。
「有難う、お前にこんな風に祝ってもらえるとは、誕生日というのもなかなかいいものだな」
微笑んでライルを見ると、ほわりと赤くなっている。元々恥ずかしがり屋な感じがあるライルは、割と
顔を赤くする事がある。肌が白い分、赤みは隠しきれない。それを兄のニールは可愛いと連発して、だ
らしない顔で笑う。刹那も可愛いと思うが、ニールが可愛いと良く言っているので自重。
「えーっと、あ!そうだ!プレゼント!」
話題を逸らされたのは確実だったが、刹那は敢えて触れない。ライルから渡されたのは大きい箱だった。
なんだろう?とは思ったものの、包装紙を剥がしてみると・・・・・
「こ、これは1/48の神祖!!」
前に刹那が興味を示していたガンプラだった。軍曹か、おまい。実際1/48の神祖のガンプラは存在
する。
「昨日はコレを買いに行ってたのか」
なら昨日の態度は納得がいく。サプライズパーティのプレゼントを買いに行ってましたとは言えまい。
心の中で安堵した。
「まあな。秋葉原っつーとこが良いって沙慈が。しっかしすんごい人でさ、驚いたよ」
「そうか。・・・・・俺はお前の誕生日に何もしなかったというのに、悪いな」
「そんな事ないさ。ピンクのリボン巻かれて来られるよりは全然良いんだから」
「ライル・・・・・まだそのネタ引っ張ってんのか」
「うっさい。・・・・・俺が!俺だけで祝いたかったの!それだけ!」
思いもよらない言葉がライルから飛び出して、そのまま真っ赤になってぷい、と横を向いた。


食事もケーキも無事食べ終えて、刹那はライルにせっつかれて神祖を作る事になった。ソファの前にど
っかりと座り、中身を取り出す。無論、作る為の道具は揃っている。夢中で作っていると、微かな寝息
が聞こえてきた。
「?」
後ろを振り向けば、ソファにうつ伏せになって寝息をたてるライルの姿。先程までは興味深そうに神祖
を作る刹那の作業をソファに寝そべって見ていたのだが、どうも眠気に負けたらしい。無理もない。左
を向けば、暖かい春の日差しが優しく注いでいる。窓に頭を向けていたライルは、その暖かい日差しに
負けてしまったのだろう。刹那は起こさないようにそっと立ちあがると、寝室から毛布をなんとなく2
枚持ちだして、1枚をライルにかける。とても自分と8歳も上とは思えない、あどけない表情で眠って
いる事実に、微笑みが深くなる。刹那は再びソファの前にどっかりと座った。だがその位置はライルの
頭のすぐそば。すぅすぅという規則正しい寝息が聞こえてきて、刹那自身も安堵する。

生きている。

それだけで刹那は幸せだ。それは傍から見ればちっぽけな幸せかもしれない。だが今迄の人生の中で、
失うものが多すぎた刹那にとって、愛しいと思う存在がこうして寝息をたてている事が最大の幸せなの
だ。


暫くは神祖作りを再開させていたのだが(ライルが完成品を是非見たいとねだったから)後ろから腕が
伸びてきて刹那の胸の辺りで交差した。振り向くとどこか眠そうな顔で・・・・甘ったれた顔でライル
が刹那の首筋に顔を埋めて来た。甘えている。
「どうした、起きたのか?」
優しい刹那の問いかけにも目がトロンとして、口の中でああとかうぅとか言っていたが、やがてそのま
ま動かなくなった。
再び聞こえて来たのは寝息。
苦笑すると刹那は作りかけの神祖を箱の上に置いて、先程持って来た毛布を自分に掛けた。なんとなく
2枚持ってきていたのだが、こうなる事を無意識に予測していたのだろうか。そのままライルの方に背
を預けて、刹那は目を閉じた。


春の穏やかな1日。


★少女漫画的小説を書きました!エッヘン!兄さんは勿論、スメラギさんもライルに協力しているので  刹那を驚かすこの企みは大成功。かわりにスメラギさんは日本酒を所望し、兄さんはライルの誕生日  パーティの開催権をゲットしました。兄さんはお祝い事は皆でわいわいするのが好きで、ライルはマ  ンツーマンでのお祝いが好きなイメージ。独占欲は強いよ、ライル。ガンプラがほのぼのを壊した気  もしますが、気にしません。 戻る