釣りをするひと


       「アルー、これから釣りに行こうよ!」
       久し振りに日本のギルモア邸にやって来た004に対して、開口1番009はそう言った。004は目
       を丸くして009を振り返る。
       「着いたばっかりだというのに、唐突なやつだな。」
       「いいじゃん、行こうよ!」
       009はぐいぐいと004の腕を問答無用で引っ張ってきた。
       「服がのびる・・・・・前に破れるから止めろ〜!離せって!」
       「じゃあ行ってくれる?」
       009はずぃ、と004の顔を覗き込んできた。その顔はどこか拗ねているようにも見える。しかし0
       04にしても、やっと着いたのだから一息いれたいという気持ちがある。困った顔をして顔を逸らすと
       009がぷぅと膨れた。
       「どーしたんだ、いきなり。」
       訊いても、膨れた頬は戻らなかった。しょうがない、と004は一息いれることを諦める。結局のトコ
       ロ、004は009に甘いのである。ま、本当は仲間全員に甘いところがあるのだが・・・・。
       「わかった。」
       「!ほんと?」
       「嘘言ってどーする。結局のところ、行かないって言ったって引きづられていくのは目に見えてる。」
       「じゃあ、行こうよ!」
       ほっとくと玄関に走り去りそうな009に、004は慌てて言った。
       「部屋に荷物置いたりする時間ぐらい、くれ!準備もあるし・・・・。」
       「どのくらい?」
       「準備できるまで。」
       「むぅうう〜。」
       「出来ないなら、行かない。」
       009は不満そうではあったが、渋々といった感じで頷く。
       「わかったよ、でも早くしてね。」
       どこか焦っているようにも見えるのだが、004は一応黙った。黙ったままで、頷いた。


       009のスリルあるドラフト走行によって、彼らはちょっとした湖に着いた。しかし004には釣りに
       関する知識は殆どなかった。意外と早くに成果を求める傾向のある004にしてみれば、当るも八卦当
       らぬも八卦の感がある釣りは余り好きではない。基本的にせっかちさんなのである。対する009はの
       んびりしている面もあり、釣りは面白いようだ。003から良く006と共に晩御飯の魚を釣ってくる
       といって出かけていると、聞いた事がある。成果は余り芳しくないようだが・・・・・。テキパキと準
       備をする009をなんとなしに見ていた004ではあったが、少し迷った後口を開いた。
       「・・・・・お前の強引な誘いには、いろんな意味で慣れてるけどな。」
       009は004を見なかった。それでも004の言葉に集中していることは分かる。
       「・・・・・・・どうした?」
       004の問いかけに、まるで答えのように差し出されたのは釣竿。硬い表情で、004に釣竿を差し出
       している009はまるで別人のようにも見える。004は009の顔と釣竿を交互に眺め、溜息をつい
       て釣竿を受け取った。小船に乗って、湖の中ほどにでる。009に教えられて嫌な顔はしたものの、0
       04は餌のゴカイを釣針に仕掛けて湖に投げた。
       ぽちゃん、という音もなく釣針は水の中に消えていった。水面に丸い輪を何重にも作りながら。暫くは
       背中合わせで、黙々と釣糸を眺める。魚はいるのかいないのか、ちっともかかる気配はなかった。どの
       くらいそうしていただろうか?流石に飽きてきた004が身じろぎをすると、009の背が揺れた。
       「・・・・・・・あのさ、アル。」
       「?なんだ?」
       009の方をを振り向くが、004に見えたのは009のやけに寂しそうな背中。
       「ほんと、久し振りだよね。会ったの。」
       「?まあな、結構仕事が忙しくてさ。本当はもうちょっと早く来たかったんだが・・・それが?」
       「僕、アルに避けられているのかと思ってた。」
       「?なんでだ?」
       振り向かない。009は004を振り返らなかった。
       「ポンペイのことで・・・・・。」
       009の言葉に、004は顔を歪めた。
       「アルの守りたかったあの子を・・・・結果的に僕は殺したことになるから。」
       「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
       ポンペイの少女。
       未来人達にキーとして連れてこられた、ポンペイが滅ぶ正にその時を生きていた儚げな少女だった。0
       04は偶然その少女と出会い、守ろうとした。自分がサイボーグであることを隠すこともなく、戦った。
       そんな彼の前に現れたのが、009だった。始めは009にも協力してもらおうとした。だが009の
       目的はその少女が死ぬ場所に戻すこと。柄にもなく004は激高し、009に食って掛かった。だが結
       局はその少女は何も知らないまま未来に引きづり出され、そして彼女の現在に埋め込まれた。それ以来
       009との間がギクシャクしていたのは事実なのだが・・・・・。
       「お前は後悔しているのか?」
       「・・・・・・・・・ちょっとだけ。」
       頑として振り返らない009の頭を、004は事もあろうに手刀でこづいた。もちろん右手で。
       ごつん、というかなり重い音がして009が飛び上がった。
       「なにするんだよ、アル!いくらなんでもレーザーナイフが当ったら、僕の人工骨だって切れるんだよ!」
       「やーーーーっと振り返ったな、この坊やは。」
       苦笑交じりに、004は呟いた。
       「いいか、確かに俺はあの子を守ろうとした。じゃなけりゃ、右手のマシンガンなんざ使わないさ。そ
        してお前はあの子を俺たちの現在から、あの子の現在に移そうと現れた。あのサンジェルマンもそう
        だな。」
       「・・・・・・うん。」
       「それぞれの立場で、所謂正義っていうのは変わるもんだ。他人から見たら馬鹿げているとも思われる
        テロだって、実行犯から見れば正義になる。」
       「・・・・・・・・うん。」
       「ただそれだけのことだ。だが俺もあの時は、お前を撃ってしまって気が動転しててな。そういや謝っ
        てなかったな。すまない。」
       「あ、そんなこと良いんだよ。確かにアルに撃たれたことはショックだったんだけど・・・。心のどこ
        かで、アルが僕を撃つはずがないって思ってたんだ。きっと分かってくれるって。」
       「・・・・・信用、裏切っちまったな。」
       「僕は未来人の侵攻からこの現在を守ろうとして、プラスマイナスで考えてた。自分に都合の良い展開
        しか考えてなかった。」
       「だが実際はやつらの思う通りになってしまっていたら、大変なことになっていたはずだ。良いんだよ
        お前はそのまんまで。・・・・そうそうこういう事は、簡単に割り切れるもんじゃないしな。結局の
        ところ、コレで良かったんだと自分で納得するしかない。」
       そこまで一気に言ってから、004は溜息をついた。少女を守ろうとした自分とて、どこか自己満足の
       為に戦った。守れなかったあの人の替わりに、守ろうとしたという。彼女を守りきる事で、満足しよう
       としていたことは否定できない。
       009は004の溜息にどう感じたのか・・・・・
       「あ、あのさアル!!」
       「わっ、馬鹿立つな!!!ひっくり返・・・・・・!!!」
       004の静止も遅く
       ドッボーン
       唯でさえ重い2人が乗っているのだ。船はたまらずひっくり返った。004と009は当然、湖に投げ
       出される。
       「って馬鹿野郎!!いきなり立つなよ!!」
       「あ・・・ええと御免!思わず立っちゃったんだよ。」
       いつもと違い、しどろもどろな009に004はつい吹き出してしまった。そのまま水に浸かったまま
       笑い出す。
       「なんだよ、もう。人が謝ってるのにさ。」
       最初はむくれた009ではあったが、人というものは他人の笑いに引きずられることが結構ある。とう
       とう009も笑い出してしまった。



       「やっとなんとかギクシャク感がなくなったみたいね、良かったわv」
       ギルモア邸から”どこか”を見つめていたらしい003が、満足そうに微笑んだ。ソファに座って雑誌
       を読んでいた002が、んあ?と言わんばかりに003に目をやる。
       「ジョーとアルベルトよ。」
       「あーあのぎくしゃくコンビな。で、もとのコンビに戻ったんか?」
       「ん、そうみたい。まあアルベルトは途中からジョーに対しての態度が直ったんだけど、ジョーがね。」
       そう言って003は笑った。



       ★毎度毎度、本当にお疲れ様でした。これは原作の「ポンペイの少女」の後の、優しい仲直りバージ         ョンです。もうちょっとごちゃごちゃした話もあるんですが、今回はこんな感じで(笑)私個人的に         何かあった後、勝手に自己完結している話ってあんまり好きじゃないんですよね。○○は死んじゃ         ったけど幸せだったんだから、気にするな。とういようなノリが。そりゃ005みたいなちょっと         不思議さんに言われれば、そーかなー?とも思いますが(笑)うーん、上手く言えませんねえ。         表現って本当に難しい・・・・・。        戻る