綱吉くんと10年後ヒバリさん 

       溺れる魚


       草壁さんの場合。

       「あの、すみません・・・」
       ボンゴレで何回目かのミーティングが終わった後、遠慮がちに自分に声をかけてきた人物。振り返れば
       そこにいたのはボンゴレ十代目の10年前の姿。見慣れた姿からは貧相で弱々しいことに、流石に最初
       は戸惑った。当のヒバリはドコ吹く風のようではあったが。
       「ん、なんですか?」
       声を返せば、その瞳が戸惑って揺れている。大体、何が言いたいのかなんて薄々わかっているのだが、
       それを自分から言うのは憚られた。他の者は修行やら何やらでどんどん部屋からいなくなった。この部
       屋にいるのは彼、沢田綱吉と自分だけになる。しばらくもじもじしていたが、やっと決心がついたのか
       顔を上げて自分を見る。
       「ヒバリさんに会わせてもらえませんか?」
       「さっきも修行で会っていたでしょう?」
       「それはそうですが・・・・・。ただ俺、ヒバリさんとゆっくり話がしたいんです。できれば2人で」
       やっと言い切ったらしく、ぜいはあと肩で息をする。顔が真っ赤になっていた。一瞬、どうしようかと
       迷った。ヒバリにも変な影響が出ても困るので、接触は最低限にと言われている。変わるかもしれない
       未来を、詳しく知る必要はないと。それはヒバリなりの優しさではある。だがやはり元々の2人の関係
       を知っているからこそ、綱吉の気持ちも分からないでもない。ふぅと溜息をついて、ヒバリに怒られる
       覚悟を決めた。
       「いいですよ、不可侵条約を作ったとはいえ今はあの扉は開いていますから。ただし私はヒバリの所に
        アナタをつれていくだけですよ。その後はアナタが何とかして下さい」
       そう言うと一瞬顔が固くなったが、すぐに頷いた。
       「恭さん、ボンゴレの10代目がアナタにお話があるそうです」
       部屋に着いてそう言うと、案の定ヒバリは眉間にしわを寄せた。その表情に綱吉がひるむのが分かる。
       しかしここでひるまれても困るのだ。
       「哲」
       「じゃ、私はこれで」
       ヒバリの咎めるような声と、綱吉の縋るような視線に背を向けて歩き出す。あとは2人でなんとかすれ
       ば良い。そう割り切って、とっとと自分の部屋に向かった。


       綱吉くんの場合。

       「此処へくれば?」
       ガランとした大部屋の中でヒバリにそう声をかけられて、綱吉は我に返った。
       「良いんですか?」
       そう問えば、ふんと鼻を鳴らす。そんな処は自分の知っている彼と同じ。
       「何言ってるの。そんな遠くから話されても困るし」
       そう促されて、じゃあとヒバリの前に座る。ヒバリの性格上、自分は座布団の上に座っていても綱吉に
       は薦める事はしない。
       「で、なに?」
       話がしたい、そう思っても漠然とした感覚だったので、実は明確に話したいテーマというものは無かっ
       た。ただただヒバリと2人きりの場を持ちたかっただけだ。
       俯いたまま黙り込む綱吉を、ヒバリにしては珍しく我慢強く待っている。顔を上げると視線が合った。
       やはりというか、ヒバリの目は剣呑としてきていた。
       (あ、まずい)
       慌てて口を開く。
       「ここのアジト、ボンゴレのもの以上に凄いですね。ヒバリさんはここで研究しているんですか?」
       「ここだけってわけじゃないけどね」
       ヒバリはそっけない。又しても沈黙が流れる。
       「・・・・・ねえ沢田」
       「!!!は、はいっ!」
       「君、僕に話があるんじゃなかったの?」
       「ええと・・・・それは・・・・」
       「話がないなら、とっととボンゴレのアジトに戻ったら?きっと獄寺と山本が探してるよ」
       直球で来た、出て行けと。わけも分からず、ただひたすらに憔悴感が募る。ぶんぶんと勢い良く頭を横
       に振って、拒絶を示す。本能的に綱吉は言った。
       「10年後の俺は、アナタのお眼鏡に適っていましたか?」
       「は?」
       きょとん、とヒバリが黒い目を丸くする。10年後のヒバリを見てからずっと心の中にあった本音を漏
       らしてしまった自分の失態に、綱吉は固まった。我に返ったらしいヒバリがふぅ、と溜息をつく。
       「それを君が知って、どうなるっていうの」
       「でも・・・・どうしても気になってて・・・」
       「馬鹿らしい、ここは君から10年経った世界だよ?もしかしたら今回の騒動が終われば変わるかもし
        れない世界だ。そんな中でそんなこと気にしてどうなるっていうのさ」
       ヒバリは手厳しかった。ビアンキは言った、仲間や愛する人が死んでしまった世界が変わるのならその
       方がいいと。しかしその結果は彼女を含めた10年という年月を過ごしてきた彼らの、存在自体の死に
       なるかもしれないのだ。だから知らなくて良い、ヒバリはそう言っている。あまりの正論に綱吉は俯い
       た。そうだった、可能性として考える事すらできなかった。それだけ自分に余裕がないということに他
       ならない。
       「すみません、俺そんな事情を考える事すらできませんでした」
       素直に謝る。
       「子供はそんなところまで考える必要はないよ。ましてやこんな状況ではね」
       一応慰めてくれているらしい。突き放した言い方ではあるが、10年前のヒバリもそんな感じだった。
       「情緒不安定か・・・」
       「は?何か言いましたかヒバリさん」
       「君の気のせいだよ」
       そう言ってヒバリは立ち上がった。綱吉の顔が強張る。そんなことお構い無しにヒバリは背を向けてス
       タスタと部屋を歩いていく。
       「あ・・・の・・・ヒバリさん?」
       声をかけられたヒバリはくるりと振り向く。
       「来るかい?」
       「え?」
       「ここは僕の家だよ」
       綱吉の顔に朱がはしった。誘われている。ヒバリの魂胆が分からず、目を白黒させた。
       「来ないの?ま、それでも良いけど」
       襖を開けてその奥に消えようとするヒバリの姿に、必死でへばりつく。ヒバリが大人の顔をして、笑った。


       ヒバリさんの場合。

       あまりの息苦しさにヒバリは目を覚ました。原因は自分の上に乗っかって熟睡している中学生だった。
       溜息をつき、そっと横に下ろす。安心しきって眠る少年を、ヒバリは苦笑とともに見る。
       「・・・・・赤ん坊かい?」
       声を潜める。
       「流石だな、俺のこの気配に気がつくとは」
       音もなく寝室の襖が開けられ、入ってくる小さな姿。
       「わりーな、俺の生徒が迷惑をかけたようで」
       「別に。かなり追い詰められている感じだったから、発散させただけだよ」
       無意識に綱吉の頭を撫でる。
       「まるで溺れている魚みたいだ。縋るものもなく、縋られて」
       綱吉はまだ14歳、その彼が今置かれている状況はひどくシビアだ。本来なら大人に頼っても良い年で
       はあるのだが、ここではそれは通用しない。綱吉が心身共に頼るのはこの家庭教師なのだが、今回は流
       石の家庭教師も自身の問題が降りかかって、そこまでの余裕がない。それだけでも不安定な状況なのに
       獄寺も山本も無意識に綱吉に寄りかかっているのだ。ハルや京子は言わずもがな。色んな人間から期待
       が寄せられてしまえば、綱吉自身が倒れるわけにもいかない。頼られるばかりで、頼る事ができない。
       だから綱吉は此処へ来た。ヒバリの元に。自身の切羽詰った心境をどうにかして欲しくて。そして甘え
       たくて。ヒバリと綱吉の関係は10年前には始まっているので、恋人に救いの手を求めるのは間違って
       はいないのだ。だからこそ心の安定を求めている綱吉に答えた。綱吉の望む方法ではなかったかもしれ
       ないが、一番手っ取り早いと思ったのだ。家庭教師もその事が分かっているから、ヒバリや綱吉を責め
       ることはない。一番歯がゆい思いをしているのは、この家庭教師かもしれない。
       「久しぶり・・・てわけでもねーのか。ツナが出かける前に会っていたんだろ?」
       「まあね。僕を責めるかい?綱吉の安定をとは言ってるけど、僕の欲求も含んでの行為だから」
       「いや」
       やはり責める事はなかった。
       「俺はツナを引き取りに来たんだ」
       「君が運ぶのかい?」
       「まあ、そこんとこはなんとかするさ。じゃ、お暇する」
       綱吉を引っ張り上げようとする家庭教師を、ヒバリは手で制した。
       「良いよ、朝までここで寝かせておいても。起きた時に僕は隣にいないかもしれないけど、自分のベッ
        トで目覚めるよりは良いかと思うよ」
       そう言うと、そこまで読んでいたのか家庭教師はあっさりと手を離した。
       「悪いな、ヒバリ」
       「良いよ、別に。他ならぬ綱吉だからね」
       「じゃ、これからもツナをよろしくな」
       そう言って彼の小さい姿は消えて行った。
       「これからも・・・・か。確かに一回許してしまえば癖になるかも」
       珍しく10年前の自分に悪いな、と思いながら悪い気はしない。ヒバリはまだまだ熟睡する綱吉の隣に
       滑り込んで目を閉じた。



       ★未来編で子供なのに責任しょわされるツナが気の毒で思いついた話だったりします。なんだ大人達は         そんな重要な事も決めれんのか・・!と。頼りのリボーーンも今回は傍にはいられないし、両親の消         息は分からないこの状況で誰かに縋りたいと思っても不思議はないわけで。てなわけで憔悴と不安を         解消したくて訪れたという話を書きたかったのですが、いかんせんシリアスが苦手な女。訳分かんな         い話になりました。        戻る