始まり
1.愛に狂う、狂った愛
それは刹那がまだ16の時に、兄とも慕っていた男から聞いた人物だった。その男の最愛の家族。
ライル・ディランディ
俺の本名はニール・ディランディなんだけどな?とその男は片目をつぶって刹那に言った。そしてライ
ル・ディランディの画像を嬉しそうに見せてくれた事を覚えている。守られていた日々。それはあっけ
なく終わってしまった。男の戦死により、状況は更に自分達にとって悪化。しかし刹那は九死に一生を
得て生き延びた。
アイルランドを訪れたのは、ライル・ディランディを連れ出す為でもあった。それ以前に純粋な興味が
彼にはあった。ディランディ家の墓を訪れ、刹那は墓標に名を刻む事のない男に訊いた。
「もう1度、お前と共に戦ってもいいか?」
と。当然答えは返ってこない。だが刹那は迷いながら、調べてあるライル・ディランディのいきつけの
パブに足を運んだ。ミルクを注文して、彼を待つ。その間、刹那の頭の中はライルでいっぱいだった。
どうやって声をかけようか。
どうやって説得しようか。
結論が出ないまま、当の本人が友人達と店に入って来た。その顔は確かにあの男とそっくり。少しばか
り緊張しながら、刹那はライルを観察できるテーブルへと移動した。楽しそうに友人達と話す、ライル。
とても刹那が入り込める雰囲気ではない。さてどうするか、と思案した時にハプニングが起こった。刹
那の飲んでいたミルクのカップを、ライルの友人がひっくり返したのだ。
「おっと、酔っ払いがすいませんねぇ」
酔っ払ったその男が誠意の欠片もない謝罪を口にした時、ライルと目があった。
瞬間
背中を電撃が走るような衝撃が、刹那を襲った。文字通り、雷に打たれたと言っても良い。そのまま、
その腕を掴んで自分と共に来るようにしたい衝動を抑え、刹那は無表情を貫く。そしてなんでもないよ
うに、ライルと会話をした。
彼が去った後、刹那は薄く笑いを浮かべた。ライルと目が合うまでは、純粋に共に戦う仲間として彼を
連れ出すつもりだった。が、ライルの視界に入り目があったことで、刹那の目的は変わってしまった。
欲しい。
あの男の弟だという以外、単なる一般情報しか知り得ないというのに、刹那は自分でも驚くぐらいの欲
が膨らんでいくのを感じた。ライルを欲する感情が抑えきれない。
なら、手に入れてしまえばいい。
どんな手を使っても。
だが今はまだ、準備不足だ。このままライルを捕えたとしても、多分逃げられる。一旦、手に入れてし
まえばきっと手放せない。彼を、ライルを自分の腕の中に閉じ込めるには、念入りな準備が必要だろう。
その為にも、今は退くしかない。刹那は晴々とした気分だった。『世界平和』なんて遠く、実現不可能
なお題目ではなく、現実的な目的が出来た事が満足だったのだ。パブを出れば入る時に降っていた雨は
止んでいた。まるで刹那の選択を歓迎するかのように。
「なら丁重に準備をしよう、逃げられないように、逃れられないように」
身体を縛り、心を縛る。
罠に嵌めて、堕としていこう。
ククッ、と喉を鳴らして刹那は笑った。兄であるあの男へ感じていた後ろめたさは、なくなっていた。
そして刹那はライルの兄とカタロン所属である事を餌にして、狩りを始める。ライル・ディランディと
いう獲物を狩る為に。
1時間も待ちぼうけを食らった彼の背を眺めながら、刹那は思う。
自分は愛に狂ってしまったのか
それとも狂った愛を持ってしまったのか。
だが直ぐに考え直す。どちらでいいじゃないか、どっちにしても彼に関しての感情は正常ではあり得な
いのだから。
刹那の近づく気配を察知したのか、ライルは背を向けたまま少し怒りを含んだ声で言う。
「アンタか、俺を呼び出したのは」
「カタロン構成員、ライル・ディランディだな」
核心を突かれて、ライルが驚いたようにこちらを振り向く。あの時以来、久しぶりに彼の目線に自分が
入り、目が合う。
ようこそ、ライル・ディランディ。
さあ、始めようか。
お前を堕す為の、ゲームをな。
それは全ての始まり。
★刹那は所謂一目惚れです。ライルは前にパブで会った事は忘れております。自分もちょっと酔ってい
たので。この後は刹那の罠に知らず堕ちて行くことになります。
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