欲張った結果 2.罪と罰


それは絶望の光だった。
確かに自分達は物理的には助かった。
だが心は・・・・・。


「刹那、貴方は欲張りすぎたのよ」
薄紫色の美しい髪を揺らし、女はそう言った。
「私は貴方と違うもの」
勝ち誇ったように微笑む女に、刹那はもう何も言えなかった。


初代ロックオン・ストラトスことニール・ディランディが復活をしたのでトレミー内は大騒ぎとなった。
しかし思い掛けない事が起こったのだ。
現ロックオン・ストラトスことライル・ディランディがマイスターを下ろされたのだ。それは誰もが思
ってもみなかった。当然、食って掛ったのはニールだ。
「俺はライルからマイスターを横取りする為に来たんじゃないぞ、ミス・スメラギ?」
ニールに言われてスメラギは困ったように下を向いた。そこへ当のライルが割って入った。
「俺がミス・スメラギに無理に頼んでそうしてもらっただけだよ。責めるなよ、彼女を」
「何故だ」
刹那は訊いた。そんな事は初耳だった。それについてライルは説明する気はないらしく、肩を竦めただ
けで。
「ではお前はトレミーを降りるのか?」
尋ねれば傍らでニールが息を飲む。ライルはスメラギを見た。
「操舵手がいないでしょ?だからライルには操舵手をお願いしているの」
「そういうわけだ。まぁ一応頑張るよ」
まるで他人事のように言うライルに、刹那は眉を寄せた。昨晩自分の腕の中にいたはずなのに、何故ラ
イルは自分にその事を前もって言ってくれなかったのだろう?その疑問はなかなかライルにぶつけられ
ずにいる事となる。


それからすぐに、刹那はニールとよりを戻した。5年前、刹那を腕の中に抱きしめて愛してくれたのは
他ならぬニール・ディランディだったから。久しぶりにその腕の中に包まれて、刹那は幸福と充実感を
味わう。


新たに医療スタッフとしてアニュー・リターナーが入り、トレミーはまた戦闘の日々を送る事になった。
しかし刹那はあれからライルに会えないのが不思議だった。確かにパイロットであるマイスターとブリ
ッジクルーでは、シフトが違う。だがまったく会えないというのは不自然だ。聞けばニールもライルと
中々会えないとぼやいていた。痺れを切らしてブリッジに会いに行っても、ライルは真剣な顔で操縦桿
を握っていたり、ミレイナに懐かれたらしく(そういえば彼も妹がいる兄だった)刹那やニールが声を
掛ける前に
「ディランディさん、ちょっと手伝って欲しい事があるですぅ」
とライルを引っ張っていってしまう。ライルはその『お願い』をきいているようだが、たまにラッセに
頼んだら良いのに・・・・と愚痴りながら引っ張りだされていく。当然、刹那達と言葉を交わす事もな
い。刹那自身、何度もライルの部屋に行ってみたがいつも空室になっていてライルの顔すら見れない。
刹那はニールに抱かれる関係でありながらも、ライルを抱く関係を持っていた。手を出したのは刹那の
方だった。求めるのも刹那の方。ライルは求められれば素直に応じたが、彼から求められた事はない。
その事が今更のように不安だった。


ある日ライルの個室に向かいダメもとでインターフォンを押してみる。
シュン
ドアが開いて久しぶりにライルの顔をまともに見れた。対してライルは警戒するように、眉を寄せる。
「刹那・・・・・・」
「久しぶりだな、ライル。部屋に入っても良いか?」
それはライルを抱くという暗黙のサインだ。刹那は疑ってもいなかった、拒まれた事などなかったから。
しかし
「悪いな、駄目だ」
断られた。思わず目を見開く。予想もしていなかった、ライルに拒まれるなど。
「何故だ?」
訊けば困ったように、笑う。
「刹那はさ、兄さんとよりを戻したんだろう?」
「あ、ああ」
あくまで事実なので、刹那は肯定する。ライルは俯いた。
「だったら俺の役目も終わりだろ。なんで来んだよ・・・・・」
「役目?」
「ああそうだ、俺はあくまで兄さんの身代わりだったんだろ?面倒くさかったから、一応拒みもしなか
 ったけど・・・・・・」
ガン、と頭を殴られたようなショックを刹那は受けた。知らなかったライルがそんな思いで自分の相手
をしていたとは。自分の想いが受け入れられていたのだと思っていたのに。急激に怒りが頭の中を駆け
巡り、刹那は強硬手段に出た。いきなり出入り口で刹那を入れまいとしていたライルを力任せに部屋に
突き飛ばしたのだ。咄嗟の事に受け身も取れないライルの腕を引きずり上げ、有無を言わせずに扉を閉
めロックをかける。
「刹那・・・・?」
「俺はニールの身代わりでお前を抱いた覚えはない」
「でも兄さんとよりを戻したんじゃないか」
此処で刹那は言ってしまった。言っては・・・少なくてもライルにだけには言ってはならない台詞を。
「ニールにもお前との関係は話してある。あいつはそれで良いと許容してくれた」
他意はなかった、ライルとの関係をニールは許してくれているのだから気にしなくても良いと。だがそ
の言葉を聞いた途端、ライルの顔は嫌悪に変わった。
「だからなんだ?兄さんが認めたから、お前に黙って抱かれろと?」
「そういうわけじゃない」
落ち着かせようとして伸ばした手を、叩き落とされる。
「俺はもうお前と関係を持つ気はない。それに俺は今、愛している人がいる」
「なに?・・・・誰だ」
「お前に言う気はないね。分かったろ?俺はその人がいてくれれば幸せなんだ。お前の事なんざ、どう
 でも良いんだよ。欲が溜まってるなら兄さんに頼みな。俺はもうまっぴらだ」
ライルの言葉が、刹那の心を切り刻んでいく。ライルが自分以外に目を向けているなんて、思ってもみ
なかった。

ライルが、自分から離れて行く。

それを刹那は許せなかった。気がつけばライルをベットの上に放り投げ、その身体を拘束していた。ラ
イルはそんな刹那に、顔を真っ赤にして罵倒を繰り返した。嫉妬と怒りの為に刹那は目の前が赤くなっ
ていた。


その戦闘は激戦だった。手練れの敵パイロットの乗るアヘッドに、襲撃されていた。スメラギの判断で
なんとかイーブンに持ってはいるが、持久戦になればまずいのは此方の方だ。いい加減、焦りが増して
来た時、いきなりトレミーから小型艇が飛び出したのだ。ガンダムとアヘッドの間を奇跡的に擦り抜け、
その小型艇はまっすぐに向かっていく。

敵の母艦に。
そのブリッジに。

カッ

ブリッジに激突したらしい小型艇が爆発し、敵母艦も激しく爆発を起こして沈んでいく。母艦を失った
アヘッド達は、すぐに撤退をして行った。
助かった。
だがあの小型艇に乗っていたのは誰だったのだろう?マイスター達はお互いに首を捻った。


その戦闘の直後、ブリーフィングを行うというスメラギの言葉に皆ブリーフィングルームに集合してい
た。最後に入って来たスメラギは激しく泣いているアニューを支えている。スメラギはぐるりと見回し
て、辛そうに口を開いた。
「これで全員、揃ったわね」
え、と思った。揃ってはいない。此処にいない人物がいる。
「待てよ・・・・・・」
ニールが震える声で、スメラギに異議を申し立てる。
「ライルがいない・・・。ミス・スメラギ・・・・ライル・・・・ライルは!?」
そのニールの言葉に、アニューの身体がスメラギの腕から崩れ落ちた。見ればミレイナやフェルトも泣
いている。スメラギは座り込んで泣いているアニューの肩を痛ましそうに抱き締めた。
「そうよ、あの小型艇に乗っていたのは・・・・・ライルなの」
隣にいるニールが腰が抜けたかのように、床に座り込む。
「だから貴方達に本当の事を話すわ。今まで口止めをされていたのだけれど」
スメラギは話し始めた。


ライルはカタロン時代、わざと毒性を強めた疑似GN粒子を大量に浴びていた事。
最初は味覚が無くなってしまったのだが、マイスターとして活動するには困る事もないので黙っていた事。
次に目が見えなくなった事。
ある瞬間、電池が切れるようにパタリと見えなくなるが、すぐに見えるようになる状態だった事。
その事をどうするか悩んでいた時に、ニールが復活した事。
スメラギに全てを話して、マイスターから降りた事。
操舵手なら戦闘で見えなくなっても、ラッセのフォローが期待できるという事でブリッジに上がった事。
アニューは実はライルの身体を治療をする為に乗り込んで貰った事。
ブリッジクルーは全員事実を知っていたが、口止めされていたので黙っていた事。
1週間前に突然容体が急変し、治癒カプセルでも如何する事もできなかった事。


全てが初耳だった。しかも1週間前、刹那はライルに強引にコトに及んだ。あれから流石に顔を会わせ
づらかったのだが、まさかメディカルルームにいたとは・・・・・。間接的に刹那がライルを殺したよ
うなものだ。刹那は後悔した。隣からニールのすすり泣く声が聞こえてきた。


「ライルは貴方の為に死んだんじゃない。私を、私だけを守る為に死んだのよ」
そう宣言してその女・・・アニュー・リターナーは刹那を睨んだ。
「ライルが愛した者とは、お前の事だったんだな」
「ええ、そうよ。私は彼と愛し合っていたわ」
アニューは胸を張った。
「刹那、貴方は欲張りすぎたのよ」
「なに?」
「ニールとよりを戻した時に、ライルの手を離すべきだったのよ。ライルはね、自分だけを見てくれる
 人が欲しかったの。ライルだけを愛してくれる人をね。私は愛したわ、ライルだけを。貴方とは違う」
「俺は・・・・・」
「傲慢ね、自分は2人に愛情を分けてる癖に愛情を2人分貰おうとしたんだもの」
勝ち誇ったようにアニューは言った。
「私は貴方と違うもの」
刹那は何も言えなかった。アニューはそんな刹那の横を通り過ぎる。
「アニュー・リターナー・・・・・」
「ライルは私のもの。貴方のものではないわ。良いじゃない、ライルを忘れてニールに愛して貰えば」
ピタリ、とアニューは足を止め振り返る。
「貴方には、ライルを思う資格すらないって事を理解すべきよ。二股なんて恥知らずも良いとこだわ」
今まで聞いた事もない辛辣な言葉を浴びせかけるアニューに、刹那はなんとか反論しようとした。
「だが俺はライルを愛していた。それは本当だ」
「見せ掛けだけのね」
「違う!」
「違わないわ、ニールを重ねたのでしょう?だから手を伸ばしたのでしょう?貴方知らないんでしょ。
 ライルを抱いている時に、盛んにニールの名を呼んでいた事を」
「!」
「そんな人の愛情が見せ掛けで無い?ライルを馬鹿にするのもいい加減にして。私はニールも貴方も許
 さないわ。一生ね」
吐き捨てるようにアニューは言葉を投げつけ、今度こそ出て行った。

ニールを手に入れライルを欲したのが罪ならば、ライルを亡くす事が罰だったのだろうか。そしてその
罪を謝りたくても、言い訳したくても、もうどうする事もできなかった。


★この後、兄さんはライルの部屋に入り浸り必要最小限しか出て来なくなります。しかも口を閉ざすア  ニューから少し強引にライルの心境を聞きだしてしまった為、ショックのあまり刹那との関係も切っ  てしまいます。ただ戦闘時に頼りになるのは相変わらず。アニューは刹那に対しては辛辣ですが兄さ  んに関しては、少し同情の余地がある(しかし基本的には辛辣ではありますが)と思っているのです。  因みにアニューは本編通りの最期を迎えますがライルがお迎えに来るので、割とハッピーになります。  自分自身は二股とかするのもされるのも嫌なので、あんまり題材にはしないんですけどね。 戻る