笑いがとまらない
4.邪笑
アロウズの奇襲を受けて、壊滅したカタロンの支部。その被害の大きさに驚いたものの、スメラギが急
に倒れたという知らせを受けて、マイスター達はその奇襲の原因を図らずとも作ってしまった沙慈を連
れて一旦トレミーに戻った。
戻った彼らに知らされたのは、カタロンから救援要請が来ているという事だった。発端を作ったのは自
分達にも原因があるのだからと、全員一致でその救援要請を受ける事になる。
「じゃあ、王留美に連絡を入れるわね」
そう言ってフェルトが連絡を取ろうとした時だった。
「すまない、少し待ってくれないか?」
驚いた事に刹那が待ったをかけた。思いもしないその反応に、フェルトがきょとんとして刹那を見つめ
る。
「少し、確認したい事がある。それまで待ってくれないか」
刹那があくまで真摯な態度で言ってくる。
「なにが問題なんだ、刹那」
ティエリアが訊いてくる。アレルヤもその横で首をかしげている。フェルト、ミレイナも何故ストップ
がかかるのかわからない、という顔をして刹那を見つめる。ラッセも視線で刹那に説明を要求している。
「大したことではない。が、少し引っかかる事がある」
「だからそれはなんだと訊いている」
「俺の考え違いかもしれない。すぐ確認するから、援助要請は待って欲しい」
確かにカタロンはもちろんだが、アロウズの襲撃後にこちらも浮足立っている。なにか自分達が見落と
している事を、気が付いているかもしれないとその場にいたメンバーは考えた。4年前ならいざ知らず
今の刹那のリーダーシップ振りは、かなりのものだ。
「分かった、だがアロウズは必ず又来る。時間との戦いになるから、早くしてくれよ」
スメラギがブリッジにいない時のリーダーであるラッセがそう結論付ける。
「すまない、すぐに確認する」
ブリッジを出た刹那が足早に向かった先。それは彼の自室だ。少し前まで同居人がいたのだが、晴れて
個室を貰った為、今は完全に刹那の部屋になっていた。ドアのロックを外し、中に入る。ぼんやりとベ
ットに座っていたらしい人物が、刹那に気がついて立ち上がった。その表情には脅えが見える。刹那は
無表情を保ったまま、彼に近づいていく。彼は青ざめて後ずさるが、すぐに行き止まる。一定の距離を
保ち、刹那は口を開いた。
「カタロンから援助要請が来ている。このままだと移動も満足にできずに、彼らは死ぬな」
ぴくり、と彼の肩が動く。
「・・・・・・どうする、ジーン1?」
全ての説明を省いて、刹那は彼・・・ライル・ディランディに判断を迫った。ライルは聡い。その聡さ
が今は逆にライルを追い詰める。何度目かの刹那の要求。ライルは目をあちこちにしきりに動かし、下
を向いた。
そしてついに意を決したように目をつぶり、ゆっくりとパイロットスーツの首元に手を持っていく。ラ
イルはゆっくりと緩慢な動作で、パイロットスーツを脱いだ。だがそこで終わりではない事をライルは
知っている。いや、知らされたといった方が良いだろう。震える指でアンダーシャツと下着に手をかけ
た。ぱさり、とライルの身を覆っていたものが全て下に落とされる。ライルは唇を噛みしめたまま、俯
いて刹那の前に立っていた。
「・・・・良い子だ」
そう声をかければ、刹那を睨みつけてくる。その視線を受け止めたまま、刹那は端末を開いてフェルト
を呼び出す。
「あ、刹那。確認は終わったの?」
「ああ、俺の単なる危惧で終わったようだ。すぐに王留美に連絡を取ってくれ」
「分かったわ」
フェルトの笑顔と共に、端末画面は消えた。そして顔を真っ直ぐに向ければ、一糸纏わぬ姿のライル・
ディランディが立っている。口の端を吊り上げ、刹那はことさらゆっくりとその白い身体に手を伸ばし
た。
ふと目を覚まして部屋を見回すと、ライルの姿は消えていた。さっきまでは自分の腕の中に、確実にい
たのだが。
「くくくくく・・・・・」
刹那は目を閉じ、腕で目を覆った。だがその喉からは楽しげな声が漏れだしてくる。
「はははははは・・・・・・・・あはははははははは!!!!」
今回、かなりライルの事情を無視して自分本位に抱いたつもりだった。普通なら起き上がれないはず。
だがライルは痛むその身体を動かして、刹那の部屋から出て行った。なんだ、まだ余力があるんじゃな
いか。なら今度はもっと激しくしても大丈夫なのだと、刹那は笑う。笑いが止まらない。自分の中の激
情を吐きだすかのように、刹那は笑い続ける。
ふと腕を外して、刹那は横を見る。楽しげな笑顔のまま。
「なんだ、なにか言いたい事があるのか・・・・・ニール」
ベットのすぐそばで陽炎のようにうっすらとした姿が見える。それはライルの兄であり、5年前に戦死
した初代ロックオン・ストラトスことニール・ディランディの姿だった。
「恨むなら、あいつの事を俺に漏らした自分を恨むんだな」
せつな、とニールの唇が動いたようだ。だが彼の姿は見えるが声は聞こえない。彼の表情は険しい。
「ライルはなかなか良い素質を持っているな。・・・・・まさに色々の方面で」
刹那の嘲笑するような言い方に、ニールの眉が歪められる。だが刹那は気にしない。いくらニールがラ
イルを救いたくても、死者は生者を物理的に救うことはできない。ライルに再び手を伸ばし、手ひどく
抱いたところで、ニールには如何する事も出来ない。死者はただ、そこに生きとし生ける者の心の中に
いるだけだ。
「俺はライルを愛している。だがライルには俺の言葉は届かなそうだ。お前の代わりとしての価値しか
ないと思っているからな」
初めて刹那の表情に憂いが浮かぶ。だがすぐに先ほどの強気な・・・どこか不安定な笑顔になる。
「それでも良い。あいつに触れて抱ければ良い。今はまだ・・・・・」
いつか必ずライルを心身ともに手に入れる。最初は恐怖によるものでも構いはしない。変えていけば良
い。徐々に、少しずつ。
「なあ・・・・ニールディランディ?」
ニールは俯いた。それは先ほどライルが見せた表情に良く似ている。そのまま、ニールはふわり、と消
えていった。
「あいつを残して死んだ事を、反省するんだな・・・・・」
あそこで私情に走って死ななければ、ライルはCBに来る事もなく、刹那の手に捕まる事もなく。
「だがその考えは無意味だな。あんたは死んだ。過去を変えられはしない。変えられるのは、未来だけ
なのだから」
ピピピピピ
端末が鳴る。開くとそこにはティエリアの姿。
「刹那、これからの事でミーティングを開く。ブリーフィングルームに来てくれ」
「了解した」
端末を閉じ、刹那は表情を引き締め、立ち上がった。
★これまでも刹那は色々と条件と引き換えにライルとの関係を持っています。ライルは諜報活動をして
はきたものの、こういう事はしたこともない。屈辱とプライドを引き裂かれながら、刹那の条件を無
碍にできず、こういう事になっています。とはいえライルは刹那が自分を愛してるなんて露とも思っ
てません。
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