俺を許して
7.茨の枷
ある日刹那は兄貴分であるニール・ディランディの家の前に立っていた。彼はつい先日に唯一残ってい
た弟を亡くしていた。葬儀に出た時に見た彼はげっそりとやせ細り、別人かと思うぐらい疲労していた。
目は泣き腫らして真っ赤になっている。それでも取り乱すことなく、ニールは最後まで葬儀に喪主とし
て務めた。それから暫くは休暇という形で仕事を休んでいたのだが、今日になって退職願が郵送で届け
られたのだ。彼を心配したメンバー達は、彼が1番面倒をみた刹那に訪問を依頼した。刹那にとっても
大事な兄貴分だ。一も二も無くその意見を受け入れ、此処にやって来たというわけだ。
ピンポーン
こじんまりとした一軒家のベルを鳴らすが、反応はない。ノブに手をかけてみると、驚いた事にドアが
開いた。鍵をかけていなかったらしい。不用心だと兄貴分らしくないソレに違和感を感じるが、最愛と
もいえる弟を亡くしたのだ。無理はないと思いなおす。
「ニール、俺だ。刹那だ。中に入るぞ」
声を張り上げてみても返事は返らない。ひょっとして留守なのかもとも思ったが刹那にしても手ぶらで
帰るわけにはいかない。意を決して昼だというのに窓に鎧戸が閉まったままの家の中を歩きだした。
ニールは弟の部屋にいた。簡易なパイプベットに背を預けて、長い脚を床に投げ出して。薄暗い中で、
ニールはぼんやりと上を向いていた。
「ニール」
少し強めに声をかけるとニールがこちらを向いた。どろりとした目を向けられて刹那は戸惑う。
「・・・・・・・・・・刹那か」
声も沈んでいる。
「皆心配している。急に退職願なんて出すから。・・・・・アンタの弟が死んでショックなのは分かっ
ているつもりだ。だがそんな事で弟は」
刹那のニールを説得しようとする言葉は、ぽつりと出たニールの声に遮られる。
「あのな刹那。ライルはただ死んだわけじゃねぇぞ」
「?」
首を傾げる刹那に歪んだ笑みを張りつかせる。
「殺されたんだ」
「!」
「俺と・・・・・・間違えられて」
言葉が出なくなった。
「俺と間違えられて攫われて、数時間にもわたって殴る蹴るの暴力を受けて。警察は遺体を綺麗に整え
てくれていたけど、それでもひどい有様だった」
「犯人は捕まったのか?」
「ああ。下っ端中の下っ端が1人だけな」
「そうか・・・・・。だがそれは勘違いした相手が悪くて、お前が悪い訳ではないだろう?」
「いいや、刹那。俺が悪いんだ。全て、俺が」
「どういう事だ?」
「俺は知っていた」
「何を?」
「ライルと俺を間違えて絡む奴がいる事を。俺は基本的に来る者拒まずだが、変な奴には距離を置いて
いる。その腹いせにライルに絡む奴がいるって事を。だけど俺は何もしなかった。ライルが何も言わ
ない事を良い事に、知らない振りをした。ライルだって俺に知られたくないだろうって言い訳をして
時々怪我をしていた事も知っている。けどそれもライルが黙っているから、詮索も相手に牽制をかけ
る事もしなかった。・・・・・・・その結果がこれだ」
ニールは刹那達にあまり自分の家族の事を言わなかった。それは家族というものを持てなかった彼らに
は辛い話題だったからだ。ぽろりと一卵性双生児の弟がいる、と何かの拍子に1度だけ聞いた事がある
だけだった。
「ライルは必死に人違いだと言ってたらしい。だけどそれは助かりたいが為の嘘だとその場にいた連中
は思ったそうだ。んで、決定的に人違いだと感ずいた時には、ライルは虫の息だった。生きて返すに
は奴らには危険すぎた。だから・・・・・・殺した、と」
刹那は言葉を無くした。葬式でのニールのあまりに異常な憔悴ぶりの原因が分かったからだ。たった1
人残った家族が死んだだけでも悲しいのに、そんな悲惨な目にあって死んでいたなどと刹那にだって耐
えられないだろう。
何か言わなければ、そう焦るものの普段から無口な自分には良い言葉が思い浮かばない。いやもう言葉
など何を言っても無意味なのだと悟る。どう声をかけた処でニールの心が救われる事はない。
「ニール・・・・・」
「そんな顔しなさんな、刹那」
反対にニールがくたびれた笑顔を此方に向けた。
「これからどうするんだ?」
「まだ何もする気にはなれないからな。少し此処を離れようと思う」
なんの気なしに言われる言葉の端々に、危険だと本能が警告する。だが刹那は目を閉じてその警告を追
い払った。
「そうか。寂しくなるな」
そう素直に言葉をかければ
「嬉しい事言ってくれるな。有難う刹那。皆に宜しくな」
「弟の死因の口止めをしないのか?」
そう尋ねれば
「お前に任せるさ」
という短い返事が返ってきただけだった。
ニールはこの町から姿を消した。そして刹那は新聞である議員のドラ息子が何者かによって殺された事
を知った。
「やはり・・・・・・」
犯人はあの兄貴分である事は間違いなかった。あれから刹那は単独で彼の弟の事件を調べた。その主犯
格の1人がこのドラ息子だったのだ。親の金と権力で逃れていたのだ。生贄に下っ端を1人捧げて。
世間を震撼させた連続殺人事件は、ある日ぴたりと収まった。彼は復讐を終えたのだと知る。だがそれ
で彼の心が救われるわけではない。あの優しい兄貴分は一生茨の冠を被り、その刺から血を流し続ける
のだろう。
その一生が終わるまで。
★言い訳して自分が楽な方な態度を取っていたら、最悪の結果が待っていた。ていうのは大小関わらず
割とある事ですよね。刹那はライルの死因も連続殺人の犯人も、誰にも言いませんでした。ひょっと
したら、近い未来刹那も最悪の結果を経験するのかもしれません。
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