堕ちる
10.裏切り、嫉妬、独占欲
気がついたのは偶然だった。
メメントモリ破壊の後、刹那はトレミーとはぐれた揚句に黒幕であるリボンズ・アルマークと会い、そ
してアリー・アル・サーシェスに傷を負わされた。咄嗟にマリナ・イスマイールのいるカタロン基地を
思い出して駆けこむのがやっと。そのままそこで傷を癒す事となった。
そして
ようやくトレミーと合流した刹那が見たのは、意外な程に雰囲気が柔らかくなったライル・ディランデ
ィの姿だった。刹那はその夜ライルの部屋を訪れた。トレミーの中で孤立している彼は、プライベート
な時間は自室に籠る事ぐらいしかできない。ライルを捕まえるのは容易いはずだった。
しかしその思惑に反して彼は自室にはいない。この事があってから刹那はそれとなくライルの動向に気
を配っていた。そして見つけた。偶然通りかかった時に、新しくクルーとなったアニュー・リターナー
とキスをしていたのを。その後も観察し続けていると、ライルとアニューの関係を気づいている者はい
ない事がわかった。つまりライルがひた隠しにしているわけだ。
理由は簡単。
刹那にアニューを害されないようにだ。刹那はライルを一方的に抱いていた。だから刹那にこの関係が
バレればアニューの身が危ないと思ったのだろう。しかし刹那には分かってしまったのだ。何故分かっ
たかなど、刹那にしてみれば些細な事。だが確信した。アニューの正体が。彼女が自分の正体を知って
いるかいないかは分からないが、彼女はイノベイターだったのだ。だから刹那は放っておいた。自分が
何もしなくても、近い将来アニューはライルの前から姿を消すのが分かっていたからだ。そしてライル
に手を伸ばすのも止めておいた。楽しみは後に取っておく方が良い。
強引に彼らを・・・・ライルの裏切りを断ち切れば、二度とこの手に収められないかもしれない。そん
な事はゴメンだ。待っていれば、時期が来れば、確実にライルは心身共に手に入る。天は刹那に味方し
ていたのである。
だが仲間にその関係をバラしてからは、彼らの関係はより親密になって行く。その姿に嫉妬したのも1
度や2度ではない。だが此処が我慢の為所だと、刹那は自分自身を説得した。彼らの時間は短いはずだ。
あのリボンズ・アルマークがガンダムマイスターであるライルと恋仲になった彼女を利用しないなど、
考えられない。必ず彼女をライルにぶつける駒として使うはずだ。そして来るのは永遠の別れ。そして
その後からが自分の出番だ。それまでは甘い夢に浸るが良い。だが夢は覚めるもの、そして後には何も
残らないもの。ライルの手の中には何も残らない。だが刹那の手の中にはライルが残る。完全に自分の
ものとなった彼が。その時を待っていよう。焦らなくても良い。必ず破局は訪れる。
そして待ちわびた彼らの別れがやってきた。
「お前が!お前がアニューをっ!!」
ライルの激情が拳となって刹那に見舞われる。刹那が殴られる度にティエリアがオロオロと2人を見つ
める。外では静かにアレルヤとソーマが佇んでいるのが分かる。彼らがライルに何も言わないのは、大
切なものを失った悲しみを知っているからだ。特にティエリアはニールの戦死後、刹那を激しく責めた。
だからこそ激情のままに刹那を殴るライルを止められない。だが刹那が間違った事をしていないのが分
かる為にライルを止めたい。その反する感情が彼らの中に交差して、動けなくなっているのだ。
数発殴られた後、ライルの激情がふいに揺らいだ。そのまま力尽きたかのように刹那にもたれかかり、
力なく刹那の胸を叩いた。
「イノベイターという違う人種でありながら、人間にあれだけ愛されたアニューを僕は羨ましいと思う
と同時に、彼らの感情を利用したイノベイター達に嫌悪感を抱くな」
後にティエリアは刹那にそんな事を言っていた。
それから数日間、ライルは刹那の前に現れなかった。部屋に籠ってしまっていたのだ。クルーは心配し
たが、どうするかを決めるのはライル本人なのだ。彼らに出来る事はこのささやかな時間を待つことだ
け。それは刹那も同じだ。しかしシナリオは刹那にとって良い方へと向いて行く。自分の背に銃を向け
るライル。ここでわざと撃たれて彼の罪悪感に付け込むのも良い。そう思って刹那はライルの好きにさ
せた。撃てば命中させるだろう。だが自分が去るまで衝撃は来なかった。
ライルは刹那を撃てなかったのだ。
手ごたえを感じた。ライルの刹那への感情が単なる憎悪からシフトしてきている。あともう少し。あと
もう一押し。ライルが自分の感情を整理する時間が、幸いにして生まれている。刹那の唇が笑みを浮か
べた。それは刹那を知っている者が見たら驚くぐらいに、歪な笑みだった。
王留美からヴェーダの情報を受け取ってトレミーに帰還した後、刹那はライルの部屋を訪れた。最後の
仕上げをする為に。
「ライル、入って良いか?」
ライルは目線をうろうろと彷徨わせた後、コクリと頷いた。刹那は部屋に入ってベッドに座る。それを
落ち着かない表情でライルが見ている。
「座ったらどうだ?」
切っ掛けを与えれば、おずおずと近づいて刹那の隣に座る。そんなライルの身体に手をまわして抱きし
める。ビクリ、と大げさに身体を震わせるがそこから逃れようとする気配はない。それどころか震える
ライルの腕が刹那の背に回る。今迄どんなに抱き締めても刹那の背に腕が回ることはなかったにも係わ
らずに。
堕ちた。
「せつな・・・」
舌ったらずの今迄聞いた事ない、甘えるような声で刹那を呼ぶ。
刹那を満たすのは甘美な喜び。ついにライルは刹那の手に堕ちたのだ。ライルの背に回した腕に力を入
れれば一瞬だけビクリと震えたが、更に甘えるように刹那に身体を擦り寄せる。
「アニューの事で、お前には辛い思いをさせたな」
「そんな事ない・・・・。せつなは悪くないんだ・・・・・・」
「俺を許してくれるのか?」
「せつな・・・・・せつなぁ・・・・」
小さな子供が縋るように、ライルは刹那に縋って来る。やっと『依存』という形ではあるが、ライルを
手に入れた。入れたからには手放さない。刹那は自分の独占欲が満たされていくのを感じた。
ああ・・・・俺は幸せだ。
★こんな事言いながら劇場版に繋げちゃうと放置プレイになるわけですが(笑)実は1と4と繋がって
いるように見えますが、思いついたタイミングは別々なのです。つまり別々のお話なのです。なーん
か繋がっちゃった?みたいな(苦笑)勿論、繋げて読んでいただいても大丈夫です。
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