24, 終焉 〜全ての終り



なんとか小競り合いも終り、俺はセントラルへ戻ってきた。手ぶらで戻ってきた俺を見て、准将は溜息
を漏らして、駄目だったのか、と呟いただけだった。俺はそれに頷くことが精一杯で、何も話したくは
なかった。幼馴染にも、何も言えなかった。休暇をもらってふらりと帰ったリゼンブール。賢明な幼馴
染は俺の、今にも死にそうな顔を見て即座に分かったのだろう。彼女は何も俺に言わなかった。ただ、
声を出すことも無く俺の前で、その大きな瞳から涙を零した。ばっちゃんも何も言わなかった。多分皆
俺が説得に失敗したんだと思っているのだろう。あそこは戦場で撃たれても撃っても文句は言われない
場所だったが、弟を撃ったことは誰にも言えなかった。いいや、言いたくなかった。

あの後あまりにも俺が姿を現さないので、心配した副官が俺を迎えに来た。それから上層部の方でも何
か政治的行動があったらしく、結局停戦ということになった。戦争を終わらせるのは軍でも個人でもな
い。政治なのだと痛感した出来事だった。そして弟の生死も分からなかった。分かるはずも無い、死者
も怪我人も多い時に、しかも敵軍の情報など入ってくるはずもなかった。



そんな中、俺は一つのチャンスを手に入れた。再びドラクマと条約を結ぶために、使節団が派遣される
ことになったのだ。当然俺はその護衛に立候補した。そしてドラクマへの個人的コネを持っている奴に
頼み込んで、弟との面会を申し込んだ。取り合えず上手くいったようで、安心する。あまり時間は取れ
ないと言われたが、それでもいいんだ。会えさえすれば。



面会をする為に訪れた、小さな部屋。取り合えず2人のドラクマ兵士が監視として、ここにいた。
ガチャ
ドアが開いた。俺がドアを見ると、緑の瞳とぶつかった。・・・・・話が違うじゃないか?その青年は
弟の兄だとほざいた奴。仏頂面を隠すことも無く、そいつは俺の前の椅子にどっかりと座り込む。
「あの・・・・・アルは・・・・弟は元気なのか・・・?」
ジロリと青年が睨みつける。
「自分で殺しておいて、何を言う・・・・。」
ガンッ
頭を殴られたような衝撃が走る。・・・・・死んだ・・・・・?弟が・・・・?あいつが・・・?
「アルが・・・・・死んだっていうのか?いつ?」
「お前に撃たれてから、次の早朝に。重傷だから本部に運ぼうとした矢先にな。」
淡々と答えてくる。
「質問はそれだけか?俺は帰る。」
そう言って、青年は椅子から立ち上がった。
「待ってくれ、せめて弟が何故ドラクマにきてアンタに会ったのか聞かせてくれ。」
「お前に教える事なんて無い。」
「頼むよ!!」
哀願すると、そいつは溜息をついて椅子に座りなおした。
「それこそ3年前の冬だ。俺の町で凍っちまって座り込んでいる鎧がいたんだ。皆だれかがガラクタを
 ココに捨てていったと思っていたらしい。でも俺には分かった、何故かは分からない。でもこの鎧は
 生きているのだと分かったんだ。で、水をかけて一時的に動けるようにしてから、俺の家に連れて帰
 った。」
上を向いて、そいつは懐かしそうに言う。
「色々話したけど、アイツは自分のバックボーンをあんまり言わなかったな。アメストリア人だとは言
 っていたけど。何故ドラクマに来たのかと訊いたらこう言ったよ。」
「?」
「ボクは誰にも必要とされていないから、とな。」
「!そ、そんなことはない!だってアルの方が皆に好かれていたよ、俺なんかよりも・・・・・。」
「お前の履歴は読ませてもらったよ、それでアルの言っていた意味がわかった。」
「どういうことだ・・・・?」
「お前あってのアルだったってことさ。結局アルはお前のオマケとしか見られていなかった。鋼の錬金
 術師の弟という風にしか見られなかった。ま、それもアルがそれでも良しとしていた時は良かったん
 だろうが、それが耐えられなくなってきたんだろうな。だがそれはお前が気にすることでもない。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「アルは本当に自分を必要としてくれる存在を求めていた。人間なら当たり前だろう。」
「俺にはアルが必要だったんだ、本当に。」
「それは自己満足ってやつさ。お前はそういうこと、考えたことないだろ。確かにお前は偉いと思うよ。
 12歳で国家錬金術師の資格を取って、常にアルの前に立っていたってことは。でもアルは自分の傍
 にいて当然だと思ってただろ、だから慢心してアルに八つ当たりとかしていたんじゃないのか。それ
 にこうも言っていた、求められる役を演じても満足されなかった。だから疲れた・・・・てな。」
俺は答えられなかった。確かに最初は弟の身体を元に戻すことに必死だった。だがその期間が長くなっ
た時、こう思ったことも事実だ。弟は俺についてくるばかりで、何も自分から動こうとしない、と。そ
れは俺の傲慢だったのだ。弟は俺の要求する”都合のいい弟”を必死で演じていたのかもしれない。傲
慢は慢心を呼び、あの時の言葉になった。消えてしまえ、と。
「ま、いい。俺とアルは相談して、アルの身体を元に戻す研究を始めた。結局俺はなにもしなかったん
 だけどな。アルが一人で人体錬成をやってのけたんだ。」
「どうやって?」
「それはアルとの約束で言えない。誰にもな。俺は死ぬまで誰にも言わないよ。そういう約束だ。アル
 が俺を信用していてくれる限り、俺はアルを裏切らない。」
「そんなアルがなんで、軍なんかに?」
「小競り合いの原因を知っているか?」
「いいや・・・・。」
「お前らの駐屯部隊が勝手にやってきてな、錬金術で結構な痛手をこっちが受けたからだ。」
「え。」
「だから条約もこちらに来て、結んでもらっているんだ。多分、駐屯部隊の独断だったんだろうがな。
 アルは錬金術なら自分も使える、本当に自分だけを見てくれた人達を守る為に戦うと言った。もちろ
 ん止めたさ、でもあいつの頑固さはお前も良く知ってるんだろう?」
「ああ・・・・・。」
「でもやっぱり心配だったから、俺も志願してくっついていったんだよ。だが・・・・・。」
そいつは初めて下を向いた。
「俺は・・・・アルを守れなかった。」
ポツリと呟くその言葉に、俺は何も言えなくなった。
「笑ってくれたよ、俺に会えて兄弟になれて幸せだったと。俺の手を弱々しく握り締めてな。そして言
 った。あの人は本当にボクを消しにきたんだね、どうしてそこまで追い詰めるんだって。」
「そんな・・・・・俺はただアルに会いたくて・・・・また一緒にいたくて・・・それで・・・・。」
「アルの為に連れ戻しにきたといったな?」
「ああ。」
「その時、アルの意見を聞く気はあったのか?」
「!」
そうだ、俺はあの時帰らないと言った弟を強引にでも連れ戻そうとした。弟の意見なんて聞く気がなか
った。
「わかったか、アルの為じゃない。自分が救われる為に、アルを欲したにすぎないんだよ。だからそれ
 がわかるからアルは反発したんだろ。お前は多分今、苦しんでいるのだろう。アルを撃って殺した事
 に。でもお前に撃たれて死んでいくしかなかったアルの気持ちは考えたことがない。違うか?」
何も言えない、目の前のこいつは俺の感情を理解した上で弟の感情を訴えているのだから。黙り込む俺
を見て、そいつは立ち上がった。そのままドアを開ける。
「俺は・・・・どうしたら良い?どうやって償えば良いんだ・・・?」
その言葉にそいつが振り向いた。
「償いなんてできないだろう?償いをすればアルは蘇るのか?俺の心は平穏になるのか?償いなんて加
 害者の言い逃れだ。そうやって自分が救われたがっているだけだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「これだけは言っておく。俺はお前を憎んじゃいない。あそこは戦場だ、殺すことは同時に自分が殺さ
 れる可能性を秘めた場所だ。俺にしたってアルにしたって、どれだけアメストリア軍を殺したか分か
 らない。お互い様だ。だから・・・・・。」
そいつは俺に向かって、皮肉気に笑った。
「苦しめ。死ぬまでアルを殺した罪を抱え込んで、生きていけ。俺はお前を憎まないが、一生許さない。」
パタン
ドアが閉まり、そいつの姿は見えなくなった。
「あの・・・・・。」
それまで黙っていた監視役の兵が声をかけてきた。
「アルフォンス君の身内の方なんですね・・・・?」
「アルを・・・・知っているのか?」
「少しだけ。アルフォンス君はいつも嬉しそうに、彼についていましたよ。有名な仲良し兄弟で。彼も
 アルフォンス君のことが可愛くって、仕方が無かったみたいですね。私達も好きでしたよ、アルフォ
 ンス君のことは。」
「おい。」
もう一人の兵が、渋い顔をして止めてきた。慌てて兵は俺から離れた。
「アルフォンス君、言ってました。今が人生の中で一番幸せだって。それだけは覚えておいて下さい。」
ペコリと頭を下げてくる。
俺は呆然とあいつが消えていったドアを見つめた。それしかできなかった・・・・・・。





俺はそれから軍を辞めて、リゼンブールへ引っ込んだ。錬金術で細々と食い扶持を稼ぐ毎日。誰もいな
い家で。昔はここに母さんがいて、弟がいて。笑い声が響いていた。あの日々は本当に楽しかったな。
悩みなんて牛乳を飲めないことだけだった。俺はぼんやりと、緑の大地を見つめていた。頭の中に、弟
の最期の声がこびりついて離れない。



ほら・・・・・悪いようにはしないと言った端から、裏切るのがあなただ。
偽善者・・・・・・。




★お疲れ様でした。暗くて救いが無くて、申し訳ありません。兄さん最悪だし、弟は死んじゃうしで書  いてても鬱になってしまいます。しかし弟みたいに鋼の錬金術師の弟と言われ続けるのって、結構辛  いんですよね。ええ、似たような目にあったものですから。相手が自分ではなくその後ろしか見てい  ないのは、嫌だし辛い。ここの兄さんはアニメバージョンです。結構弟に八つ当たりしてましたよね。  義兄弟の兄さんは、あまり細かいことは考えていません。弟は義兄を本気で慕っていたという設定で  したので、あまり激昂しない人物にすることぐらいですかね。最初の兄さんの台詞は私の激愛するア  ニメ「無限のリヴァイアス」第一話の主人公相葉兄の台詞です。第三者がこの台詞を呟いたので、兄  弟どちらかの台詞か分からなかったんですが、のちに兄が弟に消えて欲しいくらいとコメントしてい  たので、兄の台詞だと思っています。この相葉兄弟も濃い兄弟でした(笑)仲は最悪でしたが。凡人兄  と天才弟のお話です。やっぱり兄弟って(姉妹でも)上が優秀な方が、仲は上手くいきますよね。 戻る