いにしえの記憶
       戦争、と呼ばれるものがあった。        隣に現存する、異なる世界のものとの・・・・戦争。        多くの天使や魔族が転生をも許されぬ死に方をした。        とうとう、最後に人間界にも及び        世界は疲弊した。        それは、向こうも同じことだったらしい。        どちらともなく、譲歩をし合い        やっと戦争は終結した。        だが、お互いに平和の絆となる”人質”を要求した。        こちらからの人質には、1人の女神が自ら候補にあがった。        「戦争の間、私は何もできなかった。せめて、こういう役目を果たそうと思います。」        女神はそう言った。女神は戦う力をもっていなかったので、戦争に参加はしなかった。魔界の主たる女        神も彼女を止めたのだが、その意思は固かった。        その女神の名はヒルダ、という。        女神の中でもかなり上位の癒しの女神。        結局、こちらからは女神ヒルダが人質になることになった。ヒルダは去る時、親友でもあった魔界の主        にこう言い残した。        「私はもう、この足でこの地を踏むことはないでしょう。私の未来は決まってしまっているのです。         でも、私は後悔していません。フラン、私が死んだら私の変わりに来た”天使”が殺されるかもしれ         ません。それだけは、注意して下さい。信頼に足るようなこちらの”天使”に守らせて下さい。」         そしてヒルダは1度だけ微笑み、あとは1度として振り向くことなく歩いていった。魔界の主は、その         後姿に涙したという。        その頃”彼”は、防御等を得意とする天使として過ごしていた。戦争中は、砦の防御力を上げたりして        最前線にいたものだ。戦争が終って、実のところ”彼”は退屈していた。        そんなある日、”彼”は主に呼ばれた。慌ててその場所にいく。        「キミニ、コノテンシノセワヲオネガイシタインダ。イイネ?」        主の言葉が”彼”の頭に響く。拒否できるわけもない”彼”はうんざりしながらも、頷いた。        「ジャア、キミハコノテンシトトモニイテクレ。クレグレモコノテンシノケッカイカラデナイヨウニ。」        「・・・・・・分かった。」        凛、とした声がして、相手の人質たる天使が現われる。”彼”は目を見張った。        銀に輝く髪。        青白い透き通った瞳。        端正な顔立ち。        そして、その背には・・・・・。        金属を張り合わせたような、機械的な銀色に輝く6枚の翼。        一目みて、かなり上級の天使だということがわかった。女神と引き換えなのだ、このくらいのクラスで        ないと釣り合いが取れない。そんな理屈よりも”彼”はその天使を見た途端、目を離せなくなった。        「あ、あの・・・僕はジョーというんだ。・・・・これから宜しく。」        おずおずと差し出された手を、一瞬だけ戸惑ったような顔をしたが、すぐに握ってきた。        「俺は、アルベルトだ。宜しく・・・・看守さん?」        にやり、と皮肉っぽくアルベルトは笑った。        アルベルトが来てからというもの、ジョーはどこか浮かれているようになった。もともと良かった愛想        がさらにグレードアップしたりもした。ジョーにとって”敵”でしかなかった世界の話をアルベルトに        せがんでしてもらうのが、とても楽しかった。        「敵だったやつの世界の話なんざ、そんなにおもしろいのか?」        とアルベルトは首を傾げていたものだ。もちろん、話が1番楽しい。だが、アルベルトの声を聞くこと        や、故郷を想っての顔などもジョーには楽しかった。反面、アルベルトは”この世界”のことを聞きも        してくれなかったが。この頃のジョーの結界中は、ひどく簡素な景色しか映していなかった。きっとこ        の景色が”この世界”の景色なんだろうとアルベルトは思っているのだろう。それは正直、寂しいなと        ジョーは思う。自分がアルベルトの世界を知ったように、アルベルトにも自分の世界を知ってもらいた        い。そこで、主の許可をもらってアルベルトを1回だけ外に連れ出した。最初は勝手が分からず、ふら        ふらと飛んでいたアルベルトだが、すぐにコツを掴んだらしく飛べるようになった。ジョーはアルベル        トを自分のお気に入りの場所に連れて行った。そこは、魔界との境にある小さな湖だった。ジョーは魔        界の”聖闇”が苦手だったが、それでもここのキーンと澄んだ空気を気に入っていた。        「・・・・・綺麗なところだな。」        キョロキョロと辺りを見回したアルベルトがそう言って、微笑んだ。        「気に入ってくれた?」        「ああ。」        即答を返され、ジョーは嬉しくなった。        「じゃあ、せめて僕の結界中もこういう風景にしとくよ。」        アルベルトがふわり、と笑ってジョーを見た。        「そうしてくれると、お前がいない間退屈しなくて済みそうだな。」        「あれ?僕がいないと寂しいの?」        わざと意味を違えて聞き返す。途端にアルベルトの顔がぼっと音をたてて、真っ赤になった。        「え・・・・。ああ・・・そうだ・・・な・・・・。」        嬉しくなった。アルベルトは、自分に対して特別な感情を持ってくれている。そうジョーは感じた。ジ        ョーが、アルベルトに対して特別どころか唯一の感情を持っているように。想うレベルは違うかもしれ        ない。それでも、まったく擦れ違っていたわけでもないのだ。        ジョーは意を決してアルベルトに手を伸ばした。そのまま、抱き締める。アルベルトは目を丸くしてい        たが、やがてジョーの肩に顔を埋めて背中に手を廻した。ジョーの手に、アルベルトの翼の付け根が触        れる。自分とは全く違う、硬い冷たい銀の翼。それでもアルベルトを形作っている、大切な1部だ。何        の気無しに、付け根の辺りを指で辿る。その途端アルベルトの身体がビクッと反応した。        「?」        不思議に思って、自分の肩口のアルベルトを見ると彼は俯いてしまっていた。が、耳が真っ赤になって        いる。なにやら感じるトコロがあったらしい。ジョーは思わず吹き出した。大人びていたアルベルトの        可愛い部分を垣間見た気がしたから。        「アルベルト・・・・。」        囁いてから、思いつく。        「・・・・・アル・・・・・。」        その声にアルベルトが思わず、といった風にジョーを見た。素早く顎を捉えて、キスをした。抵抗され        るかな・・・?そう思ったが、アルベルトは大人しくしている。そんな彼にジョーは呟いた。        「人質だから、抵抗できないの・・・?」        アルベルトはキョトン、と目を丸くした。そんなこと、考えてなかったらしい。        「・・・・・いいや・・・。本当に嫌だったら、暴れてる・・・・。」        それだけでジョーには充分だった。衝動にまかせて、アルベルトを押し倒す。ジョーの背中にあったア        ルベルトの手は、そのままだった。        ジョーにとっては、最高の日々だった。アルベルトが側にいてくれること、自分に答えてくれたこと、        これ以上に無い幸せだったといえる。だが突然、その日々が終わりを告げる。        異世界に行った女神ヒルダが、その言葉通り死んだのだ。原因は、異世界の大事故だった。あちらの天        界・魔界・人間界のありとあらゆる命が傷つき死を迎えた時、女神ヒルダは自分の存在の全てを使って        数多の命の傷を癒した。その代償は・・・女神の死。異世界でもヒルダは皆に慕われていたらしい。す        べての命を救おうとしたヒルダに、傷ついた命すらその行為を止めようとした。だがヒルダはその制止        を振り切って、彼らを救ったのだ。        「後悔はしていません。私はこうやって傷を癒すしかできませんから。確かに私は人質として、貴方達         の世界に来ました。でも、私はこの世界を愛しています。こうやって貴方達を救って消えるのなら本         望です。」        ヒルダはこう言って微笑み、死んで行った。異世界の主は、天界の主に詫びた。大事な女神を死に追い        やってしまった。申し訳ない、と。女神ヒルダの死に、誰もが涙した。もちろん、ジョーも。アルベル        トは、ジョーから女神ヒルダの死を聞かされた時、大分驚いていた。        「・・・・そうか。女神ヒルダとは交換される時にチラッと会ったんだが・・・。」        目を閉じ、まるで祈るようにアルベルトは俯いた。        それから程なくしたある日・・・・・。ジョーは仲間のセラフィムから暴行を受けた。彼らは、女神ヒ        ルダの死の悲しみをジョーが”守っている”アルベルトへの憎しみに変えてしまったのだ。しかも、攻        撃タイプのセラフィムだったので、防御専門のジョーには反撃の仕様が無い。強かに殴られ、アルベル        トを引きずりだして来いとまで言われた。        「ちょっと、待ってよ!女神の死にはアルベルトは関係無いだろう?」        「うるさい!女神ヒルダは死んだのに、何故あいつは生きているんだ!?不公平だろう?」        リーダー格の天使が言うと、他の天使達もそうだそうだと同調する。        「そんなの・・・っ八つ当たりじゃないか!」        そう叫んだところで、再び殴られた。目がクラクラして、ジョーは倒れ込んだ。意識が遠くなる・・・。        ジョー!        誰かの声がした。必死で意識を浮上させ、前を見ると・・・・・そこにはアルベルトが立っていた。        倒れ込んでいるジョーを見て、アルベルトは慌てて駆け寄ろうとした。        その時・・・・。        自分を取り囲んでいた天使達が、一斉にアルベルトの方へ向かった。ジョーしか目に入っていなかった        のだろう、周りを囲まれて初めてアルベルトは驚いたように立ち止まった。困惑するかのように、天使        達の顔を見回す。        まるでスローモーションのように、ジョーの目には映った。        アルベルトの右側に立った天使が、無表情のままアルベルトの身体に、持っていた”炎の槍”を深々と        刺したのを。        「!?」        アルベルトの身体が、くの字に曲がる。刺された箇所からぼっと炎が噴出す。余りの苦痛にアルベルト        の目が見開かれる。        それが合図だった。        囲んでいた天使達が、一斉にアルベルトの身体に”炎の槍”を突き刺した。炎が噴出す。ばっとアルベ        ルトの身体から血が噴出し、あっという間に彼は血塗れになった。がくん、と崩れそうになるアルベル        トの身体を支えたのは、彼の身体に突き刺さる”炎の槍”。無理に立たされているアルベルトの瞳が虚        ろに開かれている。        ジョーは叫んだ。制止の声だったのか、アルベルトの名を呼んだのか、自分でも定かではない。倒れた        まま、アルベルトに手を伸ばす。ジョーの叫びに反応したのか、アルベルトが血塗れの顔を上げた。そ        の瞳から、今まで見たことの無い涙が伝った。ジョー、と微かに唇が動いて自分を呼んだのがわかった。        ずぼっ        アルベルトの身体から、一斉に”炎の槍”が抜かれる。アルベルトはそのまま、自分の血溜まりの中に        倒れ込む。そして、動かなくなった。天使達は、我先にと逃げて行った。ジョーは必死でアルベルトの        所まで這いずって行き、彼を抱き起こした。        ------------------アルベルトは絶命していた--------------------        「っ・・!!アル!!!!」        叫んで、抱き締める。そして、気が付く。アルベルトの身体が、細かい光の粒子になって消えていくの        を。        「あ・・っ!!ま、待って・・・・。待ってくれ!!!」        サアアアアァァァァ・・・・        ジョーの叫びも空しく、アルベルトの身体は光の粒子となって消えていった。涙が、見開かれた目から        流れ落ちる。ジョーは叫んだ。拳で、大地を叩いた。守れなかった自分を許せなかった。        それから、アルベルトを殺害した天使達は罰せられた。魔界の奥底にあるコキュートスという牢獄に繋        がれたのだった。ジョーには、長期間の休暇が与えられた。ジョーはその休暇の全ての時間を、あの湖        で過ごした。何もする気にならない。木に凭れ掛かって、ぼんやりと湖を見ているだけ。ここは、アル        ベルトと想いが通じた大切な場所。なんとか、仕事にも復帰できてからもちょこちょこと此処に来る事        が多かった。想いを振り切れなかったから。例え、逃避だと言われても構わない。そう開き直ってもい        た。誰にも分からない、自分の悲しみは。此処には確かに想いがあるのだから。そこに行く権利が自分        にはあるのだと、そう言い聞かせながら。        だから、驚いたのだ。誰かの気配を感じ取って、声を掛ける。渋々、という感じで出てきた魔族がアル        ベルトそっくりだったのは。他人の空似としても、似すぎている。思わず、魔族を捕まえる。驚いた様        に逃げようとする姿にイラ立ち、羽をもぎ取った。自分の”聖光”によって、大火傷状態の魔族を結界        中に引きずり込み、力ずくで押さえ込んだ。最中の反応もアルベルトにそっくりだった。違うのは、同        意では無い為、嫌がられていたところだけ。        そして自分を呼んだような気がして、慌てて結界内に帰ってみると魔族が苦しんでいた。一瞬、アルベ        ルトが絶命した場面を思い出す。必死で自分にしがみ付いてくる魔族が、ビクッと痙攣してして絶叫し        た。その背中から見覚えのある翼が出現する。大きく、記憶の中にあったままの姿で。        --------ああ、やっぱり君だったんだね・・・・。        あんな最期を迎えさせてしまったのに、帰って来てくれたのか。ジョーは切なくなった。        「な・・・・・な・・・・・。これは・・・・・一体?」        弱々しい呟きに魔族を見ると、混乱しきった顔をしている。無理もない、どうやら記憶は抜け落ちてし        まったらしいから。今は、休ませるのが先決だと判断する。        「今は、眠れ・・・・・。」        魔力を乗せて、囁くと彼はぐったりとなった。ジョーは彼を抱き締めた。        ------いつか、自分のことを思い出してくれるんだろうか?
       ☆009の回想編です。こうした事件は不可抗力なことも多いわけですが、009は自分が許せなかっ         たわけです。あとは、004を殺されてしまったので人間不信ならぬ天使不信になっています。仮面         をより深く被ってしまった。この事件ですっかり価値観なんかも変わってしまったわけです。純粋な         人程その程度は大きいでしょうね。女神ヒルダは結構お気に入りです。ただ、彼女が死ななければ、         004も殺されずに済んだんでしょう。そういう意味では、この話では重要な存在です。        戻る