血に染まった鋼鉄の翼
       アルベルトは目を覚ました。周りには、誰もいない。目の前に広がるのは、自分が寝ていた草原と深い        森、そして小さな湖。”あの場所”に良く似た風景。ここで目を覚ますのも、もう何回目か数える気に        もならない。そう、あの天使によって此処に連れ込まれてから何日経ったのか。身体に掛けられていた        天使の衣が、のろのろと起き上がったアルベルトから落ちていった。        此処には昼も夜もない。終始淡い光が、周囲を照らし出している。セラフィム達は、1つだけ自分の空        間を持てるらしい。所謂、家のようなものであるようだ。彼は、アルベルトが目を覚ます時は大抵いな        い。”仕事”に行っているらしい。そして、何時間かすると此処へ帰ってくるのだ。そして、迷うこと        なくアルベルトに手を伸ばしてくる。どんなに逃げても、抵抗しても圧倒的な力の差には叶わない。捕        らえられてしまえば、身体の中まで焼かれるだけだ。ただし、此処では彼の”聖光”も弱まるらしく最        初に感じた程の苦痛がないが助かったところだが。そうでなければもうアルベルトはもう消滅してしま        っている。彼とは、レベルが違いすぎるのだから。        最初に此処で覚醒した時もそうだった。目を開けると、先程と同じ風景。思わずさっきの出来事は幻か        と勘繰る。        ズキィッ        だが、身体に残る痛みが幻ではないことをアルベルトに伝えていた。恐る恐る背中を見ると、やはりと        いうべきなのか羽はもぎ取られたことがハッキリとわかる痕跡を残している。そして気付く。”彼”が        ・・・自分を捕らえた天使が・・・こちらをじっと見ていることに。アルベルトの覚醒を確認したらし        く、立ち上がってこちらに近づいて来た。        アルベルトが感じたのは、純粋なる恐怖だった。”死神”たる自分がこんなに恐怖に震えることしか出        来ないなんて、信じられない。逃げようとしたが、聖光に痛めつけられた身体は動かなかった。彼は1        言も喋らず、アルベルトを押さえつけた。        「?」        これ以上なにをする気なのか、アルベルトには皆目見当も付かない。ただただ、彼を怯えた目で見るこ        としかできなかった・・・・・。        あとはもう散々翻弄された挙句、強引に身体を貫かれた。アルベルトの罵声が悲鳴に抵抗が逃亡に拒絶        が哀願に変わる。そういう行為が人間達のように、自分達にも可能なことは知っていた。だが、自分に        降りかかってくるとは思わなかった。それが終わりではなく、単なる始まりに過ぎなかったのをアルベ        ルトは痛感する。彼は毎日のように、アルベルトに手を伸ばしてきたからだ。        この光の空間で、そういう行為を続けていたら闇に属するアルベルトは消滅してしまってもおかしくな        い。それが何故まだ消滅を免れて、存在しているのかといえば・・・・・。彼は決まった周期で、アル        ベルトにある木の実を与えてくる。それは魔界には珍しくも無く生えている木の果実であった。この実        には、アルベルトの属性である”聖闇”がたっぷりと含まれている。それを摂取することによって、皮        肉にもアルベルトはなんとか存在し続けているのだ。それでも弱体化しているのは否めないが・・・。        目覚めてから、どのくらい経ったのかアルベルトはふとこの空間自体が揺れるのを感じた。主たる彼が        此処に帰ってきたのだ。この空間は、彼を喜んで迎えた。アルベルトは気だるい身体を叱咤しながら、        立ち上がって森の中へよろよろと逃げ込む。どうせ彼からは逃げ切れないのだが、それでも抵抗も無        く彼に捕まりたくは無い。一種の意地である。木々を伝って歩いていたが、とうとう立っていることも        出来なくなり、アルベルトは倒れ込んだ。        その耳に届くのは、翼の羽ばたく音。        彼が現れる合図。        残酷な時間の始まり。        憔悴しきったアルベルトを抱え、元の場所に戻る。そして、アルベルトの口元にあの木の実をあてた。        だがアルベルトは拒絶の意を使えるかのように、口を開かない。アルベルトは消滅を望みつつあったの        だ。もちろん、彼もそれには気付いている。だから彼はアルベルトの顎を掴んで、力任せに口を開けさ        せて木の実を含ませる。木の実から”聖闇”がアルベルトの身体にゆっくりと染み入ってきた。木の実        を摂取し尽くすまで、顎から手を離してもらえなかった・・・・。アルベルトが1息つくと、それを待        っていたかのように彼がいつものように手を伸ばしてきた。抵抗もできないまま、アルベルトは目を静        かに閉じた。いつもの、行為が始められた。        外の世界から隔離されたこの空間に、一体いつまで此処にいなければいけないのか。そう思いながら、        アルベルトは周りを見渡した。それ以上に気になることがある。羽のことだ。1度、獣魔と闘って羽を        もがれてしまったことがある。その時は1〜2週間ぐらいで生えてきた。だが、まだ羽は生えてこない。        此処が苦手な天界に属する場所にいて、毎日のように体力を消耗していることを差し引いても羽の生え        てくる速度が遅すぎる。生えてくる前兆すら伺えない。羽が生えて、魔力が復活すればもう少し楽にな        る。そればかりか、彼がいない時に魔力を使ってここを脱出することもできるかもしれない。流石に彼        がいる場合は、逃げることはできないだろうが・・・・・・。アルベルトは毎日、羽の生えてくるその        時を待ち望むようになった。        「?」        ある日、アルベルトは背中に違和感があるのに気が付いた。この違和感は、覚えがある。羽が生えてく        る前兆だ。とうとう、羽が復活する時がきたのだ。今日中には生えてきそうだ。後は、彼に羽が生えて        きたことを隠しておけば、脱出のチャンスが来る!アルベルトは久し振りに嬉しくなった。        ところが・・・・・・・・        「!?」        背中から激痛が走った。この痛みは尋常ではない。彼に焼かれた痛みすら些細なことだと思えるほどだ        った。        「!!!!!!!!!!!」        痛い、痛い、いたい、いたい、イタイ、イタイ!!!        背中の肉がぼこぼこと蠢くのが分かった。この前、羽が生えてきた時はこんな激痛はなかった。アルベ        ルトは声も出せずに、蹲った。背中の肌をまるで食いちぎろうとせんばかりの・・・痛み。自分の身体        を抱き締めるように、腕を交差させて自分の腕を掴む。掴んだ手に力が入る。        タスケテ・・・・・・・ダレカ・・・・・・・○○○!!!        苦しい意識の中、縋るように脳裏に浮かんだのは・・・・・仲間の誰でもなく、彼だった。その途端、        空間が揺れた。彼が帰ってきたらしい。アルベルトの場所に、慌てたように現われた。苦しむアルベル        トを自分の胸に縋りつかせる。もう、細かいことなど考えられない状況であるアルベルトは必死で彼に        しがみ付いた。背中の激痛はますます激しくなり、背中の蠢きもますますひどくなる。        ぱんっ        何かが弾ける音をアルベルトは聞いた。        「−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−っ!!!!!!!」        絶叫が上がる。その瞬間、アルベルトの背中から翼が出現する。アルベルトの血に染まった翼は、まる        で脱皮をする蝶のようにズルズルと空に向かって伸びていく。アルベルトの身長よりも大きいのではな        いかと思われる翼。ようやく痛みが一段落したアルベルトは、彼の視線を追って羽を見た。否、それは        魔族の羽ではなく天使の翼だった。しかし、彼のように白く鳥のような柔らかさや暖かさのある翼では        なかった。自分の背中に生えた翼は銀色をしていた。まるで、薄い金属を重ね合わせたような、機械的        な・・・金属的な翼。呆然としている視界の中で、その翼は広がった。鳥が飛ぶ直前のような動きで。        そして、その翼から上に一対の翼、下に一対の翼がスライドしたように現われた。合計6枚の翼がアル        ベルトの血に濡れた状態で、広がっている。        「な・・・・・な・・・・・。これは・・・・・一体?」        呟くアルベルトを抱き締めている彼の腕に力が込められる。思わず彼を見ると、今まで見たことの無い        悲しげな微笑みで銀色の翼を見つめていた。滅多に喋らない彼が、アルベルトに囁く。        「今は、眠れ・・・・・・。」        その言葉に魔力がこもっていたらしい。アルベルトは急激に意識が薄れていった・・・・・。        自分の腕の中で、先程まで苦痛に強張っていた身体がぐったりと力を失って崩れ落ちる。天使の自分が        魔族のアルベルトをこうやって囲っているのは、大変な重罪だ。分かっている、分かってはいるのだ彼        とて。それでも彼の人物かどうか確かめるまで、手放す気は無かった。だが今日、確信が持てた。持っ        た以上、やはり手放せない。        「やっぱり君だったんだね・・・・・・。会いたかったよ・・・・・アル・・・・・。」        彼は、アルベルトを抱き締めた。        続く
       ☆お疲れ様です〜(私ってこればっかりですね〜)。起承転結の「承」の部分にあたるお話でございます。         この翼が生えてくるシーンが書いてみたくて、この話を考えました。そうそう、此処の009は無口         です。004に対してもそうで、作中009のことを「彼」と書いているのも、009が自分の名前         を明かしていないから。004にしてみれば、どうして009に捕まってこーいう行為を強要される         のか分かってないんですが。此処の009は”ある事件”によって本当の心は閉ざしています。上辺         は愛想がいいんですけど。次は009の回想話になります。何故004の名前を知っていたか、愛称         で呼んでいたかという謎って程ではありませんが、まあ明かしていこうと思っています。        戻る