それは苦悩の末に










 
望み


          その日の激務を終え、ゼロは自室に引きこもった。
          ベットに腰掛、彼はおもむろにその仮面を脱ぐ。現れたのはクセのある栗色の髪と、深い緑色の瞳を持
          つ青年の顔だった。最早公式には死んだとされる、皇帝ルルーシュの忠臣「ナイトオブゼロ」でもあっ
          た枢木スザクである。
          この10年、ナナリーを支えてずっと生きてきた。ゼロとして。幼馴染が自分の命と引き換えに世界へ
          もたらした平和を維持する為に。事情を知っている者達に、自分達の前ではスザクに戻って良いと言わ
          れたが、スザクは寝室以外では絶対にその仮面を外さなかった。それは幼馴染のあの者に対する、スザ
          クのケジメでもある。
          厳重に鍵をかけている引き出しから、スザクは1枚の写真を取り出した。その写真はアッシュフォード
          学園の生徒会で行った慰安旅行でとったものだ。浴衣を着て、皆嬉しそうに笑っている。だがその中で
          3人はもうこの世にはいない。

          シャーリー
          ルルーシュ
          そしてライ。

          スザクは窓から外を見つめた。青白い満月の光が、優しくスザクの部屋に降り注ぐ。



          ゼロレクイエムを実行したあの日。スザクは打ち合わせ通りゼロに扮し、ジェレミアを押しのけてルル
          ーシュの前に降り立った。全て予定調和だった。ルルーシュの隣にライが立っていた以外は。ライはゼ
          ロレクイエムの事を知らない。
          この時点でおかしい、と思えば良かったのだ。普段ならライがルルーシュを害する者を、許そうとはし
          ない。だがルルーシュの前に飛び出すでもなく、ただぼーっとその場に立っていた。だがその時は一杯
          一杯で、ライの存在を目の端に留めるぐらいだった。銃を跳ね上げ、渾身の力を込めて剣を突き出す。
          その瞬間、ルルーシュがふっと笑った。その後の行動は素早かった。ライの腕を引っ張り、抱きしめた
          のだ。えっ!?と思う暇も無い。自分の突き出した剣は、ライの背中に深々と突き刺さった。衝撃にラ
          イの身体が弓なりに反り返る。悲鳴は聞こえなかった。ルルーシュが片手でライの頭を固定している。
          彼の悲鳴はルルーシュの唇の中に吸い込まれていったようだった。身体が逃げをうち、両手がルルーシ
          ュの身体から離れようと、肩に手を回すのが見えた。ライの頭と身体を拘束している、ルルーシュの腕
          に更に力が篭もる。
          剣はそのままライを貫き、当初の予定であったルルーシュの身体をも貫いた。ルルーシュはライから顔
          を離すが、両腕はライに回ったままだ。ライの顔を自分の左肩に押し付け、口から血を吐きながら勝ち
          誇ったように笑う。その笑みのまま、声を出さずにルルーシュはこう言った。
          (ゼロ、お前にライは渡さない)
          隠していたつもりであったが、ルルーシュには分かっていたのだ。自分がライに恋焦がれている事を。
          衝撃を隠せぬまま、2人の身体から剣を引き抜く。栓の役割を果たしていた剣が抜けて、ルルーシュと
          ライの白い装束が、彼ら自身の血で赤く染まっていく。ルルーシュの装束は自身とライの血で、ライの
          装束は自分とルルーシュの血で。2人の血は混ざり合い、白い用意された舞台をも赤く染めていく。力
          無くルルーシュに倒れこむライを支えきれず、ルルーシュもまた赤くなった舞台に倒れこむ。ライの顔
          を肩口に押し付け、腰に腕を絡ませたまま。ルルーシュは最期まで、ライの顔をスザクには見せなかっ
          た。


          あの時のショックは今でも忘れられない。スザクは唇を噛んだ。スザクがライに最初に持ったのは、保
          護欲だった。いつも不安そうに、それを隠そうとしている不安定さがどうしてもほおってはおけなかっ
          た。姿を見れば声を掛け、笑顔で話かけてその不安を取り除こうと努力した。その想いが恋愛感情にま
          で発展してしまったのは、いつだったのだろう。気がつけばシャーリーのように、心をときめかせなが
          らライを目で追いかけていた。ライが自分に笑顔を向けてくれるのが嬉しかった。だが気がつけば、ラ
          イの傍らではいつもルルーシュが寄り添うようになっていた。同じクラブハウスに住んでいる者同士で
          仲良くなっていたんだろうとしか思っていなかった。正直、あのルルーシュがライを愛することなど思
          ってもみなかったのだ。彼らの間に流れるその感情にハッキリと気がついたのは、皮肉にも宝物になっ
          てしまったこの写真を撮った、慰安旅行での花火を見に行った時だった。
          花火を見てはしゃぐ自分達から少し離れてライは立っていた。それに気づいて振り向こうとした時、ル
          ルーシュがさり気なく自分達の輪から抜け、ライに近寄る。どこか不安げに揺れる瞳で見つめるライの
          隣にルルーシュは陣取り、優しい手つきでライの頬を撫でていた。ライは拒絶するどころか、恥ずかし
          そうに目を細め自分の頬を撫でるルルーシュの手の甲に自分の手をそっと添える。
          ああ、そうか。
          自然にそう思った。ライが選んだのは自分ではなく、ルルーシュだったのだと。そしてライはルルーシ
          ュのものであり続けた。だからこそスザクはゼロレクイエムが終わった後、ライを支えてあげようと色
          々画策していた。いや、そんな綺麗なものではない。ライの心を自分のものにしてしまおうと思った。
          ライの最愛のルルーシュはもういない。優しさというもので、つけこもうと思っていたのだ。自分でも
          呆れるぐらい人でなしだと思ったが、ライを手に入れられるチャンスに心は躍っていた。
          だがルルーシュはそれを悟り、ライを道連れにしたのだ。スザクが永遠にライに手を伸ばせないように。
          憤慨した、激怒した。自分の勝手な我侭で、ライの意思を無視してまで連れて行ってしまったルルーシ
          ュに。思い出してみれば、あの時のライの瞳に赤い光が宿っていた。ギアスだ。ルルーシュはライにギ
          アスをかけて、抵抗もさせなかった。あのギアスが解けたのは、多分自分がライを貫いた時。ライが生
          きようとしても、もう無駄な足掻きでしかない。許せなかった・・・・・・つい最近までは。


          ロイドがナナリーに差し出したのは、端末だった。皇帝となったルルーシュが盛んに何かを書き込んで
          いたらしい。だが画面を見ても、高度にアナグラムされていてとんと内容が分からないものだった。だ
          がナナリーはそれを受け取った。表向きは処分する為だったが、ナナリーにしてみれば最愛の兄の残し
          たものが手元に残ったことになる。欲しくないわけはない。あの絶命の時、ギアス所有者2人の断末魔
          が作用したのかナナリーはゼロレクイエムの全貌を知っていた。だから彼女にとってルルーシュは最愛
          の兄のまま。
          ある日ナナリーはその端末を誰もいないところでスザクに渡した。困惑する自分に、悲しげに目を歪め
          て「読んで下さい」と言った。流石はルルーシュの妹といったところか、誰にも読めなかったその内容
          を彼女は見事に解き明かしてみせたのだ。

          端末に書いてあった内容、それはライに対するルルーシュの苦悩だった。生き延びてナナリーやゼロを
          支えて生きて欲しいと願う理性と、ライを誰にも渡したくないと喚く感情とのせめぎ合い。その葛藤は
          驚く事にゼロレクイエムの当日まであったのだ。そしてパレードが始まるほんの少し前に、一言入力さ
          れていた。
          ”すまない、ライ”
          と。この時点でライにギアスを掛けていたかどうかは分からない。最愛だった妹の手を離し、その手に
          憎悪を抱きしめて死んでいくことしか出来ないルルーシュが、どうしても手放せず欲したのがライだっ
          たのだろう。ルルーシュもあの道連れが、ライにとって残酷だという事も分かっていたに違いない。そ
          れでも諦められなかったのだ。それは悲しい、哀れな姿。スザクはそのルルーシュの苦悩に、知らず涙
          を零した。たとえその方法が間違っていたとしても自分の為ではなく、妹の為他人の為に生きてきた彼
          が唯一欲した最期の我侭。だがそれは狂愛とも呼べるものだ。ライはあの瞬間、何を思ったのだろう?

          ルルーシュとライの遺体は、焼かれてしまった。焼くという行為が、ブリタニアの風習の中では異常で
          はあった。最初は見せしめに野ざらしにするかという話が出たのだが、カレンやナナリー果ては天子が
          それに反対した。神楽耶も不快感を隠さなかった。そして皇帝ルルーシュを倒した”英雄ゼロ”が反対
          した事により、焼いて何もかも塵芥にしようという事になったのだった。何も知らない者から見れば、
          ライとて暴君であった皇帝ルルーシュの片腕。憎悪の対象になり得た。


          あの頃は憤慨していて気がつかなかったが、ルルーシュがライの最期の表情や悲鳴をスザクに見せなか
          ったのはスザクの罪悪感を少しでも和らげようとしたのではないか?ルルーシュはスザクのライに対す
          る想いを知っていた。知っていた上で、スザクにライを自分ごと殺させたのだ。それは許されざる事で
          はある。テレビ中継をしていた為に、後々スザクはライとルルーシュをゼロとして殺す映像を見せられ
          たのだが、どの画面でも死に行くライの表情は写っていなかった。ライの元々長い前髪や、ルルーシュ
          の手で身体でその表情は隠されていた。偶然ではない、ルルーシュが計算をして、そのようにしたのだ。
          ルルーシュは分かっていたのだろう、ゼロがライと自分を殺す場面を見せられるという事を。だからこ
          そ、隠した。
          バカだ、君は。
          本気でそう思う。自分より頭の良い幼馴染だったが、最期まで他人に気遣いをして。ライを連れて行っ
          てしまった事は許せないが、彼のその不器用な思いやりには頭が下がる。


          スザクはベットに寝転がる。明日も激務が待っているので、早く寝ようと思う。休暇を取れと周囲は言
          うが、スザクは1日も取らない。それは未だに心があのゼロレクイエムを引きずっているからだ。休め
          ば考えてしまう、思い出してしまう。だから休めない。きっとそれは続くのだろう、永遠に目を閉じる
          その日まで。彼らの元に逝くまでは。

          やがてベットに潜り込んだスザクから、微かな寝息が響く。

          そして青い満月は、スザクが見上げた時のまま優しく照らし出していた。


          ★おいおいこれじゃルルーシュは歴史書に「ホモ皇帝ルルーシュ」と記されてしまうわ、と思いながら            書いていました。童貞じゃないよ、ライがいるからね!(下品だぞ)書いている長編とはまた別の結末            です。副題は「ルルーシュの最期にして唯一の我侭〜スザク大迷惑」で決まり!   戻る