今だけはその温もりに縋りたかった
抱擁2
ユーフェミアを殺した。
この手で。
「どうして・・?」と問いかけながら倒れていく彼女。
狂わせたのはギアスの力。
いいや、自分のせい。
マオのように、自分までON・OFFが出来なくなったなんて思いもよらなかった。
それも言い訳だ。
スザクとの道も、今度こそ途切れてしまう。
「王の力は孤独にする」とは良く言ったものだ。
クスリと笑うと、声がかかる。
「どうした?ルルーシュ?」
自分にこの力を与えた魔女CC。なんでもないと首を振ると、目を細める。
「作戦までに少し時間がある。お前、ちょっと外でも行って来い」
CCの意外な言葉に目を丸くする。
「少なくともナナリーの安全の事を考えるならな」
そっけないが、暖かい言葉。CCなりに責任を感じているのだろう、ギアスの暴走で今の絶望的な状況
を作ってしまったことを。なら、こういう結果が待っているならば何故教えてはくれなかったのか、と
いう感想を持ってはいるがドジを踏んだのは自分だ。自己満足だろうが、自分の力の暴走で日本人を虐
殺していくユフィを見ていられなかったのだ。だから撃った。撃った自分も痛く苦しかったが、ユフィ
の痛みに比べれば微々たるモノだ。
「分かった、少し外に行って来る」
ルルーシュはそう言って、ガウェンからそっと抜け出した。フォローはCCが上手くしてくれるはずだ。
流石にゼロの姿で歩くわけも行かず、着慣れた学生服を身に纏ってルルーシュはアッシュフォード学園
に向かった。人気のない場所を選んで歩いていても、学園の中が騒然としているのがひしひしと伝わっ
てくる。怯えているのだ、今までのしっぺ返しをくらいそうになって。
と、ルルーシュの瞳に長い髪がふわりと揺れたのが写った。
(ユフィ!?)
思わず固まって突っ立ってしまう。そんなはずはない、彼女は殺した。殺した、自分が。
「ル・・・・ルルーシュ・・・?」
彼女とは違う声で、違う瞳でこちらを伺っているのはシャーリーだった。ピンク色に見えたその髪は、
シャーリーの亜麻色になっている。薄い紫に見えたその瞳は、薄い緑色に。
(シャーリー)
そう心の中で呟くと、自分の心の中に激情が走った。しかしシャーリーはこちらを見て、肩をいからせ
ズカズカと近づいてくる。多分ナナリーが心配していると、怒るつもりなのだろう。相手から近づいて
来るのを良い事に、ルルーシュは己の激情のまま行動を起こした。口を開こうとするシャーリーを、抱
きしめる。完全に虚をつかれたのか、シャーリーは一瞬固まっていた。
あの成田の時と同じ温もりが伝わってくる。その暖かさにルルーシュは不意に涙腺が緩んだ。が、耐え
る。自分が泣く権利などないのだ、ユフィの喪失は。
「え?え?・・・え・・・・???」
困惑した声が自分の腕の中からしている。それと同時にルルーシュから離れようとしていた。それを腕
に少し力を加える事で阻止する。分かっているのだ、シャーリーにしてみれば赤の他人も同然な男にこ
うやって抱きしめられたって迷惑なのだということは。それでも、今だけは脳裏に残るシャーリーの笑
顔とこの現実の温もりに縋っていたかった。
・・・・・・なんて弱い。ルルーシュ・ランペルージは
自嘲に思わず苦笑すると、背中にか細い少女の手が回されていた。思いもよらぬシャーリーの行動に驚
いて、身体がビクンと跳ねた。するとそれに驚いたのか、彼女の暖かな腕は自分の背中から離れていく。
思わず身体が跳ねた事を後悔しながら、ルルーシュはシャーリーを抱きしめていた。やがておずおずと
もう一度彼女の手が背中に回り、ルルーシュを抱きしめている格好になる。思えば母が死んでから、こ
うやって抱きしめてもらった事はない。だからだろうか、自分の心に子供のような安心感が生まれてき
た。シャーリーは、彼女は何を思って自分を抱きしめてくれたのだろう?そう思いながら、縋った自分
に彼女が返してくれた抱擁は嬉しかった。
・・・・・・俺は弱い。だがこの温もりだけでも、これから歩いていけそうだ。
それも弱さかもしれない、弱い事は悪い事ではない。だが自分は強くなければならない、自分は組織を
人を統率する身なのだから。リーダーが迷えば部下も不安定になる。無駄な死を強制する事になるかも
しれない。そんなリーダーは無能だ。
いつまでもここでシャーリーを抱きしめているわけにはいかない。ルルーシュは断腸の思いで、シャー
リーから腕を離して彼女を解放した。目が合った時、シャーリーが驚いたように目を見開く。
「ルルーシュ・・・?」
大分困惑した声。まじまじと自分を覗き込んでくる。
「どうしたの・・・?体の調子が悪いの?」
「いや・・・・・なんでもない。大丈夫だ。」
悪いのは体ではない、精神状態だった。これからの自分の進路を改めて思い出し彼女を見る。住む世界
が完全に違ってしまうシャーリー。きっとこれまでもこれからも自分にとって、眩しい世界の住人。
「ル・・」
「ここももう安全でなくなるかもしれないから、早く避難した方が良いぞ、シャーリー」
「だったらルルーシュも一緒に。」
「俺はちょっと用事があるから、後から行くよ。悪いけどナナリーを頼めるかい?」
すまない、嘘を重ねていく俺を許してくれ。心の中でそう思いながら、ルルーシュはナナリーの事を口
にした。一瞬溜息らしきものを漏らしてから、シャーリーはおどけてこう言った。
「それは別に平気よ。・・・・ちゃんと後から来るんでしょうね。」
記憶の中のシャーリーと今の彼女がオーバーラップして、思わずルルーシュはクスっと笑った。自分で
は苦笑に近い笑いだったが、シャーリーはその事については何も言わなかった。
「分かったわ、ルルーシュを信用してあげる。」
「それはどうも、光栄だな。さ、早く行け。」
「うん、また後でねルルーシュ!」
「ああ・・・・・また・・・・後で。」
もう「その後」はもうないけれど。ルルーシュは踵を返して走っていくシャーリーを見つめた。自分の
手から去っていく、偽りであっても優しい世界。その象徴でもあったシャーリーが、去っていく。
「さよなら。」
その温もりと彼女と数少ない自分の大切だった友人達へ。我ながら女々しいが、さっきの温もりの記憶
があればこれからも修羅の道を歩いていけそうだ。
ルルーシュは踵を返し、シャーリーと反対の道を歩き出した。
★抱擁、ルルーシュ視点でした。ちょっとルルーシュが女々しいですが、ユフィの殺害をそう無視でき
る性格でもないから、良いかと自分を納得させてみました。本編じゃあ、もう絶対に望めないルルシ
ャリですが、やっぱり大好きです。
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