狂気の月
       暗い森の中。
       004は、走っていた。
       まるで、何かから逃げるように。
       否
       逃げているのだ、実際。
       気配を感じ取り、木の後ろへと隠れる。
     
     
       現れたのはかけがえのない仲間であるはずの1人。
       サイボーグ009。
       島村ジョー。
       何かを、誰かを探すようにきょろきょろと辺りを見回す。
       004は息を潜め、気配を消す。ここで見付かったら、一貫の終わりだ。彼の、彼だけが持つ加速装置
       に叶うわけがないから。009が完全に視界から消え、気配も消えるまで待つと004は009が行っ
       た方向とは反対の方向に走り出した。
               ----------------なるべく、気配を消して----------------------
       009に、何が起こったのかも何故こんなことになったのかも分からない。今はそんなことを考えてい
       る状況ではないのだ。今、しなければならないこと。それは・・・・009から逃れることだけだ。
       空には、狂気を司るという月がぽっかりと浮かんでいる。


       それは、一瞬だった。
       自分の目の前に現れた人影が、あっという間に004を殴り倒した。すぐ起き上がろうとする身体を、
       信じられないような力で押さえ付けられる。
       「・・・・00・・・・9・・・・・。」
       004の瞳に、狂気の月の光を背にして自分の身体を押さえつけている009が映る。
       「・・・・・やっと、捕まえた。・・・・・どうして逃げるの?ねえアルベルト、どうして・・・?」
       笑う009の瞳の奥に、狂気の光が宿っている。004の身体に、本能的な恐怖が駆け巡った。
       「・・・・っ離せ!!!009!・・・・・離せって!!!」
       暴れる004を、さっきよりも強い力が押さえ付ける。
       「駄目だよ、離したら君はまた僕から逃げるだろ?」
       「当たり前だ!」
       「じゃあ、離さない。」
       「っ!!!!」
       ガガガガガ!
       本能的な動作だった。004は、咄嗟に009に向けて右手のマシンガンを撃っていた。だが、009
       の人工皮膚はマシンガンぐらいではビクともしない。肩を押さえ付けていた左手を、004の右手にか
       らみつかせる。
       「?」
       「悪い手だね。この僕を撃つなんて。」
       「!」
       ギリギリと004の右手が圧迫されていく。009は笑ったままだ。
       「こんな悪い手は・・・・・潰しちゃおうね、アルベルト?」
       「!!!!!」
       バキィ!!!
       004の右手は、009の左手によって・・・・・砕かれた。
       「−−−−−−−!!!!!」
       声にならない悲鳴が、響く。009は、笑ったまま。
       「そうだ・・・・。左手も悪さをしないうちに潰しちゃおう、良いよねアルベルト?」
       「止めろっ!!止めてくれ!!」
       004の台詞が聞こえないのか、009は自分の右手を004の左手に絡みつかせる。
       そして・・・・・・。
       バキッ ボキボキボキ
       鈍い音がして、左手も潰される。痛みの為、息も絶え絶えの004の頬に優しく手を当てる。
       「痛い?アルベルト?」
       004は答えられない。だが、009を避けるように身体を動かそうとした。009の表情が、一瞬強
       張る。が、すぐに笑顔に戻る。
       「まだ、僕から逃げるの?悪い人だね、アルベルトってさ。」
       009の瞳の中の狂気の光が、ますます濃くなる。009の両手が、004の首に掛かった。
       「僕から逃げるんなら・・・・・。こうしちゃおうかな?」
       ギリギリと首を締める手に、力が入る。004の身体が、自然に抵抗しようとバタバタ暴れだした。し
       かし、身体は動かない。
       息苦しさから歪む視界で、自分の首をしめる009の笑顔が映る。月光と相まって、009の瞳の奥の
       狂気の光を感じながら、004は意識を失った。


       夢。
       夢を見ていた。
       ヒルダが、笑っている。それだけで、心が満たされた。手をのばして、彼女に触れようとするとその姿
       はグニャリと歪んで、違う人物に変わっていく。
       濃い栗色の髪の色はそのままに・・・・現れたのは。
       009だった。


       「!」
       004は飛び起きた。・・・つもりだったのだが、身体は動かなかった。ついでに、覚醒と同時に両腕
       の痛みを感知する。
       「!?」
       腕を動かそうとして、悟った。・・・・肩から肘にかけての人工骨を、砕かれていたのだ。なんとか、
       首だけを動かして、足元を見る。
       「!」
       ベットに寝ているらしい全裸の自分の足元で、009が椅子の背を前にして腰掛けて、こちらを見ていた。
       「あ、気が付いたのかい。アルベルト。」
       そう言って立ち上がる。
       「009・・・。此処は・・・?」
       「どこだって良いじゃん。」
       009は004の疑問をあっさりと流した。そのまま、004に圧し掛かって004の顔を両手で包み
       込む。にっこりと笑って、無邪気に言い放つ。
       「あ、安心してね。足のマイクロミサイルは危ないから、ちゃんと外しておいたよ?」
       さりげなく、004の武装解除が終っていることを告げる。004は、青くなった。両手、両腕は潰さ
       れ、ミサイルも撃てない。・・・・・攻撃は封じられた。
       「・・・なんだって・・・・こんなことするんだ・・・」
       普段の004からは、想像できないようなか細い声。だが、009は答えない。替わりに、004の首
       に手をずらす。先程の行為を思い出して、004の身体がビクリと揺れた。
       「あーあ。跡ついちゃったねえ、首のところ。・・・でも何だか首輪でも着けているみたいだ・・・。」
       くすくすと笑う。
       「でも、僕安心したよ。」
       「?」
       「アルベルトってさ・・・”する”ことも”される”こともできるんだね。」
       台詞の中に覗く、きわどい意味。それが解らないほど、004は青くない。
       「なんだよ、お前。どうしちまったんだ?」
       口惜しいことだが、004は声の震えを押さえることが出来なかった。009は、またしてもにっこり
       と笑う。その瞳の中に、先程見た狂気の光が見え隠れしていた。
       「別に。僕はアルベルトが好きだよ?それは、初めて会った時から変わらない。・・・・・悪いのはア
       ルベルトの方なんだからね。」
       「なんだ、それ?・・・・・俺がお前に、何したっていうんだ。」
       「自覚がないのが、ヒドイよね。」
       呟いて、009は004に覆いかぶさっていく。
       「ねえ、アルベルト?ちょっと僕につきあってね。」
       009の言葉の意味を悟った004は、無駄と知りつつ叫んだ。
       「離せっ!!!・・・・・・嫌だっ!!!」



       009はゆっくりと、身を起こした。彼の下には、004が気を失っている。身体には、生々しい暴力
       の跡。それを、指で辿りながら009は笑い出した。
       「くくくっ・・・ははっ・・・・・・あはははははははは!」
       笑い顔とは反対に、瞳からは涙が溢れ出す。009は、004の身体を起こして強く抱き締めた。まる
       で、縋りつく子供のように。
       「好きだよ、アルベルト。大好きだよ。・・・・・・だから、側にいてよ。僕の側に。」
       004は、反応を示さない。
       「僕には、君が全てなんだ。・・・置いていかないで・・・・”死”という形で、僕を置いていかない
        で・・・。お願いだから・・・・。」
       004が”死”を望んでいると、分かったのはいつだろう?彼は、いくら自分が止めても”その時”が
       きたら、迷いもなく死ぬのだろう。自分の存在とは、彼にはその程度なのだ。そう思うと009はいて
       もたってもいられなくなった。逃げる004の姿を求める内に、彼への思いが自分の中で、狂っていく
       のを自覚した。そして・・・・止まらなくなった。自分を1番頼りにして、信頼してくれた004の思
       いを踏みにじる形で、無理矢理抱いた。
       だが・・・・・・。
       「許さない、許さないよ。僕から離れるなんてこと、絶対に許さない。君は、僕のものなんだから!
        これ迄も、これからも。そうだよ、ずっと此処にいるんだ。そうさ!僕と一緒に。」
       009は、004を抱き締めたまま笑い続ける。・・・涙を零しながら。



少年の狂気の笑いが、響き渡る。
青年は狂気に飲み込まれた。
空には、狂気を司る月がぽっかりと浮いていた。

       ☆暗い・・・・。だから、何回も警告したんですから石投げないで〜(泣)004が表の腹黒さんの相手         するより、ヒドイ目にあってます。人が狂気じみた行動に出るのには、原因があると思っています。0         09の場合は、004を想うあまりってトコでしょうか。大事な人には死んで欲しくないですから・・。        戻る