時、来たる




 








到来

          それからが大変だった。ルルーシュに言われて密かに進めていた、連盟は無事にあいなった。そして神
          楽耶からは、日本奪還の要請を受け動き出す。
          ライはルルーシュに頼まれて、九州での戦いにまわる。それは神楽耶を守る為でもあり、戦闘が激化す
          るのは必至だったからだ。星刻は優秀で、頭も回るしナイトメアの操縦技術も素晴らしい。だが彼は病
          を患っており、あまり無理は出来ない。
          (条件は僕も同じなんだけどな)
          ライは心の中で苦笑する。無理にポテンシャルを上げられた結果、ギアスの暴走で蝕まれていた寿命が
          更に食い潰されている。それをルルーシュは知らない。知って欲しくもなかった。そしてそれを知って
          いるのはCCだけなのだが、彼女は子供のようになってしまっていた。
          (運が良いのか悪いのか、判断に迷うな)
          戦闘では予想通り、ラウンズが連なって出てきた。やはり最強と謳われたラウンズ・ワンの実力は凄ま
          じく、かの星刻も苦戦している。だがこちらもラウンズ・テンの相手に忙しく、手が出せない。方法を
          選ばない相手は、かなりやりにくい。こちらの想像や予測を遥かに越えてくるからだ。案の定、味方の
          船をこちらにぶつけて来ようとしたりして、ライは防衛に専念せざるを得なかった。



          フェイクの戦いでもあるこちらの戦闘は、あっさりと終了した。東京租界で新たに戦闘が始まる。
          (ルルーシュ、大丈夫かな)
          ルルーシュからは東京への移動命令は出ていない。勝手に動く事も出来ずに、ただイタズラに時が流れ
          ていく。だがそれも表情を固くした神楽耶の訪問によって、打ち破られた。
          「良くは分かりません。ですがフレイヤという新兵器を投入されて、租界は大ダメージを負ったようで
           す」
          「フレイヤ・・・・ですか」
          「はい。黒の騎士団、ブリタニア軍の両方に甚大な被害があったようです」
          「あの・・・・ゼロは無事なのでしょうか?」
          「一応は・・・・。ですがナナリー総督が、フレイヤによって亡くなられたようです」
          「なんですって!?」
          ライのあまりの驚き方に驚いたのだろう、神楽耶がビクッと身体を震わせた。
          「あ・・・申し訳ありません。驚いてしまって・・・・」
          「いいえ、構いません。普通驚かれるでしょう。なのでライお願いがあります」
          「はい、なんでしょう」
          「月下で先行して、様子を見てくれませんか?モチロン、ゼロ様の命令があればそれに従って下さい」
          「良いのですか・・?」
          「ええ、アナタも右腕としてゼロ様が心配でしょう?ただ良い報告もあります。カレンさんがこちらに
           戻ってきたそうです」
          ライの表情がパッと明るくなった。カレンが捕虜として捕らえられてから、ずっと心配していた。だが
          大丈夫のようだ、と安心する。
          そして神楽耶の命という動く為の名分ができたライは、さっそく月下に乗ってゼロのいる斑鳩に向かっ
          た。



          だが斑鳩は喧騒と怒号にまみれていた。不思議に思いながら、月下を降りると扇が駆けつけてきた。
          「ライ!」
          「扇さん、これはいったい・・・?」
          問うと扇は滔々と話し始めた。
          シュナイゼルによってもたらされたもの。
          ギアス
          ゼロの正体
          自分達はゼロに操られていたんだと、普段の穏便さをかなぐり捨てて扇は話す。ライの顔色がどんどん
          悪くなっているのに気がつかないらしい。
          「これらの事知っていたか、ライ」
          「いいえ、僕も知りませんでした」
          咄嗟に嘘をつく。ギアスにかかればそんな疑問すら持てないという事実に彼らは気がつかない。それだ
          けシュナイゼルの話術が巧みだったのだろう。
          「で、ゼロはどうなったんですか?」
          「ロロが蜃気楼で助けて逃亡した。が、反応は消えている」
          ロロはルルーシュにかなり固執していた。扇達は多分、ルルーシュを殺そうとしたのだろう。そんな状
          況でロロが動かないはずはない。自分がいれば、同じようにしてルルーシュを助けたのは間違いない。
          ライは月下に戻ろうと、扇達に背を向ける。
          「ライ、何処へ行くんだ?」
          振り返りできるだけ冷たい表情をして、素っ気無く言い放つ。
          「探してきますよ、ゼロを。扇さん達だって探しているんでしょう?もしギアスという話が本当だった
           ら、放ってはおけませんしね」
          「そ、そうか」
          「なのでエナジーフィラーを2つほど貰えませんか?」
          「ん?なんでだ?」
          「神楽耶様の所から延々飛んで来たから、残りが少ない。それにゼロは狡猾だから、捜索に時間がかか
           ると思うんです。その度に斑鳩に帰ってくるのも面倒だから」
          「分かった、頼んだぞライ」
          新たにエナジーフィラーを月下に入れて、なお2つ予備として月下の両足の太腿にあたる部分に設置す
          る。そのまま斑鳩を飛び出した。カレンの、なにか言いたげな瞳を背にして。


          (成る程、騙されるわけだ)
          ライは苦笑した。斑鳩の者達はライがゼロを捕らえてくると思っているらしいが、ライは一言も捕らえ
          てくるなどとは言っていない。ゼロを探すとしか言っていない。なんと政治的駆け引きに向いていない
          連中なのだろう。今までゼロの策略によってここまで大きくなれたというのに、そのゼロを欠いた今は
          黒の騎士団はシュナイゼルの便利な駒だ。その事実にさえ気がつかない。哀れにさえ思った。ライはル
          ルーシュの隣でその戦術の癖というものを良く知っていた。その思考をトレースしながら、慎重に月下
          を動かしてさり気なく反応を消す。ただでさえゼロを仕留め損なって斑鳩内はパニックになっている。
          そこまで自分の反応に気を回す者がいるとは思えない。思った通りの場所に、蜃気楼が置いてあった。
          少し離れた所に月下を下ろし、ライは海の方角に歩き出す。するとルルーシュとばったり出会った。驚
          いて固まるルルーシュに、ライは笑った。
          「大変な事になったみたいだね。大体は扇さんから聞いたけど」
          「ライ、お前は俺を捕らえに来たのか・・・?」
          恐る恐るという感じで、ルルーシュが訊ねてくる。それはそうだろう、ライが襲い掛かればルルーシュ
          などひとたまりもない。だがライにそのつもりはなかった。
          「いいや、前に言ったろ?君が僕を必要としないと僕が判断しない限り、君に仕えると」
          「それは今ではない、ということか?」
          「ああ。僕の望むその時はまだ来ていない」
          「その時とはいつだ?」
          「さあ?それはこちらが訊きたいね。で、ロロはどこだい?一緒に脱出したって聞いたけど」
          ルルーシュは俯いて、海の方角を指した。
          「?」
          「ロロは死んだ。ギアスを使ったら心臓も止めてしまうのに、無理して連発して」
          「・・・・・・・・・・」
          「俺なんかの為に、ロロは・・・・・」
          ルルーシュの声に震えがはしる。ライはそうか、と思った。ルルーシュが助かるのであれば、ロロは自
          分の命などどうでも良かったのだろう。ライと同じように。
          (羨ましいな)
          ライは素直にそう思った。ロロは絶体絶命のルルーシュを救い、その命と引き換えに此処まで逃げ延び
          させた。それに比べて自分はどうだ?いつも肝心な時に、自分は役に立たない。ルルーシュを慰める役
          しか自分はしていない気がする。それはかなりライを落ち込ませた。
          「俺はこれから神根島に行く」
          ルルーシュの決意に満ちた声で、ライははっとした。皇帝がそこに来る、とも言われる。
          「なら僕も行くよ。ただ2人並んで行動すると目立ちやすい。別のルートから侵入する」
          「ライ、俺はお前に強制はしたくないんだが・・・」
          死をも覚悟したルルーシュの瞳がライに向けられる。その瞳にライも負けじと睨み返す。
          「強制じゃない。僕はルルーシュに従う、僕の意思で。それにエナジーが切れ掛かっていると思うけど
           どうするんだ?」
          「う・・・それは・・・」
          「僕がエナジーフィラーを持って来たよ。それに換えて。ほーら、僕は君の役にたつだろう?」
          少しおどけて言うと、ルルーシュは苦笑した。
          「勝手にしろよ」
          「うん、勝手にする」
          蜃気楼に乗り込むルルーシュを背に、ライはロロの墓標を見る。
          (ロロ、僕にどこまでやれるか分からないけど、守ってみせるよ)
          自分に対し、嫉妬を隠しもしないで睨んでばかりだった少年が、笑った気がした。


          Cの世界で自分の両親を屠ったルルーシュと、CCと共に現れたスザクとの共闘。ライはぼんやりと2
          人が話し込んでいるのを見ていた。時折CCが肘鉄を食らわせて、話を合わせてくれる。ライはあの時
          と同じように、自分の意識が白くなっていくのを感じた。
          (Cの世界そのものが、僕の意識を呼んでいるのか?)
          元々自分はこの時代の人間ではない。もうこのCの世界の意識として存在していてもおかしくない。こ
          の世界に母と妹がいるのかとライは思いを馳せたが、その存在は見つけられなかった。
          「じゃあ、行くぞ。ライ」
          ルルーシュの突然の言葉に内心驚いたのだが、表情はぴくりとも動かなかった。
          「分かった」
          返事をしてルルーシュとCCの後を歩く。その後ろから何か言いたげに、スザクが見つめていた。


          蜃気楼を追って自分の月下が上昇するのを、ライは地上から見ていた。最初からそのつもりだったのだ。
          ラクシャータに頼み込んで月下に蜃気楼を自動追尾するシステムを組んでもらい、その事実には口止め
          をした。全て、この望んだ時の為。ライが考えるルルーシュがライを必要としないとき、それはスザク
          との共闘だった。ライはルルーシュがスザクを欲しがっていた事を良く知っている。だから決意した。
          ルルーシュとスザクが共闘できるその時まで、自分がスザクの代わりになろうと。そしてその共闘が実
          現したら、ルルーシュから離れようと。それはルルーシュはおろか、CCですら知らない事。自分の心
          にだけ留めていた事。もちろんライはルルーシュが自分を蔑ろにしたとは思っていない。スザク程では
          なくても、それなりに信頼されている自負もある。だからスザクに固執するルルーシュを恨むのも、憎
          む事もない。それでもやはりこの時代を動かすのは自分のような過去の者ではなく、この時代に生まれ
          た者がするべきなのだと。偶然か必然か、ライの寿命の限界も近づいている。ここで消えるのがベスト
          だと判断した。
          (ルルーシュを・・・頼むよ、スザク)
          縋るような思いでもう何もない空を見つめて、ライは踵を返した。目的地までは軽く3時間はかかる。
          そこでライ不在が分かっても、取って返しては来ないだろう。そう思っていても、ライはふらふらと神
          根島を歩く。ようやく人目につかない岩の陰を見つけると、そこに倒れこんだ。意識が先ほどより白く
          なっていく。抵抗もせず、ライはその白い領域に意識を飛ばす。
          (ルルーシュ・・・・)
          ライの意識は完全に、消えた。





★ついにライの望む時が訪れましたー。実は地上から蜃気楼を追って上昇していく月下を地上から見る  ライが、1番最初に思いついた場面でした。   戻る