羨ましい




 








変革

          最初の打ち合わせ通り、蜃気楼に乗ったルルーシュとスザクの乗る小型艇、そしてライの乗る月下はあ
          る地点に降り立った。ここは神根島から3時間程離れた地方都市の近く。と、蜃気楼のコクピットが開
          いてルルーシュが凄い形相で飛び出してくるのを見て、スザクは隣に座るCCと顔を合わせた。とにか
          く小型艇から降り立ち、月下へ走って行ったルルーシュを追いかける。ルルーシュが必死で月下に登ろ
          うとしているのを見て、あまりの危なさに目を見張った。
          「ど、どうしたんだい。ルルーシュ?」
          「どうもこうもない!」
          ルルーシュがイライラした声で答えてくる。
          「ライの奴、さっきからずっと呼んでいるのに答えもしない」
          「あの時は何も言わなかったけれど、やっぱりゼロレクイエムの事怒ってるんじゃ・・・・」
          ルルーシュに全てを捧げてきたライだ。考えられない事ではない。やっとコクピットに到達したルルー
          シュは、外から操作してコクピットを開けて中を見る。

          静寂は長かった。

          ルルーシュの背中がぶるぶる震えだしたのを見て、スザクは恐る恐る声を掛ける。
          「ええと・・・・・一体どうして・・・」
          ルルーシュはこちらを睨みつけると、黙ってコクピットを引き出した。
          「!」
          ライが、いなかった。
          「そ、そんな馬鹿な。だって月下はちゃんと此処まで移動してきているのに!?」
          「少し見ただけだが、俺の蜃気楼を自動でトレースするようにセットされているようだ」
          「なら・・・・ライは・・・・」
          「まだ神根島にいる事になる・・・。この事を知っていたのか、CC?」
          CCは困った顔をして、肩をすくめた。
          「もちろんだ・・・と言いたい所だが、残念ながら知らないな」
          その言葉にルルーシュは顎に手を当て、なにか考えていたようだがはっとしたように顔を上げた。そし
          て烈火の勢いでスザクを睨みつける。
          「そうか・・・あの言葉はそういう事か」
          呟く。
          「あの、馬鹿がっ!!」
          怒鳴ってルルーシュは一気に月下から飛び降りた。そのまま蜃気楼へと走る。
          「ルルーシュ!?」
          スザクにはさっぱり分からない。
          「もう一度、神根島へ行って来る。幸いにもライが交換してくれたおかげで、行って帰ってくるエナジ
           ーはあるからな」
          そう言い放ってルルーシュは蜃気楼の中に消えた。蜃気楼が主に反応して立ち上がる。
          「我々も行こう、枢木スザク」
          「え!?僕には何が何やら、さっぱり・・・・」
          「行きがけに説明してやる。急げ、蜃気楼を見失うぞ」
          CCに促されて、スザクは再び小型艇に戻り蜃気楼を追った。その心の中には葛藤が渦巻いていた。
          ライと、一緒に戦える。その事実はずっと求めていた事だった。だからスザクは浮き足立っていた。だ
          がライは自分達の前から消えてしまった。もしかして自分と一緒に戦う事が嫌だったのだろうか、とス
          ザクは思う。ゼロレクイエムではライの最愛の人間を殺す事になるのだ、拒絶されてもおかしくはない。
          「安心しろ、あいつはゼロレクイエムの事に関しては一切分かっていない」
          「え?」
          「無言で立っていただろう?意識がCの世界に引きずられていたようだ」
          「そんな、僕達はそんな事なかったよ?」
          「ライは知っての通り、過去の人間だ。言うなればあのCの世界にいなければならない。だからこそ意
           識というより、魂が引かれていったみたいだな。それに・・・・・」
          CCは急に口ごもった。いつもの彼女からしてみれば珍しい。
          「それに?」
          「もうあいつの寿命はもたん」
          思いもかけない言葉だった。
          「ど、どうして?」
          「ライはギアスユーザーだった為に、バトレーに発掘され身体を強化された。その無理に上げられたポ
           テンシャルに、身体が追いつかなかった。ただでさえ、ギアスの暴走で寿命が食われていたところに
           肉体に大ダメージを食らったからな」
          淡々とCCは話す。だがその瞳が悲しそうに歪む。
          「あいつはいつもルルーシュに言っていた。『君が僕を必要としないと僕が判断しない限り、何があっ
           ても君に仕えるよ』とな」
          「そんな、ルルーシュがライを必要にならないって・・・」
          「私も分からなかった。だがここにきてルルーシュも私も理解した」
          「え?」
          「ルルーシュとお前の共闘の時を指していたんだ。だからライはルルーシュから離れた。その望む時が
           来たのだから」
          「・・・・・・・・・・・・・・・・」
          「だがライはルルーシュの自分への執着心を軽く見ていたようだな、まさか取って返すとは思っていな
           いはずだ」
          「じゃあ、ライは今頃神根島で倒れていると?」
          「愚問だな」
          話している間に、神根島がモニターに映った。



          神根島に到着した途端、ルルーシュは蜃気楼から飛び出してさっさと歩き出した。まるでライがいる場
          所を知っているかのように。話しかけたくとも、恐ろしいオーラを撒き散らしているので、流石のスザ
          クも話しかけられない。ライを探してきょろきょろと辺りを見回すルルーシュは、どこか獲物を探す猟
          犬のようにも見えた。やがてルルーシュは目に付きにくい場所にある岩の向こうに姿を消した。そして
          「いた・・・・」
          弾かれるようにスザクも向おうとするが、CCに止められる。ルルーシュは腕にライを抱いて、直に姿
          を現した。顔を覗き込むと、ただでさえ白い顔が青白くなっている。思わずその頬に手で触れようとす
          ると、あからさまにルルーシュは身体を回して拒んだ。
          「僕だってライの事が心配なんだけど・・・」
          ムッっとして抗議するが、相手にもされない。ルルーシュはライの白い額に軽く唇をつけ
          「この馬鹿が・・・・」
          と呟いた。その動きがむずかゆかったのか、ライが身動きをする。鼻がヒク、と動きルルーシュの身体
          に甘えるように身体を摺り寄せる。大事な人のぬくもりに触れて安心した、といわんばかりのその行動
          はとても普段の彼からは想像がつかない。そんなライをルルーシュは、愛しそうに抱きしめる。それは
          自分の知らない彼らの側面。


          なにはともあれ、ライが目覚めてからが大騒動だった。取って返して(ルルーシュはライを蜃気楼に乗
          せていた)、医者にギアスをかけて治療もさせた。やっと目覚めて目を丸くするライを、ルルーシュは
          殴りかからんばかりの勢いで怒りまくった。だが改めて「ゼロレクイエム」の概要を聞くライの顔が、
          最初は青褪め、だんだん目が釣りあがっていくのと同時に顔に赤みが増す。そして・・・
          「ふざけるなー!!!!」
          ライはルルーシュの説明を遮って、叫んだ。
          「なんだそれ!?君はそんなアホな計画を本当に実行するというのか!?頭良すぎて、バカになったん
           じゃないのかっっ!」
          最初は驚いていたルルーシュだったが、あまりの言われようにこちらも目を吊り上げる。
          「ライ、お前な、俺が折角練り上げた完璧な計画にアホだのバカだの失礼だろ!」
          「なーにが完璧だっ!そんなのは100m競争でミレイさんにでも勝ってから言え!」
          「あからさまに俺のトラウマをえぐるな!スザクだって賛成してくれている!」
          「だったら神根島でほっといてくれたら良かったんだ!スザクが賛成したからって、それがどーしたと
           いうんだ!!」
          いきなり話の中心に駆り出されたので、恐る恐る声を掛ける。
          「あの・・・2人ともちょっと落ち着いて・・・」
          その途端、怒りに燃え上がる蒼と紫の双眸が向けられる。2人共、無駄に顔が整っているので、それは
          それは恐ろしかった。
          「お前は!」
          「君は!」
          勢いに押されてスザクは思わず後ずさった。
          「黙っていろ!」
          「黙っていてくれ!」
          ぴったりのタイミングでスザクに怒号を迸らせた2人は、また顔をつきあわせて怒鳴りあっている。な
          まじ頭が双方共良いので、スザクにはもう手に負えない。スザクはさっさとその部屋から退散した。
          ルルーシュが羨ましかった。恋愛感情ではないが、自分がいくら望んでも手を取ってくれなかったライ
          が、ルルーシュの手を取りああやって怒鳴りあっている。そんなライの表情や感情を引き出せる、ルル
          ーシュが本当に羨ましかった。しかしあの後、ライを黙らせる為にルルーシュがライとよろしくやって
          失神させたと聞いた時には、部屋を出たことを後悔した。


          攻め来るラウンズを迎え撃つのは、自分のランスロット・アルビオンとその隣にいる青いランスロット。
          こちらについたロイドがライ専用に開発した、ランスロットの兄弟分ランスロット・クラブ。どうりで
          ライの月下のデータを吸い上げて熱心に研究していたわけだ、とスザクは苦笑した。ルルーシュはライ
          がこの戦闘に出る事を渋った。だが戦場では何があるか分からない。スザクにしても味方は多い方が良
          いに決まっている。ゼロレクイエムを納得したわけでないらしいが、ルルーシュに黙って協力をしてい
          る。それこそルルーシュが首を傾げるほどに。
          ライの操縦技術は素晴らしかった。自分との連携も完璧だった。ただ戦闘後ライが倒れた事以外は。も
          ちろん、人目のつかない所でルルーシュにこっぴどく叱られたらしい。
          「何が不満なんだ。ちゃんと協力してるっていうのに」
          そう言って、ライは頬を膨らませた。この頃はまだライの体力も大丈夫で、良く話をした。意識的にゼ
          ロレクイエムの事は双方共に話さなかったが、他愛の無い事を話せたのは嬉しい事だった。自分はこん
          なにも「普通」に憧れていたんだなと自覚する。そして「普通」の友人として接してくれるライが、と
          ても有難かった。


          ダモクレスの戦闘でもライは動かない身体を無理に動かして、カレンとの戦闘もこなしてみせた。その
          執念には恐れ入る。そしてスザクはカレンとの戦いで、どさくさに紛れて脱出し身を隠す。全てはゼロ
          レクイエムの為に。自分にとっても大事な妹ともいえる、ナナリーを裏切ってでも。


          そして潜伏先にメッセージが届けられた。この場所を知っている人間は限られているのだが。メッセー
          ジにはこう書いてあった。
          「ライを看取りたいなら、直ぐに来い」
          ライに対してあからさまな独占欲を出すルルーシュの仕業ではない事は直ぐ分かった。となるとCCと
          いう事になる。スザクはとうとうライの寿命が尽きるのだと実感して、項垂れた。だが急いでライの寝
          ている部屋へ、変装して向かう。そこはルルーシュの部屋と繋がった、隣の部屋にある。元々ライは自
          室を持っていたのだが、ある日突然そこに移動させられたのだった。それからライはそこから出てくる
          こともなく、会える機会が減った事に憤りを感じていた。が、自分も前に意識が無かったとはいえ同じ
          ようにライを自室に拘束していた事を思い出す。ルルーシュを責める資格は、自分には無かった。だが
          CCがライが前にも増して弱ってきているから、安全の為にも其処に移したのだと教えてくれた。その
          部屋へ足を入れようとした時、スザクは信じられない事をライの声で聞いた。
          「僕は・・・スザクが羨ましかった」
          「だって僕やカレンがどんなに戦果を上げても、ルルーシュはスザクを欲しがっただろう?正直2人で
           へこんだこともあるんだよ」
          「だけど思い直したんだ。君にとって1番共闘したいのがスザクならせめてその時が来るまで、僕がス
           ザクの替わりを勤めようと」
          「そしてその時は来た。僕の寿命の問題もあったけど、本命が来た以上替わりは退散すべきだって」
          「いいや、嫉妬でスザクの手を拒否した訳じゃない。僕は身代わりだけど、もうルルーシュに従ってい
           たから。同時に2人に忠誠は誓えないよ」
          ルルーシュが何か言っているが、麻痺したスザクの脳には届かない。ただただライの言葉だけが聞こえ
          てくる。
          「ふふ、無理して嘘つかなくても良いよ。全て承知の上なんだから」
          「でも僕はやっぱり君の事、好きだよ。これはホント」
          ふいにライの声が聞こえなくなる。それから直ぐにルルーシュの小さな嗚咽が聞こえてきた。スザクの
          足は、呪縛を解かれたかのように動き出す。部屋に入るとルルーシュがライを抱きしめていた。ベット
          の周りには無骨な延命の為の装置が、所狭しと並んでいる。投げ出されたライの細い腕には、悲しいく
          らいの点滴の跡がついていた。
          「ルルーシュ・・・・」
          スザクの声に振り向かず、ルルーシュは呻くような声で答える。
          「何故、此処にいる?帰れ」
          あまりの言い方に、流石にむっとする。
          「僕だってライの友達だ。別れぐらいしても良いだろう?ライの顔、見せてくれないかな・・・?」
          ルルーシュが濡れた瞳でこちらを睨みつけ、それでも身体を離してライを横たえる。ライは今にも起き
          そうな顔で、目を閉じている。これがスザクが必死で欲した、大事な友達の死に顔だった。
          「気が済んだか?CCだな、この事をお前に伝えたのは・・・。まあいい、さっさと帰れ。お前は今、
           見つかるわけにいかないだろう」
          そう言われてしまえば、ぐぅの音も出ない。確かにその日まで、生きているとバレてはいけないのだか
          ら。後ろ髪を引かれる思いで、スザクはその部屋を後にした。


          考えた事もなかった。ライが自分が羨ましいなんて思っていたなんて。上手くいかないものだと、スザ
          クは溜息をつく。
          自分はライを手に入れたルルーシュが羨ましかった。
          ライはルルーシュが固執したらしい、自分が羨ましかった。
          ルルーシュはライを手にいれ、更に自分を欲しがった。
          ルルーシュの一人勝ちのような気がして、天井を睨みつける。
          「振り向いて欲しかったな、僕に」
          ぽつん、とこぼれる言葉は本音。言葉と共に、零れる涙はライを思って。ごめんね、ライの大事な人を
          殺める自分を許して、そう祈りながら。



          スザクは漆黒の衣を着て、パレードの前に立ちはだかった。ルルーシュが自分の姿を認めて、にやりと
          笑う。剣を抜き、スザクは走り出した。
          (君に祈るのは間違っている。だけどお願いだ、ゼロレクイエムを成功させる勇気を僕にくれ)
          銀色の髪を持つ少年が、脳裏で寂しそうに笑った。


          ★ライが言っているのは、第一期のルルーシュです。終盤で戦力もあるのに、スザクに固執していた。            しかし本当にスザクがライスキーで困りますな。少しは幸せにしてあげたいのですが・・・。   戻る