変化が訪れる




 








挑戦

          ふと
          ライは自分の目の前が白くなっていくのを感じた。
          (?)
          さっきまではブリッジで、シュナイゼルの仕掛けた工作の対策を話し合っていたはずなのに。自分の感
          情や心が霧散していく、そんな感覚。なにも考えられない、感じられない。全ては霧のように、白くけ
          ぶっていく。その白の中に霧散したはずの意識が、溶け込んでいく・・・・・。
          「ライっ!」
          (ライッ!)
          ライを正気に戻したのはゼロの声ではなく、頭に響いた切迫したCCの声。ブリッジの者達全員の目が
          向けられていたのも驚いたが、CCのいつもとは違う真剣な表情にライはたじろいだ。なんとか誤魔化
          し、神楽耶とゼロの護衛の事で結論が出るとゼロはライに向かって休養を命令してきた。自分がゼロで
          あるルルーシュに命令される事を嫌っているのを知っている。だがあえてルルーシュは命令だと強調し
          てきた。先ほどは確かにぼうっとしていたのは悪いとは思ったが、他のメンバー達からも休養を懇願さ
          れ渋々部屋に戻る。
          だが部屋に戻った途端、ライの身体は変調を訴えだす。なんとか寝着に着替え、倒れるかのようにベッ
          ドに横になる。途端に意識が混濁し始め、ライは真っ暗になっていく自分の意識をいやに冷静に感じて
          いた。
  

          苦しい、そう思っていたライの頬に何かが当たり優しく撫でていく。繊細な動き。強いて言えば母が子
          にするかのように、自愛に満ちた手の平。
          (母上?)
          幼い時分、熱を出して寝ているライの頬を優しく撫でてくれた母。ライはゆっくりと目を開ける。視界
          には美しい緑の髪が溢れていた。
          「CC?」
          出した声は掠れていて、聞き取りにくいものだった。だがCCはしゃがみ込み、ただライの頬を優しく
          撫でてくれる。
          「他の誰に見える?」
          「はは・・・・そうだね」
          「お前、限界が近づきつつあるのだな・・・・」
          言いにくそうに、CCは呟く。そのCCの態度にライは素直に納得する。何百年という長きに渡り眠っ
          ていたとはいえ、発掘された時は身体がかなり弱っていたらしい。大事なギアス所持者が死なぬよう、
          身体には強制的な強化が加えられた。そのおかげでライは類稀な運動神経と身体能力を授かったのだ。
          それを今は恨む事はしない。この身体能力がゼロの、ルルーシュの力になっているからだ。後悔などす
          るわけがない。だが無理にポテンシャルを上げられた身体には、負担が大きい。俗に言うリバウンドが
          きているのだと、CCはライの頬を撫でる仕草を止めぬまま呟く。
          「そうか・・・どのくらいもつのかな。せめて僕が望むその時までもってくれればいい」
          「だがお前の限界が来ているとルルーシュに知れたら、大変な事になるぞ。あいつはお前を失うことを
           恐れているのだから」
          「そう言われても、どうにもできないだろう。できればバレないまま、逝きたいものだな」
          ライの頬を撫でていたCCの手が、優しく髪をすく。その心地よさに身を委ねつつ、ライは笑った。
          「なんだか優しいね、CC」
          CCはニヤリと笑って答える。
          「おや知らなかったのか?私はいつだって優しいだろう?」
          「えー、そうかな」
          「そうだとも。今は眠れライ。この私が直々に髪を撫でてやっているうちに」
          尊大な物言いとは裏腹に、ライの髪をすく手がますます優しくなる。CCの慈愛に満ちた微笑がライの
          安心感をもたらした。
          「うん・・・・そうするよ・・・」
          ライの目が、ゆっくりと閉ざされる。意識はすぐに、暗闇に落ちていった。だからライには聞こえなか
          った。
          「だが、真に罪深いのは己がエゴのためだけにギアスを振りまく、我々契約者なのだろうな」
          CCが唇をかみ締め、搾り出すように言った台詞を。


          結婚会場に到着した途端、兵士に囲まれた。やはり中華連邦は自分達を結納品代わりにするらしい。シ
          ュナイゼルの前に、スザクが立ちはだかった。
          (やはり来ていたか、スザク)
          ゼロを守る為に動こうとしたライより早く、神楽耶がさり気なくゼロの前に身を翻す。
          (?)
          「お久しぶりですね、スザク。覚えておいででしょうか、従兄弟の私を?」
          上手い、とライは思った。神楽耶は自分を前に出し、スザクの気を引くことで見事にゼロを守っている。
          やはり彼女は独立後の日本を任せるに相応しい器だ。
          「言の葉だけで、殺せたら良ろしいのに」
          神楽耶は笑顔だが、その笑顔の下には激情が渦巻いている。かつて父親殺しをしたスザクを守った命の
          恩人でもあるキョウト六家の処刑を、仕方ないで片付ける彼を。彼女が自分やルルーシュと一緒のギア
          スを持っていたら、躊躇い無く使ってしまうかもしれない。


          ゼロとシュナイゼルはチェスの勝負をする事になった。
          「私が勝てば、枢木卿をいただきたい」
          そう言ってゼロは神楽耶を見る。
          「神楽耶さまに差し上げますよ」
          一瞬キョトンとした神楽耶だったが、直ぐにゼロの話に合わせてくる。
          「なら私が勝ったら・・・・」
          シュナイゼルが目を細めて、ライを見る。
          「スザク君がご執心だという、その銀髪の少年をいただこうかな?」
          これにはライもゼロも神楽耶も驚いた。
          「言っている意味が分かりませんが、シュナイゼル殿下?」
          心なしかゼロの声が震えている。
          「おや、こちらは皇帝陛下直属のナイツオブラウンズの1人を賭けているのだよ?彼は君の片腕だとい
           うし、遜色ないと思うが?スザク君も喜ぶからね」
          「シュ、シュナイゼル殿下!?」
          スザクのうろたえた声が響く。彼の様子を見ていると、少なくともライの情報を流したのはスザクでは
          ないらしい。恐るべきはシュナイゼルの情報網、というところだろう。
          「ゼロ、それで良いですよ」
          ぎょっとしたように、ゼロやスザクがライを見る。ライは意図的に、不敵に笑った。
          「まさか、勝負の前から負ける気などなっていないでしょうね?」
          「む、無論だ」
          「なら問題は無いでしょう」
          ライは思った。例えルルーシュが敗れて引き渡されても、逃げれば良いだけだと。ルルーシュやCCに
          キツク言われている為使ってはいないが、自分のギアスはまだ有効だ。
          「本人がそう言っているから良いんじゃないのかな?」
          シュナイゼルが面白そうに、笑う。
          「分かりました、その条件で良いでしょう」
          ゼロは渋々という感じで、首を縦に振った。

          ライはチェス盤を見ていなかった。ルルーシュを信じていたし、自分は警護なのである。注目すべきは
          チェス盤ではなく、周囲だ。ゼロをルルーシュを傷つかせない為に。ふと視線を感じて前を見ると、ス
          ザクが複雑そうな顔をしながら、それでも一心にライを見つめている。これまでスザクの問いをはぐら
          かせてきたが、姿を見せた以上もうその意味は無い。ライもスザクを見るが、あまりにもこちらを凝視
          してくる為、ライは思わず微笑んだ。するとスザクがはっとしたように、目を泳がせて横を向く。そん
          なスザクと対照的に、金髪のラウンズが呑気に手を振ってくる。今度はこちらが困惑して、視線を泳が
          せた。端から見たら、奇妙な光景だろう。どよめきがおこった。どうやらゼロがキングを使って攻めに
          出たらしい。だが対するシュナイゼルも平然とキングの駒を進める。とうとう白と黒のキングが出会っ
          てしまった。
          (どうする、ルルーシュ?)
          あくまで結果を取るか、それともプライドを取るか。かくしてゼロはプライドを優先させた。
          (僕なら白のキングを取っていたな)
          ライの時代の戦いは、プライドを優先させればこちらが殺されるようなものだった。結果が全て。勝つ
          ことが全てだった。だがそんなルルーシュのプライドを好ましく思っているのだから、自分も相当惚れ
          ているんだろうなぁとひとごとのように思う。

          「ゼロッ!!!!」
          息詰まったチェスの戦いに終止符を打ったのは、聞いた覚えのある悲痛な声の絶叫だった。その主はス
          ザクに腕を掴まれて、振り解こうと暴れている。ライはゼロの前に立ちふさがる。
          「返して、私のユーフェミア様を!必要だったのに!!私の女神様!!」
          ニーナだった。そういえば彼女はユーフェミア第三皇女に、かなりの興味を持っていたと思い返す。
          「離して、スザク!」
          ニーナは叫ぶが、スザクは首を横に振る。
          「何でよ、ユーフェミア様の騎士だったのに、どうして邪魔をするの?」
          スザクはまたしても首を横に振った。
          「ニーナ、君の気持ちは痛いほど良く分かる。俺だって許されるならば、ゼロを殺してやりたい」
          「ならどうして!?」
          「チェスを介しているが、ここは政治の場所なんだ、ニーナ。シュナイゼル殿下はゼロと政治をしてい
           るんだよ。だからこの場で君が感情だけで、行動してはならないんだ」
          「そんなの!」
          「関係ない、っていうのかい?ダメだ。それにユフィは許そうとしていたんだ、ゼロを・・・。君はそ
           のユフィの気持ちを踏みにじるのか?」
          恐ろしいまでに冷静な声で、スザクはニーナを諭す。正直ライは驚いた。後ろではゼロが一歩後ずさっ
          た。泣き崩れるニーナ。ライは周囲に気を配りながら、彼女の前にしゃがみ込みそっとその手からナイ
          フを取った。
          「ごめん。ニーナ」
          ギアスの暴走の果ての、ルルーシュも求めていなかった結果だが、ニーナにとってはユーフェミアをゼ
          ロに殺されたことに変わりはない。そのことで言い訳できる資格は、ライにもルルーシュにもない。手
          を差し伸べられてライが見上げると、そこにはジノという名のラウンズがいた。黙ってナイフを彼に渡
          す。渡しても、ジノにはこちらを害する気がないのがわかったから。ライが去ろうとすると、スザクが
          こちらに一歩歩を進めもう一人のラウンズ、アーニャに止められているのが分かった。
 

          「落ち着いたかい、ルルーシュ」
          部屋に戻った途端、疲れ果てたようにソファに座って溜息をつくルルーシュにライは声を掛けた。
          「俺は立ち止まったりしない」
          「うん」
          「たとえニーナに憎まれても、恨まれても」
          「うん」
          ルルーシュの気持ちを和らげる為に、ライは手馴れた手つきで紅茶を入れた。いい香りのするその紅茶
          はライのお気に入りでもある。こんな時は、コーヒーではなく紅茶の方が心が落ち着く。自分が王とし
          て君臨していた頃が、正にそうだった。ルルーシュに紅茶を勧めると、ライはその隣に座る。紅茶を飲
          んだルルーシュが、甘えるようにライの肩に頭を乗せた。
          「でも・・・・辛いんだろ?」
          静かに問いかけると、こくんと首を縦に振る。ここは素直に甘えさせるべきだと判断したライは、ルル
          ーシュの頭を自分の腿に移動させた。
          「ライ?」
          「少し眠った方が良いね。男の膝枕なんてロマンもへったくれもないけど、我慢して欲しい」
          そう言ってルルーシュの髪をすく。少し前にCCが自分にしてくれたように。ルルーシュが目を細めて
          ライを見る。まるで甘えん坊の子供のような姿。ライは微笑んだ、ルルーシュが安心できるように。

          やがて、静かな寝息が聞こえてきた。



          ★スザクが本編みたいにとんちきな対応ではなく、ラウンズとしてニーナを諭す場面が書きたかったの            ですよ。あの勝負は一種の政治駆け引きに見えたので、それに関して語ってもらおうと。ニーナの感            情は一方的とはいえ、大切な人を失った人として当たり前の事ですしね。そのあたりの本編ニーナは            決してぶれなかったのが良かった。どっかのセブンさんはぶれぶれだったからなー。ルルーシュもね            いくら頭が良いと言っても17歳ぐらいですから、凹んだ時に甘える相手がいるだろうなと。ライの            膝枕は結構筋肉でごつごつしてそうだ(笑) 戻る