☆レースパニック2☆
建物の中の長い廊下と、階段を通っていく。4階を目指しているのに、何故か009はエレベーターを
使おうとしなかった。
「おいジョー、エレベーターがあったのに、なんで俺達階段登ってるんだ?」
よせばいいのに、004はそう言った。009は004を見てニッコリと笑う。
「だって、少しでもアルと2人きりでいたいんだもん。」
ガタッ
004はあわや階段を踏み外すところだった。
「わ、あぶないなあー。どうしたのアル?」
原因がにこやかにきいてくる。何回もこういう展開を体験しているはずだが、004は何故か何回も
繰り返す。しっかりしよう、大人。
「い、いや、なんでもない・・・気にするな・・・。」
右手をふるふると振って答える。ふーん、と009が言うがそれ以上何も言わずに、階段を登って行く。
その後を004は黙ってついていった。また質問等をして、墓穴を掘るのはまっぴらだったからだ。


監督がいるという、部屋の前に着いた。009はコンコンとドアをノックする。
「監督、今帰りました。ジョーです。」
「おお、入りたまえ。」
「失礼します。」
ガチャッ
009はドアを開けて、004に先に入るように促す。004が部屋に入ると、後ろからドアが閉まる
音がした。
部屋の中には、監督らしい小太り(ちょっとだけ)な中年男性と大変な美人がいた。
監督らしい中年男性が004に近寄った。ボーと004を見つめる。
「?」
004が首を傾げると、監督はハッと我に返ったらしく、苦笑した。
「いや、すまない。君がアルベルト・ハインリヒさんだね?初めまして。私が、監督の矢吹です。」
そう言って、右手を差し出す。
「はい、初めまして。よろしくお願い致します。」
004も右手を出して、握手する。
009は(珍しく)ニコニコと笑って、握手を見ていた。
「監督、さっきはボーッとしてどうしたんですか?」
笑顔を崩さず009が訊く。監督は照れたように頭を掻いて、返事をする。
「いや、ジョーの言うとおり、見事で綺麗な銀髪だなぁと思って。」
なんと答えたら良いやら、004は虚ろな笑顔を浮かべた。クスクスと009が笑う。
「”美人”でしょ?」
「お、おいっ、ジョー!?」
藪から棒になにを言い出すやら、004は慌てた。更に他の2人がうんうんと頷くのを見て、仰天する。
自分なんかよりも、監督の後ろの女性の方が断然美人だ。そう思うが、声には009の反応が恐ろしくて
だせなかった。あわあわと慌てる004に女性がスッと寄った。
「初めまして、小野寺麗香と言います。ジョーのマネージャーです。」
ニッコリと笑って、右手を差し出される。
「あ、こちらこそ、初めまして。よろしくお願い致します。」
握手をしながら004は、自分の顔が赤らむのを感じた。男だったら誰だって、こんな美人と握手する
瞬間、赤くなるのは仕方ないと心の中で言い訳しながら。
「これからは、私の仕事の後を継いで頂くことになります。よろしく。」
「は?」
思いもかけない展開になってきた。俺が?ジョーの?マネージャー?
「あ、あの・・・マネージャーってどういう仕事をすれば・・・。」
震える声で、小野寺さんに尋ねる。一瞬彼女はキョトンとしたが、すぐ笑う。
「まあ、最初は大変だろうけど大丈夫。ジョーが太鼓判を押した人だもの。すぐ、慣れるわ。」
「ねーV」
009が合わせる。
「あ、あの・・・具体的にはどういう仕事で・・・。」
「ジョーのスケジュール管理とか、スポンサーとの話し合いとか。ま、そんな難しいことじゃないから。」
パチンとウインクをして悪戯っぽく笑う。
絶句。
確かに、009は一言も仕事の内容について言わなかった。ハメられた、と思う。何に対してハメられたか
わからないままだが。言葉を失った004に009が近づいて、ポンポンと肩を叩く。動かなくなった
004をどう思ったのか知らないが、矢吹監督が声をかけた。
「まあ、明日からボチボチと仕事をしてもらおう。今日はもう良いよ。」
「はい。じゃあ、失礼します。あそうだ、スポンサーの西岡さんは?」
「なにやら急に、本社に呼ばれて支部へ帰ったわ。残念がってたわよ?噂の彼に会えないって。」
「すぐに会えるって。じゃあ、今度こそ失礼しまーす。」
ひらひらと小野寺さんが手を振って、見送る。009は004の背中を押して、部屋を退出した。

「おい、どーいうことだ?マネージャーなんて、できないぞ?」
「へーきへーき♪アルならすぐ慣れるよ。」
「どっから、そんな本人以上の自信の根拠が出てるんだ?」
「ここV」
009が指したのは、心臓・・・・多分心だと言いたいんだろう。やっぱり来るんじゃなかった、と早
くも後悔し始める004であった。
「あ、そうそうこれからスタッフ達に紹介するね。」
「もう、家に帰してくれ・・・。」
「なに言ってんの、アルの家は今日から”僕の”チームだよ!」
「ううう・・・・。」
004は項垂れる。何故に12歳も年下のコイツに、こんな主導権を持たれるようになったんだろう。
「ささ、皆今の時間なら食堂にいるはずだよ。急いで、急いで。」
004の心情を知ってか、知らずか009は004の腕を、さっきと同じようにムンズと掴んで歩いていく。
004はフラフラとした足取りで、ついて行った。

食堂は009の言うとおり、スタッフと思われる人々で一杯だった。009はようやく004の腕を放し
て、パンッと手を鳴らす。ザッとスタッフ達の視線が一斉に集まった。思わず後ずさる004。
「はい、前から話していた通り、小野寺さんの後任のアルベルト・ハインリヒさんだよ。」
”前からって・・・いつから計画を練っていたんだ!!!”
004は、心の中で毒づいた。おおー、と004の苦悩を知らない009のスタッフ達のどよめきが上がる。
004はあまり、注目されるのは好きではない。ジロジロと悪意はないのだろうが、まるで値踏みをするよう
に見つめられて、いささか居心地が悪い。
「まだ、この世界に慣れていないので皆、宜しく頼むよ。」
まるで、息子の就職先に現れて挨拶をしている父親のようだと004は009の言葉を、人事のように
聞いていた。
「はいアル、挨拶しなよ?」
そんな状態だったから、突然話を振られて驚いた。
「え!?」
「え!?じゃないよ、挨拶!」
「あ・・・ああ、そうか、そうだな・・・。」
そう言って、改めて食堂を見ると興味深々といった視線が自分に集まっている。(有難くないが)自分を
強力に推していたらしい009の為にも、しっかりせねばと思い直す。やはりどこかお人よしだ。
「アルベルト・ハインリヒ・・・です。これから色々とお世話になります。どうか宜しくお願いします。」
そう言って頭を下げた。パチパチと拍手が湧く。こんなに注目されるのは、やはり気持ち良くないな、と004
は思う。
「んじゃあ有難う、皆。よろしくね!」
009が鮮やかに、笑った。それが合図だったらしい。ガタガタとスタッフ達は、思い思いの行動を
とり始めた。自分から視線が外れた事に、あからさまにホッとした004に009がお疲れ様、と声を
かける。
「じゃ、挨拶も終わったことだし、僕等も食事にしようか?結構おいしいんだよ、此処の食堂。定食し
かないのがタマにキズだけど。」
パチンとウインクを寄越す。しかし、あんまり004の耳には入っていない様子だった。

2人して、A定食をもそもそと食べる。確かに美味しかったのだが、004には余り味が感じられなかっ
た。目の前には、モリモリと食べる009。無意識に溜息が出た。
「どーしたの、アル。あんまり美味しくない?」
「いや・・・そんなことはないんだが、どーにもこーにも今日の出来事に頭がついていかん。そういえば
寝てないし・・・・・・。」
「そりゃ大変だ。今日は早く寝ると良いよ。」
「誰のせいで、寝不足になっているんだと思っているんだ?」
「さー?」
いけしゃあしゃあと答える009。素敵な無敵男、それが009だ。しかし、そういう顔は仲間内にしか
見せないので大抵の人々にはわからないだろうが。
「そういえば、今夜はどこの部屋で寝れば良いんだ?」
「僕の部屋V」
「なっ。」
思わずガタンと音をさせて、004は立ち上がる。既に逃げ腰だ。冗談じゃない、そんなことになると
睡眠不足解消どころか、更に寝不足と疲労が溜まることは目に見えている。サーッと顔色がますます悪く
なる004に009は苦笑した。
「嘘だよ、本当はそれでも良いって言ったんだけど却下されたよ。」
「そ、そうか!良かった!」
「心外だなあ、アルのその態度。ま、良いや。悪いんだけど、しばらくスタッフの子と同室になるんだ。」
「ふーん、わかったよ。」
004は椅子に座りなおした。良かった、と心の中で万歳三唱をする。
「ジョーさん!監督が呼んでますよ!」
食堂に入って来た、スタッフの1人が009を呼んだ。
「えー!?さっき会って来たばっかりだよ?」
「さー、俺には良くわからないんですけど多分明日のことですよ。ジョーさん今日1日外出してたでしょ。」
”俺の部屋を引き払ったり、勝手に俺の辞表出しに行ってたからな”
そう思うが、絶対口には出さない。変な事を009に言われたら困るからだ。
「わかったよ、アルじゃあ部屋には同室になる子が連れて行ってくれるからね。また明日。」
そう言って009は、席を立った。食器を片付けて、004に手を振って009は食堂から出て行った。


「あのう・・・・アルベルト・ハインリヒさん?」
声を掛けられて、004は振り返る。そこには20代前半の黒髪の青年が立っていた。
「・・・・・・・・なんだ?」
「あのう、俺今日から同室になる、相沢真吾と言います。えっと、宜しくお願いします。」
左手で後ろ頭を掻きながら、青年-----真吾は右手を差し出した。思わず右手を差し出そうとしたが、自分が
座ったままなのを思い出して、004は立ち上がった。そして、真吾と握手をする。すると、彼はパッ
と顔を輝かせた。
「宜しく、アイザワシンゴ君・・・?」
「真吾でいいっす!」
素直な青年だ。ふとアメリカにいる009と同い年の仲間を思い出した。彼は真吾よりも勝気だったが。
「そうか・・・。」
素直な反応に004の顔に、笑みが浮かぶ。
「ええと、もし良ければ部屋に案内したいんですが・・・・まだお食事中でしたか?」
実は、ショックと寝不足で食欲は全然なかった。
「いや、もう終ったんで大丈夫だ。」
そう言ってトレイを持つ。
「あ、じゃあ案内しますね!」
004の後を、真吾はわんこみたいについてきた。そのまま連れ立って食堂を出る。それまで背中に
ヒシヒシと感じていた視線が、無くなったのを悟って004はホッとした。


部屋は、1階にあった。ツインのベットに小さいけれど、トイレバスもついていた。
「すみません、俺がこっち(と左を指す)を使ってしまったんで、こちらを(と右を指す)使って下さい。」
「ああ、すまないな。そんなに気を使ってくれなくてもいいぞ。」
トスンと指定されたベットに座る。真吾も004と向かい合わせになるように自分のベットに座った。
「アルベルトさん・・・で良いですか?」
「ああ、別に構わないが。」
真吾は、にっこりと邪気のない(004には此処が重要)笑顔を浮かべて・・・マシンガンのように話し出した。
「アルベルトさんは、ハリケーンジョー(笑)といつ出会ったんですか?」
「いつって・・・。」
BG団を仲間達と共謀して、脱出した日だ・・・・・とはとても言えない(当たり前だ)。
「?」
「ええと・・・4〜5年前くらいかな?あいつがレーサーになる前だ。」
「そうなんですか!へー、そのころのハリケーンジョーはどんな人だったんですか?」
「あんまり、今と変わらないさ。あのままだな。」
「へー!」
青年の瞳がキラキラと輝いている。
「お前さん、ジョーの・・・・・ファンなのか?」
まさかな、と思いつつ尋ねる。004中では009は仲間であり・・・いろんな意味で泣かされた存在
である。
「そーなんすよ!俺にとってハリケーンジョーはずぅっと憧れの人だったっす!」
「へ?あいつが・・・憧れの人ぉ!?」
思わず大声を出す。確かに有名なレーサーらしいが、余り興味がなかったし仕事が忙しくて、チケット
を送られても行けなかった。それにしても004にとって今の発言は、予想外だったのだ。仕方がない
といえばそうなのだろうが。009がその場にいたら、間違いなくふてくされて・・・・ヤバイので(謎)
以下略なことになっていただろう。案の定、真吾はプーッと膨れた。
「なにいってるんすか!ハリケーンジョーは日本のレーサー界では、英雄ですよ!」
「ほほう。」
「デビュー以来、負けなし!俺、父さんがF1とか好きでチビの頃からサーキットに連れて行ってもらって
たんす。で、あるレースでハリケーンジョーの走りを見たっすよ。」
余談だが、004にとって走る009とは加速装置を使っている時である。イメージが食い違っていた。
「もー感激したっす!数ある強豪を破って優勝したんす!俺、だからその時からファンになったんす。」
「真吾はレーサーになる気はなかったのか?」
「俺、レーサーに向いてなかったんすよ。それより、ハリケーンジョーの役に立ちたいって思ったんす。」
トラックを転がすにしたって、ある意味向き不向きはある。004には何となく真吾の言葉が理解できた。
「じゃあ、此処まで来るのに凄い苦労したんだな。偉いな、お前。」
「確かに、競争は厳しかったっす。でも、半年前にやっとメカニックとして採用されたんす。」
004に褒めてもらったことが嬉しかったらしく、真吾は笑顔を輝かせた。
「なんだか、肩身が狭いな。俺はそんな苦労しないで(自分の意思とは関係無しに)此処に来たからな。」
004がそういうと、途端に真吾はモゴモゴと言葉を探し出した。
「ええっと・・・別に俺はそう思ってないんすけど・・。そう思っているスタッフ確かにいるっす・・・。」
「だろうな。」
「あ、でも気にしないで下さい。あの・・・・・・。」
どう言ったら良いのか迷っているのだろう、必死で言葉を紡ぎ出そうとしている真吾に004は話題を
変えた。
「そーいや、ジョーが英雄とか言ってたな。実は俺、そっちの世界に詳しくないんだ。やっぱ人気あるのか?」
「ある、なんてもんじゃないっすよ!すごい人気なんす。女の子にも凄い人気で、公認のファンクラブ
が1つ、あと私設のファンクラブも一杯あるっす。バレンタインには、凄い数のチョコレートが送られて
来るッす。」
確かに、自分が知っている009だけでも良く女性にもてていた。あんなに女性にもてるのに、何故自分に
手を伸ばしてくるのだろう?そう思っても、やはり当の本人に話すのは出来ない。思考にふけってしまった為、
真吾の話し声が聞こえてはいたが、内容はわからなくなってしまった。

「アルベルトさん?」
少しボーッとしていたらしい、気が付けば真吾が覗き込んでいる。
「い、いや何でもない。」
「俺、先に風呂入っていいすか?」
「別にいいぞ。」
「そうっすか。」
じゃあ、と真吾はユニットバスに消えていった。
意外、といえば意外だが納得できるところもある。さっきの真吾の話だ。009に憧れている奴がいる
とは考えた事もなかった。しかし、やっぱりレーサーとしての才能はあるからこそトップレーサーにな
れたわけだ。
”そういえば・・・ジェット・リンクが最大のライバルだと言ってたな”
何やらおかしい気分だ。ジェットとも知り合いだと言ったら、真吾はどういう顔をするのだろう。そこまで
考えてから、せっかくだし004は009と知り合った時からの事を思い返してみた。

例えば・・・・・脱出する時、恐竜ロボットを倒したことに対する”お礼”をさせられたこと、ドル
フィン号塗替えの時に強引に009の隣にされたこと、0011強襲の時に見逃した自分にアワワ(謎)な事
をされそうになったこと、0012の時は2人で夜に忍び込もうとなった時に、身の危険を感じて007
に泣きついてついて来てもらったが、帰ってから部屋に引っ張り込まれたこと・・・・・。

004は思わずベットに突っ伏した。なんだかロクでもない目に合っていることを、再確認してしまった
ようだ。
”ああ、ヒルダ。君がいなくなってから、ボクは運に見放されたようだよ。きっと君は幸運の女神だった
に違いない。”
何だかドッと疲れが出て、004は眠りに落ちていった。出てきたらしい真吾の呼び声が聞こえたような
気がしたが、確認する気にはなれなかった。

ゴメンナサイ続く

★えー副題は”真吾君に009を褒め称えてもらおう”です。やっぱり他の人から見た009を004に
知って欲しかったんですね。009は004の周りをうろついていたので、そういうところは調査済な
んですよ。しかし・・・・思い出のあたりはちょっと下品ですか?真吾君は勘の良い人にはわかります
かね、某有名格闘ゲームから頂きました。彼、大好きなんです。
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