遠き逢瀬
       天界・魔界・人界その3つの世界があった。        天界の主は赤ん坊の姿をしているが、この3つの世界において全知全能であった。ここに存在を許され        るのは、天使と神である。        人界を作った時、天使では出来にくい仕事を請け負う為に生まれたのが魔界と魔族である。魔界の主は        天界の主の考えを理解して、自ら闇の部分を請け負った女神であった。        この3つの世界は、それが世界の全てではない。他にも、薄い空間壁に隔たれた同じような世界がある。        太古の時代に諍いもあったらしいが、今は良好状態を保っていた。        ある日、魔界の空を1人の魔族が飛んでいた。彼の名はアルベルトという。クラスは死神。魔族の中で        も特殊なクラスであった。人界へ赴き、命が尽きた人間から魂を保護し天界の天使に受け渡すのが主な        仕事だ。天界や魔界には、魂を好む獣魔が存在する。この獣魔に食べられた魂は、消滅してしまうのだ。        死神は、時にはその獣魔と戦い魂を守る。そして天界へ連れていくのだ。天界に連れて行かれた魂は、        生前の行いによって再び転生するか、獣魔の腹の中に収まることになる。        彼は久し振りに休暇らしきものをもらったので、ある場所へ向かっている。その場所は、天界と魔界の        境にある僻地にあった。そこには、例の獣魔も徘徊しているので滅多に天使も魔族も訪れない。        少しばかり、天界寄りにあるその場所は森に囲まれた小さな湖だった。普通、魔族は天界に溢れている        聖光が苦手だ。反対に天使は聖闇を苦手としている。これは天界・魔界の主がお互いの領域を侵さない        為に定めた体質なのだ。確かにアルベルトも聖光が苦手だが、ここのキーンと澄んだ空気を気に入って        いる。例えるなら、雪の降った早朝の空気のように静かで澄み切った空間。但し1つ問題があった。こ        こは魔界に近いとはいえ、天界の範囲にあるのだ。いくら特別なクラスとはいえ、魔族が天界に来て良        いはずがない。見付かれば大目玉を食らうのはまだ良い方で、下手をすると天界・魔界の関係がこじれ        る場合とて考えられる。だからアルベルトは細心の注意を払って、何度も訪れていた。        湖に降り立ったアルベルトは、天使が来たらすぐに隠れられるように森の近くに腰を下ろす。そして、        何をするわけもなくボーッと湖を見つめた。澄んだ水をなみなみと湛えた小さな美しい湖。偶然見つけ        たわけではない。どういうことか良く分からないがアルベルトは此処を”知って”いたのだ。天界の聖        光には少し辟易するが、それでも此処に来ることによって覚える暖かい”何か”を得たい。そんな欲求        を押さえられなかった。そんな事を考えながら、落ち着いた心でアルベルトはそこに座りこんでいた。        どのくらい経っただろうか?今まで澄んだ色を湛えていた湖が、光珠を映し出した。慌てて上を向くと        この湖の真上に光珠が浮かんでいた。        ”しまった!天使かっ!!”        アルベルトは心の中でそう叫び、さっと森の木の影に隠れた。すると、アルベルトが隠れるのを待って        いたかのように上空に出現した光珠がゆっくりと降りてきた。湖からほんの1メートル程上に来た時、        光珠はゆっくりと天使の姿を形作っていく。こげ茶色の髪が片方の目に覆いかぶさっている天使。どう        やら、少年形態の天使であるようだ。その天使のつま先が、水面に触れた。        リィ・・・ン・・・        鈴が鳴るような澄んだ音がして、つま先から水の輪が静かに広がっていく。それは文句なく美しいシー        ンだった。天使が全身から発光している聖光が、辺り1面を照らし出した。        ”今まで見たことのない天使だな・・・”        アルベルトはそう思った。彼ら死神が魂を渡す相手は、アークエンジェルクラスである。その彼らに比        べても、聖光の強さが段違いだ。ためしにアルベルトはこの天使の翼の枚数を数えてみた。彼ら天使は        クラスが上になる程、翼の枚数が増えていく。翼の数が、クラスの違いなのだ。        ”1・・・2・・・3・・・。・・・・・・・・・・6。・・・6枚!?セラフィムか!?”        セラフィム。天使の階級としては1番上のクラスである。天界の主に最も近い存在。流石のアルベルト        もセラフィムを見たことはない。特別なクラスとはいえ、一般的なレベルの自分が見ることなどない。        セラフィムと会えるのは、1握りの魔界のトップエリートだけだ。そのセラフィムが自分の前にいる。        アルベルトは驚くと同時に、見惚れてしまった。        それが悪かったのだろう。        「そこにいるのは誰だい?」        天使がアルベルトの気配に気付いたらしい。アルベルトは咄嗟に木の影に再び隠れた。どうしようか、        と焦る。        「そこにいるのは誰?」        再び天使が問う。完全に自分の存在はバレている。アルベルトは諦めて、俯きながら森から姿を現した。        恐る恐る顔を上げて、天使を見る。途端、天使のエメラルドのような目が大きく見開かれる。信じられ        ない、そんな表情を浮かべた。それはそうだろう、とアルベルトは苦々しく思う。いくら僻地とはいえ        天界に魔族の死神がいるのだ。自然に項垂れていく。        「す、すまない・・・。すぐ出て行くから・・・・・。・・・・・・えっ?」        自分を照らし出す光が、急に強烈になる。腕がまるで日焼けしたみたいにちりちりと痛む。慌てて顔を        上げると先程まで、確かに湖の真ん中に佇んでいたはずの天使が目の前に来ていた。驚くと同時に聖光        に耐え切れず、後ろに下がる。        ところが、天使が手を伸ばしてアルベルトの腕を掴んできたのだ。        「うあっ!」        ジューと肌が、肉が焼ける。その手を外そうともがいても、まったく無駄だった。天使は何をするわけ        でもなく、ただ呆然とした風でアルベルトの腕を掴んだままだ。腕から伝わる激痛に耐えかねて、アル        ベルトは突発的に捕らわれている腕に自分の魔力を集中させて、一気に放出した。        ぱんっ        普通なら獣魔を吹き飛ばせる威力を持っているのだが、天界という自分に不利なフィールドであると同        時に相手の聖光に掻き消され、大した威力は発揮できなかった。例えるなら、ドアに触れた時におきる        静電気みたいなもの。それでもなんとか天使には効いたらしく慌てて、手を離した。        その後はもう、本能的な動作だった。アルベルトは天使の横を駆け抜けて、コウモリのような死神の羽        を広げた。いくら天界といえども、此処は魔界に近い地点だ。一気に飛び出して、魔界へ辿り着けばい        くらセラフィムというトップクラスの天使といえども追ってはこれないはずだ。もし追い駆けてきた場        合でも、天使が魔界に入ることはルール違反になる。特にセラフィム等の強烈な聖光の持ち主は、こっ        そり入ってきたとしてもすぐに感知されるのがオチだ。        アルベルトが魔界へ向けて飛び出そうとした瞬間、羽に激痛が走った。        「ーーーーーーっ!?」        そのまま、地面に叩きつけられる。羽の激痛はそのままに、背中が焼けるような痛みが走る。振り向く        と、自分の両方の羽は天使によって握られていた。天使は無言のまま、アルベルトの背中を膝で押さえ        つける。背中に肉が焼ける痛みが発生した。しかし、それだけでは済まなかった。        ミヂッ        嫌な音がして、羽の付け根にも激痛が走った。背中を押さえられ、身動きすら出来ない。        ミヂ・・・・・ビチ・・・・ビリ・・・・・        付け根の痛みは、ますます激しくなる。ようやくアルベルトは理解した。この天使は自分の羽をもいで        いるのだと。天使・魔族の両方共、翼が魔力の源なのだ。それがもがれてしまったら、魔力は一切使え        なくなってしまう。それは死活問題でもあった。特に魔族が天界にいる場合、魔力を失ってしまったら        自分を守るフィールドが消滅してしまい、最悪魂が消滅してしまう。だが、天使に抗うだけの力は最初        から無いに等しい。結局、激痛に呻くことしかできなかった。        ミヂイッ!        羽が完全にもぎとられた。アルベルトは自分の中から魔力が抜けていくを感じていた。        ーーーーーー何故、どうしてこんな仕打ちをうけるのかまったく分からないーーーーー        もはや、痛みを感知できなくなっている。動かなくなったアルベルトを、仰向けに引っくり返して抱き        上げた天使はもう1度まじまじとアルベルトを見つめ、呟く。        「・・・・・アル・・・・・?」        その問いに近い呟きに、返事を返す余裕も無い。ぐったりとしたアルベルトを、天使は抱き締めた。身        体中が焼かれる、感覚。アルベルトは呻くことすら出来ない。朦朧とした意識の中で、天使の翼がアル        ベルトの身体を包んだ。抱き締められる箇所が直接的に焼かれ、翼からは聖光がシャワーのように降り        注ぐ。        光の牢獄に捕らえられ、視界一杯には眩いばかりの強烈な聖光しか映らない。自分はこの聖光の中で、        ”殺されるのだ”と感じた。        光の洪水の中でアルベルトの意識は白濁していき・・・・・・・弾けた。        続く
       ☆パラレルでございます。とうとう、裏通りにもパラレルが・・・(苦笑)又しても、ヒドイ目にあって         いる004。ごめんなさ〜い(汗)と思いつつ、書いていました・・・って裏通りのモノは全部ですね。         一応説明しておきますが、天界の主は001。魔界の主である女神は003のつもりで書いています。         ただし、あんまり話には絡んできません。ビックですから(笑)天使は少年(男子)形態、少女(女性)形         態、無性別に分かれています。トップクラスに近づく程に、性別が出てきます。本当は性別が無いん         ですけど、あえてこうしました。神は主に女神を指します。そうそう、ヒルダさんがこの話ではちょ         っと重要な役目で出る予定です。あとは、009と004の2人しか出てきません。         まあ、そんなこんなでお付き合い頂けると大変嬉しいです。・・・・・良かったら、感想お待ちして         おります(笑)         戻る