蘇る想い
       戦争があった。ウンザリするほどの長く、悲惨な戦争。多くの魂が転生することも許されぬ死に方をし        た、戦争。        世界の荒廃に、さすがのその世界の主が戦争を止めることにした。        人質交換、という条件を両方で出したという話を知った。あちらの世界からは、なんと主とは又違った        神である女神ヒルダが来るという。女神ヒルダは、こちらの世界でも有名な癒しの女神。当然、女神に        つりあった人質を出さなければならない。        -----------白羽の矢は自分にたった。主に呼ばれて、その場所に行った。        「良いか、お前が女神ヒルダと引き換えに、あちらの世界へ行くのだ。わかったな?」        拒否できるわけもない。        「はい。その御心のままに。」        そう呟いて、頭をたれた。自分が選ばれたのには、訳がある。自分は、大した力は持っていない。だが        基本的存在としては、もっとも主に近い。つまり”こういう時に有効な”存在なのだ。クラスは1番高        いが、大した力の流出にはならない。あちらは、癒しの力の最高峰の女神が来る。クラス的には同等と        いえるが、力では比べ物にならないのだ。        交換が実施された時、女神ヒルダに会った。凛とした空気を纏った美しい女神。思わず一瞬見惚れた。        立会人が、こちらとあちらの世界に虹の橋を架ける。覚悟は決まっていた、もう自分の世界には”生き        て”帰れないだろうという。それは、思いがけなく辛いことだった。後ろから仲間達に促され、虹の橋        を歩みだした。見れば女神もこちらに向かって歩いて来ていた。真っ直ぐ前を向いたまま、しっかりと        した足取りで。そして、擦れ違う。すると女神はこちらをチラリとも見ずに、鈴の鳴る音のような声で。        「私の未来が決まっているように、貴方の未来も決まっているのです。でも諦めないで下さい。貴方は         貴方の大切な何かの為に、尽くす事を望みます。」        驚いて振り向いたが、目に見えたのは歩いていく女神の華奢な後姿だった。        「ヨウコソ、コノセカイニ。」        この世界の主は、ふわふわと宙を浮いて頭に直接話し掛けてきた。揺り篭に収まっている、小さな赤ん        坊。それがこの世界の主の姿。        「タッタイマ、キミノセワヲミルテンシガクル。カレノシジニシタガッテクレ。」        「わかった・・・・・。」        これから始まる人質としての生活を思うと、うんざりする。どうせ、自分の世話をしてくれるという天        使だって、ロクでもない奴に決まっている。なんたって、看守ってやつだしな。そう思って苦笑する。        「カレガキタヨ。」        主の言葉が頭に響く。確かに誰かが来たらしい気配がする。何か話しているらしい。話がついたらしい。        再び言葉が響く。        「ジャア、キミハコノテンシトトモニイテクレ。クレグレモコノテンシノケッカイカラデナイヨウニ。」        「・・・・・・分かった。」        そう言って、自分の世話をするという天使の前に姿を現した。        濃いこげ茶の髪。        緑色の瞳。        そして背に生えているのは、自分とは違った白く、暖かそうな6枚の翼。        キョトンと自分を凝視してくる。ナンだろう、俺はそんなに変な形でもしているんだろうか?自分から        動くのは良くない気がして、立ち尽くす。と、天使がやっと我に返ったようだった。        「あ、あの・・・僕はジョーというんだ。・・・・これから宜しく。」        そう言って、握手を求めるようにぎこちなく手を出してきた。一瞬戸惑う。だが、主が何かを試すかの        ように、じっとこの情景を見ている。だから、すぐにその手を握った。        「俺は、アルベルトだ。宜しく・・・・看守さん?」        ニヤリと皮肉っぽく笑ってやる。案の定、相手は困った顔をした。        ジョーの結界の中での生活が始まった。思いの他、居心地は悪くない。ジョーは、たまに外に赴くこと        はあったが大体自分の周りをウロウロしている。何が楽しいのか、アルベルトにはイマイチ良く分から        ないのだがいつもニコニコとしていた。最もアルベルトが面食らったのは、自分の---敵だった---世界        の話を良くせがまれたことだった。つい昨日といっても良い位の時間に、敵として存在した世界の話を        聞きたがるなんて・・・・。        「敵だったやつの世界の話なんざ、そんなにおもしろいのか?」        アルベルトは、首を傾げながら問うてみた。自分なら、余り興味を注がれない事柄だけに不思議だった。        「うん、楽しいよ。アルベルトの世界の話を聞けて、僕は嬉しいけどな。」        そう言われてしまえば、アルベルトは照れるしかない。誰かに”嬉しい”などとは言ってもらったこと        はなかった。そう、人質交換ということが起こらなければ誰にも必要とされないのだから。アルベルト        は上を向いた。そこには、淡い青の空。下には草原。ジョーの結界内はそんな風景を映し出している。        ジョーはまだ自分は未熟だから、こんなお粗末な風景しか映し出せないと、しょんぼりとする。だが、        アルベルトは結構この景色を気に入っていた。無限の空と見渡す限りの草原でジョーと2人、話す何気        無い時間が好きだった。        だからだろうか?ジョーが用事で結界内からいなくなると、途端に風景は色褪せてしまう。静かな空間        は、退屈と寂しさをアルベルトにもたらしてくるのだ。今か今かと母親の帰りを待つ小さな子供のよう        な心境で、ジョーが帰ってくるのをひたすら待った。        ある日、ジョーに誘われてアルベルトは初めて外へ出た。        「良いのか?俺が外に出て行っても?」        そう問うと、ジョーはあっさり頷いてきた。        「多分・・・今回1回きりだと思うけど、許可をもらったんだよ。」        「何でだ?」        「う〜ん、アルベルトにさ、この世界の風景を1回で良いから見て欲しかったんだよ。僕の結界の風景         は退屈だろうからね。」        そう言って、ジョーは白い羽根を羽ばたかせた。アルベルトもそれに続こうとしたのだが、普段殆ど使        っていない銀の羽は始めは上手く動かなかった。よろよろと、それでも必死に飛んでいると、突然コツ        が分かり始めてそれからは楽に飛べるようになった。        ジョーに連れて行かれた場所、それは森の中にある小さな湖だった。キーンと澄んだ空気が、辺り一面        に溢れている。ジョーの、とっておきのお気に入りの場所らしい。        「・・・・・綺麗なところだな。」        キョロキョロと辺りを見回して、アルベルトは素直な感想を口にした。自然に微笑む。ジョーがアルベ        ルトを振り返る。        「気に入ってくれた?」        「ああ。」        即答すると、ジョーが満面の笑みを見せた。        「じゃあ、せめて僕の結界中もこういう風景にしとくよ。」        なんだか現金に聞こえるジョーの台詞に、アルベルトは笑った。心が緩んだせいなのか、ぽんと言葉が        出てきた。        「そうしてくれると、お前がいない間退屈しなくて済みそうだな。」        そう言うと、ジョーが悪戯っぽく笑ってアルベルトの顔を覗き込んだ。        「あれ?僕がいないと寂しいの?」        わざと意味を違えて聞き返しているのが分かる。寂しいと思っていたことは嘘ではない。だがこう面と        向かって言われると、とても恥ずかしい。かああああと自分の顔が、赤くなるのを感じた。        「え・・・・。ああ・・・そうだ・・・な・・・・。」        それでも、素直に口にする。ジョーが、本当に嬉しそうに笑った。ジョーの存在はアルベルトにとって        不思議な存在だった。始めはお義理で話をしていたようなものだ。それが、段々自分にジョーの存在が        染み渡っていく。ジョーの何気ない小さな仕草で、ちょっと喜んだり、沈んでみたり。こんなに他人を        意識したことはなかった。少なくとも、あちらの世界では。        そうこうしているうちに、ジョーがアルベルトに手を伸ばしてくる。        「?」        目を丸くしていると、そのまま抱き締められた。        ----------暖かい・・・・・・。        ジョーの存在が、自分に暖かい”何か”を与えてくれる。自分には与えられる物など、何ひとつ無いと        いうのに。アルベルトは感情の命ずるまま、自分の意思でジョーの背中に手を廻した。つつ・・と羽の        付け根辺りに、ジョーが無意識になのだろうが指で辿ってきた。身体に電流が流れたような感触がして        アルベルトはビクッと震えた。そんな自分をジョーが不思議そうに、見ている。あんな反応をしてしま        った自分が、無性に恥ずかしくて顔を上げられない。と、クスリと笑う気配。そして耳に優しい声が流        れこんできた。        「アルベルト・・・・。」        囁いてからちょっとした沈黙の後、再び囁いてくる。        「・・・・・アル・・・・・。」        驚いた。今までそんな風に呼んだ奴はいない。思わず顔を上げると、流れるような仕草でキスされた。        こちらにも驚いた。だが、嫌悪感はなかった。大人しくしていると、ジョーが切なげに顔を歪めた。        「人質だから、抵抗できないの・・・?」        アルベルトはキョトン、と目を丸くした。そんなこと、考えもしなかった。少し強引な行動に出ていて        も、ジョーは不安だったらしいと思いつく。        「・・・・・いいや・・・。本当に嫌だったら、暴れてる・・・・。」        そう答えると、今度は押し倒された。それでも、アルベルトは安堵感を感じていた。ジョーによって、        何もかもわからなくなっても、背中に廻した手を離したくはなかった。        ある日”外”に出ていたジョーが、目を真っ赤にして帰って来た。驚いて聞くと、あの女神ヒルダが死        んだというのだ。それも自分の世界の事故によって起きた事柄によって、消えたのだと。アルベルトの        脳裏に、交換の時に会った女神の姿が蘇った。凛と前を向き、歩いていた女神。        ”私の未来が決まっているように、貴方の未来も決まっているのです。でも諦めないで下さい。貴方は         貴方の大切な何かの為に、尽くす事を望みます。”        彼女の言葉をも蘇る。知っていたのだろうか、女神ヒルダは。自分の死を、世界の事故を。女神にとっ        ては、自分の世界がどうなろうと関係がないはずだ。それどころか、世界が崩壊すればこちらの世界に        帰って来ることさえ可能になる。・・・・・だが彼女はそれをしなかった。傷ついた自分の世界の為に        尽くして、死んでいった。叶わないな、と思う。自分には、そんな力も気持ちも無い。        「・・・・そうか。女神ヒルダとは交換される時にチラッとあったんだが・・・。」        目を閉じ、まるで祈るようにアルベルトは俯いた。        ”俺は、大切な何かの為に貴女のように出来るだろうか・・・・”        何気ない日が続く。だが、アルベルトにも未来が忍びつつあった。ある日、ジョーが主に呼ばれたから        と外に出て行った。アルベルトは、溜息をついて木の1本に寄りかかった。”あの日”以来、ジョーは        結界内の風景を変えた。・・・・・あの場所の風景に。森に囲まれた小さな湖が、目の前に広がってい        る。ふと、湖がぶれたような気がしてアルベルトは目を擦った。それでも何か落ち着かない。結界内の        風景が、ゆらゆらと揺れだす。その揺れが、段々激しくなっていった。そして・・・・        ぶつっ        何かの電源が切れたかのように、風景が消えた。驚いて立ち上がる。こんなことは1回もなかった。だ        から、ピンときたのだ。ジョーの身に何か起こっていると。周りをキョロキョロと見回すと、いつもジ        ョーが消えていく辺りに、空間の歪みを見つけた。どうやら”入口”であり”出口”であるようだ。恐        る恐る手を入れてみると、手のひらに外の空気が触れた。アルベルトは一気に外に飛び出した。        弱々しいジョーの気配を感じ取って、その場所に急ぐ。果たして、数人の天使に囲まれて倒れているジ        ョーを発見した。彼らが何故ジョーの周りにいるのかも、さっぱり分からない。だが尋常でないジョー        の様子だけは、手に取るように分かった。        「ジョー!」        叫んで、走り寄ろうとすると囲んでいた天使達が振り向き、笑った。そしてジョーから離れると、自分        の周りを囲んできた。彼等の表情に戸惑い、足を止める。自分の右側に立っていた天使が、何気ない動        作で腕を動かしてきた・・・・。        「!?」        身体に激痛が走った。見れば自分の身体に深々と刺さっているのは、槍だった。声も出せず、余りの激        痛に、身体がくの字にまがった。        ぼっ        更に、槍から炎が噴出してアルベルトの身体を焼いた。それを感じる暇もなく、次々と槍が突き刺さっ        た。自分の身体から、血が迸っていくのを感じた。ぬるぬると顔などを、血が流れ落ちていく。崩れ落        ちそうになる身体を、皮肉にも槍が支えた。視界が霞み、意識がぼんやりとしてくる。        その時、ジョーが叫んだ。言葉ではなく、純粋な絶叫。最期の力を振り絞って、顔を上げると倒れたま        ま自分に手を伸ばしているジョーが目に映った。        ------------もう、ジョーのトコロには帰れないのか・・・・・。        やっと見つけた自分の居場所。此処にいても良い、ではなく此処にいて欲しいと言ってくれたジョー。        すう        アルベルトはこの時、生まれて初めて涙を流した。        ----------離れたくない・・・・・・死にたくない・・・・・。        ジョー、と呼びかけたつもりだったが声はもう出なかった。        ずぼっ        唐突に槍が抜かれた。支えを失った身体は、自分の血溜まりに倒れ落ちていくのが分かった・・・・。        はっと”魔族”アルベルトは目を覚ました。長い夢を見ていた。そう、長い長い夢を。目を上げると、        自分を守るかのように抱き締めて眠っている天使がいた。振り返り、背中を見るとそこには銀色の翼。        ”そうか・・・・そういうことか・・・”        夢として与えられたものは、自分の記憶だ。遠い遠い昔の自分の記憶。転生すらできなかった死に方を        したが、元の世界に戻ることはしなかった。・・・・・女神ヒルダのように。望んだのは、せめてこの        天使と同じ世界にいたいということだけ。それだけ離れたくなかったのだ。再び、彼に会いたかった。        だからこっそりと魔界へ行き、魔族として新しい魂を獲得した。だが特殊な方法だった為、記憶は残せ        ない。それでは意味がないので、自分の翼に記憶を封印した。彼と出会ったあとに、この翼が復活すれ        ば記憶が・・・・想いが蘇るように。アルベルトは甘えるように、彼に凭れ掛かる。心なしか、自分を        抱き締めている腕に力が入った。思わず微笑む。変わらない、彼の暖かさも存在も。        女神ヒルダは大切な世界の為に死に、自分は大切な1人の天使の為に死んだ。そして自分が蘇った以上        女神ヒルダも、あちらの世界で蘇っているかもしれない。        アルベルトは天使の顔を覗き込んだ。あの頃より少し大人びたような気がする。思わず、クスクスと笑        いが漏れた。そして、思った。        ----------彼が目を覚ました時、どう声を掛けてやろうか?
遠き逢瀬によって 血に濡れた鋼鉄の翼が復活した そして いにしえの記憶と 蘇る想いが 交差する

       ☆はい、本当にお疲れ様でした。前回は009の回想だったので、今回は004の回想編です。004         がえらく乙女状態になってしまって、本人ビックリですよ。誰かに必要だと言われれば、誰だって嬉         しいですよね、更には自分の存在が相手の幸福に繋がるなら。004の立場は戦国時代の良家の姫み         たいだと、お考え下さい。004は姫ではありませんが・・・・。         転生できる死に方と出来ない死に方は、死体が残るかどうかというふうに分かれています。身体があ         れば、転生は可能です。なければ、器がありませんので出来ません。004は光の粒子になってしま         ったので、できなかったんです。死体が残るかどうかは、完全にランダム。         001と003は004が009と離れたくないばかりに、魂のままでうろうろしていたのを知って         います。しかし、天使として蘇らせた場合再び殺される可能性が出てくるので、さり気なく魔界へ誘         導して転生させたわけです。004はこっそりやったつもりですが、あの2人は誤魔化せませんって。         これで、この話はお終いです。・・・・・・感想、お待ちしてます・・・・・・・。        戻る