ピアノをはじめる![]()
2才9ヶ月より母の手ほどきを受け、3才半より名古屋で小津恒子先生、藤井博子先生、杉浦日出夫先生にピアノを、中川喜久子先生にソルフェージュの指導を受けました。
藝高・藝大へ東京藝術大学付属高校、東京藝術大学で学びました。藝高は首席で入学。田村宏先生に師事、藝大では水谷達夫先生に師事。大学3年後期試験で第1位になり、遠藤雅古指揮/東京藝術大学オーケストラとピアノコンチェルトを弾くチヤンスにめぐまれました。現在も続いている藝大オケ/モーニングコンサートです。曲目はベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番でした。
ウィーン国立音楽大学ヘ留学藝大を卒業後、しばらく郷里の大垣女子短期大学、名古屋芸術大学で教鞭をとり、演奏活動をしていました。当時29才 「私に今しかできないことがある!」と思っていたところへ、ウィーン国立音楽大学ハンス・グラーフ教授の一言「ウィーンで勉強しないか?」。チャンス到来です。「この選択の結果は10年後にわかる」と信じ、ウィーンに留学。1984年10月オーストリア国立ウィーン音楽大学大学院演奏学科ピアノ専攻に入学、1986年11月全審査員一致の最優秀首席で修了。オーストリア演奏家国家試験に合格。
帰国後もウィーンヘ
毎年東京とウィーンを往復しています。ヨーロッパに飛び、自分の演奏に対する考え方をいろいろな角度から研究し、確認、発展させていくことは、私にとって不可欠です。東京〜ウィーン間は、48往復になりました。
「今、ヨーロッパ各地と東京を本拠に、コンサート活動をしています」
ヨーロッパでの主な活動1994年ウィーン芸術週間/日墺修好125周年の記念演奏会に招待され、日本の代表としてリサイタル。1995年チェコ/スロヴァキア音楽祭に招かれ、プラチスラヴァ室内オーケストラとモーツァルトのピアノ協奏曲K.595をピエスタニー、ヴォイニッチェ、トレンチン、バルデジョブにて協演。1996年エミール・タバコフ指揮、ブルガリア/ソフィアフィルハーモニー交響楽団定期演奏会のソリストに抜擢され、モーツァルトのピアノ協奏曲K.488を協演。コンサートの後、ベートーヴェンのピアノ協奏曲No.5『皇帝』とモーツァルトのピアノ協奏曲K.488のCDをリリース。2002年ポーランド国立ワルシャワ放送響とモーツァルトのピアノ協奏曲K.595を共演。演奏会の録音が国営放送からポーランド全土に放送されました。
2003年ドイツ/クラシッシェ・フィルハーモニー・ボン交響楽団定期公演で、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番を、ニュルンベルク、カールスルーエ、シュトゥットガルト、ブレーメン、ハンブルクで協演しました。全日程1500キロ以上を車で移動、そして演奏というハードなスケジュールでした。会場は、どこも1500〜3000席の大ホールで満席。ニュルンベルクでは、アンコールで2曲演奏、7回舞台に呼ばれました。シュトゥットガルトでは3000人からの大喝采。ブレーメンでは、1楽章のあと大きな拍手がおこりました。勿論アンコールを含め6回の呼び出し。最終日ハンブルクでは、アンコールのショパンのノクターンを弾き終り、暫く静寂の後、一人のご夫人が溜め息。toll!と叫び、拍手が盛り上がり、お客様がだんだん立ち上がって拍手、2階席では手を振ってくれた人も・・・大喝采とブラボーが続き、7回舞台に呼ばれました。嬉しい瞬間でした。
ピアノ協奏曲の協演とリサイタルピアノ協奏曲の協演は、ヴィヴァルディ=バッハ、モーツァルトK.466、K.488(3回協演)、K.537、K.271(2回協演)、K.595(10回協演)、ベートーヴェンNo.1、No.3(5回協演)、No.5(6回協演)、シューマン、リストNo.1(2回協演)、グリーグ(2回協演)、チャイコフスキーNo.1(2回協演)、ラフマニノフNo.2などを、クラシッシェ・フィルハーモニー・ボン交響楽団、ソフィア・フィルハーモニー交響楽団、ワルシャワ放送交響楽団、ブラチスラヴァ室内オーケストラ、新日本フィルハーモニー交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、東京藝術大学管弦楽研究部、アンサンブル金沢、名古屋フィルハーモニー交響楽団、モーツァルト祝祭オーケストラ、新ヴィヴァルディ合奏団、名古屋シティフィルハーモニー交響楽団、春日井交響楽団、NHK名古屋青少年オーケストラ、横浜アスターナ合奏団、名古屋バロック合奏団等、内外のオーケストラと共演しました。
毎年の東京文化会館でのリサイタルをはじめ、ソロ・リサイタル、コンチェルトをあわせて、250回以上になりました。
モーツァルトのピアノ・ソロ作品の全曲演奏
東京に日本モーツァルト愛好会というケッヘルの数だけ会員を集めようというモーツァルトの研究団体があります。1991年のある日、全曲演奏会のピアニストをさがしていた日本モーツァルト愛好会の幹部の目に、私のモーツァルトがとまったのです。そして『全ピアノソロ曲(フラグメントを含む)のコンサートをやってくれないか?』と口説かれたのです。
1992年から年2回、完奏までというお約束でした。25分位のソナタから50秒位の小品、4小節位の断片までおよそ179曲。11回のコンサートをへて、1997年に完奏しました。
日本人では初めて
ソナタやコンチェルトを全部、あるいはバリエーション全曲演奏したという方は何人かいらっしゃいますが、あらゆる小品や未完の断片も含めてということでは、日本人では初めてということでしょう。
室内楽ウィーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団とモーツァルトのピアノ四重奏を、また1991年から1992年にかけてウィーンフィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターのヴェルナー・ヒンクさん、チェロの首席奏者のフリッツ・ドレシャルさんとモーツァルト、ハイドン、ベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーン、ブラームスのピアノ三重奏を3晩共演しました。1994年には日本モーツァルト愛好会の依頼でウィーンフィルハーモニー交響楽団の首席奏者アントン・シュトラーカさんとも、オール・モーツァルトのプログラムで共演しました。
「よき共演者、いいホール、いい楽器にめぐまれることは、私にとって音楽的刺激、霊感をもたらす大切な出会いです」
師事した先生
ウィーン国立音楽大学で師事したハンス・グラーフ先生をはじめ、日本人では小津恒子、藤井博子、杉浦日出夫、そして田村宏、水谷達夫諸先生に、外国人ではエフゲニー・マリーニン、セルゲイ・ドレンスキー、イストヴァン・ラントシュ、ヨゼフ・ディヒラー、ハンス・カン、レオニード・ブルンベルグ、ユルグ・フォン・フィンチカー、ヴィクトール・トイフルマイヤー、クラウス・シルデ先生など、たくさんの諸先生の助言のもとに今の私がいるのです。
発売中のCD
ナミ・レコードからシューベルト:ソナタ第21番、モーツァルト:デュポールの主題による変奏曲ほか(WWCC7254)、ブルガリアで録音したベートーヴェン:ピアノ協奏曲『皇帝』、モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番(タバコフ指揮;ブルガリア/ソフィアフィルハーモニー交響楽団)(WWCC7294)、モーツァルト:3つのピアノソナタほか(WWCC7333)の3枚のCDが発売されています。そのほか、ベートーヴェン:ソナタ Op.13、Op.31-2、シューベルト:即興曲Op.90のCDがあります(VXD91068)。
現在 東京/松戸にある 聖徳大学大学院音楽文化研究科博士課程、音楽学部演奏学科教授として後進の指導にあたっています。2005年〜2008年までウィーン国立音楽大学で行われる夏期マスタークラス(Wiener Musikseminar)客員教授に就任しました。(社)全日本ピアノ指導者協会PTNA正会員、音楽大学代表委員、松戸アントレッタステーション代表。
2011年11月
原 佳大のホ−ムペ−ジへ
E-mailは こちらへ