DIARY
2007

0.0(***)
綴っていたはよいが、 迂闊にもアップロードを行なうのを忘れており、 以下はずっと眠ったままとなっていた。
纏めてアップロード。
考えてみれば、この日記帳、 2003年の末から始めていたので、通算するともう三年半程になり、 決して毎日書けている訳ではないし、 随分日と日に間があったりはするものの、 それでも続けているというのは我ながら感慨深いものがある、 少なからず。 連綿とではなく、何となく適当に綴っているから続くのだろう。 こんな日記帳を強制的に毎日書かされたら、 僕は二日で挫折するだろう。
どうでもよいことだが。

4.12(thu)
今年は多摩川での鮎の遡上が大変盛んらしく、 ニュース番組でも取り上げられていて、 出掛けたレポーターが激しく飛び跳ねるその力に驚嘆していたが、 それはそうだろう、 鮎は文字通り必死、命を掛け燃やして遡上しているのだから。
その懸命な鮎を澄ました面で無情にも白鷺が狙い食していて、 生態系のサイクルを感じたのだった。

4.9(mon)
次はどうやらドリアンが流行りそうな模様。

4.5(thu)
夜よ、明けないでくれ。
僕にはまだ闇が必要なんだ。

3.26(mon)
数年前とは既に状況が違う。
僕は最早若くはないのだ、どこに行っても、決して。

3.19(mon)
何事に関しても共通して言えることだが、 湧き上がる一時の感情に迷い、 その心の揺らぎに基づき、 判断や決断を下すのは危険だ、大変。 これは僕が今までの人生の中で学び得た 大切な教訓のひとつである。
一過性の感情は高温の発熱に似ている。 火が点くと、わっと盛んに燃え上がり、翻弄、 しかし、それは飽くまで短いスパンで以って、 熱は次第に、あるいは急速に醒めてゆき、 やがて底に残るのは淡い悲しみだったり、 途方もない酷い後悔だったりする。
一方で、不断の感情は微熱として、 いついつまでも燻り続ける。 どれだけ自らの手で目を耳を鼻を口を心を塞ごうとも、 厚く硬質な幾つもの扉を潜り抜け、入り込んでくる。 恰も実体のない隙間風のように。
僕はその微熱こそが真の情熱だと信じて止まない。

3.1(thu)
いつだって、何にしてもそうだ、 大切なこと、人、 僕は色んなことに気が付くのに酷く時間が掛かる。
掛かり過ぎる嫌いがある。

2.5(mon)
もう一度、僕は今試みようと思う。
その試みが、行為・行動そのものが、 僕にとって、また、僕を取り囲む世界に対して、 どのような意味を持ち、持ち得るのかはわからないけれど、 それでも、僕は敢えて試みようと思う。
当然のことながら、 試みには不安と失敗が付きものだ。 その底なし沼のような不安は尽きることなく増幅するばかり、 失敗も果てることなく、 自らの手で以って自らの首を絞めることになるかも知れない。
けれども、僕はやはり試みることを求めているのだ。 体の奥底から、精神の深層から、理性的にも本能的にも、 あるいは理性を超えて、本能を超えて。
摘み取り切った可能性の先を、今は唯信じ、 時として祈りながら。

1.2(tue)
無事に新年を迎えられたからといって抱負等を綴る気はさらさらなく、 ここに記しておきたいことも別段ないのだけれど、 お正月は暇だし、廃れてしまっているにしろ、 折角この日記帳も現存しているので、ふと少しだけ何か書いてみようと思い、 寒さに悴む指でこうしてキーボードを叩いている。
具体的に並べると限がないので逐一は述べないが、 僕にとっての前年度は色々な新しい力を得られた年でもあったし、 一方で様々な力を奪われた年でもあった。 しかし、考えてみればそれは去年に限ったことでもなく、 結局は毎年のこと、もっと言えば毎日のことなのだろう。 その得た力、奪われた力双方共に 僕が生きていくに際し大切なエネルギーであり、 単純に天秤に掛けられるものではなく、 人の細胞が日夜絶えず入れ替わっているのと同様に、 価値や感情や、思考、あらゆる力も 常に大きく入れ替わり続けているのだと思う。 いちにちとして同じ空がないように。 似ていたとしても、毎日どこかちょっとずつ違っているのだ。
少しだけ振り返ると、 前年の後半で気になったニュースのひとつに、虐めの問題がある。 あれだけ大々的に虐めの問題が世に波紋を生み広げ、報じられるのは 僕が中学生の頃以来だと思う、早十年前位だろうか。
某新聞では各分野の著名人が交代で 虐める側へメッセージを綴っていた。 これまで虐めの問題に関してマスメディアの殆どは 虐められる側にスポットを当て、根拠や確信を欠いた未来への可能性を説き、 無責任ともいえるエールを送ることが多かったが、 今日では世相を反映してかその当て方に変化の傾向が見られる。 若年層に拠る殺傷事件の増加に伴い、 命については自他といった区別、相違はないのだという 観点に拠るところなのかも知れない。 一理あるものの合点がいかない部分も多々あるが、 兎に角そのような傾向にあるようだ。
それぞれ用いる言葉、文体、文法、文脈は異なっているものの、 内容は大体同じで、各コミュニティにおける 虐める行為それ自体の存続性は認めつつも、 それでもその行いへの非難と反省、回避の呼び掛けに留まり、 僕はそれらの記事を通して数回読み直したのだけれど、 前途ある子供が対峙しているデリケートな問題故か、 読めば読む程どの著者も歯切れが悪く、 多かれ少なかれ投げ掛ける言葉にどこか迷っているように思えた。 中には、譬えそれが正論であるにしても、 虐めを行なう、受ける立場に正にある子供が読んだ際には 少なからず気分を害する、生への希望を抉るような、 想像力に欠ける悲しく、絶望的で残酷なメッセージもあった。 言葉を生業とする者であるならば、 子供へ向けられたメッセージであることを前提に書いたのであれば尚のこと、 もっと別の伝え方があろうだろうと思わずにはいられなかった。 しかし、その著者も心底迷い悩んだ末に連ねた文章なのだろう。 つまり解決策は誰にもわからない、 僕にもわからないし、そもそも残念なことに 虐めの問題に関しては普遍的な解決策なんてないのだ。 そのことを腹の内でしっかりと理解しているからこそ、 それぞれがそれぞれに言葉の選択に迷っているようだった。
虐められる子供、過去虐められた経験を持つ子供の親が書いた 投稿記事にも何度か目を通したし、 その他雑誌やテレビ、各種メディアでもその類の記事や報道を 数多く目に、耳にした。 やはりというか、その中で最も僕の心を大きく打ったのは 前述の子を持つ親の綴った文章であった。 それらの文章はどれも丁寧に紡がれ、修飾がなく、切実、 現実から切り離されることのない生身の、 喜怒哀楽を超越した深い慈愛に満ち満ちていた。 敢えて陳腐な言い方をするのであれば、 僕はそこに親の子への紛れもない、愛を感じたのであった。

という訳で、2007年です。


2006

11.18(sat)
『LAST SCENE』のように、 静かに、静かに、ただ静かに、夢を見ている。
(the hall in silence, everyone in the dreams.)

9.10(sun)
スーパーカーは歯を磨きながら聴くのに丁度よい。

9.9(sat)
歩かないと阿呆になる。

8.13(sun)
最近機会があって、 改めてドラえもんの「のび太の結婚前夜」と 「おばあちゃんの思い出」、 「さよなら、ドラえもん」と「帰ってきたドラえもん」、 「あの日あの時あのダルマ」を読み返した。 どれも話の筋自体は取り立てて独創的でもないし、 登場人物の言動に幾分感心出来ない点もあるのだけれど、 そういったことを差し引いても 随所に心を惹き付け、震わす台詞や行動、表情があって、 思わず感動してしまった。
僕たちが何らかの物語に触れる時、 登場する人物や設定が余りに欠点がなかったり、 矛盾がなかったりすると、 それにより憧憬や現実味は帯び、高まるのかも知れないが、 強い感動は生まれない気がする。 物語はやはり全てに欠落があり落度があり、 矛盾があるからこそ却って面白く、 四次元的な広がりが生じるのだろう。 ドラえもんが高い人気を誇るのは 特にそれに拠るところが大きいように思う。
現実は至るところに拭い切れぬ欠落があり落度があり、 幾らでも大きな矛盾が付き纏うものだから。

8.5(sat)
気付いたらもう八月になっていた。 小学生を始め中学生・高校生、大学生は 正に夏休みの真っ直中だろうか。
音の響きからして、夏休みってよいですよね。
人に依るのだろうけれど、 何だか色々と特別なことが出来そう気がして、 でも実際のところそれ程たいしたことは出来なくて。 いつの間にか終わっていて、 それがまた無性に切なくて、寂しくて。 殊更何もしなくても、出来なくても、 夏はそれ自体が特別な季節なのかも知れない。

7.1(sat)
今日から煙草が値上がりしましたね、 僕の吸っているラーク・マイルドは本日より三百円となりました。 それでも今のところ止めるつもりはないし、 正直なところまだ止められそうにもありません。 とはいえ、何故だろう、 いつかはふと止める気がします、何となくだけれど。

6.26(mon)
特に腹が立つというのではなく、唯ふと疑問に思うのだけれど、 そもそも電車の中で携帯電話をマナーモードに切り替えず、 大音量で何度もコールがあって、 どう考えても本人にも聞こえていない、 気付いていないはずはないだろうに、 すぐに受話しなかったり切断しなかったり、 また、わざわざボタンの確認音の設定をオンにし、 弄繰り回す度に音を発生させたりしている人が結構数いるのだけれど、 何故なのだろう。
やはりその人なりに何か意図や意味するところが あってのことなのだろうか、なかなか不思議です。

6.23(fri)
いよいよ暑くなってきて、 梅雨が明ければまた夏やって来ますね。 僕にとっては人生25回目の夏になるのだけれど、 その前に最近いつも以上に毎日眠くて眠くて敵わない。 初夏眠したいです。

4.30(sun)
久しぶりにエッセイをアップしました。 ずっと書いてみたかったことのひとつです。
毎度のことながら、 余り纏まっていないけれど。

4.28(fri)
夕餉時の地下鉄の車輌、 座敷の前に立ち吊革に掴まって揺られていると、 お腹にまた新たなる生命を宿した母親と 幾つ位だろう、幼少の女の子が腰を下ろして プラスチックの容器に入ったベビーぼうろを摘まみ摘まみ、 暫くするとお菓子にも飽きた子供のために母親は 鞄から二冊の絵本を取り出したのだけれど、 一冊は僕も好きなエリック・カールの「はらぺこあおむし」で、 もう一冊はよくわからないけれど 動物園や川や木々や丘等が描かれたシートに添付のシールを 貼っていく学習的な要素を含んだタイプのもので、 母親が我が子に選択を迫ると子はシートの方を選び、 特に興味を抱き、集中する訳でもなく 母親の膝の上に広げられたシートに 徐にシールを貼っていっていた。 よくある光景かも知れない。
僕は暇だったので、 何となく女の子がシールを貼付してゆく様を見ていたのだけれど、 女の子は好き勝手にクマを川に流してみたり、 アシカを丘に寝そべらせてみたり、 キリンの首にパンダを巻き付けてみたりしていて、 全く然るべき場所に然るべき動物を ポインティングさせておらず、 僕は図々しくもそれは違うなそれも違うなと ひとり悶々としていて、 直ちに訂正してしまいたい気持ちに駆られていた。 よくいる阿呆かも知れない。
しかし、よくよく見てみると、 クマは「さかな」と書かれた青いバケツを手にしていて、 アシカは眠たそうに両の目をとろんとさせていて、 また、キリンとパンダはお互いなかなか交友的な様子で、 考えてみればクマは川で魚を捕っているのかも知れず、 アシカはのどかな日和に丘で 日向ぼっこを貪っているのかも知れず、 キリンとパンダは昼下がりの 束の間の会話を楽しんでいるかも知れず、 要するに僕は人知れず 自身の想像力の欠乏に、 詰まらぬ知識の含有に、 無性に羞恥を強く感じたのでした。
僕は何度でも子供用の絵本を繰り返し読み直す必要がありますね。

4.1(sat)
早いものでもう四月です。
それぞれがこれまでの生活だったり人だったり 習慣だったり環境だったりに暫しの別れを告げ、 また新たなる生活や人、習慣や環境等等に 出会い、それぞれに時間を掛けて 身を落ち着かせてゆくのだろう。 不変とは常に過去に対してのみ発動され得るものであり、 続く現在とは紛れもなく絶え間ない変化の連続で、 こうしている間にも我々の細胞は刻々と代謝を経て、 新しい自分へと生まれ変わり、 その延長線上に未来があるのだろう。 人生とはその繰り返しですね。
久しぶりに心身共にくたくたに疲れ果て、 浸かっていた浴槽で四時間以上も寝てしまっていた。 体が寒さに震え、水分を奪われて乾き、 目が覚めたら朝方になっていて心底驚いたのだけれど、 お風呂で寝てしまうのは非常に危険なことらしいので 気を付けたいものです。 気を付けて下さい。

3.7(tue)
気付いたら一ヶ月以上書いていなかった。 自分ではよくわからないけれど、 取り立てて記すところのない、 感度の低い日々を過ごしているのかも知れない。
その間に、寒暖の差は相変わらず激しくも、 確実に冷え込みは緩和、 少しずつ暖かくなってきており、 漸く春を感じられるようになってきていて、 地中では各種生命が柔らかな陽の下に 飛び出す機を窺い狙い、 その身支度をそわそわと踊り落ち着かぬ心持ちで 始めているのだろうことを察する。
中には僕のように怠慢な者もいて、 いつまでも深い眠りに就いていたいと 心底願っているのかも知れない。
それを考えると、 春の到来は確かに浮き足立つ面大きい一方で、 なかなか残酷な季節の訪れでもあると言えますね。 僕は早速花粉症、 目と鼻と喉の奥がむずむずと痒くなってきています。
いずれにせよ、四季はよいものです。

1.23(mon)
触れるのも情けなくなるが、 巷で騒がれているライブドア・ショックは 本当にどこまでも想像力に欠けた 経営方針の惨憺たる結果だと思う。 企業を組織するのは人であり、 ひとりひとりのマン・パワーだろう、 それはどのような経済状況であれ、 環境下であれ不変なのだから、 そういった力を強化するべきであり、 そこにこそ真価は表れるはずだ。 一時の数値や風説に流され踊らされ、 死んだ金に一喜一憂する投資家にも責任はあるだろう、 それ故に昨今はすごく詰まらない市場に なってしまったと思うし、 我々がそのような市場形成に 大きく加担にしているのだと思う。 これまでも今も余りにワイドショー的に、 茶番に過ぎる報道を繰り広げてきた、繰り広げている マスコミにも呆れ返ってしまうし、 そのような中、渦中にある方々に憧憬や希望や未来や夢を 真に見出し、託していた人たちの 声はどこに行ってしまうのだろう、 酷く遣り切れないのではないのだろうか。
虚飾という点では早くも忘れ去られがちにある 耐震強度の偽装工事と随分通じるところがある。 不正な株の操作をして収益を生み出し、 更に決算報告を水増しし、粉飾ししても、 本当の意味での市場の活性化には全く繋がりはしない。 それは経済の場に限ったことではなく、 どのシーンでも同様だと思う、 音楽でも出版でも、 あるいは食品でもファッションでも サービスでも何でも。 自分の身近なジャンルに当て嵌めてみて考えると、 どれだけ悲しい騒動であることがよくわかる。
今回の騒動で東証の致命的な脆弱性が漸く露呈され、 世界的な信用をも失いかねない (既に失った面も少なからずあるだろうが) 事態に陥ったのだから、 大変な手間なのかも知れないけれど、 東証は一刻も早くシステムの補強を図るべきです。 ライブドア・ショックから学べる 今後に大きく生きるひとつの教訓なのだから。

1.21(sat)
今朝目が覚めたら 大きな埃みたいな雪が天から静々と、 ベランダや向かいの家の屋根には 結構な量の雪が積もっていて、 その色は空との境目を曖昧なものにしていた。 まだまだ厳しい寒さが続きますね。 さすがに寒さが身に沁み、堪えます。

1.17(tue)
毎朝駅へ向かって歩いて (正確には走って)いると、 ちょうど駅のロータリーのぐるりを、 あれは教歌というのだろうか、 某宗教団体の信者らが高らかに 歌を歌いながら練り歩いているところに 出くわすのだけれど、 時間を気にしてせっせと走っている僕に 彼らはいつも丁寧に朝の挨拶をして下さる。 存在性に対し客観的には関心はあるものの、 僕は主体的には宗教に全く興味がない。 しかし、この寒い時期に 自分の属する宗教に何を求めて、期待して、 世間から余り気持ちよいとはいえない 視線を浴びながらも わざわざ早朝から練り歩くのだろう。 そして、その扇動力と原動力は 一体どこから来るものなのだろう、と思う。 同じように早起きするなら 僕だったらひとりでのんびりと 出来るだけ木々の多い公園を気儘に散歩したり、 まだ陽の当たらぬ家の暗がりの中ででゆっくりと 濃い熱々の美味しいコーヒーを飲んだり、 固く甘酸っぱいリンゴでも頬張っていたい。
僕は決して宗教の経典や教義、 それらの従事によるところの 利益に疑念を吹聴しようとしている訳でもないし、 宗教の存在自体を非難している訳でもない、 そのような各々のテーゼを信じる方々を 見下している訳でもない。 何を信じるとか支えとするかなんて 実に人それぞれだし、 それに関して第三者が口を挟む余地も 権利も資格もないと思う。 もちろん、 社会的な観点や倫理やルールから 甚く外れた思想は危険だし、 往々にして不幸を招く誘発性を有している 可能性があるので、 認められない点はあるのだろうけれど。
僕自身について言えば、 宗教を支柱として生きることは 多分これからもずっとないと思う。 恐らく、宗教団体は程度の差はあれ ピラミッド型で人員構成が成されているのだろう と察するが、その頂点に立つのは僕たちと 大きくは変わらぬ人間で、 何らかの人の心を惹き付ける 特殊な能力を持ち合わせているのかも 知れないけれど、 絶対的な存在としての神ではないだろう。 あるいは、 頂点に立つのは目には見えない神、 もしくはそういった種類に準ずる存在かも知れない。 それでもその神、 神に準ずる存在の意思、意向を 実際に団体員に告げ、 教えを説くのは人間だ。 だから、結局は人間が思考し、 言葉によって発する域を著しく出ていない訳で、 しかもそれらの概念はあやふやだろう、 具体的に何に基づいて派生する思想なのか曖昧だろう、 そういった何やかやを己の生の全うの中心に 引っ張って持ってくることは僕には出来ない、 上手く飲み込めないし、納得がいかない。
しかし、毎朝某宗教団体員が歌を唱えているのを 耳にしていると、 こんな僕でもふとした拍子に頭の中で教歌がリフレイン することがあって、 なかなか恐いものだと思う。 狭い密室に無理矢理閉じ込められて、 繰り返し繰り返し聞かされたら 余程注意深く意識を保ってないと 危ないんじゃないだろうか、 気付けば脳や心の深い部分に刷り込まれ、 洗脳されてしまう可能性は誰もが ないとは言えないと思う。 そのような個人的な希望とは別の、 意に反した入信の方法を採る宗教や 宗教団体にはやはり普段に気を付ける必要が あるのかも知れない。

1.14(sat)
今週は一転して金曜日から二、三日は 三月頃の気温になるとの予報だったのに、 金曜日は寒く、また今日も酷い雨降りの上に更に厳冬、 予報はなかなか当たらないものですね。 長野と新潟の県境の土地は 僕なんかの想像を絶する程の豪雪で、 そちらでは今日は気温が上昇したらしく 雪崩が警戒されているが、 そういった土地に身を置く方々は 天気の動向は相当に生死に関わる問題であろうから やはり予報にも敏感になっているのだろうか、 どうなのでしょう。
最近フルボリュームで面白い音楽が聞きたい、 フラストレーションが溜まっているのだろうか。 色んな意味合いで破壊力のある、 エモーショナルな音楽を。 そして、一方で静かにゆっくり美味しいお酒が飲みたいです。

1.13(fri)
NHK総合で21時前に放映している 天気予報で表示される 曇りの予報のマークがどうしても 大蒜にしか見えないのだけれど、 僕だけではないはずだ。 毎回目にする度に大きな大蒜が 降ってくるように思ってしまう。 お暇な方はぜひご確認の程を。

1.11(wed)
一寸も身動げぬ人いきれで生温かく、 淀められた満員の電車に揺られていると 次の停車駅を告げる決まって 必要以上に低音ボイスの車内アナウンス、 聞くともなしに耳を傾けていると、 その男性車掌は堪え切れなかったようで 中途で横隔膜の痙攣を起こしてしゃっくりを上げたが、 その後落ち着き払った様子で冷静に簡単な訂正文句を入れ、 先を続けた。 僕はそのような経験は初めてだったので ちょっとした人間味を感じさせるその車内アナウンスは 意外だったし、面白かったし、 姿の見えぬ車掌に些か興味を惹かれた。
世の中の多くの接客や対応、業務は 大体のマニュアルが存在して、 概ねその通りに進行させていく訳だが、 例えその中で多少の失敗や不発があっても 当人の想像性を駆使して、 もっと自由に行なった方が愉快ではないかと 僕には思われ、時々口惜しい気持ちになる。
話は変わって、 電車内に限らず公共の場において 残念ながら最低限のマナー、秩序すら 守られていない場面に遭遇することが間々あって、 どのような考えや事情があってかはわからないけれど、 何をも顧みずに鳴らされる携帯電話の着信音や 大声での通話、座席の横着な使用、 状況を弁えぬ不平や不満等、 挙げれば全く限がない。 僕自身も決して出来た人間ではないので 普段を反省せねばならないところも多々あるが、 それでもひとつだけ声を上げて言いたいことがあって、 それは大変揺れながら運行する電車内で、 一人で座席の前の吊革を複数使用するのは控えて頂きたい。 僕だって掴まりたいし、 掴まなければ気を緩めたら瞬時に横転しまいそうになるし、 踏ん張るのはなかなか辛いものなのです。 一人でふたつ程を束ねて利用する人が割に多くいるが、 僕としては一人で一人分の幅以上のシートを 占有する人よりも合点がいかない。 あれは一種の暴力だと思う、やめてね。

1.9(mon)
個人レベル、社会レベルも関係なく、 自己啓発だって夢実現だって 世界平和だって地球環境保護だって同じだろう、 今日出来ること、 今日にしか出来ないことを今日行い、 明日に出来ることは今日は行なわず、 未来のために今日出来ることを 一時間でも一分でも一秒でも行い、 日毎積み重ねていけば、 いつかその希望の花は咲き、実を結ぶだろう。

1.2(mon)
毎年お正月は 心弾み踊り、浮き足立つような天候に恵まれ、 空は青く高く、 悠長な様子で 綿飴みたいに薄く柔らかそうな雲が少し、 けれど今年は愚図愚図とした空模様で、 触れれば泣き出しそうなナイーブさを秘め、 少なからず残念です。 初詣の参拝も場所によっては境内が砂地のために 所々に水溜り、水捌けの悪さも起因して足場も悪く、 ちょっとした鬱々をも感じずにはいられなかった。
とはいえ、久方振りの雨降りなので よいお湿りで、乾いた空気も幾らか回復しただろうか。 晴天ばかりは続かないし、 晴天ばかりが続いても困ってしまうので、 よかったのかも知れない。
新年明けましておめでとうございます。


2005

12.31(sat)
本年もいよいよ今日で終わりです。
この一年を振り返ってみると、 様々な面で 僕は例年に洩れず、あるいは例年以上に 迷いの多い年であった。 また、それだけに大変気付くこと、 気付かされることの 多い年でもあった。 一見の袋小路に行き当たって 流した涙も絶え間ないフラストレーションも、 絶望も希望も、 今ここに僕が僕としてこうして 何とか生きているという観点から見れば、 やはりそれは決して無駄ではなかったと思う。 もちろん、まだまだこれからだと思うし、 この一年での過程に対する結果の如何は 現時点の僕にはわからない、 僕はまだ僕の中で依然燻り続ける何かに対しては まだ全く何ひとつをも遂げられていないのだから。
唯、少なくとも漸く始まるのかも知れないという 予感を感じていて、 またそこには始めようという意思があって、 暫くは兎にも角にもその予感と意思とを 来るべき確信に向けて大切に、信じ、温め続け、 いちにちいちにちを大事に、どれだけでも 学び、成長、躍進して行きたいと思う。
それだけのことを気付くのに、 そして、覚悟を決めるのに 約24年の歳月が掛かった訳だけれど、 僕は何事にも時間が掛かるのです。 とりあえずの安易な希望に縋るのではなく、 恐怖に慄きながらも、 小さくも大きな一歩を踏み出せたのだと 信じたい一年であり、 そうであったとも思える一年でした。

僕自身のことはさて置き、 ここからは 特定の友人に向けた文章を綴る。 読んで貰えるかはわからないけれど、 お時間のある時にでも いつか目に留めてくれたら、 目を通してくれたら、と思います。
何事にしてみても、 僕が言えることなんて全然大したことではない。 人が経験を通じてでしか何事かの真実、 もしくは核心を語れないのであるとしたら、 それは尚更のことで、 僕がこれまでに身を持って成してきた経験は どれ程の価値があり、意味があるのかはわからないし、 もしかしたら恐ろしく無価値であり、 無意味であり、不毛なのかも知れない。 しかし、全く無駄ではなかっただろう、 ないだろうという曖昧な一点のみを信じ、頼り、 出来るだけ責任と覚悟を持って言葉を投げ掛けてきた。 それら全ての言葉の行方に関しては 受けてくれた方が上手く消化してくれたら、 と願う他ないところだけれど。
僕は生きているという感覚より、 生かされているという感覚の方が断然強い。 それは僕がまだ未熟で未完故なのだろうけれど、 人は多かれ少なかれ何かに、何者かによって 生かされている部分があるのだろう。 例えば僕はそれを澄んだ夜空の星を望んだ時に、 荒れ狂う大海を目にした時に、 闇夜に浮かぶ森林を彷徨った時に取り分け強く感じる。 僕は独力で生きているのですらはなく、 まだ生かされているに過ぎず、 そのために存在と責任と覚悟の軽さと曖昧さを覚える。 往々にして人が死に甘美な誘惑と印象を 少なからず受けるのは それためなのかも知れない。 人は場合によって、 生かされ抜く、生き抜くことは 死へと踏み切るよりもずっと絶望し続け、 恐怖に怯え続けて行くことでもあるから。 不甲斐なくも、今の僕には安易に生きることを肯定し、 死ぬことを否定することは出来ない、絶対に。 それは各々の価値基準、判断基準に 大いに委ねられた問題であるし、 善悪の彼岸、 そして、僕の想像の範疇を 遥かに超越した問題でもあるだろうから。
ここまで書いてみて、 僕は何だか酷く見当違いなことを述べている気もする。 年の暮れにまた暗く鬱蒼としたことを綴り、 もしかしたら目にした人を嫌な、不快な気持ちに させてしまっているかも知れない。 更によくないことに、この文章には結論がない。 僕は当然結論を知らないし、多分誰も知らないだろう。 だが、この文章を通じ、 何かを幾ら程でも感じてくれたら幸いなことだと思うし、 あるいは何も感じ入るところがなくても、 それはそれでよいような気もする、 特に意味を持たぬ、 詰まらない戯言なのかも知れないと、僕自身が思うから。
僕が最近感じることは死はいつだって 僕たちのすぐ傍に存在しているということです、 生と死は極めて隣接し、密接に関わり合い、繋がり合い、 甚大な影響を及ぼし合っているのだと思う。 だから、死について考えることは健全であろう、 決してマイナス方向への思考傾向でもないと思うし、 弁証法的に、生を考える上で必須であり、 転じて、前向きで肯定的な思考であると考えている、 個人的なひとつの考え方としては。 死を暗闇に、底へ底へと目立たぬ存在として追い遣り、 葬り去り、 死について考えることを不健康と見做し、 生のみを考えることを善とするならば、 それは恐怖や痛みを覚えぬずっと脆弱な、 果てしなく想像力の欠けた人間のプロダクトへ、 その危惧を感じるのです。
僕たちはこれから否が応なしにたくさんの死を目にし、 その死に触れ、 そして、自らも死へと近付いて行く。 死への思考は恐怖や絶望、暗澹が伴うが、 その始まりを意味するのではなく、 寧ろ生まれたばかりの赤子が泣くように、 そこから希望が発生するのだと思います。 いつだって希望は絶望こそから生まれ、 絶望こそと共に生じるものだろうから。
非常に個人的な意見や考えを述べさせて頂きました、 かなり偏ったものの見方、捉え方なのかも知れない。 僕もそれは重々承知の上だし、 実際のところ上記の内容に関しての 啓蒙、もしくは諦念に、 生に対する発展性のダイナミズムを 有しているのかどうか自信がない。 でも、一過性の儚く苦々しいセンチメンタリズムで 述べている訳でもないし、 生にどう仕様もないジレンマを感じている訳でもない、 大いなるアンビバレンスはあるかも知れない。 きちんと伝えられたか、伝わるかはわからないけれど、 今の僕が正直に思い、考えるところでした。
よいお年を。

12.19(mon)
先週末よりめずらしく体調を崩し、 不甲斐なくも寝込んでしまった。 今回の風邪は喉からでも鼻からでもなく、 吐き気と腹痛、頭痛、悪寒、 そして関節痛が酷く、 全身の骨が粉々に砕けるかと思う程で、 厚い毛布を何枚も重ねた掛け布団を纏っていても 鳥肌が立ち、横になっていても 骨がぎしぎしと音を立てて軋み、 玉砕しそうな痛みに襲われ、 風邪で寝込むなんて久しぶりだったので、 恐怖を感じ、高熱に魘され、 深い眠りに就いていた週末の記憶が 殆どない。 風邪もなかなか侮れません、恐ろしいものです。
過去を振り返ってみると、 僕は割に年末に体調を崩すことが多いようで、 それも大体が今回のような種類の 予防に難い風邪がその大半を占めている。 喉や鼻の調子が悪ければ 体調の異変に気付き易いが、 多少の熱なら然程気に掛けず、動けるが、 極度の吐き気や悪寒や関節痛というのは 残念ながら 日常生活にかなり支障を来たすことになる。 というのも喉や鼻の不調であれば、 これも大変辛いことには変わりないけれど、 人知れず喉の痛みに耐え、 鼻に綿でも詰めておけばよいが、 吐き気や悪寒、関節痛の極みは 自覚もなく唸り、悶絶、 多かれ少なかれ表情に出てしまうし、 何か言葉を発そうものならば 嘔吐しそうになるし、 それを抑えるために歯を食い縛り、 力が入り、全身から凄まじい冷汗、嫌な汗、 平然を装うのは困難なのです、僕の場合は。
困ったものです。

12.7(wed)
いよいよ寒くなってきて、 気付けば師走です。
僕は正直なところ、 そろそろ歳を取るのが 恐くなってきている。 生きていると、 確かに色々わかってくることもあるが、 それは海の砂浜における一粒の 砂程のものだろうとも思う。 死ぬ前に僕は この世のどれ位の物事が わかっているのだろうと考えるが、 それもやはり、 砂浜に手を突っ込んで掬っても 指間から零れ流れ落ちてゆく砂があり、 そして、 やがて手の内に残る程度の程でしかないはずだ。

12.6(tue)
他者に何事かを伝えようとする時、 僕たちはあるいは身振り手振り、 表情や声のトーン等の変化も その意思伝達のための ひとつの要素として 一応は持ち合わせてはいるものの、 基本的には言葉を用いる訳だが、 言葉というのは難解で、 僕は生まれ、大体育った日本語圏で 生活をしていて、 つまり日本語は僕にとっての 母国語となるのだけれど、 その母国語である日本語ですら 僕は上手く行使することが出来ないことに これまでどれだけ心を煩わせてきただろう、 それ故に誤解も当然生じ、 方々で嫌な思いをさせてしまったことと思うし、 逆に嫌な思いもしてきたのだけれど、 常に考えるが、 結局のところ言葉というのは所詮は 間に合わせでしかないのだろう。 日本語特有の曖昧さ、性質も もちろんあるのだろうけれど、 意思の精確さを求めれば求める程 僕はそこから離れて行ってしまうのは なかなか苦しい。

12.3(sat)
実に数は限られているが、 どれだけ耳にしても 尽く感情の琴線に触れる 音楽というのがあって、 それはきっと聴き手である 僕の心が流れる音音に共鳴し、 大きく震えているからなのだろう。

12.1(thu)
もちろん僕が頼りない人間である為、 というのもあるけれど、 それを踏まえても、 一般的に女性というのは 男性と比較してみても、ずっと逞しい面が あると思う。

11.24(thu)
酷く倒壊の恐れのある、 耐震工事を欠いた 欠陥住宅が連日紙面やニュース番組を 騒がせていますね。 背後で随分金が動いているんだろうな、 と思う。 僕は建築に関しての知識は全くないけれど、 想像力を垣間見ることの出来ない 構造計算書の偽装や 利益第一主義の施工を行なった企業、 人たちに対する処罰の決着はともかくとして、 様々な経緯を経て それらの住居に腰を据えてしまった 方々の生活の保安の対応を優先、 早急に守って欲しいと思う。 僕が言うまでもないと思うが。
個別住宅にしてもマンションにしても、 アパートにしても、 己の住居を決めて、構えるのは 多分に手間と時間と金の掛かる作業だと察する。 それがとりあえずの仮の住居 (僕らはみんないつだって人生における 仮の棲家に差し当たっては 落ち着いているのだと思う) だとしても、やはり決断するのは 面倒なものだろう。
今回のような騒動を目にして、 世や社会に対して 不平や不満を並び立てるのは 一過性の感情を含んでしまうので 個人的には余り好まないが、 日本は絶対的に地震の多い国ですよね。 関東大震災だってあったし、 新潟地震だってあったし、 北海道南西沖地震だって 阪神・淡路大震災だって 鳥取県西部地震だって 北海道十勝沖地震だって 新潟県中越地震だって 福岡県西方沖地震だって 宮城県沖地震だってあった。 今この瞬間にだってプレートは 絶えず活動を続け、 体に感じなくともその振動は止まない。
僕は幸い今のところ大いに身に危険を 感じる地震には遭遇したことはないけれど、 住む地域の地盤が弱いので、 大型トラックやバスが近くの大通りを 通過するだけでも家は震え、 微震でさえ起これば動悸が高鳴り、 すごく不安になる。 欠陥住宅に住まれることになってしまった 方々はきっとそんな僕の恐怖や不安なんて 比にならない程 そういった恐れを感じ続けてているのだと思う。 コストの削減とは何だろう、 そのような方々への想像力を 著しくシャット・アウトすることなのだろうか。 もっと洗練されたコスト・ダウンの 方法が他にもっとあるんじゃないだろうか。 例えそれが一見非常に微塵な削減ポイントであれ、 そのような小さな積み重ねが 若干若干企業利益を潤わせてゆくのだと思うし、 よりよく循環させ、 また利用する方々の信頼を厚いものとし、 企業としての評価を高めるのではないだろうか。
もちろん今回の問題に関わる企業や事務所に 日々懸命に従事する人たちの全員が 想像力を欠いているとは思わないし、 色々と声に出せない大変苦しい想いを しているのだろうとも思う。 そして、僕も随分と阿呆な人間だが、 少なくとも明らかに想像に難くない想像力をも 持ち合わせない 詰まらない人間にはなりたくないと思う、 それにより何を得ようとも何を捨てようとも、 広義な意味合いでの想像力だけは 失いたくない、絶対に。
ところで、 最近は連日天気がよいですね。 日中は日向にいると温かいだけに、 日が暮れてしまうのが悲しい。

11.17(thu)
先日より烏賊の墨みたいに 全体的に真っ黒い大便が出る、 原因はわからないのだけれど。
以前烏賊墨のカレーを食べたことがあって、 その時もやはり真っ黒い大便が二、三日続いて 大層驚いたものだが、 今回はそのような色素あるものは 一切口にしていないし、 腹の調子が (胃なのか腸なのかわからないけれど) よくなく、ずっと鈍い痛みが続く。 どうしてだろう、わからない。
その内治ると思うが、 どこまでも真っ黒い大便というのは 実に気味が悪いものです。

11.16(wed)
久しぶりにビリヤードをやったのだけれど、 未だに僕は8ボール、9ボール共に ルールの理解が曖昧で、 しかも双方のルールが混乱しているので、 知っていても損はないだろう (得もしないが)と思い、改めて少し調べてみた。 一応のメモとして、 8ボール、9ボールそれぞれの簡単なルールを 記しておこうと思う。

8ボール
的球は1番から15番までの15個のボールを使用。
三角形にラッキングし、その中心に8番、 両端にローとハイのそれぞれのボール。 他のボールは適当に配置。
僕はこれまでラックの組み方に きちんとした並びがあるのかと思っていましたが、 それは他の遊び方の場合(例えばローテンション)で、 8ボールには特にないようです。
勝敗はローとハイとに分けた持ち球を 全てポケットインした時点で 8番を落とす権利が発生し、 知らなかったことだが、 次のショットから、 その8番を落とすことによって決まる。 ちなみに、8番はコールショットで、 コールをした指定のポケット以外に落としてしまったり、 あるいはファールをしてしまったら 負けとなる、厳密には。 また、この8ボールの場合は 権利を得る前、すなわち持ち球を全てポケットインする前に、 直接的、間接的に関わらず、 8番を落としてしまったらその時点で終了となる。
ローボール、ハイボールの割り振りは ブレイクで落ちたボールには関係ないらしく、 その時のテーブル上の配置によって決まるらしいが、 僕はこれもルールに反して行なっていた。 何もポケットインを為されなかった場合は プレーヤーが交代となり、 次のプレーヤーが何れかのボールをポケットインすれば、 そのボールによって、ロー、ハイの持ち球が割り振られる。 その後は持ち球の番号には関係なく、どれをも狙え、 持ち球のボールがポケットインし続ける限り プレーは継続。 ファールをした場合はフリーボール、 好きな位置に置いてリスタート。
自分の持ち球と共に 相手のボールを落としてしまった際には、 その相手のボールに関しては相手の得点になるものの、 自分の持ち球もポケットインしていれば、 プレーを継続出来る。 相手のボールのみをポケットインしてしまった場合は ミスとなり、プレーヤーを交代。
前記の通り、 自分の持ち球を全てポケットインさせたら、 8番を狙う権利が発生、 次のショットから8番ボールを落とす ポケットをコールし、その通りに落とせば勝ちとなる。
ブレイク・ショットで 8番がポケットインしてしまった場合は ブレイクしたプレーヤーが 再ラッキングを要求するか (僕はしないだろうな、再び組み直すのは面倒だもの)、 8番をフィットスポット (ラッキングの時に先端を合わせる印部分) へ戻してプレーを継続するかを選択する。

9ボール
これまでに僕が遊んできた9ボールは US9ボールと言って、 それとは別にジャパン9ボールというのもあるが、 これは得点で競う。 ジャパン9ボールは何だか面倒そうなので 今回はUS9ボールについて記しおこうと思う。
9ボールは的球を1番か9番の9個を用い、 1番を先頭、9番を中心に配置し、菱形にラッキング。 2番から8番はやはり適当に。
流れとしては、 手球をテーブル上の最も若い番号の球に当ててゆき、 9番ボールを先にポケットインした時点で勝敗が決まる。
8ボールも同様だけれど、 基本的には先攻、後攻はバンキングで決める。
バンキングについて少し記しておくと、 プレーヤーがボールをヘッドライン (ブレイクの際に手球をセットするヘッドスポットより内側) 内に置いて、 反対側のクッションに向かって撞き、 跳ね返ってきたボールの停止の位置が手前のクッションに 近い方が先攻か後攻かを選択。
バンキングに関し、 反対側のクッションに届かなかった場合、 テーブル上のセンターラインを越え、 相手の方に転がって行ってしまった場合、 スクラッチ(手球がポケットイン)した場合は失格。 一方で、自分の側のサイドの長クッションに当たった場合は有効。
通常はバンキングの勝者がブレイク。 ブレイクやショットで的玉がポケットインすれば、 プレーは続行出来る。 手球が正しい的球に当たった後であれば、 何れの球がポケットインしても有効で、 8ボールとは異なり、 間接的に9番が落ちれば、 そこでゲームの勝敗が決定する。 ミス、またはファールをした時点で プレーヤーは交代。 ファールの処理はフリーボールとなり、 相手のプレーヤーはテーブル上の好きな位置に 手球を配置することが可能。 テキサスのルールに従えば、 ファールの時にポケットインされたボールは、 9ボール以外であれば フットスポット (ラッキングの時に先端を合わせる印部分) には戻さなくてよい
9ボールは8ボールとは違って 運に左右されることも多いだろう、 偶然でも9番ボールが落ちれば勝ちとなるので。 でも、バンキングで負けて、 相手がノーミスで 次々とポケットインしていってしまったら、 ルール上当然順番が回って来ないこともある訳で、 精確なショットの必要性はもちろん、 読みの深さが求められますね。

僕は大変な亜流でこれまで遊んできた訳だけれど、 きちんとしたルールでビリヤードをやろうと思ったら 結構理解していなければならないことも多い。 でも基本的には簡素なルールでも楽しめればよいし、 上達と共に真っ当なルールが必要となり、 そのルールを踏まえて行なうことによって 面白味や醍醐味は増すのだろうと思う。
大いに自分のための付記、覚え書きでした。

11.9(wed)
とあるIT関連企業の社長と会って話す機会があって、 ブログやホームページの話題になり、 なかなか毎日の更新は為しませんね、 という話をしたら、 その程度を毎日更新出来ないでどうする、 みたいなことを侮蔑の眼差しを以ってして言われたが、 はっきり言って余計なお世話だと思った。
しかし、出来ないと思われるのも悔しいので、 ここ何日かは連日で書いてみました。 個人的には、文章にしても仕事にしても、 量を書けば、量を成し遂げればよいという ものではないと思う。 それはとりあえずの一抹の器用さを 身に付けるだけだろう、 そんなものは長い目で見たら 大して意味のあるものじゃない気がする。 それはそれでよいのかも知れない。 それに関しては ここでは詳しく書かないが。
そして、パセティックに、 もしかしたら日本人にとって ドストエフスキーもスタンダールも トルストイもトーマス・マンも カポーティもディッケンズも カフカもカミュも 滅びる時代は割と近いのかも知れない と感じる今日。 でも、それもそれでよいです。

11.8(tue)
いつでも ドビュッシーのアラベスクの第一番を 聴いていると、 瞼の裏にせせらぐ川、 その流れの所々で 春の柔らかな陽光を受けて きらきらと石が輝き放つ情景が 浮かび上がるのは僕だけだろうか。

11.7(mon)
人間は自ら設定した人間界の掟に従って 好き勝手に生きているのにも関わらず、 一方で動物たちが ずっと昔から存在する 彼らのルールに沿って 生きていることに関して 我々があれやこれや憤りを喚き立てるのは どういった了見なんだろうかと思う。

11.6(sun)
今日になって偶然、 表のエッセイは実は綴りが誤っていて、 ESSEYではなく正しくはESSAYだと知ったのだけれど、 僕は本当にいよいよ阿呆なのかも知れません。
ずっと気付くことなく今日にまで至る訳で、 我ながら呆れて今更改める気もしない。

10.26(wed)
季節柄乾燥してきたことと 関係があるのかわからないけれど、 先日より内耳の奥の奥の方で耳垢が煩わしい音を立てている。 僕は耳を穿るのを得手としないが、 普段の生活の中で、 例えば食事をしていても煙草を吸っていても歩いていても 歯を磨いていても目玉を取り出して洗っていても 耳を栓で塞いだように音が奇妙に内部で反響、 垢が鼓膜に近い部分でかたかたと震え鳴り、 どうも尽く気になってしまうので仕方なく 木製の上部に小さな手塗りのこけし人形の飾りが付いた 長い耳掻きを手に、 恐る恐るその先端を耳の内へと潜ませ進めるが どうしても取れず、引き出すことが出来ない。 といって、わざわざ耳鼻科に赴くのも億劫だし、 それ程大袈裟なことでもないし、 その内上手く落ちて来るだろうと都合のよいように 考えてしまうので、問題は依然解決することはなく、 いつまでも不快な心持ちでかたかたと鳴る耳垢を 今日も感じています。
ところで、 すぐ改善されるだろうと 個人的に思い信じ続けてきた 各パッケージに刷り込まれるようになってから 随分と経つ煙草の有害性の警告であるが、 未だ明確には改良されず、 相変わらずそれぞれの煙草のパッケージの持つ デザイン性を無視され、販売されていることに、 僕は余りというか 正直なところ、はっきり言ってかなり合点がいかない。
よくよく観察してみると、 警告のフォーマット自体は変わっていないのだけれど、 その組み込み方は僅かではあるが変化が見られる。 空き箱をコレクションしている訳ではないので、 その明確な比較はわからないけれども、 少なからず字間や行間のバランスはよくなっている。 でも、まだまだだと思う、個人的には。
僕は引き続きラーク (綜合的に考えてもラークは素敵な煙草だと思う) のハード・ケースを吸っているのだけれども、 ラークの場合、ソフト・ケース、 ハード・ケースに関わらず、 そのパッケージの美しさは銘柄名のプリントと 製品名のプリントとロゴ・マークとに 絶妙に間を取った余白部分にあると思う。 それが今では注意書きによりその余白部分は奪われ、 パッケージの腹の下辺りに打たれたロゴ・マークは 失われてしまっているのはとても残念でならない。 僕は警告そのものに対して 嫌悪を抱いているのではなく、 少なくとも提示の仕方に疑問を感じ、 つまり注意書きを記すにしても、もう少しデザイン面を 考慮した方法があるのではないかと思うのです。
確かに煙草は肺に脳に心臓に唇に舌に歯に目に鼻に 間違いなく体全体によくないし、 周囲にも悪影響、至極迷惑、 喫煙者は受煙者に対し細心の最高の畏敬を払い、 マナーを遵守し、更に肩身の狭い思いを せねばならないのは当然で、 その点で僕は自らを顧みないといけない、 省みないといけない、羞恥、含羞、 そして、環境レベルでも罪悪で劣悪な存在だけれど、 製品として販売の認可を下ろしている以上、 デザイン性まで奪う権利は 一体誰に委ねられているのだろう、 と漠然と不思議、疑念を感じるのです。
でも、やはり煙草はよくないですね。 僕はきっと何年後あるいは何十年後かに 改めて自らの身を以って百害を思い知り、茫然、 現時点における一利なんて大層些細であったことを、 酷く愚かしくあったことを回想するのかも知れないが、 その時には概ね手遅れで後の祭り、 嘲笑われ嘲笑うしかないだろう。
もちろん上記の理由によるだけではないが、 消費税に関しても同様、 僕は煙草の増税に関しては賛成です、 煙草の値段は近い将来に 今の三倍程度の価格に引き上げても構わないと考えている。 でも、その際にはその税の行方、用途を 丁寧に噛み砕いてはっきり掲げて頂きたいし、 各々の身銭のように大事に遣って頂きたいし、 その前に今早急に面している諸諸の問題・課題の ひとつひとつにきちんと明朗に対応し、片付け、処理、 その後もしくはその間を縫いつつじっくり煮詰め、 提案して頂きたいと思うのだけれど、 どうなんだろうね。
そして、デザイン性を決して無視することなく、 殺さないで頂きたい。 どの分野においても同じことであると思うのだけれど、 取り分け長い歳月を通じ歴史と共に育まれ、 日々進化と発展を遂げ続ける 優れたデザインの力はブランドの力であり、 また広告の力に繋がり、 我々に適切に、公平に働き掛けてくれる 数少ない指標のひとつであり、 ジャーナリズム、 曳いては日本の土地柄による文化の継承にさえ 関わるとても重要なファクターだと思う、切に。

10.13(thu)
一昨日の晩から鼻炎が続き、 上手く寝付くことが出来ず 今朝になって仕方なく鼻炎錠を飲むが、 そのせいで他の気管支が弱まり、 喉も口内、目も乾き切り、 頭はぼんやりと霞が掛かった状態で、 阿呆が益々阿呆になった心持ちになるのは堪らない。
大体、僕は以前耳鼻科の医者にアレルギー性鼻炎と診断されたが、 何のアレルギーがよくわからないのがいけない。 原因は花粉かも知れないし、 埃かも知れないし、 食べものかも知れない訳で、 花粉ひとつ挙げてみても色んな花粉があるし、 それでは気の付けようがないので、 せいぜい自覚を持つこと位しか出来ず、 我ながら困ったものだなと思ってしまう。 煙草を吸うと一層口の中の感覚が麻痺し、 芝生でも口にしているような気分になってくるが、 止められない。 いつも鼻の調子がよくない時は とりあえず取り外せたらよいのにと思う僕は やはり阿呆なのだろう。 アレルギー性阿呆なのかも知れません。
そんな風にして朝を越え、 昼時、昼食をどうしようかと 冷蔵庫を覗くと折りよく鮭が残っていたので、 それとレタスを使ってクリームソースのパスタを作ったが、 作った後になって僕はクリームソースが余り 好きではないことに気付き、 同時に自分の阿呆さにまた困り、 でも結局拵えてしまったし、 シンクに葬り去るのも勿体ないし、 ということで、食すことにしたのだけれど、 鮭そのものの塩分濃度が高く、 全体的にやや塩辛い出来だった。
イタリア人はスパゲッティなどの乾燥パスタ、 もしくはリングィーネのような手打ちのパスタを食べる際、 フォークに麺をくるくるとしっかり丹念に巻き付けて 一口で口に入れるので、 中途で汚らしく噛み切る必要がないため 皿上に細かい麺が残ることなく、 上手に食べ終えられるらしいのだけれど、 実際に試してみると巻き付け切るのはなかなか難しく、 スプーンを使えば容易なのだけれど、 スプーンはお子さまの使用するものらしいので、 実際に本当かどうかは眉唾であるが、 両手に洋食器を握るのも面倒なので フォークだけで挑戦するものの 結局いつまで経っても僕は上手く出来ない。
一昨日の夕刊を読みながらたらたら食べていると、 綿谷りさに関する記事が載っていて 『インストール』が文庫化になったのは知っていたけれど、 まだ買っていない、 文庫には新作の短編が入っているようで、 それについて本人が語っていて興味深かった。
僕の家は朝日と日経の両方を取っていて、 基本的には二紙に目を通しているのだけれど、 どちらにしても新聞は割に面白いです。 もっともなことがもっともな切り口と文章で、 考えようによっては適当に書かれているところが 実に滑稽で、何とも言えずよい。 新聞を折り畳んで、 テーブルの上を片付け、 食器やフライパンや鍋を丁寧に洗い、 今日は暖かいので水道の水が気持ちよい、 布巾で磨き、 手を洗ってから三本煙草を吸ったのだけれど、 相変わらず不味かった、 濡れた土の味がしてしまう。
ほとんど日除け程度の役しか果たさない 薄っぺらいカーテン越しに秋の陽射しが眩しく、 乾燥した部屋から 次第に暮れてゆく様を見守っていると 追って焦燥感が動悸と共に高鳴り 如何せん虚ろになるが、 今日も陽が昇り陽が沈み、森羅万象、 僕はそこに何を想う、何を願う、 黒いビニールの生地で造られた 窮屈な短い滑り台を 口内いっぱいに胆汁を湛え、 黒いエナメルのハイヒールを履いて 背を折り曲げながら這い滑る夢を見た。

10.8(sat)
はっきりとしない空模様の下、 昼時に髪を切りに行ったのだけれど、 昨日の風雨の影響か歩道を歩いていると 無数のどんぐりが笠の付いたものも含めて 無秩序に道に散らばっていた。 小学校の帰り道にやったみたいに、 ターゲットを決め、 どんぐりを執拗に蹴飛ばしながら俯き行き続けていると 風に煽られ頭の上からばらばらと固いものが降ってきたので、 何かと思い顔を上げると外皮艶やかなどんぐりだった。
低いフェンスを境に 向かって左側にだけ生えたどんぐりの木の道は数百メートル続き、 木々は余り手入れが行き届いていない、 枝葉は身を捩じらせた蛇のようにそれぞれが柔軟に絡まり、 一方では所々無残に枝が折れ、 また、根元近くから断裂した箇所も見受けられ、 暗く、鬱蒼とした雰囲気なのだけれども、 自然の奔放さが感じられて奇妙に面白く、 どこか武蔵野の方にある雑木林みたいな印象で、 少なからず僕は好感を持った。 歩道がコンクリートじゃなくて、 もっと生々しく臭い黒々とした土だったらよかったのに、 と思った。 そして、自然と人との共存について想いを巡らしながら また歩き続けていると、 ふと微かに甘い香りが鼻腔を擽った。
髪を切ってさっぱりとして、 帰路に着くとまた鼻に甘い香り、 金木犀の香り。 周辺の地面は散ってしまった小さな花の橙で染まり、 雲の隙間から射す光を受けて明るく、温かく、 それにより熱を帯び、土に沁み込んだ昨日の雨が蒸発、 更に強い臭気を放ち、僕の目は覚めた。
轟音に天を仰ぐと飛行機が急旋廻、 秋の空の中に吸い込まれていった。

9.30(fri)
何故だろう、 昨日から煙草を吸うとウィスキーの味が口中に広がる、 悪くはないが。
早くも明日から十月。 テレビでもココアやチョコレートのCMが増え、 夏から束の間の秋、そして、秋から冬への移り変わりを感じますね。 僕はチョコレートは日常的にそれ程食べないのでよくはわからないけれど、 いよいよ熱いコーヒーやココアの美味しい季節ではあります。
今年も残り三ヶ月。

9.16(fri)
夏は終わった。 今年の夏は甚く残念ながらビーチボーイズは全く聞かなかった、 聞けなかったが、その分ボブ・ディランを聞き、 ビリー・ジョエルを幾度となくたくさん聞いたのだけれど、 ボブ・ディランのあの独特な歌声を聴いていると、 僕は自分がすっかり雨蛙になったような気持ちになって、 空には灰色くどんよりとした厚い雲が垂れ籠め、 雨は霏霏と、いつまでもしとしとと大地を湿らし、 穏やかな雨音に混じって いつとなくどこからか静々と下手糞なハーモニカの音色と律動、 艶かしく黒く濡れた道路、その端、 硬く感触悪いアスファルトにぴたりと四肢を着けて 雨を体に息を潜め殺してじっとしていると、 弱い風に流れて乗って 少し掠れたあの歌声が僕の耳に届いてきて、 僕は取り立った感慨もなくそれに耳を欹て、 リフレインに共鳴、心は揺れ震える。
そして、僕は再び悩み始める、考え始める、 今度は現実的に、より具体的に。 現実的に考え、現実的な言葉を使い、 現実的な態度を取ろうと試み、実践、 とても不安で心細いけれど恐いけれど、 未だ気持ちは塵屑のように無残にくしゃくしゃだけれど、 僕自身が塵屑なのだから止むを得ないだろうと合点、 力強いタッチでビリー・ジョエルが鍵盤を叩いて僕を励まし、 僕は現実的に歩き始める、 歩くために動かすのは現実的な僕の足。
久しぶりに寝て起きたら泣いていた。

9.11(sun)
九月に入ってから益々気持ちが沈んでゆく、 留めようがない程に落ちていっている。 今考えなくてもよいことばかりに意識は囚われ、 今考えるべきことには回らず、 その結果再びどう仕様もない焦燥感が募り募って不安は治まらず、 高まるフラストレーション、混沌。 とても恥ずかしいことだけれど、 僕はこの歳にして未だ生きる、生きていく覚悟に欠けているのだろう。
誰の、何の所為でもない、僕は僕がわからない。

8.24(wed)
予感を確信に。
僕には今はまだ先のことなんて 控えめにもさっぱりわからないけれども、 わからないからこそ、 とにかく生きてみるしかないのだと思う。 いつになるかわからないけれども、 その先で僕が自身で自身を含め、何かを見出せたとしたら、 その時、僕は僕の言葉で世界に向けて何らかを語るかも知れないし、 何も語らないかも知れない。
今はまだ、とにかく生きてみるしかないのだ、 僕が僕のスタイルを見付けるまでは、とにかく。

8.23(tue)
もちろん生きて、きちんとした意志を持っている限りにおいて、 個人的な考え方としては 予感ばかりは生み出すものではなく、 恵みの雨のようにほとんど自然発生的に生まれるものだと思うが、 予感を確信に変えるのは具体的な行動による人為的な作用と、 そして、カードの巡り合わせに似た多少の運だと思う。 しかし、明確なヴィジョンやイメージの伴った行動力は その運すらをも極めて左右することが間々あって、 それは生きるに際して強いことだと思う、とても。

8.22(mon)
暑さで何度も浅い眠りを妨げられ、 目がちかちかする。
僕がもしギリシャ人で、 古代ギリシャに生まれていたら、 奴隷制度における奴隷の側になっていただろうか、 それともその逆の芸術に明け暮れられる身分に立ち、 才能の有無に関わらず悠長に詩作にでも励んでいただろうか とふと考えることがあるが、 恐らく、奴隷の側だろう。

8.16(tue)
じりじりと蝉が鳴いて僕は早くも夏の終わりを感じ、 随分と不甲斐ない夏だった、 成長性のない夏だ、 こんな夏はもう二度と過ごしたくないと思う。
もはや僕は若くはないのだろう、 誰しもがいつまでも若くはないのだ。

8.11(thu)
その音が、メロディが、声が、鐘が、 鳴り止む前に。

8.4(thu)
進歩のない日々、惰眠、惰食、 ヴィジョンって何だろう、イメージって何だろう、スタイルって何だろう、 依然何も掴めず、何も浮かばず、 色んな感情が体内で弾け砕け、また焦燥。

7.30(sat)
煙草を吸っている時だけ生きている心地がする。

7.27(wed)
台風も過ぎ去り、 広がる夏の空は目に痛い程澄み切り高く青いというのに、 僕は変わらず嫌なことばかりを脳裏に携え、 過去・現在・未来、 どの時制においても 明るい想像ひとつ浮かんで来ないのは 僕自身に朧気な予感すらもないからだろう、 僕は灰色の薄暗い闇の中を右往左往している、 色んな人がその横を通り過ぎて行く、 僕は目を合わせることも出来ない、 俯いて居た堪れない気持ちを遣り過ごす、 無風・無音・無臭・無感、 時々希望と絶望のノイズ、その接続方法がわからない、 よって回帰不能。
ここ数週間の間、 何人かの友だちに宛てて何度も頂いた連絡の返事を綴ろうと試みた、 腐敗した頭を使って言葉を探すけれども詰まって 必要なことは何も出て来ない、 それでも今月中に何とか連絡を取りたい、 取らなければ、取るべきだと思い、 時間を掛けて試みたのだけれども出来なかった、 本当に申し訳ないと思う、不甲斐ないと思う、 本当に申し訳ないと思う。

7.24(sun)
ぼんやりとではあるが、 今の僕にでも現実的に何か出来そうな気、予感はするものの、 では実際に何が出来るかと考えてみると 何も出来ない、絶えずその繰り返し、 目に見えぬ何かに追い立てられ駆り立てられている錯覚、 満更錯覚でもないのかも知れないが、 ざわざわざわざわ、 酷く集中力に欠け、文字もまともに読めず、 纏まりあるものをインプットすることもアウトプットすることも 出来ないのであるが、 唯音楽だけは漠然と流れてゆき、 何も頭には入らないことには変わりはないのだけれども、 こんな僕にでも感じる心はまだ僅かに残っているのであろうか、 判然としないが感覚的に美しいとだけ思う、 少なからず全身の隙間に深く沁み入るところがある、 同時に際限なく色んなことが思い出される、 寝て見る夢のように関連性なく淀みなく様々な思い出が甦る、 気付けばどう仕様もなく目の淵に涙が溢れている、 でも僕は泣かない、泣く訳にはいかない、 泣くことは許されない、 今の僕になく権利なんてないのだ、 流れる前に押し留める、 そして意識的に回想を遮断する、 現実の空はどこまでも高くて遠くて青くて、 幾ら伸ばしても、伸ばそうとしても、 僕の手は届かない。

7.20(wed)
今日の日本、もしくは世界中の社会が生き易いのかそうでないのかは 果たして僕にはよくわからない (いつの時代にしたって難易はそう変わらないんじゃないかと思う) けれど、 何にせよ、どんな時代のどんな場所でも 生きていく上で 大切なことは具体的なヴィジョンと明確なイメージ、 独自のスタイルを持つことなのではないだろうか。 僕はここ数日間でそれを確信した。 確信とは体験から経験的にじわじわと実感する面ももちろんあるのだろうけど、 ある日突然ふと気付き、瞬間的に はっきりとした認識として自覚する類のものもあるんじゃないかと思う、 僕はその後者のタイプとしての確信を確信した。
具体的なヴィジョンと明確なイメージ、 そして自分のスタイルを持つこと。 全ては想像力と創造力だ、 日々腐っている僕はそんな大切なことをもいつの間にか 見失っていた、どこかに落っことしてしまっていた、 知らず知らずに開いた全身の大小のポケットの穴から ごっそり抜け落ちてしまっていた、 何てことだと思う。
もう一度認識しろ、もう一度よく考えろ、 生きることは考えることだ、 生き抜くことは考え続けることだ、 想像力を駆使するんだ、 創造力で構築するんだ、 悩むんだ、悩み抜くんだ。 今の僕に必要なのは自分の無力さと脆弱さと矮小さに、 何もかもに、打ちのめされ打ちひしがれ、 そこから自力で立ち上がって這い上がって、 もう一度自分のヴィジョンとイメージ、スタイルを 確立、打ち出すことなのだろうと思う。
これは誰にでも言えることなのだろう、 とても難しいことだと思う。 でも、多くの人は無意識の内にそれを打ち立てているのか知らない (他人のことはわからない、 僕が他人に関してわかることは限りなくゼロに近い) けれど、 少なくとも僕には確立しているように見え、 実に立派、感心、驚愕、戦慄、素敵だと思う。
何にしてもそうだけれど、 僕は昔からあらゆる能力に関して人より劣っているのだ、確実に。 劣等感からではなく、純粋にそう思う、 そしてそれは本当のことなのだろう。 僕は本当に阿呆だと思う、 どう仕様もない人間だと思う、屑だと思う、塵だと思う、 人に迷惑ばかり掛けている、 自分に向けられた様々な何やかやを踏み躙ってばかりいる、 すごく弱い汚い詰まらない、不誠実で不真面目で酷い人間だと思う、糞だ、 救いようなんてない、きっと死んでしまった方がよいのだろう、 切実に、切ないけれど、心底そう思う。
でも僕は生きていて、 何とか少しでも救いのある人間になりたいと思う、 成長したいと思う、 進歩したいと思う、 自立したいと思う、 格闘、判断、決断、出来る人間になりたいと思う、 だから僕は阿呆なりにも自分自身を打ち立てなくてはならない、 どれだけ時間を要するのかわからないけれど、 どれだけ時間を費やしても不可能なのかも知れないけど。 とにかく生き抜くしかないのだろう。

7.18(mon)
陽が射して陽を受けて暑さに朦朧として、 太陽のせいだけじゃない、夏のせいだけじゃない 気持ちの悪い汗を全身にびっしょり掻いて、 否応なしに自身が徐々に腐ってゆくのを感じて、 僕はここで何をしているのだろう、何がしたいのだろう、 どこへ行くつもりなのだろう、どこへ行けばよいのだろう、 どこへ行けるのだろうと延々と考え続け、 常に達する結論は詰まるところ僕はどこへへも行けないのではあるが、 それでもこうしていちにちいちにちを阿呆みたいに、 というか阿呆に無駄に生きていて、 僕はこれまで生に対して無駄はないのだと一心に考えてきたけれど、 それは真摯に生を立派に全うしている人に限ってのことだと気付かされ、 だから現在の僕は全く無駄なる生を費やしているので、 そう考えると大変遣り切れない気持ちになるのだけれど 本当のことだからどう仕様もない、 問題は僕の弱さにあって、 その弱さとは全てに対する圧倒的な弱さであって、 全部弱い、肉体的にも精神的にも経済的にも、 意志も意識も存在も思考も、 諸々の何もかもが弱い、薄弱、しかもその上腐っている、腐っていっている、 現在進行形、そして益々悪い状況に陥るだけだ、 不甲斐ないとは思うけれど腐っている腐ってゆく僕は どうしたらよいのか皆目見当も付かず、尽きる、果てる、行き止まり、 前方も後方も行き止まり、袋小路、どこにも行けない僕はどうも生けない、 自信喪失、そもそも僕は自信なんて持たない持てない、 持つ能力がない、乏しい、明らかに欠けている、欠落している、抜け落ちている、 何も持てない非力、無力、 今日もそうして腐ってゆくのを感じながら生きている、呼吸している、 一呼吸する度に壊疽は進行する、蝕む、絶えずどこまでも腐っていく、 歯止めがない、僕は世に対して世界に対して歯が立たない、口も立たない、 それでも俯きながら生き長らえている、羞恥、笑止、実に笑止、 また腐っている、腐敗、手に足に耳に目に口に鼻に脳に身に心に腐敗、 全身腐敗、腐敗生活、本当に腐っている、腐ってゆく。

7.15(fri)
今更気付いた訳でもないが、 僕は塵だ、屑だ、滓だ、本当に塵なんだ、どう仕様もない位の塵なんだ。

7.12(tue)
もう夏なんだね、今年もちゃんと夏がやって来た。 外気にはすっかり夏の匂いがする、 太陽がじりじりと地表を焼き尽くす匂いだ、 視界が端から燃えてゆく、 油断しているとその燃焼は僕をも包んでしまう。
夏なんだね、もう。 どうでもよいけれど。

5.22(sun)
世の中面倒なことばかりだ、 もっとシンプルに生きたい。

5.10(tue)
JR西日本の尼崎脱線事故からもう二週間以上経つけれど、 原因の究明に際してその焦点となっている虚偽や隠蔽、 JR西日本という一企業の管理体制や体質が 日が経つにつれ具体的に露呈しつつあるようで、 日夜紙面やニュースを甚だしく賑わせている。 電車に遅れを出してしまったら運転士にペナルティがあるとか云々。
電車に遅れが出てしまうのは何も運転士だけの責任じゃないだろうに、 酷い話だと思う。 でも、悲しいことに、 半年も経てば結局大方の人は忘れてしまうんじゃないだろうか。 もちろん、そうじゃない人もちゃんといる、 家族や大切な人を失われた人は忘れないだろう、一生。

人は色んなことを忘れながら生きていく。 楽しいことも辛いこともいつかは忘れる、 忘れなくても徐々にその鮮明さを欠いていく。 その程度には個々人差があるのだけれど。
僕は場合、これまでの22年とちょっとを振り返ってみると、 基本的に辛かったことや苦しかったこと、 悲しかったことの記憶が明らかに薄れている。 その時その瞬間、どれ程しんどい思いをしていても、 今思い返すとそういえば辛かったなあ、 といった曖昧な感慨しか残っていない、 確かに苦しんでいたはずなのに。 多分、頭がよくないのだろう、あはは。
一方で、楽しいかったことははっきりと覚えている。 馬鹿でいい加減で甲斐性がないから、 楽しい記憶のみを留め、あるいは辛かったことをもよい思い出に変換し、 それらを糧に生を繋いでいるのかも知れない。
しかし、そんな腑甲斐ない僕でも、 僕の責任で人を傷付けたことや損なったこと、 迷惑を掛けたことはいつまでも執拗に記憶している、はっきりと。 それは後悔の念が色濃いからだろう。 僕は自分の身のみに自分の選択・判断で起こったことは ほとんどというか全く後悔しないけど、 そこに他人がひとりでも介在すると克明に心の核に刻み込まれる。 もう僕なんて死んでしまった方がよいような気さえする。 誰もがそうであるのかも知れない。

尼崎の脱線事故の際、 多くの乗客の命を引き受け電車を動かしていた人も 大層苦しんでいることだろう。 しかも社会からの救済は期待出来ない、 被害者は被害者だけじゃないはずだ。 JR西日本で働いている人にもまともな人だっているだろうし、 きちんとした人だっているだろう。 でも一括りでJR西日本という見方をされる、 石を罵声を、批判を投げられる。 遣り切れないだろう。 でも、命を失った人も多くいる訳で、 それを考えると益々遣り切れない。
問題は、管理体制や体質にある。 それはJR西日本だけじゃないはずだ、 とても重要な教訓を無数に含んだ事故だと思う。 何を学ぶか、だ。

5.6(fri)
午前六時半就寝、午前八時半起床、 朝食・自家製おにぎり(明太子味)二個、 仕事、午後五時 昼食(豚丼)・コーヒー二杯、 仕事、午前一時半帰宅、レタスと新玉葱のサラダ、 味噌汁、海老餃子、ミルク、仕事、コーヒー、 仕事、夜明け、仕事、朝焼け、コーヒー、仕事、 仮眠、仕事、レモングラスティー二杯、炒飯、味噌汁、 キュウリとサニーレタス、イチゴ、茄子の肉詰めフライ、 仕事、読書、原稿整理、お風呂、午前四時就寝、 繰り返し繰り返し繰り返し。

4.28(thu)
大いなる創造は希望から生まれるのではない、 絶望から生まれるのだ。

4.26(tue)
昼過ぎ、突然の土砂降り、濡れ鼠、雨蛙、轟く雷鳴、水面に広がる波紋。
雨上がりの夜道、今日も虹は見えない。

4.21(thu)
僕は天秤を捨てる、 そんなものいらない。 全てのもの・ことに重さがある訳じゃない、 この地球上で重力すら持たないもの・ことがあるのだ。 それを僕は掴む、生きている間に。 僕は僕の人生を踊るんだ、評価なんていらない、 好きなように踊るんだ、 花がただ咲くみたいに踊るんだ。

4.17(sun)
さて、と僕は思う、再び。 ここ何ヵ月か僕は意識的に心を閉ざし、 感じるところの全てを押し留めて生活をしてきた。 無駄では、ない。 でも犠牲はある、少なからずある。 時間はそのひとつだ。 時間は買えない、稼げない。 限りがある、有限だ。 だから僕は再び思う、さて、と。 これから僕は時間を稼ぐ。 もちろん、それによりこれまでとは違った犠牲は出てくるだろう、 そこで僕はまた不平や不満を溢すのかも知れない、 溢さないのかも知れない。 今の僕は肉体的にも精神的にも虚弱になりつつある。 気に入らないことにも納得のいかないことにも、 理不尽なことにも噛み付き、 食って掛かることを忘れてしまっている。 それは考えようによっては大人になったのかも知れない、 成長したのかも知れない、 社会化したのかも知れない。 しかし、僕はそう思わない、 ただ臆病になっているだけだ。 色んなことに疲れて、 色んなことを放棄してしまっているだけだ。 僕はこれ以上自分自身を磨り減らす気なんてない、 もう充分に磨り減った、もう充分だろう。
さて。

4.3(sun)
卒業式以来、 ようやく今週末に少々自分の時間が持てたので、 頂いたCD-Rに焼かれた卒業旅行や卒業式等の写真を見た。 音声も入った動画もあり、なかなか感慨深いものがあった、 とてもとても。
心の奥に残滓として痞えた想いを言葉として発するのは至難だ。 大学生活の多くの時間を共にした多くの人たちに対して、 過去を振り返り、 暫定的であるにしても別れの言葉を言うのはもっと後でもよいような気がする。 今は、深い深い感謝の念だけが届けばよい。 言葉は大抵大切な時に限って役に立たない。

4.1(fri)
四月。 新社会人やら新入生やらがうようよと団体で闊歩し、 それぞれに新しい生活の幕が上がっていることを実感しつつ、 僕は相変わらずぴたりと心の扉を閉ざして生きることを決意。 隙間風が入ってこないように、何ものにも心乱されぬように。 何も変わらない。

3.15(tue)
働き始めてから日数としては50日弱程。 まだ二ヶ月も働いていないけれど、 その間色々あったし、 山場もあったし、 様々な意味合いにおいての修羅場もあった。 しかし、僕はその中で色々なことを学び感じる取ることが出来た、 それはあるいは肝心である仕事の理解や体得、処世ではなく、 もっと抽象的なことで象徴的なことで、そして大事なことだ。 それは僕の中で少しずつ具体化してきている、 ちゃんとした言葉できちんと説明出来るレベルにまで達してきている。 これまで何となくでしか理解出来なかったことが、 はっきりと理解出来るようになった。 でも、まだまだだ、まだまだだ。 まだ時間が必要だ、 然るべき時が来ればそれは必然的に動き出す、 今はまだ耐え忍び、待つ時だ。 そういう時期があるのだ、 歯を食い縛り耐え忍ぶのだ、耐え忍ぶのだ。

3.14(mon)
お昼。 本屋に足を運ぶと資格のコーナーで結構な数の人たちが立ち読みをしていた。 スーツ姿の男性もいれば、 皺ひとつない買ったばかりのリクルートスーツを身に纏った女の子や くたびれたコートに身を包んだ年配の女性もいた。 みんな自分にぴったりと合った職を探しているのだろう、 僕もいっしょになってきちんと整頓された書棚に目を遣り、 自分にぴったりと合った職を探してみた。 でも、そんなものはなかった。 書棚には様々な資格や職業について書かれた厚い本が並んでいた、 角を使えば大の大人でも殺すことが出来そうな位厚い本だ。 適当に取ってページを繰ってみると、 厚さや重みの割に中身は随分と薄っぺらい。 各職業の大まかなイメージすらほとんど掴むことが出来ない、 それは僕の頭の方に原因があるのだろうか、多分そうなのだろう。

ところで、僕は黴臭い古本も好きだけれど、 手が切れる程に研ぎ澄まされた、製本されたばかりの新しい本も好きです。 それぞれ発する魅力は異なるけれど、 どちらも確固たる予感に満ちている。 手に取って紐解けば、僕らひとりひとりのために新しい扉が用意されている。 扉の把手は錆付いていたり埃に塗れていたり、 扉を開けばぎいぎいと耳障りな軋みを立てるかも知れない。 しかし、一方ではひんやりと冷たくも穏やかな温もりに溢れている。 僕らの心を駆り立てるリアルな感覚に満ちている。 本は本屋で、僕の家の本棚で、時の洗礼を受け続けている。 そして予感を秘め続けている、音も立てずに静々と。

3.9(wed)
今日はさすがに花粉症が発症、 目・鼻・喉・頭、全てが上手く機能しない、体も重たかった。
僕は一週間の内五日間をきっちり心を閉ざして過ごしている。 感受性は可能な限り弱く、意図的に多くを感じないようにしている。 だから、取り立てて傷つくことも、悲しむことも、苦しむことも、 腹を立てることもない、もちろん楽しくも嬉しくも面白くもない。 決められたことを、与えられたことを、やらなければならないことを、 感情を排除して機械的に思考して淡々と行ってゆくだけ、 生きてゆくだけ。 僕にはこうして何も感じないようにしては生きては来なかった、 訓練としてそういった経験はゼロだった、これまで。 でもそういう謂わば処世術の体得も必要なのかも知れない、 とてもとても遣る瀬ないことではあるけれど、悔しいけれど。 一方で、僕は想像力だけは失わないように努める、 失わないように誓う。 想像力を失う位なら、僕は死んでしまいたい、死んでしまった方がよい、 心からそう思う。 今の僕は、半分が全的に死んでいて、残りの半分は全的に生きている。
生きている。

2.26(sat)
一週間がこんなに長いとは。 とはいえ、内二日間は死んでいた、泣いていた。 泣いても結局は何も何も変わらなかった、歳を取ると泣いても何も変わらない、 だからみんな少しずつ泣かないようになっていく、 泣き方を忘れる、たまに泣くと上手く泣けずに苦しい、 手が痙攣し、呼吸が出来なくなる、とても苦しい、でも何も変わらない。 久しぶりにブルーハーツ。
「痛みは初めの内だけ、慣れてしまえばだいじょうぶ。 そんなことをいうあなたはヒットラーにもなれるだろう」
まさにその通り、 そして僕はヒットラーになろうとしているのか。

2.13(sun)
もうすぐ僕の学生時代は終わってしまう、 恐らくもう二度と所謂学生の身分となることはないのだと思うと、 どう仕様もなく悲しい、惜しい。 僕は割と毎日不毛に、たいした目的意識もなくぐーたら過ごしていたけれど、 それでももっとたらたらしておけばよかったと思ってしまう。
社会に出たらやらなければならないことが幾らでも出てくる訳だから、 学生の時位たらたらと生きていてよいのではないだろうか、と僕は個人的に思う。 たくさん遊んでたくさん考えて悩むことは学生の時にしか出来ない。 社会に出てしまったら、 誰もが多かれ少なかれ社会の波に呑まれ、流されてしまうのだ。 時間は買えない、時間が欲しい。 もっともっと時間が欲しい。コンビニで時間を売っていたら少々高値でも、買う。

2.5(sat)
昼過ぎに家族の騒々しい声で目が覚めた、 何事か訊ねるとどうやら我が家の納戸に猫が入り込んだとのこと。 取り立てて騒ぐ程のことでもないが、 どれどれといった感じで足を運ぶと、 よくわからないものが所狭しと置かれた納戸の奥の狭いスペースに、 確かに猫が蹲っていた。 体調が芳しくないのか、擦れた声で鳴いている。 喉元から空気が抜けるような鳴き声。 家族は住み着いたら困ると必死になって引っ張り出そうと試みていたが、 具合が悪いようだし、 猫にだって猫なりの考えがあって迷い込んだのだろうから、 僕は放っておくように助言し、 その間呑気に煙草を吸い、お茶を飲み、冷めたドーナッツを食べていた。 そのすぐ後に猫はそろそろとどこかへ帰宅した模様、無事解決。 きっとどたばたと騒ぐ人間の物音に怯えていただけだろう、 人間にもあることだ。 出て来ようにもその機を失ってしまったのだろう、かわいそうに。
そうして、久しぶりに一日中ぼんやりとしていた。 このような時間は大切だ、貴重だ。

2.1(tue)
早いものでもう二月。 相変わらず寒い毎日は続くが、 そんな中でも春に向けて色んな生命の芽が息吹いているはずだ。 今は下へ下へと根を伸ばし、 覚醒すべきその時を、じっと待ち構えているのだろう。 それは平素の生活の中でも感じることが出来る。 季節を感じて生きていたい。

1.28(fri)
結果が全てだ。

1.26(wed)
出来るだけ心を塞ぎ、出来るだけものを感じ過ぎないように堪え忍ぶ生活。 今の状況が、今よりも苦しい状況があと三十年以上、 四十年近く続くのかと考えると全身が凍て付くような底冷えを感じる。 それは恐らく、どの道を選択してもそうだったのだろう、 誰でもない僕自身の責任。 腹の力を緩めればすぐにでも込み上げてくる様々な感傷的な思いを 雪を払うように振るい落として生きていかなければならない。 もうどこにも逃げ道はないし、そもそも逃げることは許されない。 あと三十年以上、決して短くはない歳月だ。
自信は、ない。

1.21(fri)
今日も見上げると綺麗な夜空、星空。 明日も晴れる。
ビールを飲みながら遅い夕飯の支度、 サラダとオムレツと燻製のチーズ、豆腐の味噌汁、リンゴ。 まずまずの出来栄え、ひとりでのんびり食す。 家出の食事が僕は好きだ、外食も好きだけれどあまりたくさんだと飽きる。 食後にお炬燵でうとうとうとうと、明日は土曜なのだ。
一週間がようやく終わろうとしている、長かった、本当に長かった。

1.18(tue)
センチメンタリズム。
これまでの話はもういい、これからの話をしよう。

1.17(mon)
週末は結構な雨だったが、 今日は冬晴れ、陽だまりの中にいると冬の太陽の光が心地よかった。
さすがに陽が沈むと冷気は増し、手が悴む程だけれど、 上着のポケットに手を突っ込み、家路の途中で夜空を見上げると 冬の星座がはっきりと窺うことが出来た。 これだから冬はよい、寒さにも価値があるといえる。 澄んだ夜空は淀みなく、不穏な雲の姿も見えない。 名前は忘れたけれど、確か流星が近付いているはずだった。 流星なんてただの石ころが燃え尽きている過程に過ぎないともいえるが、 それでも、僕は星星の光のシャワーを浴びたい、 だってあるいはそれは宇宙の奇蹟なのだから。

1.7(fri)
何も考えないで生きるって相当に難しいと気付きながらに年が明け、 どうやら厄年らしい僕は三元日内に神社に行って厄を払って貰ってみた。 効果は期待していないけれど、初めての経験だったのでなかなかよかった。 広場のベンチに腰掛けて埃っぽい味のする熱いタコ焼きを食していると、 どこからかのそのそと曖昧な色をした猫がやって来た、随分人懐っこい猫。 鳴くこともせず丸まってじっと人の一挙一動に目を見張っていた。 猫はいつも何も考えてないように見える、実に偉いことだ。


2004

12.20(mon)
さて、と思い続けること約一年。 ようやく僕は歩き始めることが出来た、のかも知れない。 随分と遅い歩み、しかしとにかく歩き始めた。 道は険しいだろう、険しくない道なんてない。 でも、前向きに前向きに。 今はただ立ち向かう時だ、迷ってはならない、迷う必要はないのだから。 時にはさっさとお布団を被って寝てしまうことも大事だろう、 それは眠りの中に救いを求める逃避ではない。 今のところ、高い確率で明日はやって来るのだ。
考えても仕方のない種類の迷いも、あるのだ。

12.14(tue)
生きるって、それだけで大変なんだね。
僕はまだまだ生かされているに過ぎないと思う今日。

12.7(tue)
生きてゆくのは恐いものだと思う、程度の差はあれみんなそうじゃないかと思う。 生きるということは先の見えない(例えば五分後の世界も曖昧な)道を行くことなのだから。
僕は恐いです、怯えてしまう。 もちろん道の先が見えないからこそ面白いともいえる。 どんな生活を営んでいる人も、その先に何があるか何が起こるかなんて、 ある部分、程度しかわからないのだから。 予測に過ぎない、今という仮説の元でしか成り立たない。
僕は恐い、明日起きたら太陽がなくなっているかも知れないのだ。 僕は恐い、そんなことはないと誰にも言い切れはしないのだから。
きっと小心者なのだろう、すごく。

12.6(mon)
大きな荷物と赤ちゃんを抱え、座席に腰掛けた欧米人と日本人の夫婦。 僕は彼らの前に立ち、赤ちゃんの顔を見遣りながら陽の沈んだ街を行く電車に揺られていた。 赤ちゃんは時々その二対の無垢な瞳で僕の方を見上げていた。 きゃあきゃあと高い声で言葉にならない言葉を発し、 そして僕は無意識の内に微笑んでしまう。 別に微笑みたくなんてないのだけれど、赤ちゃんに釣られて顔が歪んでしまう。 僕の顔にもすぐに飽きてしまうと、隣の席に座っていた中年の男の持つ、 犬のイラストがプリントされたバッグに興味を示した。 犬のイラストを触り、その温もりを確認していた、二次元上の犬を。 夫人は男に謝りつつも、わんわんわんわんといい、 赤ちゃんもわんわんわんわんと触れ確認していた。 僕も確かにわんわんわんわんだと思った、確かに。 平面のわんわんはわんわんとして、存在していた。
平和だった、近くに居合わせた誰もが内心微笑んでいたに違いない。 でもみんな出来るだけ表情には出さない、ポーカーフェイス。 陽の沈んだ街、人工的な灯火が揺れる、線路の上を行く平和な電車。
彼らと会うことはもう二度とないだろう、とふと思った。

12.3(fri)
朝まで卒論、力尽きて睡眠、惰眠、目を覚ますと日没寸前。 用事を済ませに津田沼へ、久しぶりの津田沼。 家に帰ってきてまた卒論、暗いことばかり書いてしまう、よくない点ばかり。 でも所詮は冴えない学生の僕に現実的な改善策なんて思い付かない、提言できない。
最近の発見。 僕はこれまで煙草の煙の幻想性を主に夜に感じてきたけれど、 弱弱しい朝陽を受けて揺れる紫煙もなかなかよいです、正に紫煙といった感じで。 それが見たくてまた煙草に火を点ける。

12.1(wed)
今日から12月、年末は何かと精神的に不安定になる。 昔からそうだ、何故だかはわからないけれど。
今日も天気はよくて、澄んだ青空はどこもでも遠かった。 手を伸ばしてもつかめるはずもない距離、でも手を伸ばさずにいられなかった。 手を伸ばせる内は伸ばしておいた方がよい。
携帯が壊れたので機種変、すぐに壊れる、腹が立つ。 思ったより安く済んだのでよかった、データが消えずに済んでよかった。 色々機能があってよくわからない、使う機能はごく一部。 利便にも複雑化していっている。 けれども、フラストレーションは溜まってゆく。
卒論。 どうも自分の書いていることに自信が持てない、借りものの言葉、言の葉。 頭が痛む、きりきりきり 風邪でもないのに頭痛が止まない、きりきりきり。
あと少しもう少し、何もかも、きっと。

11.25(thu)
相変わらず上手く寝付くことが出来ない。 浅い眠りの中で絶えず頭の奥がちりちりと軋み痛んだ。 目を覚ましてもその痛みは消えない、煙草を吸うと余計痛んだ。
頭を抱える程の葛藤と苦悩。 きっとみんな多かれ少なかれ葛藤し、苦悩して生きているのだ。 自分に同情してはいけない、 自分に同情した時点で成長は終わる、腐る。 みんなどこかで悩んでいるんだ、泣いているんだ、その姿を見せないだけだ。
溜め息はよくない、生産性がない。 溜め息を吐くことによって気付かない内に少しずつ後ろ向きになる。 ひとりきりの部屋においてでもそれは同じだ、よくない。
窓を開ける、開け放つ。 夜の冷気が入り込む、鼻先まで冷たくなる。 深呼吸、吸って吐いて吸って吐いて、吸って吸って吐いて吐いて。 さて、と思う、さてさてさてさて。
しかし、その先がわからない、わからないことばかりだ。

11.24(wed)
マクドナルド、甘い甘いストロベリーシェイク。 周囲の客はみんな忙しなくハンバーガーだのポテトだのを食っていた。 ほとんど噛んでいないようで、 噛む必要がないのだろうけど、 食べものが各々の胃の中に消えてしまうと、後には屑ばかりが残っていた。 無残だと思う。 火を貸してくれと中年女性、もちろん貸してあげた。
無印良品の二階にある大きなガラス張りのカフェ、 冷めてしまった薄いコーヒー。 僕はコーヒーはドトールのものが好きだ、値段も安い。 よくわからないカントリーが流れている。 ガラス越しに通りを眺めていると、本当に色んな人が通り過ぎてゆく。 誰もが急ぎ足、、それともそもそも歩くのが速いのだろうか、徒競走。 狭い道を車が勢いよく通り抜けてゆく、両側には自転車の列。 よくぶつからないで引っ掛けないで走れるなと思う、僕には不可能だ。 みんなそれぞれの思惑を秘めて道を行く、 それらはガラス越しに伝わってくるような気がした。 思い違いか、僕自身の思惑か。
夢を見た。 貧乏揺すりをしている夢、夢じゃなかったかも知れない。 僕は苛立っていた、フラストレーション、袋小路。 いつまでも歩き出せないで、歩き出さないでいる。 とにかく明日を信じている、信じようとしている。 蝿だって飛んでいる、獲物を狙っている、立派なものだ。 僕は飛べずにいる。 飛べるのか飛べないのかさえ、わからない。

11.23(tue)
今日は勤労感謝の日。
日々労働に努める人、あるいは労働を与えてくれる社会に感謝する日。
労働に勤しんでいない僕は労働に励んでいる方々に何か孝行をしたいとは思う。 が、なかなか素直にそれを表現することが出来ない今日。 親に対し、毎日どうもありがとうとも切り出せない、言い出せない。 それは僕の弱さです、未熟さです、甘さです。 子供の頃はそうじゃなかった。 手紙だって書けた、肩叩き位は出来た。
僕は少しずつ素直さを失っている、自分のことばかり考えている、都合のよいことばかり思っている。 なんて心の狭い、器の小さい、醜い人間なのだろう。

11.21(sun)
ここ何日か上手く寝付くことが出来ない。 お風呂に入り歯を磨き寝巻きに着替えて、 さあ、寝ようと思って布団に潜り込んでもなかなか眠りの世界に入り込めない。 単に疲れていないだけなのかも知れないし、 いい加減な日々の昼夜逆転が祟ってなのかも知れない。 目を瞑り掛け布団を被った中で、よくないことばかりがあれこれ脳裏を過ぎる。 様々な不安が僕の眠りの世界への誘いを阻み、遮る。 悪循環のサーキットに陥ってゆく。 そうすると居ても経ってもいられなくなる。 無性に煙草が欲しくなり、喉元が熱くなる。 起きて煙草を吸っていると、薄いカーテン越しに夜が白々と明けてゆく。 また朝がやって来る、まだ眠れない。 外気は体の芯まで染み入り、熱を奪ってゆく、鳥が鳴いている。 再び布団に潜り固く目を閉ざしていると、今度は眠りがやって来る、しかし浅い。 そして、嫌な夢を見る。 夢の中の僕は何に対してもどうしてよいかわからずに、立ち止まっている。 現実と何も変わらない。

11.16(tue)
お昼過ぎに起きて用事を済ませに郵便局へ、その後図書館へ。
図書館の掲示板に貼り出されていたポップに「一日十分でも読書の時間を」とあった。 昨今は一般的に読書は習慣としてとてもよいことだとされているようで、 でもその昔今よりずっと娯楽のなかった時代はそうではなかったはずで むしろ現代におけるインターネットのような扱いをされていたのだろう。 けれど、読書というのは他のメディアとは大きく違い、 自分で読み解く読み砕く力が養われる訳で、つまり一方的なコミュニケーションとは異なり、 読んで読まれてというインタラクティブな関係によるものであるから、 確かに公平な情報の在り方ではあるのかも知れない。 原則的に求めない情報は入ってこないし、各々に情報を選択する余地があるので。 と、そんなことを考えていちいち本を読む人はいないだろう、僕も考えない。
ところで、公共の図書館で子供が走り回っている光景はなかなかよいものです。 大人への迷惑なんて顧みることなく走り回るべきです、 子供にとって図書館は決して神聖で静謐であるべき場所ではなく、遊園地みたいなものなのだから。

11.10(wed)
目が覚めると午後二時半だった。 電話を一本、身振り手振りで話しても電話じゃ何も伝わらない。
空には雄大な雲が固まったようにじっとしていた、それを眺めながら煙草を吸った。 西日が照り付ける僕の部屋は暑く、酷く乾燥していた。
煙草の火の始末には気を付けよう。

11.5(fri)
どういうつもりでなのか僕にはよくわからないのだけれど、 今日ではどこに行っても有線だか何だかの使い捨ての音楽が引っ切りなしに流されている。 本屋でも喫茶店でもコンビニエンス・ストアでもパン屋でさえも。 それもボリュームを適度に絞ってくれていたらよいのだけれど、必要以上に大音量で。 気が滅入ってしまう、静かに本を選びたい、お茶を飲みたい、暇を潰したい、パンを買いたい。 大体何にしてもバッグラウンドミュージックが必須な訳じゃないように思う。 自然に発せられる音も楽しいし、それだけで充分の時だってあるのに。
そういうのってどうにもならないとわかっていても、なかなか遣り切れない。

10.12(tue)
最近手に染み付く煙草の匂いがやたら気になる、嫌な匂い。 家にいるときは吸う度に石鹸を指先まで入念に塗り付け手を洗う、 潔癖症の人みたいに何度も。 お陰で手が荒れてかさかさになってしまった。 同様に歯の裏側に纏わり付く脂も気になる、 もともと歯を磨くのは好きだけど一層時間を掛けるようになった。 でも限界がある、どうしても落ちない部分がある。 そうして手にも歯にも嫌な脂は蓄積されてゆく。 けれども脳は萎縮してゆく、血液の巡りが悪くなって酸素不足で鈍化してゆく。 これまでどうでもよいどうでもよいと思っていたけれど、 その内にどうにも気になってしまうようになるのだろう。 恐らく、今より歳を取ればもっと、ずっと。 そうなる前に煙草をやめたいと思う、 そんなことを気にして吸っていてもちっともおいしくも愉しくもないだろうから。 そういう日はやって来るのだろう、きっと。

10.8(fri)
台風が近付いているらしく、お昼過ぎより雨が降り始めた、しとしとと。 まだ風はなくてちょっと素敵な雨模様。 昼食にスパゲッティを作りひとりで食べた、キュウリとレタスと卵のサラダも拵えた。
余りに望ましい雨脚なので傘を差し、特に目的もなく散歩に出掛けた。 濡れた土地の匂い、金木犀の香りがどこからか漂っていた。 行き着いた空いた図書館でぱらぱらと本を繰り、卒論に使えそうな何冊かを借りた。
歩いているとまた金木犀の香り、しかしやはり金木犀そのものの姿は見えない。 しばらくぶらぶらして、適当に入った店で25ワットの小さな電球を買った。 堪らなくコーヒーが飲みたくなったところで家に帰った。 熱いコーヒーを淹れ、それを飲みながらナット・キング・コールを聴いた。 なかなかよいいちにち、コーヒーにミルクを注いだら綺麗なマーブル模様が浮かび上がった。
雨の音、しとしとさらさらそよそよぱらら。

10.3(sun)
いちにち寝ていた。
14〜15時間は寝た、幾つか夢を見たが全て忘れてしまった。

10.2(sat)
チェックアウトは10時だった、部屋が寒過ぎて熟睡できなかったが疲れは取れていた。 目の充血も大分治まっていた。 チェックアウトを済ませ、増えた荷物を再び名古屋駅構内にあるロッカーへ。 土曜日だからか観光客が随分と多く、ロッカーはほとんど埋まっていたが適当に空きを見付けて今度は難なく事終えた。 明け方雨が降ったのか地表はしっとりと湿っていた、天気は悪く今にも雨が降ってきそうだった。 気乗りしないいちにち、昼間の久屋大通公園が見たみたくなり東山線で栄へ。
満員電車。 ぼんやりとホテルの水道水を思い返していた。 口に含んだだけで非常に臭くて不味く、何度も吐き気を催した。 そんなにひどい水を口にしたのは本当に久しぶりだった、たまたまそのホテルの水道水が恵まれていなかったのだろうか。 それとも名古屋の水道水はどこもそのようなのだろうか。
栄に着くと雨が降っていた、 傘を差さずに歩いていたが大通公園に到着した頃には相当激しく降ってきた。 安くないお金を払ってテレビ塔に昇ってみた。 僕以外に客の姿はなく、エレベーターでは案内の女の子が僕ひとりのために説明を読み上げた。 展望台にも人はいなかった、しかも曇っていたので遥か遠くの景色は望めなかった、 でも悪いところではなかった。 階段で更に上がり、屋外の展望台・展望バルコンに出て煙草を吸った。
テレビ塔からお城の外観を模した愛知県庁や市役所を横目に名古屋城まで歩いた。 久屋大通公園を名古屋城方面へ突き進んでいくと、内にリバーパークという並木道がある。 ベンチも幾つか置かれていて割と素敵なところなのだけれど、人ひとりいなかった。 ホームレスすらいない、鳩が僅かにいた程度。 僕は公園が好きだから落ち着いた公園があるとうれしいし、気に入れば何度も通う。 リバーパークは僕好みの公園であった。 周辺に住んでいたら間違いなく頻繁に足を運ぶだろう。
名古屋城はなかなかよかった、鯱が輝いていた。 人気が少ないのもよい。 名古屋駅周辺以外はどこに行っても空いている、よいことだ。 城内は見やすいよう程々に手が加えられていて、またちょっとした演出も仕掛けられていた。 七階まである、最上階は展望台になっていた。 少し前に昇ったテレビ塔が見えた。
ベンチに腰を下ろし、次の行き先を考えた。 帰りの新幹線は20時15分だからまだまだ時間があった、名古屋駅に19時位に着けば十分だろう。 図書館で借りておいたぺらぺらのガイドブックを開いてみたが、特に目ぼしいところはなかった。 適度に迷った末、東山公園に行ってみることにした。 気ままに歩くには適しているような気がしたからだ、栄から地下鉄で一本で行ける。
城を出るとお腹が空いた、そういえば朝から何も食べていなかった。 14時を回っていたので昼食を取ることにした、折よく城園内にきしめん屋があった。 値段も高くない、客はほとんどいなかった。 きしめんと焼き鳥を頼み、待つ間温かいお茶を啜りながら煙草を吸った。 お茶は不味かった、というよりやはり水がよくないのだろう。 臭い水だ、でも喉が渇いていたのでまたおかわりをした。 きしめんは鰹の削り節で取った出汁に醤油ベースのスープ、関東の味付けに近い。 きしめんそのものはおいしかった、麺が平たく太いから啜るとずぼぼぼぼと品のない音がする。 みんなそうやって食べていた、静かな店内にきしめんを吸い込む音だけが響いていた。 ずぼぼぼずぼぼぼ、ずずぼ。 再度人気のない大通公園を通り、栄に引き返した。 そこから東山線で東山公園へ。
地上に出ると東山スカイタワーが見えたが、明らかに観光地ではない。 ガイドブックでわざわざ紹介される程の場所じゃない、僕は溜め息を吐いた。 折角やって来たのでスカイタワーを目指して歩いていくと、東山動植物公園に出た。 取り立てて行きたいとも思わなかったが、他にすることもないので見ることにした。 入り口で制服を着た暇そうな中学生の男の子二人が傘を振りながらだらだらと話をしていた、 その程度の場所なのだ。 寂れたチケット売場には誰もいなかった、 僕が何も考えずにぼーっとしていると人のよさそうな守衛さんが係の人を呼んできた。 16時30分で閉館なのですがだいじょうぶですかと尋ねられた。 時計を見るともう15時30分を過ぎていた、構わなかった。 ついでだからスカイタワーにも昇れるチケットを購入した、安いのか高いのかよくわからない値段だった。
園内は家族連れか恋人同士ばかりだった、観光客らしき人は誰もいない。 園内はそれ程広くないし、囚われた動物も多くはなかった。 その上閉館時間が迫っているために、動物たちは次々と檻から別の場所へと姿を消していった。 それでもアフリカ象やペンギンやカバ、サイ、チンパンジーを見ることができた。 ペンギンは疲れて寝ているのか立ったままぴくりとも動かなかった、 完全に静止したペンギンを見たのは初めてだった。
世界のメダカ館というのがあり、メダカのみを集めたコーナーもめずらしい気がして立ち寄りたかったが時間がなかった。 やがて訪れる夕闇としとしとと降る雨の中、狭いショーケースに閉じ込められた動物たちは毛を濡らして物憂げな目をしていた。 退屈にしているチンパンジーの仕草は人間にそっくりだ。 僕も囚われ、檻の中に放り込まれるべきかも知れない。
東山スカイタワーの展望台へと昇るエレベーターはまたしても僕ひとり。 案内の女の子は律儀に説明を始めたが、途中で止めた、気がした。 ぷつりと途切れるような沈黙だった。 スカイタワーの展望台にも観光客の姿は見られなかった、 地元であろう恋人たちがゆったりとしたソファで甘い一時を過ごしていた。 あいにくの空模様で視界は悪かったが、どんよりとした景観をしばらく眺めていた。 どうせやることもないし、やらなければいけないこともないのだ。
スカイレストランに上り、コーヒーを飲んだ。 店員の女の子は僕がひとりだとわかるとあからさまに訝し気な表情をした、 店内には二組みの客がいたがどちらも二人連れであった。 窓にびっしりと雨粒が張り付き、外の景色はほとんど望めなかった。 すっかり陽が暮れると壁面に吊された小さなライトが灯った、窓の外にも光が見える。 でもそれはたいした発光ではない、弱々しい。 18時になったので下に降りた。
エレベーターの女の子は来た時の人とは変わっていて、僕ひとりのために案内を最後まで全うした。 何だか申し訳ないような気持ちになった。
スカイタワーの出口から東山公園駅までの道程で迷った、辺りは街路灯が少なく、真っ暗で、僕は方向感覚を失った。 植物園の周囲をぐるりと歩き回った、空き放題に伸びた木々の枝葉は暗闇でゆらゆらと揺れていた。 僕を迎い入れるでも拒むでもないようで、その距離感は僕を安らがせた。 やっとのことで駅に辿り着き、地元の人で込み合った電車で名古屋まで戻った。
お弁当を買い、ロッカーの荷物を取り出す。 帰りは20時15分発ひかり286号。 喫煙車で、偶然にも座席は行きと全く同じ。
お腹が空いたので電車が予定通り動き出すと早速夕飯にすることにした、『名古屋コーチン弁当』。 鳥飯の味付けがやや濃く、ごはんが少しやわらかく炊かれ過ぎだったが、 『秋味満載弁当』よりずっとおいしかった。 人参や里芋、椎茸の煮物もほくほくとしておいしかったし、 いんげんの胡麻和えも丁寧に挽かれた胡麻が上品に甘く香り立ちいんげんの風味を引き立たせていた。 えびふりゃえびふりゃえびふりゃって海老フライも入っていた、 油加減がよくないのかぱさぱさしてて不味かったけど。 そういえば、「えびふりゃ」だの「おみゃあ」だの「だぎゃあ」だのと喚いている名古屋の人なんてひとりもいなかった、 そんなものだろう。
概して印象の薄い土地でありました、 ここに行けばよかったなあとかもう少し滞在したかったなあ、といった後悔も心残りも何もない。 特に文化の違いも感じなかったし、気にならなかった。
やがて東京に着いて千葉に着いた、新幹線は速いです。 今まで甘く見ていたけれど、やはり速い。 スピードに乗ると飛行機に乗っている時みたいな浮遊感を軽く感じるし、 耳に気圧の変化を感じる。
そんなこんなでたいした旅行ではなかった、というか旅行ですらない、小旅行ですらない、何でもない。 ただの時間の浪費だ。 知らない街を歩いた気もしないし、新鮮さや刺激、特徴を受けることはなかった。 それは名古屋がそういう土地柄なのかも知れない、 僕の感受性が衰え鈍っているのかも知れない。
いずれにせよ帰ってきた訳です、ただいま。

10.1(fri)
夜明けを待たずに家を出て、静寂の中を駅までとぼとぼと歩いた。 コンビニエンス・ストアが放つ蛍光灯の光は眩しく、街路灯に一斉に群がり騒めく蛾を連想させた。 僕は自分が小さな蛾になったような気がした。 さらさらとした細かい粉を四方八方に撒き散らし、泥酔したみたいに不安定な様に舞う蛾だ。 人間と差して大きな違いはないかも知れない、羽の有無程度だろう。
駅のホームの自動販売機で煙草を買った、キオスクはまだ開いていなかった。 飲みものも買おうかと考えたが、欲しいものがなかった。
5時10分発の横須賀行き、 僕の駅からは小旅行程の荷物を携えた中年女性と眉間に皺を寄せたサラリーマン数人が乗った。 停車する駅からも幾人ものサラリーマン、 みんな揃って趣味の悪いネクタイをだらしなく絞めていた。 そうこうしている内に東の空から陽が昇ってきた、本のページを繰るように毛細管現象ように徐々に徐々に。 また新しいいちにちが始まろうとしているのだ、 しかし真っ白な今日を迎える人は世界中のどこにも存在しない。 全ての今日といういちにちは連綿と続くそれぞれの日々の延長線上にあるのだ、 昨日のない今日もなければ今日のない明日もない、 いちにちといういちにちは我々の知らないところで平素見えない糸によって緻密に繋がり紡がれているのだ、 因果関係。
やがて東京駅に着いた、ちょうどよい到着。 お腹が空いたので朝食にお弁当を買った、『秋味満載弁当』。 6時20分発のぞみ41号広島行き。 喫煙席を予約したのだけれど、15号車のそれは最高尾にあった。 何だか追いやられているようで、正に足手纏いのアンチ・トレンディの人みたいで妙に心苦しかった。 でも僕は蛾だから、粉を発散できない代わりに煙を撒き散らす訳です。
ところで、『秋味満載弁当』はたいしたことなかった。 まず米がよくない。 お弁当は大抵冷めたものを食べる訳だから冷めてもおいしい、 あるいは冷めた時点でおいしい米を使わなくてはならないのではないだろうか。 でも秋鮭の親子ごはんはおいしかった。 栗ごはんは砂糖により栗が甘過ぎた、さつま芋のリンゴ煮も同じ。 リンゴ煮は箸休めだろうけれど、そのことを差し引いても甘過ぎた。 逆にもって菊の酢の物は酸味が足りなかった。 鯖の塩焼きはもう少し脂の載った鯖を使うべきだ、しかし悪くはなかった。 インゲンが不思議とおいしかった。
でも結局のところお弁当の味なんてどうでもよいのだろう、 スピードに乗って移ろう車窓の景色さえありさえすれば。 微かに欠けた淡い色をした月がそれを一層薄めていきながらゆっくりと左から右へと動いている、 僕はそれを終始目の端で捉えていた。 秋晴れで空には雲ひとつなく、どこまでも高かった。 新横浜を過ぎるとこんもりと肥えたブロッコリーみたいな山々が目立ってきた。 あと二、三週間時期が遅かったら紅葉を楽しめただろう。 窓の外の景色は幾ら眺めていても飽きない。
名古屋に着き、空を見上げると月は消え失せていた。 一時荷物を預けるためにコインロッカーを探した、それは改札を出たすぐ近くにあった。 僕が選んだコインロッカーにはぽつんと空缶がひとつ悲しく置き去られていた。 とりあえずそれを捨てるために塵箱を探し求めあちらこちらを歩いてみたが、 名古屋駅の構内には塵箱は設置されていなかった。 テロ対策なのだろう。 ついでにロッカーを使用するため両替をして貰おうと再び構内を空缶片手に歩き彷徨った。 別の荷物預かり所で済ませ、一応塵箱について尋ねてみた。 やはり構内にはないらしいが、出て突き当たりを右に行くとあるという。 しかし出て突き当たりを右に行くと、そこは行き止まりの壁だった。
諦めて最初のロッカーに戻った。 今度は荷物を入れコインを放り込むもどうしても鍵が回らなかった、 付近にいた休憩所で退屈そうにしているタクシー・ドライバーに聞くと、 また出て突き当たりを右に行けといわれた。 そこにコインロッカーの関係者がいるらしかった、しかしやはり突き当たりの右は行き止まりの壁だった。 僕は溜め息を吐いた、 もしかしたら真っ白い壁に向かって話し掛ければ応えてくれたのかも知れない。 もしくは単純に彼らは右と左がよくわかってないのかも知れない。 お箸を持つ方が右でお茶碗を持つほうが左ですよ、と教えてあげたかった。 でもそんな時間はなかったのでキオスクで聞いてみると、 管理人に問い合せてくれ、やがて初老の男性がやって来て直してくれた。 体格のがっしりとした知らぬ国のどこかの門番のような印象だった、 とにかく荷物を無事預けられた。
新名古屋から名鉄犬山線で西春まで、四両車。 住宅街を縫って走る、緩急が激しい。 着いた駅には何もない、六時間程の用事を済ませ再び名古屋まで。
駅の地下街にある専門店で名古屋名物の味噌カツを食べた、少し早い夕飯。 意外と高い上に味噌の量が多く味が濃かった、 喉が渇いて勧められるままに薄くて不味い冷たい緑茶を三杯貰った。 食後に煙草が吸いたかったが我慢した。 その後駅構内をぶらぶらし、荷物を引っ張り出して予約しておいたホテルに向かった。 駅の近くにあったそれは残念ながらあまりよい宿とはいえなかった、旧型のエレベーターでようやく六階に昇った。 部屋番号が無闇に大きく掲げられた扉はやたらに重たかった、部屋には冷蔵庫も湯沸器もグラスもなかった。 そこを選んだことを少し後悔した。 すぐにホテルを出て地下鉄東山線に乗り、栄へ。
中日ドラゴンズの優勝を控え、街は些か浮かれていた。 通りにあったオープンなスポーツバーの何台かの14インチのテレビに人が群がっていた。 僕もいっしょになって観戦してみたが、たいして熱を入れて応援する気持ちには到底なれなかった。 それでも何人かが今どうなっているのかと尋ねてきた、僕は適当に説明した。 何だか不思議な気持ちに陥った、きっとみんな僕のことをドラゴンズファンだと思い込んでいるのだろう。 しかしブラウン管の向こうの一挙一動を固唾を呑んで見守り、歓喜する様はなかなかよい光景ではあった。
目的もなく歩き久屋大通公園へ。 その先には日本で最初に建てられたらしいテレビ塔があった、でも暗くてよく見えなかった。 目立つライトアップがされている訳でもなかった。 そしてまた先程のバーへ、いよいよ優勝の瞬間が近付いていた。 喉が掻き毟りたくなる位渇いたので近くのコンビニエンス・ストアでビールを買った。 店先でそれを飲みながらまた野球観戦をした、店員は缶ビールに関しては何も言及しなかった。 三口でビールはなくなった、余程喉が渇いていたのだろう。 巨人対ヤクルトの試合結果により、とりあえず優勝が決まり、その一応の優勝が決まると人々は去っていった。 栄を後にし、またまた名古屋へ。 何もないホテルに落ち着いた。 フロントの人と少し話をしたが、名古屋には見るようなところはたいしてないといっていた。 確かにその通りのようだった、知らない土地に来ているような気が全くしない。 新宿と変わらない、新宿を一回り小さくしただけの街だ。 その中途半端さは余りに捉えどころががなかった、土地の人も同じ。 もっとビールが飲みたかったが、よく寝てないせいか目が腫れ上がっていたのでやめた。
いちにちが終わろうとしていた、そこが一体どこなのか僕にはよくわからなくなっていた。

9.30(thu)
明日から名古屋を中心に愛知に行ってくる、目的は些かあやふや。 初めての土地なので、どのような雰囲気を放っているのか実際に肌で感じたい。 久しぶりの新幹線、三年ぶりだと思う。 知った街を離れ、色々と物思いに耽り、考えを纏めるにはよいかも知れない。

9.28(tue)
この間初めてひとつのライターを最初から最後まで使い切りました。 どうでもよいことだけれど、ちょっとした達成感が。 いつも途中で失くしてしまったり歯が回らなくなってしまったりでしたので。
という訳で、折角だから記念に取っておこう。 こうしてつまりは塵は増えてゆく。

9.21(tue)
昨日の深夜に煙草が切れ、 わざわざ煙草を買うためだけに外に出るのも億劫だったので、 何とか何とか半日耐えていたのだけれど、 結局我慢出来ずに今日の深夜にサンダルを引っ掛け買いに行ってしまった僕は、 とても意志の弱い、ちっぽけな人間です。
遣り切れない。

9.20(mon)
相変わらず進路で悩んでいる、彼此一年位迷い続けている。
立ち止まったままじゃ仕方ないからって実際に具体的に動いたところでまた迷子になってしまった。 そうして費やした歳月はそれなりに意味のあるものではあった、得たところも大きかった。 でも肝心の答えが出ない、それは僕がどこまでも不甲斐ないからだろう、実に。 未来を指向した結果逆説的に目先のことに囚われ過ぎることになってしまった。 自分で道を選択しているつもりがいつの間にか選ばれている状態になってしまっていた、情けないことだ。 可能性は暗く深い海の底や果てしなく高い空の彼方にあるのではなく、我々のすぐそこにあるのだ。 手を伸ばせば届く位のすぐそこにあるのだ、それをすっかり忘れてしまっていた。
後悔のない道なんてないのかも知れないけれど、後悔するなら少なくとも前向きに後悔したいものだ。 人はそれを反省と呼ぶ、生きている限りそうして我々の反省の日々は続く。

9.10(fri)
朝、家を出ると排気ガスに塗れ汚れたオレンジの大きなゴミ収集車が止まっているのを目にした。 地獄の門みたいな巨大な口を悠然と開き、 その中には我々の放出した使い途のない大量のゴミが無残な形に押し潰され詰め込まれていた。 嫌な匂いが当たり一面に強烈に漂い、僕の鼻腔にも入り込み、それはしばらく消えなかった。 吐き気がしたけど吐かなかった、胃の中がむっとした。
たいした距離でもない駅までの道を伝書鳩について考えながらふらふらと歩いた。 途中、放置自転車の撤去の任務に就いた中年男性がげんきよく朝の挨拶をしていた、 とりあえずげんきなことはよいことだ。
込み合ったつまらない電車に乗り地下鉄に乗り、また同じようにして地下鉄に乗って電車に乗って帰宅した。
時計の針は昼を回っていた、 テレビを点けると意味不明の言葉を発する狂人でほとんどが埋め尽くされている。 太陽の熱で燃えるベランダにちゃちな椅子を出し、ビーチボーイズを聴きながら昼食を採った。 ビールと肉じゃがと鯵のフライとカレーパン。 カレーパンは日にちが経っていたけれど痛んではなかった、 ただ体に悪そうな油分が溢れていて、そしてとてつもなく辛かった、唇がひりひりした。 カレーパンマンも時間が経ったら酸化した油でぎとぎとしちゃうんだろうか、 僕はカレーパンマンには決してなりたくないと思った。
ビーチボーイズが流れると盥に貯めた水がさやさやと漣を立てた、共鳴しているみたい。 紋白蝶や蟻や蜂が汗ばんだ僕の体を這っていった、僕は払い除けもしなかった。 横になると薄い雲の隙間から僅かに太陽が顔を覗かせていた、プリズムが目を射抜く。 遠く離れた太陽は手を伸ばすと包み込むことが出来た、僕は何度も何度もそうして太陽を掌中に収めた。 視界を右から左に横切ってゆく鳥たちは何を見下ろしているのだろう、 灰皿に積もった灰が風に乗ってどこか遠くへ流されていった。
飲み終えたビールの缶を並べ、手近にあったゴムのボールを転がしてボーリングの真似事をして遊んだ。 なかなか面白い。 しかし突如興醒めして部屋に戻り、食器を洗った。 食器用洗剤の腹部を押すとシャボン玉が一斉に舞い上がった、メルヘンは台所にある。
心の奥の空洞は、依然ぽっかりと空いたままだ。

9.7(tue)
昼夜逆転の日々、 今日も俗に言う睡眠に就いたのは午前八時を過ぎてからだった。 これじゃあいけないなあなんて思いつつもそんな生活を二ヶ月以上も続けているような。 陽が昇るとどうも胸が高鳴り落ち着かない、逆に陽が沈むと腰を据えて物事と対峙できる。 どこか問題があるのかも知れないがどうでもよい、 生活スタイルなんていずれどう仕様もなく矯正されてしまうのだから。
カーテン越しに目にした不安定な空模様。 絶え間ない天気雨は続き、霞んだ頭で何度もそれを確認する。 強風が窓を揺さぶり叩く。 ブラウン管を通して見る九州や中部や四国では激しい台風に見舞われていて、 中継に努めるレポーターの雨具がばらばらに吹き飛んでしまいそうな勢い、時化た海が襲い掛かる。 そんな勢いのよい猛烈な波に悉く飲まれた際には流れ流されどこに行き着くのだろう、 僕だったらどうせなら鯨のお腹の中で永遠の眠りに就きたい。 ところで、天気図は絵的に美しいと思う。
季節を確かめるように遠慮がちに鳴く虫の音を聞きながら『グレート・ギャツビー』を再読。 しかし上手く字を拾うことが出来なかったのですぐに断念。 僕の想像力は早くも衰退の一途を辿っているのだろうか、行間に描かれたものを段々と感じられなくなってきている。 想像力を失う位ならせめてクマにでも喰われてその血となり肉となりたい。
窓を開けると幾筋もの雲が棚引く空は奇妙な紫に染まっていて、ひゅうひゅうと風が渦を巻いて唸っていた。 さらさらと乾いた身を寄せ合い語る木々、やがて薄れてゆく鮮やかな朝焼け。
またいちにちが始まろうとしている。
でも僕のそれは終わろうとしている。

9.2(thu)
特に今日中にやらなければいけないことも思いつかなかったので、 ベランダで日光浴をしながら昼間からビールを飲んだ。 陽が暮れてゆくのを感じながらただただずっとそうしていた、そうしていたかった。

9.1(wed)
もし、青春に終わりがあるとするならば、 僕のその季節はいよいよ幕が下りようとしているのかも知れない。
そんな気がする。

8.23(mon)
ハンバーガーを食べに行った、アメリカンな本物のハンバーガー。 マクドナルドなんかのハンバーガーはバンズもハンバーグもレタスもピクルスも何もかもが貧弱で、 凡そ本物のハンバーガーとは程遠い。 決定的なジャンク・フードは鴉にでも食べさせておけばよい。
とはいえ、僕は殊にファーストフード店のハンバーガーが嫌いな訳ではない。 ただ食後には必ず胃が凭れるし、いつだって一体何を食べているのかはっきりしない。 あれは決してハンバーガーを食べているのではなくて、マクドナルドというひとつの商品を食べているのだと思う。 そう考えると商品・マクドナルドに一貫性はある、多分ある。 商品であって食品ではないのかも知れないけれど。 だからハンバーガーとはいわずに、全部マクドナルドと名付ければいいのです、 チーズ・マクドナルドとかテリヤキ・マクドナルドとかベーコンレタス・マクドナルドとか。 ビッグ・マックみたいにマック・シェイクみたいに。 先日食べたハンバーガーにしても貨幣という代価を支払って食べる訳だから当然商品であることに違いはないが、 商品である前に少なくとも食品であった。
こんがりと白胡麻の香ばしい歯応えのあるバンズ、 丹念に叩き揉み込み、肉汁を逃さないように手を抜かずにしっかりと焼かれたハンバーグ、 作る直前に裏の畑で採って来たんじゃないかと思わせるような瑞々しく新鮮なレタスに肉厚でジューシーなトマト、 自家製の甘くて深みのあるケチャップ。 手にすると適度な重さがあり、そして随分な高さがある。 ぎゅっと押し潰して思い切って頬張ると焼き立てのパンの温もりと確かな食感、鮮烈な肉汁が口いっぱいに広がる。 ぴりりと辛い粒胡椒が効いていて、それがまた食欲を駆り立てる。 しゃきしゃきとした野菜が気持ちよいし、洗練された甘みを持ったケチャップやら何やらがみんな渾然一体となって味に勢いと奥行きがある。 確固たる自信に満ちた味だ。 付け合せは熱々のフライド・ポテトとサウザンアイランド・ドレッシングで和えたキャベツの千切り。 どちらも計算された控えめな味付けでなかなかおいしかった。 食べ終えると大いなる満足感があって、変な胃の凭れもなかった。
しかし、げんきな食べものを作るのだから店員がげんきなことは好感が持てるし、来る客もげんきなのもよいのだけれど、 流れる音楽のボリュームが大き過ぎ、出される水が不味かった。 折角おいしいものを食べさせてくれるのだからその辺も手間を惜しまず配慮して欲しいと思う、 とても大切なことだ。
いずれにせよ、おいしいものを食べると生きた心地がするね。 ぜひまた足を運びたいと思いました、めずらしく。

8.19(thu)
先日東京湾の花火大会に行ってきました、混んでた混んでた、とてもとても。 全ての見通しが利くポジションではなかったけれど、それでも夏の夜空に咲く大きな火の花には少なからず感動させられた。 連続で打ち上げられるとそれまでの煙の棚引く様が鮮明に映し出され、それはそれでまた格別に綺麗だった。 ひゅるひゅると消え落ちてゆく流れ星みたいな火の粉も印象的で、 激しい閃光に驚愕し、どこかに身を隠しつつも窺っているであろう鳥たちは人の為すエンターテイメントをどう受け取り、どう感じるのだろうとふと思った。 花火には当然ちゅうちゅうと吸っておいしい甘い蜜はないから、無益だなんて考えているのだろうか。 確かにその通りで実に無益ではあるけれども。
いつの時代も花火が終わると夏は折り返しであることは変わらず、ちょっと切ない。 僕は夏が特別好きといった人間ではないけれど、それでもやはり夏の終わりには些かセンチメンタルな気分に陥る。 冬が明けると春が待ち構えていて、あるいは希望的ともいえなくはないのだけれども、夏の次は四季に従い秋が遣って来て、やがて暗くて寒い冬が到来する。 そのことに関しては、動物たちもきっと同じなんじゃないだろうか。
でも、僕は巡り巡る四季が好きです。 どんな季節にも素晴らしい面があって、ポジティブに捉えるならばそれはどれも儚くも博愛に満ちていて。 いつしかこの国からは秋という季節が失われてしまうのではないかと思う、 少なくとも秋という秋の期間は隔たりがどんどん小さくなってくるんじゃないだろうか。 ずっとずっと素敵な四季のある国であって欲しい。 その為に我々が具体的に行えることなんて日々日常の中にだって幾らでもあるはずだ。 強風の吹き荒れる晩に。

8.6(fri)
絶不調。 ここ一週間私事で色々本当にしんどくて、部屋でひとりきり、溜め息ばかり吐いていた。 多分百回位は溜め息を吐いた。 でも、幾ら溜め息を吐いてもちっとも気持ちは切り替えられなくて、その前と後とでは幾らか無駄に自分が磨耗しただけだった。 きっと溜め息に生産性なんてないんじゃないかと思う。 泣きたい時に限って涙は出ない、泣けたら少し楽になる時もあるのかも知れなかった。 乗り越え、また立ち上がらなければならないのだろう。 例えその先に何があろうと何もなかろうとも。

7.26(mon)
暑さもあって、一時間置きに目の覚める、浅い嫌な眠りだった。 その細分化された睡眠を通し、連続した一本の奇妙な夢を見た。 夢の中、僕は絶えず無性に煙草が吸いたかった、 でも煙草はなかった。 それだけでも、今の僕にとってはひどく苦痛な夢だった。

不穏な灰黒い雲が漂う空の下、僕たちは人魚が住むといわれる離れ島に滞在していた。
名前も持たない程の小さな島、確か青森の付近で、太平洋側だった。
島は実に閉鎖的で、鬱蒼とした空気が蔓延していた、そう感じたのは天候のせいだけじゃなかったはずだ。
人魚と触れ合いを持つべく、我々は運転手付きの古びたハイエースに乗ってそのポイントへと向かっていた。 僕は助手席に座り、陰気な顔をした肌の浅黒い運転手の様子を頻りに盗み見ていた。 彼は無口な男で、所謂必要なことでさえ一切語ろうとはせず、固く口を閉ざしていた。 そこにははっきりとした意志を窺うことが出来、だから僕たちも何も訊ねなかった。 凡そガイドを兼ねた運転手に見合うタイプではなかった。 後部座席に腰を下ろした人たちについてはほとんど覚えていない、多分男の子と女の子が一人ずつだったように思う。
とにかく、そんな重苦しい空気を携えて我々は道程を進んでいった。 整備されていない道にハイエースはがたがたと激しく揺れ震え、気を抜けばすぐにでもシートから放り出されてしまいそうだった。 雨上がりだったのか、道はぬらぬらと黒く妖しく不吉な雰囲気を放っていた。 比較的見通しのよい大通りを走っていると、道路交通法なんて完全に無視した大型のトラックが正面から向かってきた。 どこかのコンビニエンス・ストアの印の付いたトラックはスピードを緩めることなく、僕は目蓋を塞ぐ余裕もなかった。 無口な運転手はやはり無言のまま乱暴にハンドルを左に切り、寸でのところで暴走するトラックをかわし、炎上することなく済んだ。 トラックはそのままの勢いで颯爽と背後に消えていった。 さすがに堪え切れず僕の足は小刻みに震え、後ろに座った連中は魂の抜け殻みたいな格好のままあらゆる言葉を失っていた。 運転手は平然とし、車を走らせ続けていた。 誰かが訊ねた、あるいはそれは僕自身だったのかも知れない。
「こういうことってよくあるんですか?」
しかし案の定その質問は黙殺された。 僕は血が滲む位強く唇を噛んだ。
人魚に会いに行くための船が出港するという桟橋に着くと、我々は車を降りた。 ハイエースは沈黙を守ったまま遥か彼方へと走り去っていった。 その行方について、僕の些細な想像力は及ばなかった。 だいぶ陽も暮れていたので、僕たちは桟橋の傍らにある洞穴で一夜を過ごすことにした。 闇が深まると、そこで宴が始まった。 百人近くの人間が各々喚き騒いでいた、そこには僕の知った顔も幾人かいた。 僕はその内のひとりと桟橋の方へ散策に出掛けた。 とっぷりと暮れた夜は深く、足元すら目に覚束なかったが何とか転ばずに歩くことが出来た。 川は死んだように静かで、鏡みたいな水面を湛えていた。 僕はふと外せない約束があることを思い出した。 腕に嵌めた時計を見ると、その約束の時間は近かった、僕は一刻も早くそちらに向かわねばならなかった。 そう彼に告げるとすぐに車の手配をしてくれるとのことだった。
闇夜を切り裂き、再び件のハイエースがやって来た。 僕はさすがに些かうんざりしたが、立場を考えると贅沢はいえなかったので、黙って車に乗り込んだ。 何人かの友人・知人がわざわざ見送り付いてきてくれた、しかし帰路においても誰一人口を開く者はいなかった。 愛想の悪い運転手はしばらく車を走らせ、断崖絶壁にあるゴルフの打ちっぱなしに車を着けた。 何組かの中年夫婦たちが眼下に広がる太平洋に向かって白いゴルフボールを次々と送り込んでいた。 簡易な作りでネットすら張られていない、その様に僕は少なからず腹を立てた。 我々に気が付いた中年夫婦らは汗が染み込んでねっとりとしたドライバーを僕たちに差し出し、歪んだ微笑を浮かべ、やってみなさいといった。 仕方ないので何度かの素振りの後、小さな白い玉を軽く打ってみた。 しかし僕の体の向きは太平洋側とは反対だったので、簾状に頭の禿げた男のそれに見事にヒットした。 僕は何とかその場をやり過ごし、難を逃れた。 その後どういう訳か人の頭にゴルフボールを当てる遊びが流行り、彼らは皆その遊びに没頭した。 でも、結局上手く頭に当てられる人は出なかった、僕は何だか複雑な思いに駆られた。 再び腕時計に目をやると、驚いたことにいつの間にか約束の時間はとっくに過ぎていた。 そのことを近くにいた男に話すと、彼は君の時計が狂っているんだといった。 そして彼の時計を見せてくれた、残念ながらどんな時計だったかは思い出すことが出来ない。 きっと身分不相応に金色に輝く趣味の悪い時計だったに違いない。 彼の時計では約束の時間まではまだ猶予があった。 彼は白い歯をにっと見せ、得意気に、こっちが正しいんだよといった。 それから、もうしばらくのんびりしていくことを僕に薦めた。 だが、僕は断った。 人魚なんていないんだ、約束を果たさなければならないと思った。 喉がからからに渇いていて、煙草が欲しくて欲しくて堪らなかった。
気が付けば夜は明けていて、太平洋に朝の光が射し込んでいた。 それはきらきらととても眩しく、とても美しい光景だった。 朝凪が僕の心を震わせた。

目覚めはよくなかった、いつまでも両目がちりちりと痛んだ。 ビスケットとミルクで簡単に食事を済ませ、煙草を吸い、新宿に向かうためにいそいそと家を出た。 ヒートアイランドで燃える東京の都心部、林立する高層ビル群に夢の残滓を投射した。 海が見たかった。 今日も暑いいちにちだった。 僕はどこに向かっているのだろう。

7.12(mon)
鴉に阿呆阿呆といわれていると、確かに自分が阿呆のような気がしてくるのは僕だけだろうか。

7.11(sun)
今日は参議院議員選挙。 今更ながら初めての投票に行ってきました、 それ自体は予想以上に味気なく素っ気ないものだったけれど。
僕の指定された投票所は三年間だけ通った小学校で、久しぶりだったのでとても懐かしかった。 校舎にも校庭にも然して大きな変化はなく、ただ老朽化だけが進んでいた。 びっしりと苔の生えた水槽は死んでいて、 金網の向こうで鳴くアヒルや微かに髭を震わすウサギは相変わらずひどく汚れていた。 錆びたブランコで遊ぶ、麦藁帽子を被った小さな男の子を若い両親が真剣な顔をしてハンディカムで追っていた。 小学校への道程では赤と白の花が乱れ咲き、 道端に散乱したフレンチトーストの残骸を雀が尖った嘴で突付いていた。
どれもたいして特別な光景ではないけれど、夕暮れが迫るのを感じながら歩き眺めるそれらは目に楽しいものだった。 そんな悠長な散歩を楽しみつつ、 これからもそんな悠長な散歩を楽しむため、僕は投票に行ったのでした。

7.7(wed)
早朝から近所の小学校で行われている、水泳大会の賑々しい音音で目が覚めてしまった。 今日も三十度を超える気温だから、水中はさぞかし心地よいに違いない。 しかし出来ればもう少しマイクとスピーカーのボリュームを下げて欲しいと思った。 僕の家からでも、繰り返される競技説明をはっきりと聞き取ることが可能な位だったのだ。 諦めてベランダに出て煙草を吸っていると、救急車のサイレンが聞こえた、それからトラック、更にはヘリコプター、飛行機等等。 公明党の騒々しい選挙演説よりかは遥かによいけれど。
今日は七夕。 あいにく薄く雲の架かった空には天の川は望めなかった。 それでも、夏の星座が天に張り付いていて、靡く風は夏の匂いを存分に感じさせた。
星を眺めていると僕は冬の夜を思い出す、六年前の冬だ。

僕はまだ高校生で、今よりずっと精神的なタフさに欠けていた。 果てのない未来に震え慄いていたのだ、誰にだってそういう時期はあるんじゃないかと思う。 鋭い程の寒気の中、僕はベランダに布団を敷き、空を見つめながら物思いに耽っていた。 でもその年の一月の寒さは尋常じゃなくて、意識は朦朧とし、崇高な想いに浸るには不適だった。 睡魔に襲われ、僕は星の輝きを見失った、そんな状況の中いつの間にか眠りに落ちていたのだ、自分でも図々しい人間だと思う。 夢は見なかった。 夜が明けて、布団ごと部屋から消えた息子を心配した母が見付けてくれた。 凍る位に冷え切った布団、起き上がるとぎしぎしと肺が痛んだ、母は怪訝な表情を浮かべていたが特に何もいわなかった。 僕は何度か小さな呼吸を繰り返し、落ち着くとふらつく足に力を込め、布団を持ち上げ部屋に戻った。 部屋は暖かく、熱い緑茶がありがたかった。 東の空はもうすぐ昇る太陽の予感で満ちていた。 それからまた少し眠り、何事もなかったように学校へと向かった、相変わらずの日常だった。 世界は再び僕を迎い入れた。

あの冬の夜空の下、僕が肌で感じた形而上学的コードは今も僕の体の奥底で生き続けている。 それは現代に蔓延する高度資本主義社会においては何ら意味や意義なんて持たないのかも知れないけれど、少なくとも僕にあるコードを与えてくれた。 それを言葉に、形にするのは非常に難しい、行方のない祈りみたいなものだからだ。 メッセージはいつも微弱な声でもって語られる。
やがて七夕は終わる、織姫と彦星に許された時間は決して長いとはいえない。 しかし、だからこそ、そこに永遠は含まれるのだ、僕たちは想いを託し、感謝するのだ。 とてもセンチメンタルな慈愛に満ちていると思う。

7.6(tue)
偶然久しぶりに開いた本にヘレン・ケラーの言葉が載っていて、目に入った。 彼女は五歳の子供に向かってこう唱えている。

Never bend your head.Always hold it high. Look the world straight in the eye.
「決してうつむいててはだめよ。頭はいつも上げていなさい。目でしっかりとまっすぐ世界を見るのです」

とても素晴らしい言葉だと思う。 我々はいつだって上を見るのでも下を見るのでもなく、真っ直ぐ前を向き、世界と対峙しなければならない。 けれど、そういう姿勢で居続けるのってなかなかに難しい。 時には自信を喪失し後ろを振り返らずにはいられないこともあるし、他人の行動により右も左も気になることだってある。 前ばかり見ていると不安になるし、何より疲れちゃう。 そんな時、僕は構わず辺りを好きなだけ見回す。 もちろん、それで後悔することもあるし、散々な心持ちに陥ってしまうこともある。 でもそれでいいんじゃないかと思う。 自分の人生だもの、四方八方望めばいい、様々な景色に触れればいい。
ヘレン・ケラーの含蓄ある言葉を心の片隅に、そんなことを考えた七夕前夜。 織姫と彦星は期待に希望に夢に胸を膨らませ、高まる鼓動を抑えきれず、眠れない夜を過ごしているのだろうか。 そんな訳で明日は七夕です。 笹の葉さらさら。

7.2(fri)
千葉へ戻る車窓から、秋葉原の小さな雑居ビルの屋上に立つ狸が見えた。 狸は虚ろな目をして梅雨の空を眺めていた。

6.27(sun)
梅雨なんだから梅雨らしくもっと雨が降ったらいいのに。 心配性の僕はこの時期の降水量が気になって仕方がない、だって水不足なんて嫌じゃない。 プールに行けなくなっちゃうものね。

6.22(tue)
WEB上に落ちている情報の9割は燃えないゴミなんじゃないかと思う今日この頃。

6.18(fri)
夢って本当に不思議だよね、眠りながら見る夢です。 僕はよく夢を見る方なんだけれど、その夢にはいつも非常に混沌としたところがある。
昨日の夢の中では僕は人をふたり殺めていた。 相手は誰だか全然わからない、きっと知らない人なのだろう。 僕は殺人という罪を抱え、涙を流しながら警察に自首し、出頭していた。 愕然と、首を項垂れ取調べを受ける僕の手にはまだ人の血の温もりが残っていて、それが一層罪悪感と後悔の念を深めさせていた。 顔のない、若い刑事は先の尖っていない鉛筆を用い、子供っぽい丸く大きな字でコクヨの漢字練習長に僕の証言を書き留めていた。 鉄格子の嵌った窓から射す僅かな光がデスクに小さな陽だまりを作っていた。 僕は声を殺し、泣いていた。
このような空虚な夢と現実との接点は一体どこにあるのだろう。 そんな訳で、今日という現実に戻るべく、僕は遣り切れない想いで重い瞼を擦り目を覚ましたのです。

6.8(tue)
雨が降るからこそ、雨上がりの空を望むことができるのだね。

5.23(sun)
先日テレビを見ていたら、若い写真家の女の子が取り上げられていた。 彼女は様様な世界を旅し、様様な世界を写真というツールによって切り取っているらしい。 僕は写真についてあまり詳しくは知らないけれど、 ブラウン管を通して映し出された彼女の写真はとても魅力的だった。 そこには見たことのない街の空があり、雲があり、そこに生きる躍動する生命があり、人類の結晶ともいえる創造があり、 そして、彼女の迸るリアルな感情があった。 僕はその女の子の名前すら知らないけれど、確か彼女は次のように語っていた。

「未来を見据え、現実と格闘する」

逞しい台詞だ、はっきりとした意志を窺い知ることが出来る。
いつだって僕はレイモンド・チャンドラーの小説に出てくるような男に憧れる。

「強くなければ生きてはいけない。優しくなければ生きてゆく資格はない」

男なら、いつか一度は言ってみたいですね。

5.20(thu)
雨の降る晩は、 寝る前に部屋の窓を思いっ切り開いて湿った外気をたっぷり取り込み、 やさしい雨の匂いに包まれて眠ろう。

5.18(tue)
台風が接近しているらしい。 雨の日の電車って憂鬱だよね、じめじめしてて心にまでそれが伝染してくるようで。 でも、ぽたぽたと弾ける雫の音色は何度聴いてもよいものです。 どこからかトトロの足音が聞こえてきそうだ。
雨の日は部屋から雨脚や雨音をずっと眺めて、耳を傾けていたいものです。

5.7(fri)
どうやら僕は、経験的に午前四時に物思いに耽る傾向があるみたい。 困った困った、農耕民族としては早く寝なくちゃね。

4.28(wed)
先週末より、体調を崩し、めずらしく寝込んでしまっていた。 熱・吐き気・関節痛・下痢・胃痛に襲われ、結局原因もよく分からないままに終わった。 僕は扁桃腺が弱い方なので、風邪を引く時は大概喉の痛みから始まるのだけど、 今回はそれもなく、ただただ悪夢に魘されていた。 でも、本当に辛かったのは熱が下がってからで、きりきりと続く胃痛には相当まいった。 どうやら軽い胃潰瘍だったみたい、漢方胃腸薬なんて全然効かなかった。 改めて、健康の大切さを実感しました。
ところで、人肌に温めた牛乳ってげんきがない時、ゆっくり飲むとなかなかにありがたい。 電子レンジではなく、ちゃんとミルクパンで温めよう。

4.22(thu)
線路上に虚しく転がった鳩の死骸を見た。 ちょっと我儘な春の風に撫でられ、鳩の羽は静かに震え、揺れていた。 残念ながら、鳩はあまりしわせそうには見えなかった。 所々血で赤く染まった躯は何も訴えてはいなかった、ただ動かない鳩がいて、それは死に覆われていた。 しばらくすると大きな鴉がやって来て、淡白な表情で鳩の死骸を貪っていた、 あるいは鴉が貪っていたのは鳩ではなく、死そのものだったのかも知れない。 鴉は電車が来ると面倒くさそうに飛び立った。 再び鳩の死体だけが後に残り、そこには夕暮れ前の穏やかな陽が射していた。 僕は電車に乗り、しばらくそのことについて想いを巡らせたが、 到底鳩はしあわせな死に方をしたとは考えられなかった。
どこにでも不慮な死はあるのだ。

4.20(tue)
人は暇で暇で暇でないと、真に語り明かすことも出来ないのだろうか。 時空の先に何があるのか。

4.19(mon)
今夜は雨の混じった強風が吹き荒れている。 午前四時。 未来に対する一抹の不安を抱えながら過ごす毎日、 メビウスの輪のように延々と繰り返される悪循環、どこにもいけない。 FACE! 立ち向かわなくては、何事にも。 歳を取るということは、逃げられない選択肢が増えてゆくことなのだろうか。 けれど、こんな日にも雨は降り注ぐ、きっと、降り注ぐ。

3.30(tue)
くもりのち、雨。 外灯の弱弱しい光を受け、艶かしく照り輝く濡れる路面に僕は一匹の蛇を見た。 蛇はぬらぬらしていて怪しく、毒々しい色をした皮膚を持っていた。 道にべったりと張り付き、動こうとしない。 時々雨音を切り裂き、遠くから子供の甲高い声が聞こえる。 やがてそれは低く垂れ込めた空に飲み込まれ、灰色の雲となり、消えた。 蛇と僕との間には超えられない距離があった。 手を伸ばせば届く範囲に蛇はいる。 しかし、僕は決して蛇に触れることはできない。 真夏の夜の夢みたいだ。
僕は変化のない蛇の観察に飽き、煙草を吸う。 全く生産性のない、惰性としての喫煙だ。 紫の傘を差した、やはり紫の頭をした中年女性が僕と蛇の傍らを通り過ぎていった。 女は二度我々の方を振り返った、明らかに怪訝さを窺うことのできる視線だった。 オフ・ホワイトのレザーのパンプスには染みひとつ付いていなかった。 僕の泥だらけに汚れた赤いスニーカー。 蛇はまだ身じろぎしない。 もうすぐ夕刻を知らせる汽笛が鳴る頃だ。
僕は蛇との形而上学的間隙に別れを告げ、東の空を見上げながら帰路に着いた。 蛇はきっともうそこには、いない。

3.24(wed)
気付いたら丸々一ヶ月書き残していませんでした。
今日も冷たい雨がしとしとと。 我が家では夜、窓際に立つと冷気が鋭く忍び込んでいるのを確認することが出来ます。 煙草の煙がゆらゆらと揺らめいています、 午前四時。
おやすみなさい。

2.26(thu)
愛を、愛を、愛を、歌え!

2.23(mon)
生きているのか死んでいるのかわからない位自分を見失いそうになったら、 とりあえず声を出してみるとよいらしい。 それだけでも、生きている。

2.15(sun)
今年こそは! いちご狩りにいきたいです。

2.12(thu)
先日、村上龍が、 「明日できることは今日やらない」 と書いていたのを目にした。 なるほど、と思った。 今日にしか出来ないことがあるはずだし、 今日という日はそのために存在するはずだ。

2.3(tue)
久しぶりに書きます。 気が付けばもう二月、時の流れの速さひしひしと感じます。 僕は就活のため、日夜エントリーシートを書き続ける日々。 転職の時代とはいわれるものの、やはりここ数年でこれからの人生の大きな部分は決定されるのでしょう。 そう考えると就職は非常に重要な人生のポイントといえると思います。 …なんて、考えさせられる毎日です。
近々、時間を縫って、童話をアップしようと考えています。 お楽しみ??に〜♪

1.15(thu)
米航空宇宙局(NASA)が15日午前(日本時間同日午後)に、 火星に着陸した無人探査車・マーズローバー・スピリットを着陸用の台から移動させ、火星の地表に初めて降ろす作業に成功したらしい。 よって現在火星では我々人間の功績によるマーズローバー・スピリットが足跡を残している最中であり、 そのことを念頭に火星を見上げるとなかなか感慨深いものがある。 想像が現実へ、現実が更に高次の想像へ、 その循環はこれからも絶え間なく繰り返されてゆくのだろう。

1.13(tue)
僕は末端冷え性なのかこの時期は特に手足が痺れるように冷たくなる、 このまま固まって動かなくなるのではないかと思う程。 束の間の試験勉強をするために部屋を結構暖かくしていたのにも関わらず、手だけは悴んでうまくペンが握れない。 煙草を吸うと心持ち一層血の巡りが悪くなるのを感じた。 真夜中、静寂、局部に忍び寄る冷気。 しかし、それでこそ熱を感じ取ることが出来た。

1.11(sun)
鴉はジャンク・フードを好むらしい。

1.8(thu)
今日は非常に寒いいちにちで、 北風が全身から僅かな熱ですら奪い去っていくようだった。 冬は温かい飲みものが本当ありがたく、最近よくココアを飲んでいます。 冬の飲みものはしあわせの香りに満ちている。

1.4(sun)
深夜。 NHKの番組を見ていて、表現の素晴らしさを感じた。


2003

12.29(mon)
先日腕時計を頂いた。 文字盤は深い青色、比較的大きなデザインで12,6,9と数字が振ってある。 本来ならば3が振られるべきポイントにはやはり数字で日付が入るようになっている。 身に付けると実にしっくりとくる重さで、 (村上春樹の小説で気持ちのよい重さのライターについての記述を思い出した) 時計を嵌めているという違和感を感じさせない。 何年か前には腕時計を付けていた時期があったが、その時は違和感に負けてすぐに外してしまった。 青がうつくしいこの時計はとても気に入っています、 どうもありがとう。

12.28(sun)
季節を問わずどれだけでも眠れる、冬は特に眠れる。 冬眠したいです。

12.27(sat)
こんな年の瀬に、何故かふとこのような捌け口としての日記を綴るスペースを設けようと思った。 理由なんてないけれど、日々何らかの歌を口ずさむように文章を記すのも悪くない。
点け放たれたテレビからはブルース・リーの名台詞について語られていた。
『考えるな、感じろ!』